日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


これからの「正義」の話 1

満足した豚であるよりも不満足な人間のほうがよく、満足した愚か者よりも不満足なソクラテスの方がよい。

――ジョン・スチュアート・ミル

 

 

人類統合軍の大本営が存在する松代は新興市街地が各地に誕生してからもなお、世界最大の規模を誇る人類居住圏で在り続けている。

その一角にある集合墓地。そこに今、男女一人ずつの人影が存在した。

 

「ずいぶん変わった場所を指定したっすね、サリヴァン専務? ここ、誰のお墓っすか?」

特徴的な口調で語りかけた女性は、吉岡群青。

ヨシオカ・コーポレーション会長令嬢にして、新興市街地プロジェクトを手掛ける吉岡都市開発の事業本部長。彼女は5月18日に日下部たちの前に現れた時の私服ではなく、きちんとビジネス用のスーツをまとった姿だった。

 

【挿絵表示】

 

そのような姿の割に口調が砕けているのは、これが公式の会合ではないからだ。それはこんな場所で待ち合わせていることからも明白だろう。

群青にサリヴァンと呼びかけられた男は、無言で目を落としていた墓から視線を上げ、彼女へと向け直す。

淡桃がかった白髪に赤みを帯びた瞳。すらりと伸びた上背。

だが……もしこの場に日下部がいたとしたら、()()()()()()()()()()()()ことに強い違和感を覚えたことだろう。

 

【挿絵表示】

 

ラシャヴェラク・サリヴァン。

ヨシオカ・コーポレーションと並ぶ世界企業連合(コーポレート・ユニオン)の三大巨頭の一角、アメリカを本拠とするIMCの専務。それが今この場にいる存在としての、彼の肩書と名前だった。

 

「とあるフィギュアスケーターのものだ。今から20年以上前にアマチュアを引退し、その後もアイスショーなどを中心として活躍し……そしてシンギュラリティ到来時に『40億分の1』になったようだ」

「へー。ファンだったんっすか?」

「彼の、ではないがね。彼にとてもよく似た別人の、ある意味でファンだった。ああそうだな、いい加減にもう一度会いたいものだ」

そんな風に語るサリヴァンは、相反する感情……例えば友情と敵意のような……が入り混じった複雑そうな表情を浮かべていた。

だが残念ながら群青にはその事情は窺い知ることはできないし、逆にそこまで踏み込む理由もない。

 

「よくわかんないっすね。まぁいいです。それより首尾は?」

「ああ。今頃は始まっているはずだ」

「高次AIに働きかけて条件付きとはいえ和平をもたらすとは、あいつは何者だ……今頃、IMC上層部は大騒ぎじゃないっすか?」

「どうかな。案外彼らは私の正体などとうに察しているかもな。何しろ現在の世界を作った元凶のひとつだ」

微笑と共にそんなことを言ったサリヴァンに対し、群青は諦観に満ちた表情を浮かべる。

 

「それについてはヨシオカもシュテルンも同罪っすよ。結局、人類に恒久平和なんて土台無理だったんすよ」

「否定はしない。だが、それを決して認められなかった者がいたのだ」

「ロゴスは本当にお姫様っすね。健気すねぇ」

「……君と同程度にはな」

「おっと、自分っすか? そうっすね、多分自分のことを地位を得るための道具としか思ってないセックスレスの旦那に健気に尽くす、実に貞淑な妻っすよね?」

群青はどこかおどけた調子で自虐的な言葉を口にするのだが、

 

「茶化さなくていい。そのずっとずっと前から、君は彼の幸せだけを願って行動してきたはずだ」

サリヴァンは一切の稚気を抜きに、真剣な表情で告げた。

 

「かつて日下部提督の慰み物になっていた姉を取り戻し、彼の下に戻すためだけに、君は自分が日下部提督の一番になろうとしたのだろう?」

「昔の話っすよ。それに結局浅葱お姉ちゃんをユートに返してあげることができなかったのは事実っす」

「一応聞くが、君は日下部提督のことを好きにならなかったのか?」

「エミリーみたいなドMと一緒にしないで欲しいっす。……と言いたいところっすけど、まぁあの肉便器生活をそれなりに楽しんでた自分がいるのは否定できないっすね」

かつて数年かけて肉体に叩き込まれた快楽は、本当に蕩けそうになるほどのものだった。自分に対しては姉と違い、マインドハックなんて使われていないにも関わらず、だ。

だから群青は、日下部が自分に対してしたことについては一切恨みに思ってはいない。そもそも先に違法薬物を使ってまで日下部を快楽漬けにしようとしたのはこちらなのだから、恨む筋自体がない。

ただし、

 

「それでも、ユートの方が100倍いい男っすけど」

形而上の自我(タマシイ)まで快楽に売り渡すことはなかった。そしてそのすべてを懸けて愛している人がいる。それだけだ。

 

「……篠原支社長も素直に君を愛してやれば、すべてが丸く収まっただろうに」

「サリヴァン専務、会うたび言ってるっすよね。ユートは今はもう自分と結婚して吉岡っすよ」

群青は腰に手を当てて抗議する。

 

「それに。もしそうなってたら自分もユートもあんたの敵っすよ? 深海棲艦がお姉ちゃんの仇であることは間違いないっすからね」

「違いない。さて……計画第二段階の準備は?」

「今のところは順調っす。夏イベで艦娘運用部隊の主力が日本を離れるまでは潜伏っすけどね。しっかしあんたもエグいこと考えるっすね。さすが本物の『鬼』っす」

「ははは。褒め言葉として受け取っておこう」

サリヴァンは群青から視線を外し、虚空を見上げた。そして詩でも吟ずるように言葉を紡ぎ始める。

だが今回のそれは、海と(フネ)のものではない。人間についてのものだ。

 

「人類には、人類最大の敵をぶつける。人類は長きに渡る物質世界の歴史において、唯一の支配種として振る舞ってきた。高次AIや艦娘といった他種族の登場ですら、歴史の尺度で言えばごくわずかなものだ。つまり人類最大の敵、それは……」

サリヴァンはそこで一度言葉を切り、再びゆっくりと群青に視線を向け直す。

 

「――人類以外にありえない」

群青は改めて、目の前の男を心底恐ろしいと思った。

 


 

ロゴス演説を受けて、すぐに提督飲み会は解散になった。長谷川・舞津両提督は自身の鎮守府に戻っていったし、カタリーニやウィリアムズに至っては艦娘運用母艦を抜錨して、急遽帰国するつもりだそうだ。

そして日下部は自身の執務室で、数名の艦娘と顔を合わせていた。

 

「提督。私たち艦娘は……」

まず代表して声をかけてきたのは川内だった。その態度が妙によそよそしく感じるのは、いくら彼女であってもあの演説を気にしているからなのだろうか?

だがそれだけではなく、なんとなく最近の川内自体に違和感があるような気がしていた。深海磨鎖鬼との決戦の時に何かを確認しようと思ったはずなのだが、意識喪失(ブラックアウト)から回復した時には具体的な内容を覚えていなかったのが、今になって響いている。

とはいえ、その違和感はひとまず脇に置いておく。まずは彼女たちを安心させてやるべきだろう。

 

「あんな条件、誰がどう聞いたって呑めるはずがないだろう。稚拙極まりない謀略だ。真に受ける必要なんかひとつもない」

「本当に高次AIとの和平が成立するのであれば、少なくとも私個人は解体されることに異存はありませんが……」

「ちょっと赤城さん!」

横から口を挟んできた赤城に対し、川内は思わず目を剥いて振り返る。

 

「するのであれば、です。誰もそれを保証できない以上、この段階で鵜呑みにするほど提督や皆様は愚かではない。そうでしょう?」

「当然だとも。モーリアック元帥だって絶対にそう考えているはずだ」

日下部が力強く肯定すれば、後ろで控えている艦娘たちにもさすがに安堵したような空気が広がっていく。

そのうちの一人、

 

「アンタのこと見直したわ」

サラトガ……口調からして今はサラ・ローレンスの人格が出ているのだろう……が、明らかにこれまでとは違う温かみのある口調で告げてきた。

 

「どうせ日本の男なんて、我が身可愛さにとっとと艦娘を解体してアイツらに尻尾振るって思ってた」

「ご挨拶だなぁ。でもわかってもらえたなら何よりだ。私は何があろうが艦娘の味方だよ」

「そうよね。悪いのはお姉ちゃんを堕としたどっかのクソ野郎だけだもん。日本の男ってだけで提督、アンタを嫌うのは筋違いだったわ。Sorry(ごめん)、今までの態度は謝る。クソ野郎はもし今でも生きてたら見つけ次第殺すけど」

「……げふんげふん!」

日下部にとっては何の救いにもなっていない謝罪の言葉を告げられて、思わずむせ返りそうになる。

そんな日下部に対し、後ろで控えているコロラドが無言で視線を向けてきた。そのジト目は明らかに「これどうするつもりなの?」と言っている。

確かに、今まで以上にサラに対して過去の所業を知られるわけにいかなくなったのは間違いないだろう。

 

「まぁ個人的な話は置いておいて……お前たちには今まで通り深海棲艦との戦いを続けてもらう。ただし新興市街地を除く土地への外出は禁止だ。統合軍内部からは反艦娘派は一掃されているとはいえ、民間人で暴走する輩が出ないとも限らない」

「新興市街地へは外出していいの?」

「ああ、元々艦娘運用部隊のための街だからな。住人も艦娘に好意的だし」

川内の投げかけてきた疑問には、そんな風に即答する。

もちろん外から不穏分子が紛れ込むのを完全には防げないかもしれないが、その辺りはエミリーたち憲兵隊の仕事だ。そして新興市街地はその他の人類居住圏と比べ、駐屯している憲兵隊の数が圧倒的に多い。

移動制限は艦娘にとって少し辛いかもしれないが、新興市街地ができる前の提督は自分の鎮守府の敷地から出ることは基本的にできなかったのだ。それと比べればかなりマシだと思ってもらうしかないだろう。

 

「大本営から正式な方針が出るまでの暫定措置だが、ひとまずこんなところだ。やはりみんな不安そうだからな。もしそういう奴を見かけたら、励ましてやって欲しい」

「了解……提督、そういうところに気が回るようになったの、すごい」

「おう川内、惚れ直したか?」

青葉がもしこの場にいたら間違いなく撮影しているレベルのドヤ顔と共に言い放ったのだが、

 

「……」

川内は困惑したように苦笑を浮かべるだけだった。

 

「ねぇ何か言って!? これじゃ私がただの道化じゃん! というか普段だったら『あったりまえじゃん!』って勢いよく言うよね! なに、まだケッコンして一年も経ってないのに倦怠期ですか!?」

「あっ、そ、そういうわけじゃ……」

「じゃあほら、来い。今すぐ来い。ほれ」

日下部は大きく手を広げて、胸に飛び込んでくるように川内に求める。依然として少し困った表情のままだったが、それでも川内はそれ以上拒むことなく日下部の腕に身を委ねてきた。

残された三人は、呆れたような表情で顔を見合わせる。

 

「Admiralと川内は完全に二人の世界に入ったわね。これは解散でいいのかしら?」

「よろしいのではないですか? ちなみに私は嫁艦の一人として、この後お二人の間に割って入るつもり満々ですけど」

「まぁちょっとイラっとはするけど、いつまでも深刻ぶってるよりこういう普段どおりのノリの方がいいんじゃない。ねぇそれよりコロラド、お姉ちゃんの話聞かせて?」

「エミーの? ……えっと、ベッドの上での?」

「ちょっと待てアンタとお姉ちゃんそういう関係だったの!? ちょっ、詳しく!」

日下部鎮守府はこんな状況であっても、どうやら平常運転のようだった。

 


 

「ロゴスの提案に対する回答? すまないがこれでも僕は忙しいんだがね」

松代大本営に存在する応接室のひとつ。居並ぶ諸国の大使たちに対し、モーリアックは不機嫌そうな態度を隠そうともせずに告げた。

彼らの母国はシンギュラリティ到来以後にあっても国家の体裁を保っており、人類統合軍に対して通常軍の戦力を供出している一流国ばかりだ。通常はここまで無体な対応をして良い相手ではない……つまり逆に言えば、今回はわざわざそうするだけの意味があるということだ。

 

「そうだな、艦娘の高雄くんの台詞を借りて『馬鹿め』とでも言ってやることにしようか。人類の半数以上を虐殺した相手の申し出を鵜呑みにして、みすみす唯一対抗できる戦力を全廃する愚か者がいるものか」

「もうひとつ付け加えますと。『2045年以前の関係に戻る』というのはつまり、再びロゴスを世界の支配者として認めることになるんですけど……今更それ、できます?」

モーリアックの言葉に追随して、隣に控えていた夕張が続ける。

大使たちは何も反論せずに、ただ押し黙ってその言葉を聞いていた。

 

「というわけで、検討の必要すらないというのが人類統合軍の公式見解だ。僕を筆頭に日米英伊独、各国の主要な元帥は全員同意している」

主要な艦娘たちの母国に当たる国の名前を引き合いに出しながら、モーリアックは無情にも宣告した。

この場にいる大使たちの中には、当然その五ケ国に属する者もいる。だが人類統合軍は文字通り人類全体規模の超国家組織だ。所属者は母国ではなく、ただ人類統合軍の命令系統にのみ従うこととなっている。

ここで立場をはっきりさせておかないと、今後の統制において致命的な不和が起きかねない。過去の反艦娘派の反乱で得た貴重な戦訓を無駄にするわけにはいかないのだ。

 

「さて、先ほども言ったが僕も忙しい身でね。そろそろ解散でよろしいかな?」

モーリアックが告げると、各国の大使は特に否やを唱えるでもなく素直に応接室を辞していった。

皆一様に、モーリアックがこう答えることは最初からわかっていたのだろう。そしてわかっていても実際に確認することに大きな意味があるのが、政治や外交の世界だ。

だが本来は人類滅亡の瀬戸際にそんなプロセスを踏む余裕はないということで、現行の艦娘運用体制は構築されたはずなのだ。たった一度のロゴスの演説が、そこに決して抜けない楔を打ち込んでいた。

そうでなくとも人類は艦娘も含めて総力を結集しなければ、「負けない」ことさえ容易ではないというのに。

これからのことを軽く想像しただけで、モーリアックは思わずよろめきそうになった。




※前話の直接の続きとなる今話は、新しいシリーズとなります。
シリーズタイトルはもちろん、マイケル・サンデルの名著「これからの『正義』の話をしよう」から取っています。一応内容はうっすーく関係してきますが、本作はあくまで艦これの二次創作なので別に読んでなくても大丈夫です。
ちなみにこのシリーズは複数の章を跨いで、かなり先まで続く予定です。

前話ラストのロゴス提案、当たり前ですが普通は呑めるものではありませんね……普通は。最初の群青とサリヴァンの会話に不穏当なものを感じていただければ幸いです。
ちなみにサリヴァンが待ち合わせ場所に指定した墓、もちろん本作世界における「あの方」のものです。リアル2024年現在ご存命の方なのであえて名前は伏せていますが。サリヴァン(というか本作の深海磨鎖鬼)は、あの方がフィギュアスケーターではなく本当に提督をやっている世界から来たという設定です。
また、地味にサラ・ローレンスの態度の変化は今後の布石になっていきます。日下部はサラから一定の敬意と好意を得るに至りました(同時に地雷も抱え込んだわけですが)。

艦これ本編、春雨改二任務をはじめ色々と細かいことをこなしつつ、イベ間期ののんびりした時間を過ごしています。あと数日で11周年が来て忙しくなりそうですが……とはいえ今年はリアルコラボが中心でしょうかね。
SS、次話はこのシリーズの第2話です。一段落するまではまだちょっとシリアス気味の話が続く予定です。
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