日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
恋愛の株式市場に安定株はない。
「朝潮の自我内に、”D”を売った人間についての記憶が残っていなかった?」
憲兵隊ショートランド方面司令部の一室。エミリーから報告を受けた日下部は、驚きと共に声を上げた。
深海磨鎖鬼率いる百鬼夜行との決戦からは数日が経過している。いよいよもってイベントの終わりが近いと目されているこの時期、日下部鎮守府はまだ見ぬ艦娘との邂逅を求めて反復出撃を行っているのだが、一方で朝潮と満潮の件もそのままにはしておけない問題だった。
「彼女が初めて”D”を購入したのはラバウル仮設新興市街地の露店で、店主は男性。吉岡都市開発の社員を名乗っていた。ここまではマインドハックで内見したし、彼女自身も覚えていたのだけど……肝心のその男性個人を特定できる情報がないのよね。もちろん吉岡都市開発にも該当しそうな社員は存在しないし」
吉岡都市開発は
「マインドハックかそれに類する他の手段で消したってことなんだろうな。用意周到だな」
「ええ、こちらもそういう風に判断している。そしてその他の線からの手がかりも残念ながら途切れているのが現状ね。”D”を違法指定する軍法改正は予定通り行われると思うし、カタリーニ提督の嫌疑も晴れたけれど、残念ながら根を断つには至らなそうだわ」
「それは困ったもんだな」
協力した日下部としても、なんとも残念な気持ちではある。だがそれでも自分にできることはやったのだから、ひとまずこれで”D”との関わりは終わりとなるはずだった……のだが、
「他人事みたいな言い方してるところ申し訳ないんだけど。日下部提督、あなた自分の立場を理解している?」
「……へっ?」
「妖精の発明者でありアイギスの共同開発者でもあるあなたを一介の提督として扱うことに、上層部の一部は以前から難色を示している。艦隊指揮権を取り上げて、正式に技術部に異動させるべきだという声も出ているわ」
「し、知らなかった。それは困る」
想念工学者としての能力を買われるのは光栄ではあるが、しかしそれ以上に自分は艦娘と共に在りたいのだ。
提督の副業としてならともかく、完全に艦隊と切り離されてしまうのは大いに困る。
「今のところはモーリアック元帥が却下してる。けど”D”使用者があなたの艦隊から出たことで、あなたの立場はちょっと微妙になったのよね。指揮能力に疑問のある提督でいさせるよりも、実績のある技術部に異動させろという声を、このままでは元帥も無視できなくなるでしょうね」
「……」
思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。困ったことに一切反論の余地はないからだ。
だがこちらの様子を見たエミリーは、そこでふっと肩の力を緩めた。
「まぁ、そうは言っても安心して。ちゃんと別の話も裏で進行してるから。本人も乗り気だしね」
「本人?」
「今は秘密。正式に辞令が下りてからのお楽しみよ」
「は、はぁ……」
どこかいたずらっぽい表情を浮かべてそんな風に言われてしまっては、日下部としては曖昧な返事をするしかなかった。
「ただいまー」
自身の鎮守府に帰ってきた日下部が執務室に入ると、そこには提督代行を務めている大淀とは別に、見たことのない艦娘の姿があった。
「提督、お帰りなさい。ちょうど新規着任した艦娘が挨拶に見えたところです。お戻りになったのでしたら、直接お話し下さい」
大淀はその艦娘を紹介するかのように、手を向けながら言う。
日本艦でないのは一目でわかった。体格的にはおそらく軽巡だろうか、すらりとスリムな身体を青と黄色が特徴的な制服に包んでいる。紺色の髪はもみあげの部分を肩まで伸ばして内向きにカールさせており、髪と同じ紺色の瞳の回りでは長い下睫毛が揺れていた。
そして一番印象に残るのは、左目の下の泣きぼくろ。穏やかな顔立ちの中で非常に存在感があり、彼女の顔を強く際立たせるものになっている。
「初めまして。北欧スウェーデン生まれの軽巡
目の前の艦娘は軽い会釈と共に、自らの名を名乗った。
「ゴトランド! ようこそ我が艦隊に。しかしスウェーデン艦とは驚いたな」
今回のイベントは太平洋のラバウル、そして日本近海の南西諸島海域が舞台だ。おそらく欧州のイベントはこれとは別に夏に起こるだろうと思っていたこともあって、欧州艦の面々は率直に言ってノーマークだったのだ。
「この戦いには中立主義も何もありませんから」
ゴトランドの祖国スウェーデンは、近代以降は中立の立場を貫いていた。それはかの大戦においても変わることはなく、枢軸国側にも連合国側にも与することなく戦禍の時代を乗り切ったのだ。
だが彼女の言う通り、100年後の今はそんな状況ではない。人類は一丸となって脅威に立ち向かわないといけないのだ。
「確かにな。しかしお前さんは無印から回転翼機が積めるのは面白い性能してんな。航空巡洋艦か?」
「そうです、合ってます。カタパルトも一基ですが搭載してるんですよ」
「軽巡でそれはすごいなぁ……! スウェーデンの技術力あなどれん。さすが獅子王とノーベルの国」
「お詳しいですね、スウェーデンの歴史」
自分でもびっくりするくらい、ゴトランドとの会話は楽しく弾んだ。
言うまでもなく彼女とは今日が初対面だ。きちんと礼節をわきまえて敬語を崩さない態度はむしろ好感が持てたし、その上でこれだけ軽快に会話を交わせる相手には久しぶりに会った気がする……艦娘に限って言えば、もしかしたら初めてかもしれない。
思わず時間の経つのも忘れて会話に没頭しそうになるのだが、
「お話し中失礼いたします。提督、そろそろ彼女に鎮守府内を案内して差し上げようと思うのですが、構いませんか? それともそちらも提督がなさいますか?」
合間の絶妙なタイミングを見計らって、大淀が口を挟んできた。
率直に言って彼女がこの場にいたことさえ忘れていたのだが、さすがにここは任せるべきだろう。
「おっと、すまん。案内頼めるか」
「わかりました。お任せ下さい」
「ゴトランドもまたな。演習の軽巡枠が空き次第育成にかかるから、よろしくな」
「はい。私、自分なりにがんばってみますね!」
朗らかな笑みを浮かべて陽気に答えると、ゴトランドは大淀に連れられて執務室を後にする。
「幼馴染……ってのがもしいたら、あんな感じなんだろうか」
彼女の去っていった扉に目を向けて、日下部はぽつりと呟いた。
それはゴトランドという艦娘を前にした提督ならば、きっと一度は抱くごくありふれた感想だろう。
「せ、川内ちゃん……! あのゴトランドって軽巡よね、前に言ってたの!?」
ゴトランドの着任した日の夜。阿賀野は夜の海に出航しようとしていた川内を廊下で見付け、慌てて声をかけた。
「あれ、ゴトの話なんかしたっけ?」
「イベント前に鳳翔さんのところでしたじゃない。恋のチャンスは平等にあげるべきって阿賀野が言ったら、川内ちゃんは『例えばもしあいつが着任したら真琴さんかっ攫われちゃうよ』って言ってた。欧州艦とも言ってたし、あれゴトちゃんのことよね?」
「あー、思い出した。うん、言った言った。そうだよ」
どうやら川内は本当に忘れていたらしい。思わずその肩を掴んで、激しく揺さぶる。
「川内ちゃんもお昼の話聞いてるでしょ!? 真琴さんに挨拶しに行った時、まるで幼馴染みたいにすごく楽しそうに話してたって」
「あーうん。まぁゴトランドって個体差は多少あるにしても、元々そういう艦娘だしねぇ……」
どことなく諦観の混じった川内の言葉に、思わず唸り声を上げる。
困ったことにゴトランド本人は決して悪い艦娘ではない。別に下心をもって日下部に対して媚びていたのではなく、誰に対しても彼女は自然体で軽快に接するのだ。それは少し話しただけの阿賀野にもよくわかった。
「ああいうタイプって、今の嫁艦候補の中にいないのよねぇ。これ嫁艦候補増えちゃうんじゃない!?」
「かなぁ? 清霜が増えたばかりだし、神鷹も改二になったら来るだろうし、さすがに真琴さんも自重……」
「すると思う?」
「……しないと思う」
目を細めて答えた川内に対し、阿賀野はほれ見たことかとばかりに腰に手を当てる。
「川内ちゃん、なんか最近ちょっと変じゃない? なーんかどこか抜けてるっていうか、上の空っていうか」
「……」
「あと、今までは夜戦訓練に出る時には駆逐艦たちをたくさん引き連れていたのに、ここ何日かはいっつも一人よね? どういう心境の変化?」
もちろん天下の夜戦バカにだって、そういう時期があったっておかしくはない。ただ阿賀野としては、もし何か悩みがあるなら相談して欲しいというつもりだった。
だが言われた川内はと言えば、
「阿賀野から見ても、今の
どこか困ったような表情を浮かべて、そんな風に尋ね返してきた。
「えっ……?」
「ごめん、なんでもない。イベントとこの間の決戦の疲れがまだ抜けてなくてさ。だからちょっと駆逐艦たちの面倒まで見る余裕がないんだ。最近は夜の海に出ても、軽く流して帰ってくるだけだしね」
「なら無理せずお部屋で休んでた方がいいんじゃない?」
「嫌だよ、夜戦したがらない川内なんてそれこそ川内じゃないじゃん。悪いけど阿賀野、もう行くよ。ゴトのことは最終的には真琴さんが決めることだし、なるようにしかならないと思うよ」
そう言って川内は阿賀野の返答を待たず、強引に夜の海に向かって進み始める。それはまるで無理やり川内らしい行動をなぞることで、必死に何かを繋ぎ止めようとしているかのようにも見えた。
「川内ちゃん……」
阿賀野は引き止めきれずに背中を見送って、ぽつりとその名を呼んだ。
またそれから数日後の昼下がり。
日下部の姿は応接室にあった。憲兵隊の立場での公式訪問として、エミリーと相方のコロラドが日下部鎮守府を訪ねてきたのだ。
ひとつ気になることとして、コロラドは憲兵隊の制服姿ではなかった。
両脇の大きく空いた白のブラウス、表裏で色の違う灰色と青のケープ、そして腰にはケープの裏地と同じ青のフレアスカート。つまり艤装こそ装備していないが、一般的な艦娘のコロラドとしての制服をまとっていたのだ。
「ご無沙汰しておりますローレンス少佐。朝潮と満潮の件、引き続きお世話になっております。本日はどういったご用向でしょうか?」
「そう構えないで日下部提督。今日は別に査察とかじゃないわ。一応公務ではあるけどね?」
「ふむ? では一体どんな……」
訝しんで尋ねた日下部に対し、
「まぁこれを見なさい?」
清々しいまでのドヤ顔でコロラドが差し出してきたのは、大判封筒に入った一枚の書類。
日下部は目を通し……そしてすぐに、自分の目が正常であるか疑うことになった。
『憲兵隊ショートランド支部所属
「はぁぁぁぁ! ど、どういうこと!?」
「どうもこうも。書いてある通りよ」
「いやそうだろうけど。なぜまた」
艦娘はごく一部の例外を除き、発見された原艦隊からの異動は認められていない。今コロラドが差し出してきた書類には、明らかにその例外に当たる内容が記されていることになる。
「数日前、憲兵司令部で話したわよね? あなたの微妙な立場について」
エミリーは事情を説明し始める。
「あ、ああ。聞いた、が」
「そこで今回の命令。元帥に感謝することね」
どこか複雑そうな顔付きなのは、彼女がモーリアックに対し個人的に良い印象を抱いていないからだろう。サラの一件が原因であり、彼女が意識を取り戻したことで多少は氷解したはずだが、一度抱いた印象はそう簡単に覆らないということか。
続けてコロラド自身がエミリーの言葉を引き継いで、
「私は日下部鎮守府所属の艦娘になるけど、憲兵権限は引き続き保持するわ。ま、有り体に言うと
「そうか。しかしなんで肉体の新造なんかしたんだ、今まで改だったよな?」
「それが周囲を納得させる条件だからよ。幸い今回のイベントでもコロラドと邂逅できる海域があるみたいだから、これなら普通に着任したのと同じだからね。なんだかんだ言ってエミーの認めている人だし、悪くないAdmiralだって思わせてね?」
あっけらかんとコロラドは言ってのけたが、艦娘にとって練度を上げることや大規模改装を行うことは大きな喜びだ。彼女は日下部のためにそれを投げ捨てたことになる。
「わかった、心から感謝する。まぁメリーランド共々、すぐにまた改まで育ててやるさ」
「そうね、期待しているわ」
戦艦としては異例なほどに小柄なのがコロラドという艦娘だが、そう言って胸を張る姿からは百戦錬磨の風格を感じさせた。
日下部鎮守府の忙しい日々はまだまだ終わらなそうだ……差し当たっては、演習計画の練り直しからだろう。
「水上機母艦、秋津洲よ! この大艇ちゃんと一緒に覚えてよね!」
「白露型駆逐艦七番艦。そして、改白露型一番艦となる、海風です。提督、どうぞよろしくお願いします!」
そしてついに時空震の決定的な予兆が観測された。いよいよ明日にはこのイベントも終わりを告げることになる。
ラバウルと南西諸島。遠く離れた海域に跨った今回のイベントでも、またいくつもの出会いがあった。
「私が潜高型の長女、伊201よ。妹がお世話になっているようね。私のことは…そう、フレイでいいわ。提督、やってみましょう?」
「大和型戦艦、一番艦、大和。推して参ります!」
これで日下部鎮守府が参加したイベントは5回目。
そろそろペースも落ちるかと思いきや、まだまだ初めて見る艦娘の数は尽きないようだ。
「北欧スウェーデンから参りました。航空巡洋艦ゴトランドです。提督、どうぞよろしくお願い致します! 偵察任務に水上戦闘……私、自分なりに頑張ってみますね!」
「Hi! 私がステイツのBig7、Colorado級戦艦一番艦、USS Coloradoよ! 貴方がAdmiral? 悪くないわね。私にしっかりついてきなさい! 返事は?」
出会えると思っていなかった艦娘や、通常とは異なる経緯で着任した艦娘。
それもこれもすべて、縁の成せる業だろう。地球意志という名の「神」は実在するのだから、きっとこの出会いには特別な意味が存在するのだ。
「はい! あたしが陽炎型駆逐艦五番艦、早潮! 浦賀生まれ! 提督! よろしくね! ねえ、提督ってば! 聞いてる?」
「Hi! Colorado級戦艦、二番艦、USS Marylandよ。そうよ、Big7ってわけ! 貴方がAdmiralなの? ふうん……そっか……」
始まりが南洋ラバウルだからあまり意識していなかったが、このイベントの始まりの頃の日本は梅雨の頃だった。
だがすでに季節は巡り、初夏から「初」の言葉を除いた方が妥当になっている。日本の気温も日に日に上昇を続けており、また今年も暑い季節がやって来ることだろう。
「川内。前回のイベントの時と同じく、また提督たちで飲みに行くからな。今回は横浜じゃなくてショートランド新興市街地だが」
「了解。オーセンティック?」
「ああ。例によってどうせ外では話せないような話題も出るはずだから、知り合いの店の方がいい。いちいち特別な許可を取る必要がなくなったのは楽だが。新興市街地様々だ、こればかりは群青の奴に感謝ってところだな」
商人は利潤を追及してこそだ。市民社会が完全に失われては困るのは彼らも同じということだろう。その前提がある限り、彼らと人類統合軍は一蓮托生のはずだ。
「ねぇ、真琴さん」
「ん、どうした?」
「……ごめん、なんでもない。さ、イベント最終日の艦隊運営始めようか」
「あ、ああ」
何かを言いかけて結局呑み込んだ川内の態度は少し気になるが、しかしもう時間がないのも確かだ。未着任の艦娘を探すため、日下部はぎりぎりまで反復出撃を繰り返すつもりだった。
――提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります。
※2022年梅雨初夏イベ(激闘!R方面作戦/血戦!異聞坊ノ岬沖海戦)、および本章の完結編となる話です。サブタイトルは「ようこそ我が艦隊へ」、E1の「Welcome to Rabaul!」と対になることを意識しています。
イベントの章最終話恒例の、新艦娘との邂逅をメインとした話ですね。ただし次章以降に向けて、色々と不安要素が残っているのが特徴かもしれません。川内の一人称とか(いや今がデフォルトではあるんですけど)。
ゴトランドについて。
日下部は「欧州艦とこんなところで会えるとは思わなかった」と言ってますが、当然実際には出ることを知った上で狙って掘りました。
作者はこのゴトランドの着任をずっと楽しみにしていました。この次の欧州イベでチャンスがあれば掘るぞと意気込んでいたら、なぜかこの坊ノ岬沖イベで来てくれたのはラッキーでした。
ちなみに二次創作のおかげで馴れ馴れしく接してくるイメージがあったのですが、着任直後はきちんと敬語で話すし思いの外礼儀正しくて、非常に驚きました。後にandraまで改装したら、二次創作のイメージ通りの馴れ馴れしさになって納得しましたが。
コロラドについて。
当たり前ですが、実際はこちらも狙って掘った艦娘です。無事に着任したので、前々から出ていたエミリーの相方のコロラドが異動してきたことになりました。
二次創作だと駆逐艦並に小さく描かれることの多い戦艦ですが、そこまで行かずとも低身長は原作通りだったりします(おそらく実艦のサイズを反映してるのではないかと)。さすがに元憲兵隊のコロラドは本作以外では見たことありませんが。
ちなみに捷三号作戦警戒の時の冬月&涼月に続き、「突破報酬艦の姉妹艦が同イベ中にドロップして着任する」というパターンを繰り返したことになります(そして次のイベントでも……)
本話にて「46億年と2046年/初夏」章が終わり、次回からは「46億年と2046年/夏」章が始まります。
イベ間期の話ですが、冒頭に書いた通り色々と火種が燻っているので平和な話にばかりはならない予定です。また後半には、本作の根幹に関わる大きな話が待っています。
一方リアルでは、2024年早春イベの竜巻作戦が4/10に終了とアナウンスが出ました。
それが終われば11周年が来るでしょう。本作とはすでに分岐した後の時間軸ではありますが、いちプレイヤーとして純粋に楽しみにしています。