日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


カノジョのセンタク 1

決断は実のところそんなに難しいことではない。難しいのはその前の熟慮である。

――徳川家康

 

2046年7月もそろそろ終わりが見えてきた、ある昼下がり。

日下部は執務室で書類仕事を片付けながら、隣に座る秘書艦に声をかけた。

 

「しかし思ったよりは大した影響がなくて良かったよ。もっと違う生物になってしまったんじゃないか、ってのは少しだけ危惧してたんだが」

「機能的な話としては、通常型の潜水鮫水鬼や深海海月姫を習合した時と変わらないんだってさ」

日下部の言葉に答えたのは、川内。

松代大本営から戻ってきた彼女は、今日から久方ぶりに秘書艦としての業務に復帰していたのだ。

 

「ただ通常型の深海棲艦と違って自我を持った存在ではあったから、あたし自身の自我と融合して影響は大なり小なり出てたらしいんだけど、夕張がそこ調整してくれて。習合して取り込んだ艦娘たちの記憶と、あたし自身の思考や意志との繋がりを切ったとかなんとか」

「ああ……なるほど。ならお前はその記憶を自分自身の記憶とは分けて、客観的に捉えられるようになっただろうな」

大本営の夕張がしてくれた処置について川内自身はあまり良くわかってなさそうだったが、日下部にはこの説明だけで十分だった。

思考、意志、記憶。想念工学における自我の三要件。

もちろん生物の自我はもっと複雑な構成要素から成り立っているが、最も根幹となるのがこの3つの精神作用だ。

 

「すごい、これだけでわかっちゃうんだ!」

「もちろん。というかそれで解決するんなら、私がやってやれば良かった。まぁここは素直にユウの奴を褒めてやるところか」

自分で思い付けなかったことに少しだけ悔しさがないとは言わないが、それよりも川内の問題が解決した喜びの方が大きい。

 

「気になるのは、大和の言う『神の如きもの』だよなぁ。お前が全艦種の概念を持つようになったのは、磨鎖鬼とのあの決戦における偶発的な出来事が原因だ。つまり後付けで成ったわけだから、大和がお前のバックアップとして生まれたというのもなかなかおかしな話なんだが」

「う……ん。そこはあたしも良くわかんない。パトスの奴が、『あたしの自我が地球意志に似てる』って言ってたのも気になるんだけど」

「地球意志がお前に似てるんだったら、地球は夜の方がずっと長くなってそうなもんだが」

「人のことなんだと思ってるの……と言いたいところだけど、正直あたしもそう思う」

思わず顔を見合わせて、どちらからともなく互いに失笑する。

結局よくわからないことに変わりはないのだが、ひとまずこんな風に冗談を飛ばして笑えるなら大丈夫だろう。

 

「ねぇそれより話変えるけどさ。あたしのいない間に、神鷹と婚約したんだって?」

「おう、したぞ。あいつに関してはずっと前から待ってたわけだし、悪いがそこは堂々とさせてもらうぞ」

「いや、いいんだけどね。神鷹は第十六夫人候補だよね……増えたよね本当」

「つってもイントレピッドの要請で第十三夫人は飛ばしてるから、実際の数は15だぞ」

そんな風に訂正したところ、川内は露骨に顔をしかめる。

 

「一人忘れてない? それとも意図的?」

「え?」

「時雨。どうすんの、もうすぐ最高練度だよね。あくまで肉便器や性奴隷であって嫁艦候補じゃないって言うのか。それともこの機会にちゃんとした嫁艦候補として扱うのか。どっちであっても、ちゃんと他のみんなに宣言して欲しい」

「……ああ。わかった」

川内の言葉にはひとまず頷いたものの、正直どう扱うべきなのかは悩みどころではあった。

 


 

時雨は特別扱いとして、普段の夜のローテーションには組み込まれていない。

普段は使いたくなった時に、一方的に呼び出して使っている。ベッドの上での扱いも、他の恋人たちと比べて「荒い」ことが多い。言ってしまえば性欲発散の道具として扱っているわけだが、ハーレムの構成員が少なかった頃はともかく、今はもう恋人たちに毎夜相手をしてもらうだけでも十分ではあった……いくら性欲および性機能を強化した超人(ポストヒューマン)であっても、だ。

そういう意味では、時雨を性奴隷として飼い続ける意味はあまりなくなっているとは言える。

とはいえ、

 

「御主人様。今日も卑しい雌犬をお使いいただきありがとうございました」

全裸で首輪だけを着け、作り物の尻尾を尻から生やした姿で三つ指をついてひれ伏す時雨の姿を見ていると、いくらでも嗜虐心をそそられるのもまた確かだった。

今晩はわざわざ時雨のためにスケジュールを調整した。なかなかに骨が折れたが、それでもなんとか時間を作ることができたので、今この日下部の寝室にいる艦娘は時雨ただ一人だ。

 

「そういう言動もすっかり板についたな。始める前のご奉仕から終わった後の掃除まできっちりこなすし」

「僕は御主人様の所有物ですから……」

「まぁそこに喜びを感じるように調教したわけだからなぁ。でもこれからのことを考えるなら、ちょっとそれではな」

日下部は横たわらせていた上半身を起こすと、

 

「体内MM機関起動。マインドハック開始」

音声を併用した想念入力により、肉体と同化しているMM機関をおもむろに起動させる。

白く着色された光の帯のような経路(パス)が伸び、時雨の形而上の自我(タマシイ)に接続された。

 

「御主人様……? な……何、を……?」

日下部の与える刺激は基本的になんでも快楽に変換できるように調教済だが、さすがにマインドハックはその例外のようだった。

その声には隠しきれない戸惑いが込められている。

 

「なぁ時雨、去年のお前に一度戻れよ。私を誘惑したり、カブールを上手く誘導して盾にした、小狡かった頃の」

大本営の夕張の発想は大したものだ。川内の問題に対してあんな解決策があることは、正直思い付かなかった。

だから模倣・応用・再生産を旨とする科学の子として、その知見を遠慮なく流用させてもらっても構わないだろう。

 


 

時雨が意識を失っていたのは、時間にしてほんの数分だった。

ゆっくりと目を開けた彼女に、日下部はどこかおどけた調子で声をかける。

 

「おう。気分はどうだ時雨」

「ひっ、て、提督!?」

「そんな怯えた顔すんなよ。さっきまであんな蕩けた顔で見てたくせに」

時間にして数分。だがその数分で、彼女の自我は別物と言って良いほどの変貌を遂げていた。あの夏の地中海、日下部に壊されて作り変えられる前に近い状態に。

途端に時雨は、青ざめた表情で身体を抱えて震え出す。

 

「え? ね、ねぇこの記憶」

「ああ、全部事実だよ。お前はこの一年間、私の性奴隷として喜んで腰を振ってた。だけじゃなくて、まぁちょっと普通じゃないこともいっぱいしたな」

「あ、あああ……」

がくがくと震える時雨に酷薄な視線を向けながら、日下部は滔々と語る。

 

「この一年ほどの記憶と、思考および意志の繋がりを切ったからな。自分の体験なのに、他人のことのように感じられるだろう?」

「他人の自我をそんな風に好きに弄り回すとか、ひどすぎるよ……」

「ははは、今更だな」

過去の反省と法による縛りから自重しているだけで、いざやろうと思えばこの程度のことはいくらでもできる。

ただし、

 

「マインドハックじゃなくとも、言葉でカブールの思考を誘導して自分のいいように使ったお前に糾弾される筋合いはない」

「そんな、それとこれとは全然違う!」

「違わんよ。他人の在り方を自分の欲望のために歪めようしたという点で、私もお前も同じ穴のムジナだ。そこだけは絶対に否定させないぞ」

有無を言わせぬ圧を込め、ぎろりと睨みつけながら言い放つ。

思考誘導(ディレクション)。サブリミナル効果。薬物暗示に催眠術、もちろん性行為を使った調教だってそうだ。他者の自我を自分の望む通りに変える手段など、古今東西いくらでも存在するのだ。マインドハックは最も簡単にそれを可能にする方法というだけに過ぎない。

言われた時雨はそれでも何かを言いたそうにしていたが、実際に口にすることはなかった。

 

「まぁいいさ時雨。これからのお前の在り方について、選択肢をやる」

ただ無言で睨み返してくるその姿に軽く溜息を吐きながら、日下部は体内MM機関を再び動作させ、手の平の上に小さな物体を出現させる。

それはケッコンカッコカリに使うものによく似た指輪だった。

 

「その1。私の正式な『嫁艦候補』になる選択肢だ。単に私の性癖としてベッドの上では服従させるが、ベッドの外では私とお前は対等だ。川内や赤城の立ち位置だな」

もちろん本物ではない。想念レシピも参照せずに即席で物質化させた贋作(デッドコピー)だから、「聖守護天使の契約」どころか練度上限突破効果すらないただの金属の塊だ。

時雨がしっかりと認識したのを確認して、指輪を想念力へと還元する。

そしてまた別の物を実体化させる……今すでに時雨が装着しているのとよく似た首輪を。

 

「その2。今まで通りの性奴隷に戻りたければ、それでもいい。今後も使ってやる。ついでに嫁艦候補たちにもお前を好きに使わせることにしようか。阿賀野やゴーヤ、夕立辺りは喜んで犯してくれるだろうよ」

こちらも指輪と同じく即席で物質化させたものだから、生体フィット用の想念加工も施されていない。あくまで見せるためのものなので、別にそれで構わないのだ。

再び首輪を想念力に還元すると、最後に軽く手を振って何もない手の平を広げて見せる。

 

「その3。私のことが怖い、許せないと思うなら離れていけばいい。カブールを勝手に盾に使ったお仕置きはもう十分だ。私個人としても存分に楽しませてもらったしな」

そこで言葉を切って、時雨の碧い瞳を正面から覗き込む。

時雨もまた、こちらに視線を向けてきていた。茶色い瞳、軍人としての最低限だけ筋肉の付いた上半身、そしてこの一年間何度も体内に挿入した下半身を交互に見ているのがわかる。

 

「僕に選ばせるのかい?」

「そうだ。お前に対してやったことは謝らないが、せめて本来のお前の思考と意志でこの先のことを選択して欲しい」

「その1もその2も、僕が選ぶと思う?」

「ん、じゃあその3か?」

反抗的な言葉に対して即答すれば、時雨は無言で唇を噛みしめて俯く。

 

「……少し、考えさせて」

しばらくの間逡巡した末に結局口にしたのは、答えの保留を願う言葉だった。

 

「ああいいぞ、練度上限に達するのは多分来月初頭くらいになるだろうから、それまで存分に考えてくれ」

日下部はそう言いながらベッドの上から降り立ち、傍らにある椅子に全裸のまま改めて腰掛ける。

 

「そうそう、部屋に帰るならその前にシャワー浴びてけ。覗いたり乱入したりはしないから。私の臭いを染み付かせたまま帰りたいなら、それも止めはしないけどな」

「……借りるよ」

絞り出すように言った時雨は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 


 

時雨が去った後、家事用の妖精を起動する。この代替労働者(ロボット)のおかげで、真夜中であっても体液に汚れたベッドシーツの交換には特に苦労することはない。

ただし家事妖精は「家主の見ていないところで家事をする」という特性を持っている。だから日下部はそのまま寝室にいるわけにはいかなかった。

ひとまず服を着て居間(リビング)に移動したところで、

 

(想念交信で時雨とのやり取りを全部見ろって、またずいぶんエグいプレイに付き合わされたなーって思ってたんだけど。こういうことだったんだね)

川内から届いた想念交信は、微かな困惑を伴うものだった。

 

(自分がどうなりたいかは、あいつ自身に選ばせるべきかなって思ってな)

(それはいいけど、マインドハックしてたじゃん。大本営とか憲兵隊にバレたら大変なことになるよね? 大丈夫なの?)

(別に時雨に元々存在した自我の繋がりをちょこっと弄っただけで、何かを直接書き換えたわけじゃないからな。言ってしまえば「昔の気持ちを思い出した」だけだし、自我診断ではまず発覚しない。大丈夫だ)

運用体制(システム)の穴を突くようなことを堂々と言ったところで、

 

(いや自我診断の前に、時雨がコロラドやエミリーさんに直接たれ込んだらどうすんの? 最終的に調べて何も出なければ罪にはならないかもしれないけど、上層部が不適格って判断したら提督資格剥奪なんだよね?)

(……)

川内のあまりにも的確すぎる指摘に、思わず言葉を失う。ぶっちゃけたところ、想念工学的な視点しか考えていなかった。

こちらの困惑と焦燥が伝わったのか、川内は微かに呆れたような想念と共に、

 

(まぁ言ってみたけど、それはしないと思うよ時雨も。っていうか大概に外道だよねあれ。脳以外は身体を作り直したエミリーさんだって、脳の奥に残ってた昔の記憶だけで堕ちたじゃん。ましてや時雨の場合身体はそのままな上に、記憶そのものは客観的に見られるようになっただけで残ってはいるんでしょ?)

(……そうだな)

(そんなの耐えられるわけないじゃん。すぐに真琴さんの竿が欲しくなって、自分から堕ちてくるよ)

自身の淫靡な情念を隠そうともせず、そんな風に伝えてきた。

 

(はっきり言って真琴さんの竿自体がもうマインドハックみたいなもんじゃない?)

(ははは、美奈子と浅葱とエミリーにしかマインドハックは使ってないからな! その後の女は素で堕としてきたし。でもな……さすがに買い被りすぎだよ。堕とせなかった女もいるんだ、現実はエロ漫画みたいにはいかないさ)

長谷川陽菜の生まれ持った性的指向には、結局この竿は叶わなかった。あの時には他にも色々な要因があるとはいえ、それだけは間違いない事実だ。

そしてもう一人、おそらく吉岡群青も本気で堕ちてはいない。彼女は汚い声とブサイクなイキ顔を晒して絶頂する時でさえ、日下部ではなく別の誰かの方を向いていた気がする。そこが少し癪だったから、当時半分押し付けるようにして栗山に差し出したわけだが。

 

(あたしは堕ちたけどね。真琴さんの竿のためなら、なんだってできるよ)

(おいおい、竿だけか?)

(もちろん竿以外も好きだけど。その竿がなかったら、ここまで好きにならなかったのは確かだと思う)

浅ましさも下劣さも一切隠すことなく、川内は堂々とした態度で言い切った。

その言葉は純潔的な意味での「プラトニック・ラブ」とは対局に位置するものだろう。だが紛うことなき深い愛情に裏付けられたものだった。

 

(嬉しいこと言ってくれるじゃないか。よし川内、今から私の部屋に来い。時雨が帰ったから今晩空いてるんだ、代わりにお前を使ってやることにする)

(あっ……)

川内から伝わってくる想念が、一瞬にして情欲の一色に染まる。

 

(うっとりしてないで返事をしろ。嫌か?)

(行く! 行きます、すぐ行きます! やったぁ真琴さんと夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦!)

(よし。……来る途中の艦娘寮の廊下に体液こぼすんじゃないぞ?)

実に川内らしい反応にほくそ笑みながら、想念交信を打ち切る。

そろそろ寝室の準備も終わった頃だろう。朝までにもう一度汚れることになると思うが、そこで文句ひとつ言わないのは妖精の素晴らしいところだった。




※艦娘マリッジブルーシリーズ、時雨編。ちなみに漢字で書くと「彼女の選択」です。洗濯ではありません、念の為。
久しぶりに艦これ原作に近い性格の時雨が登場です(とはいえ今回は半分くらい川内の話になっていたりしますが)。
本作の時雨はこれまで「性奴隷・肉便器」として、他の嫁艦や嫁艦候補たちとは一線を隠した立場だったわけですが、そんな彼女にも最高練度が近付いてきました。そろそろ立場をはっきりさせる必要があります。
ちなみにこのまま続けてこのシリーズの2に行くつもりだったのですが、ツイッター投稿時の記録を確認したら先に他の話を挟む必要がどうしてもありそうなので、そちらが先になります。

艦これ本編、まだ梅雨任務は継続しています。てるてる坊主、今年は何がもらえるでしょうか。
SSは次話から8月に入ります。まずは某艦娘たちが鎮守府へ戻ってくる話です。人類最強のあの方も再登場します。お待ち下さい。
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