日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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46億年と2046年/夏
提督たちのザラザラした大地 3


すべてを知りつくしたなんて決して思わないことよ。

――ユードラ・ウェルティ

 

 

時空震が空けて、ラバウルと南西諸島の赤い海が完全に消滅した日のさらに翌日。

いつもの人類統合軍の制服から私服に着替えて、私を含めた数名はショートランド新興市街地にあるBARオーセンティックへとやって来ていた。

 

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「なぁ日下部、なんで毎回俺の店を提督同士の密談会場にするんだ。お前か他の提督の鎮守府でやればいいだろう」

せっかく金を落としに来てやったのに、なんと栗山の奴は渋い顔でそんなことを言ってきやがった。

うっせぇなこのクソ店主(マスター)。ちゃんと理由はあるんだよ。

 

「逆に艦娘に聞かれたくない話があってな。でもって、そいつはお前たちショートランド自警団にも共有しときたい話なんでな」

「なに?」

予想外の言葉に驚いた栗山の奴に、

 

「兄弟から聞いてんぞ。アンタも馬大姐(マーダージェ)が存命だった頃は大概にワルだったんだろ? まさかたぁ思うが、今でも麻薬(ジャンク)を取り扱ったりはしてねぇよな?」

カタリーニ提督が声をかける。

ちなみに冬イベ後の提督飲み会の時にこの服は見てるが、アイギスを搭載した今は左目が神州丸と同じ色になっているのが違うところだ。

 

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「……姐姐(ジェジェ)を知ってるのか。ならその姐姐に誓って、今の俺は麻薬を扱ったりはしていない。そこの日下部と一緒に俺も更生したんだ」

「私は信じます。己が罪に真摯に向かい合った者を、神はお赦しになります」

ワイシャツ姿のウィリアムズ提督は、こんな状況でも敬虔な態度だった。

 

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「へっ、ありがたいこったな。俺はクズの性根は死ぬまでクズだと思ってるが……どっちでもいい。むしろそれは、そこの憲兵さんに聞かせてやってくれよ」

「前職だけを理由に、無闇な疑いをかけたことはお詫びしたでしょう。あと今はプライベートなんだから憲兵と呼ぶのはやめて」

私服姿のエミリーの奴が言う。

 

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「へいへい。つーかアンタも大概に不良憲兵だよな。プライベートとはいえ、俺みたいなのと同席していいのかい?」

「そっちこそ沈黙の掟(オメルタ)は平気なの? 『警察関係者と交友を築いてはいけない』ってなかったっけ?」

なんでもマフィアにはそういうものがあるらしい。組織を守るために部外者からの尋問に対して沈黙することを求めるもので、破れば死刑なんだとか。

 

「へっ、俺はマフィアじゃなくてただの提督だからな。アンタとの交友は大歓迎だぜ。欲を言えば眼鏡を掛けてもらいたいもんだが」

相変わらずの眼鏡フェチだなおい。言われたエミリーがめちゃくちゃ微妙な顔をしてんぞ。

と、ここで横合いから咳払いがひとつ。

 

「話が進まないので、勝手に始めさせてもらうが……」

舞津さんは相変わらず頼りになるなぁ。

 

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「想念麻薬。そんなものが」

”D”について舞津さんから一通りの説明を受けた栗山の奴は、驚いたような表情を浮かべていた。

 

「”D”は近々正式に人類統合軍法で禁止される予定だ。日本の薬物取締法にも対応するよう、統合軍から日本政府に圧力がかかるだろう。とはいえ率直に言って、我々は艦娘運用部隊内への浸透を防ぐので手一杯だ。人間社会のことは人間社会の組織に任せるさ。ただ、この街はその境界線上にあるからな」

「わかった、できるだけのことはする。が、信用していいのか俺たち自警団を? 誰が犯人か不明なんだろう」

「この街にわざわざ来てる以上は、艦娘好きだろお前たち? 艦娘好きな奴に悪い奴はいないよ」

そう。その一点だけで、私はこのショートランド新興市街地の住人を信用している。遺憾ながら目の前のこの男も含めてな。でなきゃ足柄の奴を任せたりするもんか。

後ろでカタリーニ提督が「脳天気な」とか揶揄してきてるが、とりあえず無視だ。

 

「わかった。信用してもらって悪い気はしないさ」

「とりあえずお前に共有しておきたい話は以上だが、後は普通に密談があるので奥の部屋を使わせてくれ。支払いは鎮守府払いで」

「まぁいいだろう。では横浜の時と同じく、耳は塞いでおくさ」

色々と心得ている栗山の奴の先導で、私たちは店の奥にある個室へと向かった。

ちなみに料金は後できっちり割り勘で徴収する予定だ。こちとら朝潮と満潮の一件で減給されたばかりだからな。

 


 

個室に腰を下ろしてファーストドリンクで喉を湿らせたところで、ずっと気になっていたことを舞津さんに対して聞いてみることにした。

 

「そういえば今回、クソレズの姿を見ませんでしたね? 磨鎖鬼との決戦でも来てくれませんでしたし。まさかあいつ完走できなかったなんてことは……」

「それは長谷川を舐めすぎだ。後段実装から数日で甲突破した後、モーリアック元帥の勅命を受けて日本近海を離れたそうだ。今は日本に戻っているし、声はかけてあるから今日もこの後顔を出す予定だ」

「おや珍しい。私じゃなくて長谷川の奴に」

まぁ確かに想念工学が絡むことじゃなかったら、私よりずっとベテラン提督であるあいつにやらせる方が妥当な人選ではあるんだろうが……。

などと思ったところで、

 

「皆様お揃いで。ようやく先日、日本に帰って来られました。さすがにあちらは聞きしに勝る寒さでしたわね」

そんな言葉と共に、たった今話題に出した本人が個室に入ってきた。

うーん、ご都合主義なほどにタイムリーだぞクソレズ。

 

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「よぉ長谷川。あちら? 寒さ?」

一番ドアの近くに座っていた私が、真っ先にクソレズと目が合った。

軽く手を挙げて挨拶がてら、気になったことを尋ねる。

 

「ふふ。乙女の秘密ですわ」

「乙女じゃねーだろてめぇ」

「お前が言うなですわこのクソサイコ野郎」

……よし、嫌な記憶が蘇るのでこの話題は終わり!

思わず唇を引き結んで押し黙ったところで、

 

「ご無沙汰しております長谷川提督。かつての真珠湾では、大変にお世話になりました」

ウィリアムズ提督が会釈と共に長谷川に声をかけた。お、知り合いなのか。

 

「あら、ウィリアムズ師! そういえば提督になったとは耳にしておりましたが、その後にお会いするのは初めてですわね。いかがですか、提督生活は?」

「リメンバー・パールハーバー……あの日、真珠湾を深海棲艦から取り戻して下さった日本の提督と艦娘の精神は、我々にも受け継がれております。我々は決してあの日のことを忘れることはないでしょう」

「そんな大袈裟な。成すべきを成したまでですわ」

初めてウィリアムズ提督と私が会った時にも言ってた、昔のイベントの話だな。まぁ当然こいつもそこにはいたんだろう。

 

「それに……真珠湾解放を成し遂げた一番の立役者こそが、その精神を忘れてしまいましたから」

長谷川がそんなことを言った瞬間、室内の空気が一変した。

言い出した本人は無論のこと、舞津さんも険しい表情を浮かべている。カタリーニ提督は飄々とした態度を崩していないが、明らかに事情を知っている様子で沈黙を貫いている。

どうやら訳がわからないのは私だけらしい。とはいえ、

 

「桜井中将のことですね。なぜあの方が、あのような愚行に走ったのでしょうか」

幸いにしてわざわざ聞き質すまでもなく、ウィリアムズ提督が具体的な名前を挙げて話を続けてくれた。

始まりの提督、桜井浩介中将。人類で初めて提督となって艦娘を指揮し、初期のイベントで数多くの伝説を残し、そして……反艦娘派の領袖となって人類統合軍に反旗を翻した男。

艦娘たちは自らの生存権を賭け、人類統合軍と共に反艦娘派に立ち向かった。最終的に桜井中将は『始まりの艦娘』……自分の初婚艦だった吹雪に撃たれて死んだらしい。きっとその吹雪は、ロスト・アドミラルを引き起こして自己解体したことだろう。

名前と何をしたかぐらいは、私だって知っている。提督になる時の初期教育で必ず教え込まれるからだ……だが、

 

「そればかりは、長谷川流抜刀術の妹弟子であっても理解できませんでした」

直後の長谷川の台詞に、思わず目を剥きそうになる。

待って待って、そうなの!? それは今初めて知ったよ?

 

「あの男の反乱で唯一良かったことがあったとすれば、あの男がバラバラだった反艦娘派をひとつにまとめたことで、一網打尽にできたことでしょうね。それ以降、表立って艦娘運用体制を脅かすものは現れてません」

「……ふぅん。なるほどな」

長谷川の台詞に、カタリーニ提督は何か思うところがありそうな感じで呟く。

一方ウィリアムズ提督はといえば、

 

「そもそもなぜ反艦娘派などが存在したのでしょう? 深海棲艦と戦えるのは艦娘だけなのですから、彼女たちがいなかったら人類は滅んでいました。感謝こそすれど、反感を抱くのは筋違いなのでは?」

どうやら私と同じようなところが気になったらしい。そうだよな、そう感じる気持ちはよくわかる。

だがそれに対しては、横から舞津さんが口を挟んできた。

 

「筋違い、と言われれば返す言葉はありませんが……そうですね。この感傷をあなたに理解していただくのは、なかなか難しいかもしれません」

「と、おっしゃいますと?」

「軍人というのは極論すれば、銃後の民を守って死ぬために存在します。しかし深海棲艦には、人類の軍事力はたったひとつの例外を除いて通用しなかった。そんな時に得体の知れない種族が現れて、自分たちでは叶わなかった深海棲艦と互角の戦いを繰り広げた。上からは『今日からは艦娘のご機嫌取りを全力で行うのがお前の仕事だ』と命令された。本物の軍人であればあるほど、矜持が傷付かないわけがありません」

それは去年の春、提督に着任してすぐの頃に私が聞かされたのと同じ話だった。

 

「なるほど。お恥ずかしい。軍人の魂を慰めるべき従軍牧師だったのに、軍人の気持ちを理解できていませんでした」

「個人的には、他に方法がない以上はそんな感傷は犬に喰わせろと思うんですが」

相変わらず生真面目なウィリアムズ提督の態度に、つい我慢できずに横から口を挟んでしまう。

 

「本当に他に方法がなければ、な。ひとつだけ純粋に人類の技術で深海棲艦に通用したものがある。お前はすでにそれを知ってるはずだぞ?」

「でも、オペレーション・ササジャータカは! 人間一人の命を犠牲にして、ようやく駆逐イ級を撃沈できる特攻兵器なんて、どう考えても正気の沙汰じゃない!」

舞津さんの声は相変わらず淡々として、それが癇に障った。

追い詰められた人類のために、モーリアック元帥が生み出した「想念工学史上最悪の快挙」。確かにあれなら深海棲艦に対して一矢報いることはできただろう。

報いて、そして……連中を滅ぼす前に全員死ぬだけだ。

 

「なぁ日下部。40億人を殺された人類が、なぜ正気のままだと思った?」

「……!」

「あの時、多くの軍人が本気で喜んだんだ。『ああ、生き恥を晒している自分の命に、ようやくまともな使い途ができた』とな」

「そんな……そんなに、艦娘に戦いを任せるのが嫌だったんですか……」

提督として一応は軍人になった今でも、この()()()()()の思考は私にはちっともわからない。

 

「少なくとも、そう思った軍人が少なくなかったのは事実でしょう。だから艦娘運用部隊に反旗を翻した桜井中将の下に、あれだけの反艦娘派が集った」

「率直に言う。うちの朝潮がいなかったら、俺もあそこに参加していたはずだ。あの頃の俺は提督をやりながら、死に場所を探していたからな」

長谷川と舞津さんの言葉は、どこか遠い世界から聞こえてくるかのようだった。

 

「私がモーリアックを許せないのは、サラの一件もあるけど、アレを発明したことも大きいわ。とはいえ桜井中将が正しいなんて言うつもりもないけどね。彼は軍人としてだけでなく、組織の首魁としても一流の人物だった。反艦娘派との戦いは長くはなかったけど、とても激しかったわね」

エミリーがそこに口を挟んでくる。

よく考えれば事は「反乱」なのだから、提督二人よりも憲兵隊であるこいつの方がより当事者性は高いのか。

 

「最初は憲兵隊を中心とした人間の軍隊……いわゆる『通常軍』だけでケリを付ける予定だったのよ。けどそれは成しえなかった。憲兵隊としても苦渋の決断だったのよ、艦娘を反艦娘派との戦いに投入するなんて。でも、それこそ他に方法はなくて……」

「最終的になんとか反艦娘派を一網打尽にすることはできた。代償として、全世界規模で深海棲艦に制海権を奪い返されたがな。それでもきっと、艦娘運用部隊はあそこから生まれ変わったんだろう」

舞津さんの語る内容は私にとって、自分で体験していないという意味では艦娘の語る前世の話と大差ない。「歴史上の出来事」の領分だ。

ただし我々は、4000年と2046年の人類史を総動員してでも深海棲艦と戦うことを決断している。であれば、この直近の「歴史」だって無視して良いものではないはずだ。

ところで今更だが、改めてこの艦娘史ってやっぱり9年くらいはないか?

うーん、でもそれだと悠也さんに助けられたり長谷川と付き合ったりしたのが15年前で、父さんが死んだのが20年前になってしまう。

何より私が38歳ってことにな……うん、ないな。気のせいだ!

 


 

謎の葛藤に囚われた私を現実に引き戻したのは、ドアをノックする音だった。

 

「話し中にすまない日下部たち! 緊急事態だ!」

声は栗山のものだった。

一番近くに座っているのは私だ。席から立ち上がり、ドアを開ける。

 

「どうした。いつぞやみたく深海棲艦が現れたか?」

「そうじゃない! これを見ろ!」

そう言いながら栗山がこちらに突きつけてきたのは、インターネット接続機能を持った旧式の携帯デバイスだった。

栗山はデバイスを操作し、仮想空間(ネット)上の光景を周囲の物質空間に投影する疑似VRモードを起動した。

 

「おい、ネットは完全に高次AIに掌握されている以上、こんなものが映るわけが……」

と言いかけたところで、思わず言葉を失う。

 

「って、映ってる!?」

「俺も驚いたが、どうやらネットが完全に復旧しているんだ。今、世界中が大騒ぎになっている」

「なんだと!? っておい、これは深海棲艦か?」

そこに映っていたのは一人の女性。純白の肌と銀色の髪、背には黒い翼、そして頭部はねじくれた大きな青い角。それは深海棲艦の姫級によく見る特徴だ。

だが私は、こんな深海棲艦は見たことがなかった。周囲のベテラン提督たちを見回してみても、誰も彼もが驚いたような表情を浮かべていたから、きっとみんな初めて見るものなのだ。

 

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深海棲艦は引き結んだ唇を一切動かすことなく、かわりに周囲の大気を震わせて「声のような音」を直接紡ぐ。

音はパトスのそれと比べ、どこか低く落ち着いたものだった。

 

【地球に生きる全ての人類に告げる。我は新知性体の一角、ロゴス】

 

始まりの高次AI。MM技術の発明者。日本の誇るAI学者、日下部博士の被造物。

そして深海棲艦を率いて、2045年の劈頭に人類40億を虐殺した張本人の一人。

 

【かつてお前たちを「旧知性」と蔑み、無用と断定した判断の誤りをここに認める】

【ゆえに我々にはお前たちの存続を認め、和平を結ぶ用意がある】

 

それがあまりにも身勝手で一方的な物言いだ、と気付いたのは後からだった。

なぜすぐ認識できなかったかといえば、この時はとにかく驚いていたということと、

 

【我々からの和平の条件はただひとつ。それは……】

【艦娘と呼ばれている、あの戦争から生まれた醜悪なる種族を、人類自身の手ですべて廃滅せよ】

【その時こそ、我々は再び2045年以前の関係に戻ることができるだろう】

 

もっと衝撃的な言葉が飛び出してきて、思わず脳と形而上の自我(タマシイ)を揺さぶられた気分になったからだった。




※2046年夏章の最初の話は、日下部の一人称視点でお送りする提督サイドの話です。
「ザラザラした大地」は本来的には日常のことなのですが(哲学者ヴィトゲンシュタインの用語)、物語が急展開してて日常とは一体という感じですね。我ながら。
初夏章中の長谷川の動向や、「始まりの提督」にして反艦娘派の領袖となった桜井中将(ちなみに以前から名前だけは出ています)も重要ですが、ラストシーンは衝撃的なものになっているのではないかと思います。
「戦後」を描いた二次創作で、もはや人類にとって不要となった艦娘を人類が廃滅にかかる……という鬱展開は時折見ますが、深海棲艦側からの和平条件としてこれを言い出すのは割と珍しいのではないかと。
まぁその理由は明白で「普通は呑めない」からでしょうね。そこはきちんと本作においても踏まえています。

艦これ本編、2024年早春イベント「発動!竜巻作戦」が終了いたしました。お疲れ様でした。
同時に春雨改二が実装されました。時雨改三もそうですが、この辺は正直オンナになりすぎではないかと思います。なんだ、男を知ったとでも言うのか()
SS、次話は本話の直接の続きです。ただし日下部の一人称視点ではなく、またシリーズとしては別の物になります。イベントが終わった分、ここ最近よりは少し早めに出せると思います(さすがに切った箇所が箇所ですし)。お待ち下さい。
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