日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


ただ一人の「あたし」 1

人間がいかなる態度をとるべきかについて、過去のものは人間に教える力がない。これは、人間が自ら回想する過去の光の中で覚醒し、自ら決断せねばならないことを意味する。

――カール・ヤスパース

 

 

朝潮と満潮、ついでに武蔵を嘉手納ブートキャンプに預けたことで、ひとまず日下部鎮守府にも日常が戻りつつあった。

とはいえもちろん、何もかもが今まで通りというわけにはいかない。ロゴス演説の影響は今のところ目に見える形では出ていないのだが、それとは別にどこか様子のおかしい艦娘が一人。

 

「なぁ金剛、最近の川内をどう思う?」

昼下がり。日下部は執務室に呼び出した第二夫人に対し、眉根を寄せながら意見を求めていた。

先のイベント終了直後からどこか違和感を覚えていたのだが、「深海磨鎖鬼との決戦や概念艤装の使用による疲労が残っている」という本人の説明は納得できるものだったこと、ロゴスの件や朝潮と満潮の件など他に対処すべき案件が多かったこともあって、つい後回しにしていたのだ。

問われた金剛はといえば、

 

「どうもこうも、明らかにおかしいデース」

こちらも明らかに困惑したような表情を浮かべて答える。

つい先程この執務室で起きた出来事は、違和感を「おかしいという確信」に変えるのに十分なインパクトがあったからだろう。

 

「今日は川内のローテの日なのに、夜戦に誘ったら断られたんだぞ!? あの川内に!?」

「絶対におかしいデース! あり得マセンネー……」

日下部と金剛は顔を見合わせて口々に言い合う。

これほどまでに川内という艦娘の異常を示す兆候は、他にないと言って良いだろう。

 

「こないだ本人は否定してたけど、やっぱり倦怠期なのかなー。いくらなんでも早すぎるとは思うんだが」

「それは違うと思いますヨー。だって川内、マコトのいないところでもあからさまに元気ないデスシー」

「おっとそうなのか」

であれば確かに倦怠期は関係ないだろう。そこはひとつ安心だが、逆に言えば原因究明に繋がることが何もないということもである。

 

「うーん参った。なぁ金剛、川内に何かあったのか探り入れてくれないか?」

これまで何度も金剛のおかげで、艦娘たちとの関係上の問題を解決できてきた。

だから今回も迷うことなく頼ったのだが、

 

「Heyマコト! 私のこと恋の便利屋か何かと勘違いしてませんカー?」

金剛は腰に手を当て、やや憮然とした表情を浮かべていた。

よもや断られるとは思わなかったこともあり、思わず目を見開く。

 

「私、れっきとした第二夫人デース。川内が第一夫人の務めを果たさないのなら、私にとってはその座を奪うチャンスなのに、どうして敵に塩を送るような真似をすると思いマスカー?」

「あ、う、それは……」

困ったことに正論だった。反論の言葉を思い付かず、つい目を泳がせてたじろぐ。

だがそんな日下部の様子に金剛はにかっとした笑みを浮かべ、

 

「でもマコトが私のこと満足させてくれたら……好きな人のお願いくらい聞こうかなって気になるかもデスネー」

「今晩の時間は川内の代わりにお前に使えってことか。わかった、わかったよ。明日はお前のローテだから、二晩連続でお前ってことになるのか。抜け目ないなぁ!」

「たまにはこういう駆け引きも見せておいた方が、飽きが来ないデショ?」

まったくもってこの艦娘は、自分の魅力をきちんと理解してそれを使いこなしてくるものだ。そして困ったことに、日下部としてもそういう態度はとても大好きだった。

そこまでされては仕方ない。こちらの頼みを気持ち良く聞いてもらうためにも、今晩はひとつ気合を入れて……大いに気持ち良くなってもらうことにしよう。

 


 

翌日、薄暮の残照が西の地平線に消えてすぐの頃。

秘書艦業務さえ休んで部屋に籠もっていた川内は、金剛の来訪を受けていた。

 

「久しぶりに腰が砕けるかと思いマシター。今思い出してもにやけてしまいマース。おまけに今晩もとか、幸せデース……」

「ねぇ事情を聞きに来たの、それともノロケに来たの、どっち!?」

何の用かと思ったらいきなりそんな話を始められて、思わず叫び声を上げてしまう。

第一夫人としての務めを放棄したことは事実だし、その穴を埋めてくれたことはよく考えてみれば感謝すべきことなのだろうが、だとしても別にそれを聞かされて嬉しいわけではないのだ。

金剛はどこか挑発するかのように腰に手を当てて、

 

「川内がそのままなら、私にとっては好都合ってのは間違いないカラネー。第一夫人の座、私に譲ってもいいデスヨー?」

「……」

その言葉には思わず唇を噛みしめて俯く。

 

「あらら、本気で重症デース」

金剛はどこか呆れたような溜息を吐き出した。

 

「金剛さん。私、は……」

「……? 川内。いつから自分のことを『私』って呼ぶようになりマシター?」

絞り出すように呟いた瞬間、不意に金剛から発せられた言葉に思わず目を見張る。

 

「他の川内の一人称に『私』が多いのは知ってマース。でも、うちの川内は前は自分のこと、『あたし』って呼んでましたよネー?」

「そっか。金剛さんは一発で気付くんだ。すごいなぁ……」

大和はなかなか気付かなかったし、日下部に至っては未だに気付いている様子はない。

けれども目の前の彼女は、いともあっさりその違和感を察してみせた。

 

「Hey川内。ちゃんと説明するデース。それはマコトだけじゃない、嫁艦候補とか駆逐艦たちとか、それどころか神通も那珂も、艦娘全員と距離を置こうとしてるのと何か関係がありマスカー!?」

「全部お見通しなんだ。わかった……ちゃんと話すね」

もういい加減楽になりたい、というのも偽らざる本音だった。すべてを話して化物と恐れられるなら、もうそれでいい。

川内はまず、先の深海磨鎖鬼との決戦で習合した深海棲艦たちが実は「深海棲艦化した艦娘だった」ことを伝える。そしてそれについて、大和に相談したことも。

金剛はさすがに驚いた様子ではあったが、それでも大袈裟に騒ぐことはなく黙って聞いていた。

そして説明が終わったところで、

 

「大和に相談して、それで終わりじゃないデスヨネー? だってその時点で川内は前を向こうとしてたのに……マコトを拒絶するとか、明らかにもっとおかしくなってマース!」

「容赦ないなぁ」

遠慮なく踏み込んでくる金剛の指摘に、思わず苦笑する。

さすが雷装持ちの戦艦、その至近肉薄ぶりは水雷戦隊にも負けていないと思った。

 

「大和さんに相談した後、部屋に戻ったら……不意に何かよくわからない記憶が浮かんできたんだよ」

せっかく前を向こうとした矢先に、まるで心をへし折るかのようなその光景は。

 

「今じゃないいつか、ここじゃないどこか。『あたし』はね、艦娘たちみんなを……」

 


 

自由の名を関する最後の楽園は、建国翌日にして「原住民」たちの攻撃により脆くも崩壊した。

国家になれなかったものの残骸が積み上がったその一角で、今ひとつの存在が消滅を迎えようとしていた。

 

「真琴さん! ねぇ、なんであたしを庇ったりしたの!? あたしが死んだら一日で忘れるとかさんざん言ってたじゃない!」

「うるさい。気付いたら勝手に動いてたんだ、自分でもわかるかよ」

言行不一致を咎められた日下部の「声」は、何もない虚空から響いていた。

 

「なぁ川内、わかってるだろ。偽神(デミウルゴス)たる私は、もはや『地球の生命』ではない。死んだら地球意志の中にも戻れず、かと言って一者に届くこともできず、ただ消滅するだけだ。だからさ、」

「嫌だ!」

「……その前に私を習合しろ」

「無理だよ! いくら横溢想念(プレーローマ)で肉体を作ってるからって、いくらあたしが『神の如きもの』だからって、艦娘一人の存在規模じゃ真琴さんを習合したら消滅するだけだよ。だから、死なないで!」

必死に懇願する声は震えている。自分でも無理を言っていることが理解できているからだ。

 

「ああ、それこそ不可能だ。脳と心臓は一撃で吹っ飛んでて、概念核も崩壊寸前だ。もはや人としても神としても、私はすでに『終わっている』よ」

川内がそれを理解していることを、もちろん日下部も理解しているだろう。だからその声音は、どこまでも穏やかなものだった。

けれども、

 

「Hey川内。艦娘一人の存在規模じゃ無理なら、二人ならどうネー?」

身体の半分ほどを吹っ飛ばされながら、それでもなおまだ立っている金剛がそんなことを言い出すことまで予想していただろうか?

 

「金剛さん、何言って……! 足りない、全然足りないよッ!?」

慌てて振り向けば、そこには日下部鎮守府の艦娘がずらりと並んでいた。

 

「そっか。じゃあ六人分かな。ほら、マイッツァー先生みたいに愛する人のために死ぬのってひとつの王道じゃん?」

「秋雲!?」

「最初の六人だけで真琴さんを独占とか、許さないよ。全員もう覚悟は決めてる」

「阿賀野! ねぇ、やめて……!」

川内は絶叫するが、それでも彼女たちがそう言ってしまうことは理解できた。同じ男を愛しているのだから。

そして艦娘を動かす感情は、必ずしも愛だけではない。

 

「赤城さんとも瑞鶴とも一緒に逝けるのなら、私にとっては最高の終わり方です。今だから言うけど、あの提督も指揮官としては悪くなかった」

「あいつのためって考えると癪だけど、お姉ちゃんたちの仇を討つために命を使うって思えば。そうね、悪くない」

「加賀さんもサラトガも! ねぇ、ヤだ、ヤだよ……あたしを一人にしないで! あたしは、『ただ一人の川内』になんてなりたくない!」

自分たちはもう、提督を失ったら自己解体するような脆弱な生物ではない。

けれども自分自身の意志で生命をここで使うと決めた者たちを、どうして止められるだろう?

 

「リバタリアが陥ちた以上、もうこの世界のどこにも艦娘という種族の居場所はありまセーン。だから川内、他に方法はないデース……!」

「あ、ああああっ……!」

いっそもっと愚かな、眼の前のことしか見えないような艦娘だったら良かった。

金剛の言葉の正しさを理解できてしまうことが、今この瞬間だけは心底嫌になる。

 

「ごめん、ごめんねみんな……!」

感情の昂ぶりに網膜の血管が裂けて、川内の双眸から血の涙が溢れ出した。

手にした黒刃に血涙が滴り落ち、その刀身を赤錆色に染め上げる。

 

「――異神、習合……ッ」

そして今、この瞬間から。

艦娘という名詞は、川内ただ一人を指す言葉になった。

 


 

虚ろな瞳で川内が言葉を絞り出すのを、金剛は黙って聞いていた。

 

「今ここにいる私には、この記憶の意味はぜんぜんわからない。真琴さんが誰に殺されたのかも、なんでみんなが死にかけてたのかも。そもそもリバタリアって何? でも……あれが『いつかどこかで本当にあったこと』だってことだけは、間違いなく理解できた」

思わず涙が溢れ出す。それはあの光景の中のような血涙ではなかったが、瞳から溢れた液体は頬を伝って床へと零れ落ちていく。

 

「大和さんに相談して、意識してもう一度自分のことを『あたし』って呼ぶようにしようと思ったのに。こんな、みんなを殺した化物の『あたし』なんて、消えちゃえばいいと思って」

「だからまだ自分を『私』って呼び続けてる、っていうことデース?」

「うん……」

川内の返答を聞いた金剛は、思わず露骨に顔をしかめた。

そして、

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何かと思えば、妙な夢を見ただけとか……人騒がせにも程があるデース!」

わざと必要以上に大袈裟な溜息と共に、その苦悩を一言の下にばっさりと切り捨てた。

 

「そんな、あれは夢なんかじゃ……」

思わずむきになって反論しようとした川内は、

 

「夢デスヨー。だって私もみんなも現にここにいるデース。川内の見たそれはどれだけリアルでも、()()()()()()()()()()()()()!」

金剛の表情を見て思わず息を呑む。

明らかに彼女は、川内の不甲斐なさに対して憤っていた。

 

「だからいつまでも夢見の悪さなんて引きずってないで、早くいつもの川内に戻って。でないと本当に第一夫人の席、取っちゃいマスヨー!」

――ああ。ならば、

 

「金剛さん。さっきの話、金剛さんが私の……川内の立場だったら、どうしてたと思います?」

彼女はこの質問に、なんと答えるのだろうか?

 

「そんなの、聞くまでもないネー」

果たして金剛は、一瞬たりとも迷いを見せることはなく。

 

「全員習合して、マコトのことも習合してマース。状況とか意味はよくわからないけど、少なくともそれがマコトの望みなのデショウ? ならそれを叶えマスヨー」

あれだけ悩んで苦しんでいた自分が馬鹿馬鹿しく感じられるほどに、いともあっさりと言ってのけた。

 

「私たちはもうとっくに化物デスヨー。深海棲艦と戦えるから……()()()()、マコトのためなら何だってできてしまうから。何がどれだけ変わったとしても、マコトへの恋心だけは絶対に変わらない。それが私たちデショウ?」

「うん……」

もしもそれが消えたのなら、昨日誘いを断ったことを気まずく感じて秘書艦業務を休んだりはしない。

形而上の自我(タマシイ)の奥底にあるその想いは、自分自身の変貌など関係なく今もそこに変わらず在り続けている。

 

「なら後は、もう言うことはひとつだけデース。川内はマコトのハーレムで、一番の勝者デース。勝者は――」

「――敗者の前では胸を張れ。ごめん、ごめん金剛さん。『あたし』、そんな大切なことも忘れてた……!」

「思い出せたなら、それでいいデース」

あの去年の春、日下部のハーレムは自分たち二人から始まった。日下部の嫁艦や嫁艦候補が何人増えようとも、それは決して変わらない。

金剛はぎゅっと川内を抱きしめる。

 

「川内、今だけは勝者も敗者も忘れるデース。だから思いっきり気持ちを吐き出して……また私の前に立ちはだかって下サーイ」

同型艦の姉妹の中では、長女同士。

日下部のハーレムでも、一位とニ位。

 

「金剛さん……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

だからこんな風に思いっきり泣いて縋る機会なんて、きっともう二度とないかもしれない。

金剛の言うように、あの光景をただの夢だと断じるのはまだ難しいけども。それでも、その絶望に対して屈することはもうない。

川内は自分自身の意志で、そのような態度を取ることを決断していた。




※川内が己の身に降り掛かってきた運命に対峙し、自分自身を取り戻していく話です。シリーズとしては全2話で、かつ次話がその2となります。
今回は川内が謎の光景を見ていますが、以前も「女王降臨 1」で日下部が謎の夢を見ていました。この辺りのこととムネーメーや磨鎖鬼の言葉や中元寺ファイルの内容を併せて考えると、この世界の真実がおぼろげながら見えてくるのではないかと思います。

冒頭の名言について。
本作においては「4000年と2045年 2」に書いた通り、世界中の偉人たちが残した名言は地球意志が彼らに天啓を与えて言わせたものです。後の時代(本作)において、その名言に的確に当てはまる状況が頻発するのはそのためです。
ちなみに「人間」と言っていますが、ヤスパースの生きた時代に艦娘は存在しなかったので()、仕方ありませんね。

艦これ本編、11周年記念任務と海防艦関連任務が続いてはいますが、基本的にはのんびりした時間が流れています。次のメンテナンスは5月下旬ということなので、まだしばらくはこんな感じでしょう。
SS、次話は先程も書いた通り本シリーズの2話目です。ただかなり日常の話に近いものにはなる予定です。お待ち下さい。
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