日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


個にして最強

人から批判されることを恐れてはならない。それは成長の肥やしとなる。

――トーマス・エジソン

 

 

容態の回復した朝潮の艦娘専門の医療施設からの移送が完了したという報告を受けて、日下部は憲兵隊ショートランド方面司令部へ足を運んでいた。

 

「司令官。このたびは大変なご迷惑をお掛けいたしました。申し訳ございませんでした」

殊勝な態度で頭を下げる朝潮は記憶にある姿そのままで、一瞬実は何もなかったのではないかという気さえしてくる。

そういえば最後に朝潮とまともに話したのは、先のイベントの第三海域を突破した直後だった。だから満潮やエミリーから"D"の影響で言動がおかしくなったと聞いていても、実際その時の彼女を日下部は見ていないのだ。

 

「悪かったわね。さすがに反省してる」

だが一方で姉に追随して頭を下げてくる満潮の存在が、一連の出来事が幻なんかではなかったと物語っていた。

彼女たちに対する叱責はすでに十分行われ、それとは別にこれから再教育プログラムを履修してもらう予定だ。だから今、提督として真っ先にすべきは彼女たちを叱ることではないだろう。

 

「朝潮、満潮、色々あったがひとまずはお疲れ様だ」

日下部はまずは笑顔でそんな風に告げる。

 

「今回の件に関しては全面的にお前たちが悪いわけでもない。舞津さんとこの朝潮には少し反省を願いたいがな。まぁなんだ、恋というのは確かに良いものだが、そのために人生を棒に振るなんて割に合わなすぎるぞ」

「はい。申し訳ありませんでした」

朝潮は唇を噛みしめてうつむいた。まるで今にもこの場で土下座しそうに震える姿に、思わず自分の未熟を恥じる。先程叱るべきではないと決めたはずなのに、結局そういう言い方をしてしまった。

だから慌てて話題を変える。

 

「ところで朝潮。お前の大切な約束の相手の名前は思い出せたか?」

満潮が心中を決意する最後の引き金になった、朝潮という艦娘にとって核になる名前の亡失。

日下部が問いかけると、朝潮は表情を変えた。幾分か固いものの、それでも確たる意志を伴って唇を引き結び、

 

「はい。野島さんのことを忘れてしまうなんて、本当にどうかしていました」

まごうことなくその名前をはっきりと口にした。

特務艦・野島。かの大戦において、帝国海軍が建造した最後の給炭艦。

ダンピールの悲劇の際、野島の艦長と朝潮の艦長は互いに知己同士であった。無謀極まる作戦に臨むに当たり、生きては帰れぬことを嘆いた野島艦長に対し、朝潮艦長は「自分が護衛する限り決して野島を見殺しにしない」と約束する。

そして実際に野島が撃沈された時、朝潮艦長はその約束を決して破らなかった。危険極まりない敵制空権下のダンピール海峡にあってその場に留まり、野島乗員の救助活動を敢行したのだ。

当然ながら無謀の上に無謀を重ねた行動は、戦争という非情の場において最悪の結果をもたらした。救助活動を終えて再びラエを目指し始めた朝潮自身もまた、敵機による空襲を受けて撃沈されることとなったのだ。

朝潮艦長は沈みゆく朝潮と運命を共にした。だが漂流の身となった野島艦長は味方の潜水艦に救出されて生き残り、戦後長きに渡って人生を全うすることになる。その生命を救ったのは、間違いなく朝潮艦長との約束だったと言えるだろう。

 

「厳密には艦娘である朝潮自身ではなく、佐藤艦長の交わしたものではありますが。それでも朝潮にとっては大切な約束です」

「そうだな、良かった。じゃあ二度と忘れるな。私との約束だ」

「……はい! 必ず守ります!」

びしっと敬礼する朝潮の表情は、ついに以前と同じ力強さを取り戻していた。傍らで心配そうに視線を向けていた満潮も、満足したように頷いている。

これで本当に彼女は本当に大丈夫だろう。もうあんな愚かな真似はしないはずだ。

 

――ではそれはそれとして、やってしまったことの責任をこれからきちんと取ってもらうことにしよう。

 


 

沖縄県嘉手納町には、かつて在日米軍の空軍基地が存在した。

当然ながらシンギュラリティ到来時には優先攻撃目標となり、深海棲艦によって徹底的に破壊されることとなったのだが、その跡地を利用して人類統合軍が設置したのが嘉手納ブートキャンプだ。

提督志願者に対する新兵教育を行っている施設であり、日下部も提督着任前に後見人たる長谷川によって放り込まれることになった。

この嘉手納ブートキャンプの特徴のひとつとして、新兵教育だけでなく軍紀違反を犯した軍人や艦娘に対する再教育も行っているというものがある。艦娘に対する再教育を行える施設は限られているため、非常に重要な存在となっていた。

日下部と朝潮たちは今、その嘉手納ブートキャンプを訪れていた。

 

「鎮守府に戻ったとおもったら妹たちとの挨拶もそこそこに荷物を纏めさせられて、こんなところまで連れてこられるなんて思わなかったわ」

「今回の件、お前たちが全面的に悪いとは言わないが、どんな理由があれやったことの責任は取らんとな」

どこか憂鬱そうな満潮に対し、日下部はきっぱりと告げる。

 

「確かに身から出た錆です。了解しました、ご命令とあらば。朝潮、再教育プログラムに臨みます」

一方の朝潮は、敬礼と共に意気込みを見せながら言ってのけた。

……のだが、すぐに傍らに視線を向けると、

 

「ですが、なぜ武蔵さんまでここに?」

この場にいるもう一人の艦娘に向かって不思議そうに尋ねる。

そう、朝潮と満潮の再教育プログラムのはずなのに、なぜかこの場には武蔵が同行していたのだ。

問われた武蔵はといえばどこか凄絶さを感じさせる笑みを浮かべ、

 

「ああ。人類最強の兵士とやらに興味があってな。そう呼ばれている人物がこの嘉手納ブートキャンプにいると聞いた。そうだな相棒?」

「その通りだ。元オーストラリア陸軍特殊空挺部隊連隊(S A S R)所属、ベサニー・ダンクレー軍曹。まぁ本当に人類最強かは知らないが、とんでもない人なのは間違いないな」

武蔵からの確認の問いに答えながら、日下部は提督着任前に彼女の新兵教育を受けた日々を思い出す……肉体と形而上の自我(タマシイ)に刻み込まれた地獄のような記憶が蘇り、思わず吐きそうになった。

 


 

施設内の運動場で一行を出迎えたのは、一人の女性。

褐色の肌に黒みがかった金髪は、オーストラリア先住民(アボリジニ)によく見られる特徴だ。

女性としては飛び抜けて高い身長と、一目で鍛え上げられていることが見て取れる筋肉質の身体。

ついに対面なったダンクレー軍曹は、並の艦娘にもひけを取らぬほどの体躯を誇る人物だった。

 

【挿絵表示】

 

「久しいな日下部。技術者としても提督としても活躍してるようで、まずは何よりだ」

ここを卒業する時には二度と聞くまいと思っていた低めの女声。挨拶を受けながら日下部は、率直に言ってこの状況に混乱していた。

目の前にいるダンクレーの姿が、記憶の中にあるそれと()()()()()()()()()()()からだ。

 

「ご無沙汰しております教官。そ、その……以前お会いした時と比べて、ずいぶんお変わりになられましたね?」

「ふん。細くなったか?」

「以前はその、もっと筋肉質だったと記憶しておりますが」

目の前のダンクレーの体躯は確かに並の艦娘にひけを取らぬほどに立派なものだが、日下部が教育を受けた一年半前の彼女は()()()()()ではなかった。並の艦娘、どころか大和や武蔵さえ凌駕するほどの筋肉の持ち主だったのだ。

 

「瞳の色で理解しろ。私も超人(ポストヒューマン)になったんだ。提督ではないからアイギスは搭載していないがな。カブールの肉体は元の私の身体よりも小さかったもんでな、それに合わせて縮んだんだ」

「そ、そうでしたか」

言ってることは想念工学的に理解できるが、その結果に納得できるかはまた別の話だ。

今の彼女は本当に「人類最強」なのだろうか? もしかしたら武蔵の期待は外してしまったかもしれない。

日下部の反応に対し、ダンクレーは少しだけ不満そうに鼻を鳴らしながら、

 

「あれだけ鍛えてやったのに忘れたか? 現代の軍人に必要なのは腕力より想念力と脚力。つまり細マッチョが理想だと教えてやっただろう。以前の私は少し鍛えすぎていたからな、今のこのくらいがちょうど良い」

「確かにそうおっしゃってましたが……!」

まだ今ひとつダンクレーの変化を呑み込めずにいる日下部に対し、横から不意に声がかけられる。

 

「提督よ。その御仁の強さが理解できんか?」

「武蔵?」

「私にはわかるぞ。ああ、人間にしておくのがもったいないほどの強さだ! なぜあなたは艦娘に生まれなかった!」

獰猛な笑みを隠すこともなく、武蔵はダンクレーに向かって挑発的な言葉を投げかける。

一方のダンクレーもまた、その言葉に対して愉快そうな笑みを浮かべ、

 

「正直、私もそれを願ったことは一度や二度ではない。そうであれば夫の仇をこの手で取れたからな。お前みたいなタイプはわかりやすくていい。どれ、かかって来い。そのためにはるばるここまで来たんだろう?」

もはや日下部よりもそちらに興味があると言わんばかりに、武蔵に向かってとんでもないことを言い出した。

 

「ちょ、軍曹! 着いて早々に私闘ですか!?」

「そこの朝潮と満潮が受講者だろう? 教える側としては、最初に自身の力を見せ付けておくのは無意味ではないさ」

「……武蔵、どうする?」

「無論受けて立つ。構わんな?」

「ああ、わかった。好きにしろ」

もう止められないと判断した日下部は、溜息を軽く吐いて私闘を了承した。そして朝潮と満潮と共に、巻き込まれないように距離を取る。

 

「おい日下部のところの武蔵。無改修の46cm三連装砲で良ければあっちの倉庫にある。何だったら使っても構わんぞ」

「吠えたな! そんな無粋はせんさ。戦艦武蔵、いざ! 参る!」

無手のまま拳を握りしめて突撃する武蔵に対し、

 

「殴り合いではなく撃ち合いが艦娘の本分だろうに。やれやれ……」

呆れたような声音で言うと、ダンクレーは軽く腰を沈めてその突撃を正面から迎え撃った。

 


 

「おーい武蔵。大丈夫か?」

「あっははは。すごい、すごいな! なるほどな、これは確かに艤装を付けて挑むべきだった! いやまさかカブールの時に続いて、噛ませ犬をやる羽目になるとは思わなかったぞ」

日下部の呼びかけに対し、武蔵は哄笑と共に言う。

その声は地面すれすれから聞こえてきていた。武蔵はダンクレーによって地面に引き倒され、絶妙な体勢でがっちりと抑え込まれていたからだ。もし武蔵が艦娘の腕力に物を言わせて強引に脱しようとすれば、その力を逆に利用して脚部の関節を破壊できることだろう。

誰の目にも、この私闘の勝敗は明らかだった。

 

「艦娘は実艦と異なり、二本の足で地面を踏みしめて立っている。艦も重心が偏れば転覆の危険があるが、それよりも人型をした艦娘の重心を崩して転がす方がずっと簡単だ。そして脳と心臓以外は人間と同じ構造をしているのだから、破壊されたら動けなくなる部位というものが存在する」

滔々と語るダンクレーを目の当たりにして、日下部は改めてこの元教官の戦闘技術に戦慄を覚える。無手とはいえ、艦娘の中でも最強に近い武蔵にここまであっさりと勝てる人間など他にいるだろうか?

教官役を続けるために昇進を断って「軍曹」に留まり続けているが、本来の彼女はそんな階級に収まる存在ではないのは明らかだった。きっとそこには何か深い事情があるのだろう。

 

「さて朝潮に満潮も、十分に私のことを理解してもらえたと思うが……」

ダンクレーは武蔵を解放して立ち上がると、これからしばし自身の教え子となる艦娘たちに視線を向ける。

さすがの朝潮もどこか戦慄した表情で生唾を飲み込み、満潮に至っては「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。先天性の共感性欠如(サイコパス)の日下部としては非常に珍しいことに、彼女たちの気持ちを大いに理解することができた。

一方で解放された武蔵はといえば、勢い良く立ち上がると共に、

 

「決めたぞ提督! 私も朝潮や満潮と一緒に、この御仁に鍛え直してもらうことにしよう!」

日下部に向かってびしっと人差し指を突き出しながら、とんでもないことを言い出した。

 

「いいっ!? そんな準備、一切してないぞ!?」

思わず驚いて顔を引きつらせるのだが、

 

「負けてなおそういう心構えを持てるのは大したものだ。日下部、書類なら用意してやる。貴様も提督なら艦娘の意志を尊重してやれ」

当のダンクレーは面白そうな表情を浮かべてすっかり武蔵に同調したことを言い出す。

そういえばこの教官は、教えは厳しかったが同時にとても面倒見の良い人でもあった。

 

「わかりました。じゃあ三人とも、プログラム終了後にな」

「はい司令官! 朝潮、鍛え直して参ります。教官、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「まさかこの武蔵が教わる立場になるとはな。よろしくお願いする」

「……私、なんでここにいるのかしら。私が悪いからよね」

若干一名の反応は少しだけ心配だが、そこは本人の言う通りなので頑張ってもらうしかない。

なに、深海棲艦との戦いと違って死ぬことはない。ちょっとだけ泣いたり笑ったりできなくなるかもしれないが、貧弱な想念工学者だった自分だってできたことではあるのだ。




※前章で色々とやらかした朝潮と満潮の後始末に当たる話です。
そして「艦娘たちのザラザラした大地 -弩級戦艦は誰にも負けない-」で名前だけ出ていた、ダンクレー軍曹が登場です(かなり前の話なのでもうお忘れの方も多いかとは思いますが)。

特務艦・野島について。
「Convenient daydream 2」で出てきた、朝潮にとって大切な「約束」の相手です。こんな存在を忘れたりしたら、そりゃ満潮も「もうダメだ」と判断して引き金を引きますよね。
ちなみに艦これ原作においても、朝潮は11時の時報で名前を呼んでいたりします……ってことはゲーム内に実装されていないだけで、野島の艦娘は「いる」ってことになりますね(お弁当をもらってるので幻覚ではないはず)。

ダンクレー軍曹について。
大抵の作品に一人はいる「人類最強」枠です。とはいえ本作の設定上、いくら人類最強であっても深海棲艦には勝てません。よって強さを示すためには超人(ポストヒューマン)か艦娘と戦ってもらう必要がありました。そこでカブール戦に続き武蔵にご登場願ったわけです。
ちなみに「超人(ポストヒューマン)になったら身体が縮んだ」設定は、主に立ち絵を用意するに当たってのツールの都合です。カスタムキャスト、あまりゴリマッチョな女性を作れませんでしたので。
なおプロフィールについては、次回登場時まで保留とします。

艦これ本編、11周年記念任務だけでなく、5月に入ったら海防艦関連の任務が始まりました。ウィークリー任務ですが非常に美味しいですね。
SS、次は川内を中心とした話の予定です。日常系の話や艦娘マリッジブルーシリーズもあるのですが、ちょっとここ放置してそれらをやるわけにも行かず……。お待ち下さい。
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