日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
愛すること、それは行動することだ。
「苦くなんかないよ……ごめん、やっぱり苦いでち」
「初めてだとそうかもな。でも、それだけかい?」
「ん……臭いも味も、なんだかどきどきして、くらくらして……クセになりそうでち……」
「そうか、そういう風に感じてくれて嬉しいよ。それならきっと、好きになれる。これからたくさんゴーヤに味わってもらうモノだからね、私の味をしっかり覚えて欲しいな」
「……はいでち」
「じゃあ、私からも御礼をしないとね……」
「あっ……てーとく、そんなとこ汚いよぉ……ふあぁっ!」
「……という顛末がありまして」
「おい、ついにピロートークですら無くなったぞ。というかそれ、色々とヤバいんじゃないか?」
「ははは、何を言ってるんですか舞津さん。私はゴーヤにブラックコーヒーを飲ませた時の話をしただけですよ?」
「お前その言い訳が通ると思ってんの!?」
いつものごとく、うちの鎮守府の応接室。
訪ねてきた舞津さんを前に、先日の出来事を報告している。
「――と、おちゃらけはこのくらいにしてだ」
不意に舞津さんが、表情を引き締めた。
「要艦娘秘のあの資料を艦娘に、しかもよりにもよって『アレ』関係の艦娘に見られたのは、はっきり言って提督をクビになってもおかしくないレベルの問題だ。他の鎮守府でもおおごとになったことがあるからな」
「……はい」
私はうなだれて、その言葉を聞くしかない。
先日の件を大本営に報告した結果、その場で謹慎を命じられた。
処分は追って通達すると言われ……そして今日、舞津さんがその結果を持ってきたのだ。
「だがな」
舞津さんはこちらを真っ直ぐ見据える。
「ぶっちゃけ、今この時期にお前のクビを切ってる余裕は無い。『イベント』が間近にあると予想されてるからな」
「――『イベント』……不定期に発生する、深海棲艦の大規模攻勢ですね」
「そうだ。詳細については、近い内改めて説明してやる。まぁそんなわけで、お前の首は皮一枚繋がった。だが当然、無罪放免ってわけじゃないぞ? 代わりに休暇返上で、相応の労務を課すというのが上の判断だ」
「……わかりました」
まぁ休みが減る程度で済むのであれば、温情溢れるとしか言いようが無い措置だろう。
「それで、具体的には何を?」
私が尋ねると……舞津さんは不意に、ニヤッと嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「お前の前職の経験を活かし、モーリアック技術元帥の補佐をしてもらう」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
「言っておくが、拒否権は無いぞ。わかっていると思うがな」
「わ、わかってますが……」
「モーリアック技術元帥からの伝言も預かってるぞ。『やぁマコ。また以前のように、楽しくやろう。再会を楽しみにしているよ』だそうだ……なぁ、お前あの人とどういう関係なんだ?」
「日想研時代の上司と部下ですよ!」
舞津さんに向かって声を張り上げる。
……それ以外の関係性は、正直に言って思い出したくなかった。
一度意識すると、意外なほどに目に付くもので。
「北上さぁん」
「んー? なぁに、大井っち?」
「うふふ、呼んだだけです♪」
「天龍ちゃん、遠征お疲れ様。次の遠征まで時間あるでしょ?」
「おう、少しなら大丈夫だぜ」
「じゃあほら、……ね? お部屋に行きましょ」
「暁は今日も可愛いね。一人前のレディだから当然だよね」
「あら響、当然じゃない」
「一人前のレディだから、私がキスしても構わないよね」
「え、えっ響……あの……」
「可愛いよ暁……
……。
逆に今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。
「なぁ川内、うちの鎮守府、風紀大丈夫?」
「トップがハーレム作るの公言してる鎮守府で、風紀
「すみませんでした」
鎮守府内で軽空母・鳳翔が開いている「居酒屋鳳翔」で夕食を摂った帰り道。
川内を連れて廊下を歩いていると、進行方向から艦娘二人の話し声が聞こえてきた。
「舞風さん。どうして私を避けるんですか?」
「赤城さん」
黒の長髪を垂らし、弓道着のような服を来た正規空母・赤城。
金髪をポニーテールに結い、ブレザーの上衣に似た制服を着た駆逐艦・舞風。
艦娘としては、あまり接点が多いとは言えない組み合わせだった。
「別に避けてなんかないですよー」
言って舞風はからからと笑うが、赤城はそのごまかしを許さない。
「本当ですか? 私の目を見て言えますか?」
「……え、えっと……」
じっと見詰められて、舞風は思わず目を逸らす。
「なぁ、あれってやっぱり、前世のことが原因だと思うか?」
廊下の角に身を隠し、そっと二人の様子を観察しながら、私は隣の川内に小声で話しかける。
実はこの二人、前世において因縁がある。
赤城といえばかつての大戦の緒戦において、帝国海軍の主力たる空母機動部隊の中心を担う艦である。
その赤城にとって、そして日本そのものにとっても運命の転換点となる一戦、ミッドウェー海戦。
戦術運用の失敗から敵機の空襲で大被害を受けた赤城を、最終的に雷撃処分したのが他ならぬ舞風なのだ。
「ん。それもあると思うけどさぁ……ねぇ提督、本当に気付かないの?」
「なにが」
「はぁ……サイコパスめ。舞風の様子、分析してごらん」
川内の言うまま、私は舞風の様子を詳細に観察する。
赤城から目を逸らしてはいるが、上目遣いに赤城の様子を探るような仕草をしており。
その頬は微かに紅潮し、恥ずかしさと同時に、赤城と会話できること自体を喜ぶような色を見せていて……。
「あっ」
「そういうこと。これ、このまま聞いてていいのかなぁ」
「いやまずいだろ、退散を……」
こっそりその場を離れようとした瞬間だった。
舞風は意を決したのか、拳を握り締めて顔を上げる。
そこには、普段の彼女ではあまり浮かべないような、決意を込めた表情。
「赤城さん、舞風は赤城さんを避けてるんじゃないです。あの、舞風は……赤城さんのことが、好きです。最初は確かに、前世の記憶の負い目でした。でも赤城さんのことを考えている内に、今度こそ赤城さんを守りたいと思うようになりました! だから、舞風と……」
おそらく舞風にとっては、一世一代の告白だっただろう。
赤城はその言葉に、一瞬呆気に取られたような表情を浮かべた。
けれどもそれは、……すぐに困ったような表情に変わる。
「舞風さん、それはトラウマと、恋愛感情を取り違えているのではないかしら」
「赤城さん、そんな……!」
「避けられているのではないことがわかって、そこは嬉しかったですけど。でもその告白は、聞かなかったことにします。だから、ね……?」
「赤城さん、違うんです、違うんです……!」
舞風の言葉も届かず、赤城は溜息をついて目を閉じ、小さく首を振った。
こんなに近くにいるのに、心の距離はあまりにも遠くて……。
やがて舞風は涙を流しながら、走り去っていった。
「……」
「……」
私も川内も、その光景を前に言葉を発せずにいた。
一方、当事者たる赤城はしばらく所在なげに佇んでいたが、不意にこちらに顔を向けて、
「――提督、川内さん。出歯亀とは感心致しませんね」
む、気付かれていたのか。
私と川内は観念して、赤城の前へ歩み出る。
「こんばんは。お二人でデートですか?」
「ああ、鳳翔さんのところに行った帰りに、偶然通りかかってな。話の内容が分かった段階で立ち去るつもりだったが、結果的に全部聞いてしまった。すまない」
「いえ、まぁ……わざとでないなら仕方がありませんね」
赤城は微笑みを浮かべ、こちらの非礼に対し寛容さを見せる。
「ところで提督? 先般、青葉さんやゴーヤさんから窺いましたけど……お二人がトラウマを乗り越えるに当たって、ずいぶんと手助けをなさったそうですね」
「手助けというか、まぁ……多少話をしただけだよ」
というより、口説いただけのような気もするので、そういう風に褒められると少しむず痒いぞ。
「自分で言うのもなんですが、この赤城も率直に言ってトラウマは強い方だと思っておりますので。そういうことができる提督は、その……とても、素敵な方だと思いました」
言って赤城は少し、はにかんだような視線をこちらに向けてきた。
……ん、なんだろう。
赤城のこの感じ、つい最近似たような物を見た気が。
「むっ」
そして何故川内は、突然不愉快になっているのだろう。
「それより赤城さん。舞風のことですけど」
川内の発言は露骨な話題逸らしだと思ったが、確かにそれについては私も言いたいことがあったので、敢えて乗っかることにした。
「あまり他人の恋路に干渉するのは好まないのだが……さすがに、あれは無いんじゃないか」
「……提督」
赤城は困ったような表情を浮かべるが、それで許してやるつもりは無い。
「舞風のことが嫌いか? もしくは、他に何か受け入れられない理由があるか?」
「……別に嫌いではありません。ご覧いただいてたならご存知かと思いますが、避けられてないと分かって嬉しく思ったと申し上げました。あれは本心ですよ」
「なら、何故?」
赤城は何故か少し引きつったような表情を浮かべ、言葉を選びながら、
「その……他にお慕いしている方がいらっしゃるものですから」
「ほう。加賀辺りか?」
尋ねた瞬間、完全に赤城はびきっと表情を固まらせた。
「あの、川内さん。これは私、言わされようとしてるのでしょうか。それとも、本気で尋ねられてるのでしょうか……?」
「困ったことに、本気も本気なんですよねぇこの人」
はぁ、……と盛大な溜息をつく。
「加賀さんではありません。あの方は艦娘としては最高の相棒だと思ってますし、うぬぼれても良いのであれば、親友だとも思っています。けれども、それだけです。恋愛感情ではありません」
「ふーむ、そうか……」
まぁ、あんまりしつこく特定する必要も無いだろう。
「とにかく、舞風の気持ちを受け入れられないというのは分かった」
私は、赤城を真っ直ぐに見据える。
「――だったら、ちゃんと振ってやれ」
一言ひとことに力を込めて、赤城に語りかける。
「舞風の気持ちが育ちきる前に、『あなたの気持ちは受け入れられません』って、自分の言葉で伝えてやれ。絶対に報われない恋をして、その気持ちが最高に育ってから、土壇場で拒絶されるのは……本当に、辛いんだ」
川内も赤城も、私のことをじっと見詰めている。
だが私はそれ以上語らず、赤城の返答を黙って待っていた。
張り詰めた空気が場を覆い、……やがて、根負けしたのか赤城はまた溜息をついた。
「わかりました。確かに提督のおっしゃる通り、あれは舞風さんに対して不誠実でした。赤城、きちんと舞風さんと話を致します」
「うん、そうだな。そうした方が絶対にいい」
胸の奥に残る痛みを思い出しながら、私は赤城の選択を肯定した。
「……そう、ですか」
「赤城さん、ちゃんと向き合ってくれてありがとうございました」
「振られたことは、もちろん悲しいですけど……」
「でも、あのまま相手にもされないよりは、ずっとマシです!」
「あの……」
「赤城さんの恋が上手く行くように、願ってますね!」
「……というわけで赤城、きちんと決着を付けて参りました」
翌日の夜、執務時間の終わりを見計らって、赤城が執務室を訪ねてきた。
先程まで書類仕事を手伝ってくれた川内と並んで座り、赤城の報告を聞いている。
「わざわざ律儀に報告しに来なくとも良いのに」
「そうは参りません。舞風さんに、背中を押されてしまいましたから」
何やら強い意志を滲ませた赤城は、珍しくいつもの弓道着では無く、パーティーなどで着るような赤のドレスを身に付けている。
上衣が身体にぴたっとフィットし、下衣はふわりと広がる、いわゆるフィット&フレアーというタイプの物だ。
「川内さん、よろしいですか?」
「……決めるのは提督ですよ。まぁ正直、もう嫁艦候補あたし含めて5人もいるから、6人になっても大して変わらないかなって」
「あら、そんなに……」
赤城は何かを考え込むような表情になった。
「じゃああたしは席を外すね……と言いたいところだけど、ごめんね赤城さん。もうちょっとだけ待って下さい」
川内は言うと、私に顔を向ける。
「ねぇ提督。昨日の赤城さんの件、すごく『らしく』無かったよね?」
「……なんのことだ」
「普段だったら『汝の意志するところを為せ』って言って、赤城さんのやりたいようにさせるよね。それなのに、今回に限っては口を挟んだ。それは、なんで?」
「ああ、なるほど……」
川内の言いたいことを察して、私は言葉を切った。
そうだな。昨日赤城に褒めてもらった通り、私は青葉やゴーヤのトラウマに対して、言いたいことを言った。
だから私のこれについても、そろそろ話すべきなのかもしれない。
「少し長くなるが、赤城にも聞いて欲しい」
空いている椅子に座るよう赤城に促して、私は話し始めた。
「昔々、と言っても5年前だが……。
あるところに『白百合姫』と呼ばれた女性と、その白百合姫の王子様になりたかった男性がいたんだ」
「トラウマ」と言うほど現在進行形ではなく、しかし「傷」としてはおそらく一生消えることのない。
――あの、砕けた恋の欠片について。
※イベントの話が出ています。
この話の投稿日時は2021年7/26ですが、作中時系列は「そういうもの 8」の最後で描写した通り、初夏の始め頃(要するに5月初頭)となっています。
ツイッターは基本的にプレイ日記なのでリアルタイムで展開していますが、SSは大体そこから、ひと季節遅れて展開していると思って下さい。
よって今回出てきたイベントとは、2021年春イベ(激突!ルンガ沖夜戦)を指しています。
先日、艦これ運営から「2021年夏イベが8月中旬に開催される」と発表があったこともあり、大変紛らわしいかと思いますが、ご容赦いただければと思います。