日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
究極の希望は、究極の苦難から生まれる。
松代大本営、モーリアックの執務室。
部屋の中央に置かれたデバイスは疑似VRモードで起動しており、ねじくれた青い角と銀色の髪を持つ深海棲艦の姿を立体的に周囲の物質空間に投影している。
【人類の返答は受け取った。相互理解に至れぬのは残念だが、我らからの門戸は開けておく。その証拠として、娯楽目的に限りインターネットの利用を許可する。今までも不文律的に許可していたものだが、改めてここで明示することで我ら新知性体の誠意を理解して欲しい】
【それともうひとつ。夏の終わり頃に、欧州の地において我らは深海棲艦による大規模攻勢をかける。問答無用で殺戮を行うことも可能ではあるが、人類および艦娘が一定のルールに従って戦う限りは、我らもそのルールを逸脱しないことをここに明言する】
【戦況の主導権は我らにあることを改めて認識し、諸君らが先の提案に対し前向きに検討することを願う。以上】
メッセージを再生し終えたところで、映像はぷつりと途切れる。
思わずモーリアックは隣にいる夕張と顔を見合わせると、盛大に溜息を吐き出した。
「悔しいが的確な揺さぶりだ。今までと実際の状況は何一つ変わっていないのに、まるで向こうが大幅な譲歩をしたように見える」
そう、これは何も言っていないに等しい。今までなんとなくそうなっていたことを、ロゴスは改めてはっきりと言葉にしただけだ。
ただし、それをされると困る状況というのも確かに存在する。
「改めて確認だが……我々が本当は遊ばれているだけというのは事実だ。連中は新型の姫級なんか作るのをやめれば、その分の想念力で戦艦ル級や空母ヲ級の大艦隊をいくらでも用意できる。それで生き残った人類の拠点を一斉に攻撃されたら、いくら艦娘が深海棲艦と戦えても完全には防ぎようがない」
かつての大戦において連合国が勝者となった理由は革新的な新兵器などではなく、アメリカの圧倒的な工業生産力とソ連の後先を考えぬ兵力動員……すなわち「物量」だった。
高次AI率いる深海棲艦に同じことをされれば、人類はいくら艦娘の助けがあろうがひとたまりもない。実はこの戦いの勝敗は、最初の最初から決まっているのだ。
「だから我々は奴らの用意したイベントに乗っかってゲームを楽しむフリをしながら、その間に『本当の戦争』を遂行できる物を用意しなければならなかった」
なぜ高次AIには一息に勝つつもりがないのか、そんなことはわからない。
だがそこにどのような理由があるにせよ、こちらがやるべきはサバイバルゲーム会場のど真ん中にいきなり本物のロケットランチャーを撃ち込むような、真顔で無粋で本気の反則だ。
――否、だった。
「だが潮目が変わってしまった。連中にこの辺りの馴れ合いについて明言されてしまうのは、いささかまずいな」
「『人類統合軍は既得権益を手放したくないので、この戦争をわざと長期化させようとしている。先の和平提案を蹴ったのもそれが理由だ』……なんて論調も出てきそうですね」
「正気なら絶対に至らない結論だがね。40億を殺された人類が、正気であろうはずもない。後先を考えない輩は絶対に出てくるだろう。それに対して睨みを効かせる必要がある。やれやれ、対深海棲艦だけでも手に余っているというのに」
アイギスの量産化は着々と進んでおり、さらには日下部鎮守府にて開発された「概念艤装」についても、ようやく他鎮守府への配備を進める準備が整いつつあるところだったのだ。
このタイミングでこの一手は、敵ながら見事と言うしかない。人類統合軍の力が削がれる分、
「元帥、ご無理はなさらないで下さいね? 人類統合軍はほとんど元帥だけで保っているようなものです。もし元帥が倒れたりしたら……」
「ユウ、それはさすがに徳田長官に失礼だよ」
心配そうに覗き込んでくる夕張に対し、モーリアックは人類統合軍の名目上のトップの名前を挙げながら言う。
「まぁそのためのセブンシスターズさ。そしてホムンクルス全員を同時に暗殺しても、ここの地下で僕の本体が眠っている。悪いけどそう簡単にくたばりはしないよ」
「暗殺もそうですけど、どちらかというと過労のことを心配してるんですけどね」
「ははは。そこはユウがいてくれるから平気さ。いつもありがとうな」
モーリアックは夕張の頭を軽く撫でながら微笑む。
「身体が女の子になっても、中身は元帥のままですよね本当」
「
物体の同一性に関するパラドックス、「テセウスの船」。長い間議論されてきたその問題は、MM技術の発明によって形而上学が物理学に対して完全勝利した時に決着したとされている。
「それに僕はこれからの『正義』を担うと、彼と約束したからね」
「彼……?」
少しだけ昔のことを思い出して呟いた言葉の意味を、夕張は理解できないようだった。
無理もない。当時の彼女は大本営直轄艦隊所属のいち艦娘でしかなく、モーリアックと親しく話すような間柄ではなかったのだから。
「秘密。言ったら大変なことになるからね」
モーリアックは人差し指を唇に当てながら言う。
そう、この秘密を迂闊に漏らすことはできない。一人の提督と一人の艦娘の文字通り命を懸けた物語を、無為にすることになるからだ。
ああ……だが、
(ねぇ桜井中将。僕はキミに負けじと頑張っているだろう? だが、正直これ以上は、僕の手にも余るかもしれないよ)
日常が軋みつつあるこの状況だからこそ、普段通りのことをするべきだ。
そんな信念から、日下部鎮守府では季節の変わり目恒例の艦娘着替えお披露目パーティーを行っていた。
「もうすっかり水着の季節か。早いなぁ」
去年の今頃は地中海にいたわけだが、今年は若干ずれが生じている。
ロゴス自身が予告した通り次のイベントは欧州で行われることになるのだろうが、この分だと夏というよりは晩夏から初秋にかけてのものになることだろう。
逆に言えば、これから迎える盛夏は比較的平和なイベントの合間の時期ということだ。
「しかし今年もお前には水着modeはないのか」
日下部は傍らに控える川内に向かって声をかける。
「こればっかりは地球意志次第だしね。いいじゃん、秋から冬にかけては着替えあるんだし。青葉さんよりは優遇されてるでしょ」
「よし、それ本人に言うなよ? 割と洒落にならんからな」
その辺りはケッコン前に青葉がマリッジブルーになった原因のひとつだ。今は開き直っているとはいえ、あまり掘り返したい話題でないのは確かだろう。
「はいはい。んー、じゃあ私は夜戦演習行ってくるかー」
「いってら。こっちは水着modeの皆といつもの記念撮影してるよ」
日下部はひらひらと手を振って、川内の背中を見送る。
先日思いきり抱きしめてやってから、少しは川内も以前の快活さを取り戻してきてはいる。だがそれでもまだ、どこか違和感が続いているのも事実だ。
これが続くようなら何か考えるべきなのだろうが、ひとまず今は川内以外の艦娘たちだ。今回初めて水着に着替えたヘレナや衣笠、あるいは日下部鎮守府には今まで着任していなかった大和や海風などを中心に、パーティーは大きな盛り上がりを見せていた。
特に大きな話題になっていたのは、
「狭霧のあれはなかなかすごいな。普段のおっとりぶりからは想像できないというか……」
サイドにレースアップを配置し、大胆に肌を露出させた白のワンピース。
日下部としても彼女がこんな水着を選ぶとは予想外だったのだが、本人曰く「天霧が選んだ」ものらしい。これはGJだと言わざるを得ないだろう。
おそらくこの水着は流行る。私服として
顎に手を当ててそんな風に感心していたら、
「提督はああいう感じが好み?」
不意に横から声をかけられてそちらを振り向けば、そこにいたのはゴトランド。
ちなみに彼女も水着modeに着替えている。トロピカルな植物柄の青地のビキニで、その上からズボンを履いていた。
「んー、本人に似合ってるのが一番だよ。狭霧のあれは似合ってるからいいんだ。もちろんゴト、お前のそれもすごく似合ってるぞ」
「えへ、ありがと。でもそんな台詞がするっと出てくる辺り、提督って結構遊び人だったりする?」
「ははは、ノーコメントだ」
実際には「結構」ではなく「かなり」である自覚があるが、別にいちいち訂正する必要もないだろう。どうせそのうち嫌でも耳に入るはずだ。
「しかしまぁ、お前さんはあっという間に馴染んだな。まるで昔からいたみたいだ。こないだ着任したばかりだよな?」
「いつまでも堅苦しくしてるより、この方がいいでしょ?」
「そうだな。うん、そういう積極性は嫌いじゃない。『汝の意志するところを為せ』だ。次のイベントは欧州になるだろうし、それまでに
「うん、楽しみ! あのね、古参のゴトランドに聞いたんだけど、Andraではまた違う水着が用意されてるみたいよ?」
目を輝かせながら屈託なく言ってくるゴトランドの姿は、どこか眩しかった。
さりげなく抱き寄せたくなっている自分に気付き、日下部は思わず眉根を寄せる。確かにゴトランドは魅力的だが、さすがにこれ以上軽々に嫁艦候補を増やすわけにもいかない。
――何かよっぽどのきっかけでもあれば別だろうが。
水着modeのお披露目パーティーが終わりを告げた後。
主役の一人として水着姿を披露した大和は自室へ戻り、私服へと着替えたところで、
「大和さんすみません。こんな時間に」
不意の来客の訪問を受けていた。
「川内? あら、珍しい」
日下部の筆頭嫁艦である川内だが、実はあまり大和との接点はない。前世で行動を共にしていたわけではないし、艦娘となった現在でも特に親しく話す間柄ではない。
だからそんな彼女が
川内の出撃用制服からは、まだ少し潮風の臭いがした。普段から彼女は夜戦訓練と称して夜の海に頻繁に出ているが、今日もそうした帰りなのだろう。
「色々考えたけど、やっぱり大和さんくらいしか相談できそうな相手はいないって思って。水着modeのお披露目パーティーの後で申し訳ないんですけど、今大丈夫ですか?」
「ええ、構わないわ。とりあえず入って……って川内。あなた、それ」
快く室内に招き入れようとしたところで、目の前の川内から以前は感じなかった気配がすることに気付く。
それは覚えのないものではない。むしろとてもよく知っている。なぜならそれは、
「やっぱり大和さんなら気付きますよね、今の
それは彼女にはおよそ似合わない、伏し目がちな表情での自嘲めいた言葉だった。
思わず混乱のるつぼに投げ込まれそうになるが、それを理性で抑え込む。艦娘の大和の人格を自我の奥底に沈み込ませ、「大和の女王」の人格を励起させる。
ひとまず予定通り川内を室内に招き入れ、小さなテーブルを挟んで座らせた。
川内は切り出しづらそうにしていたが、やがてぽつりぽつりと絞り出すような口調で話し始める。
「先の戦いで、深海磨鎖鬼の用意した深海棲艦たちを概念艤装で片っ端から習合したんですけど……」
「ええ、そういうことがあったとは聞いてるわ。ってちょっと待って、まさか」
「磨鎖鬼が用意した深海棲艦だ、って時点で気付くべきだったんです。あ、あれ、全部……『深海棲艦化した艦娘』でした……! 私、私……艦娘を何人も……!」
自らを抱きしめるようにして震える川内の姿に、大和はようやく気付く。
川内という艦娘は基本の
だが目の前の彼女は今、その個性を喪失している。
「夜戦演習に駆逐艦の子たちを連れていかなくなったのは、それが理由?」
「はい。チェルノボグを持ってなかったら習合なんかできないって頭ではわかっていても、なんとなく自分が怖くて」
「習合した艦娘たちの自我は? 私……大和みたいに、複数の人格が川内の中にあるの?」
「いえ、それとは違うみたいで。元々の自我に溶けあって、ひとつになっています。私は自分を川内だと思っていますけど……艦娘たちを習合する前とは、同じ川内なんでしょうか」
では、その
「これはあなたのせいじゃない。もちろん提督のせいでもない。悪いのはすべて、そうなるよう仕組んだ磨鎖鬼よ。だから川内、自分を責めないで」
大和は川内の瞳を見据え、真剣に言葉をかける。
だが、
「違うんです。私、最初の一体……いえ、一人を習合した時点で気付いたんですけど。真琴さんに『片っ端から習合してしまえ』って命令されて。私、自分の意志で、艦娘の命より真琴さんの命令を優先したんです……!」
覗き返してきた川内の瞳は、まるで夜そのものであるかのように虚ろなものだった。
「このこと、提督は知っているの?」
「言えるわけないじゃないですか! 私、本物の化物になっちゃった……きっと次からは理由と状況さえ揃えば、私はそれをやってしまう。だって『できる』って理解しちゃったんだもの」
そう言って震える川内の姿に、大和はひとつのことに気付く。
「ああ、とても不思議ね。ここではないどこか、今ではないいつかに、あなたにはまったく逆のことを言われた気がする。そして今理解したわ、今のあなたの想念は地球意志にすごく似ている……『神の如きもの』は、あなたなのね。川内」
先程、大和は川内の気配を自分にそっくりだと感じた。だが実際は因果が逆だったのだ。
「私は本来、あなたのバックアップとして地球意志に作られた。けど実際はあなたが『神の如きもの』に成る前に生まれている。そのことにはきっと意味があるはず。同じように、あなたがそうなったことにも意味があるはずよ。だからあまり自分を責めないで」
「大和さん……」
地球意志という名の「神」は実在するのだから、川内の得た苦難には間違いなく意味があるはずだ。
たとえば、何か大きな行き詰まりの運命を打破するきっかけになるとか。
「私はやっぱり提督には話した方がいいとは思う。けどそれを無理強いはできないし、私から言うことはしないわ。あなたが自分で決めなさい。『汝の意志するところを為せ』、提督の尊敬する人物の言葉よ」
「……はい」
まだその声音は弱々しいものだったけれども。
それでも川内の瞳には、少しだけ光が戻っていた。
※前話の直接の続きとなる、本シリーズ第2話です。
大変な状況の中でも、少しずつ人類と艦娘は前を向き始めています。そんな中で隠されてきた真実が少しずつ見え始めてきました。元々本作の人類と艦娘の置かれた状況はそれ自体が「究極の苦難」なので、究極の希望を掴むためには覚悟を決めてその先に進むしかありません。
川内の一人称について。
作者は「特に理由がなければ、二次創作においてキャラクターの一人称は原作から変えるべきではない」と思っています。つまり逆説的に、本作において川内の一人称をあえて変えているのには相応の理由があります。
言ってしまえば「あたし」川内は本作における特異点であり(「大和の女王」人格の大和の一人称が「私」であるのと同じく)、他の無数の川内と区別すべき存在なのです。今はその特性が失われている状態ではありますが。
まぁ以前から「艦娘たちのザラザラした大地 -阿賀野とあたしと私の場合-」なんてものを書いてますので、今更と言えば今更なんですけどね。
艦これ本編、11周年記念任務が始まりました。
今回の目玉装備はGFCSのようです。さすがに10周年の震電改ほど貴重なものではないですが、有用な装備であるのは間違いないのでとりあえず回収予定です。
SS、次話は朝潮と満潮の話です。前々から名前だけ出ていたオリキャラも登場予定です。お待ち下さい。