日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
私たちは往々にして自分の体より自動車のほうを心配しがちだが、自動車は部品を交換できるのだ。
深夜の鎮守府は、実は案外活動している艦娘の数が多い。
艦娘にとって日常業務に当たる航路哨戒は昼夜問わず行われるものであり、必然的に数時間ごとに誰かしらが出入りすることになるからだ。
ただしそれはあくまで母港に限った話だ。夕立とアトランタが今いる中庭の外れは艦娘たちの動線から外れていることもあり、今は二人の他に気配は感じられなかった。
「ランタ。ちゃんと言った通り準備してきたっぽい?」
夏用に丈を短くした白いワンピースを着た夕立は、目の前にいるアトランタに向かって声をかける。
「本当にこんなところで始めるの、
バスローブに似た白いふわっとした服を着て、首元にスカーフを付けたアトランタが尋ね返す。
彼女はなぜか羞恥に頬を染めて、夕立の顔を直視できない様子だった。
「こら。ランタ、ちゃんと教えた通りに呼ばないとダメよ?」
軽く微笑んだ夕立の姿は、もし事情を知らない第三者が見たらまるで清楚なお嬢様にでも見えたことだろう。
だがその実態がそれには程遠いことを、夕立自身とアトランタだけが知っている。
「……、御主人様」
「よしよし、よくできました。じゃあちゃんと見せてみるっぽい」
「……はい」
アトランタが首元のスカーフを外すと、そこには首輪が付けられていた。
一見するとペット用のものにしか見えないが、実際は長時間素肌に触れていてもかぶれたりしないよう生体フィットの想念加工が施された、れっきとした
さらにアトランタは、身に付けていた服をおずおずと脱ぎ捨てる。下着の類は身に付けておらず、夜闇の中で一糸まとわぬ姿になった彼女は、地面に手と膝を突いて四つん這いになった。
「この間まで夜が怖いとか言ってたくせに。とんだ駄犬ね」
夕立は持参してきたリードを首輪に付けると、軽く引っ張って少しだけその首を絞めてやる。
アトランタが上げた苦しそうな声の中には、甘いものが確実に混じっていた。
「じゃあ夜のお散歩始めるっぽい。誰にも会わないといいね。それとも誰かに見られたい?」
「冗談じゃな……っ……」
「そう? でも下半身はそう言ってないみたいよ?」
その言葉にアトランタは反射的に足をよじる。くちゅっとした粘着質な音が立ったのは、聞き間違いなどではないだろう。
「ちゃんとお部屋に付いたら、夜が怖いなんて考えられなくなるまで犯してあげる。最初は前と後ろ、どっちがいい?」
夕立はくすっとした笑みを浮かべ、まるで舌なめずりでもするかのように言い放つ。
アトランタは一瞬だけ言葉を失ったがものの……すぐに、
「…………、後ろでお願いします」
瞳を快楽への期待に蕩かせながら懇願した。
「よし。ちゃんと言えたのは偉いっぽい。早くお部屋に行くよ。はい、進め」
「ひっ!」
尻をピシャリと叩かれたアトランタは悲鳴とも嬌声とも付かない声を上げた後、四つん這いのままのろのろと進み始める。
まるでこの光景が誰かに見付かることを、期待してでもいるかのように。
真夏の夜は白み始めるのが早い。
それでもまだ日常が動き出すまでには数時間程度の余裕がある、そんな明け方のひととき。
自室のベッドの上。アトランタが身体に残る快感の余韻に目を細めていたら、目の前で抱き合っている艦娘が不意に声をかけてきた。
「ランタも夜戦大好きになったっぽい?」
「うっさい、誰のせいだよ。しかもすっかりMに調教しやがって」
夜中の痴態はあくまでプレイ上のことだ。今はそうではないので、口の利き方は普段通りに戻っている。
「おかげ、の間違いでしょ。恨むなら自分のザコな下半身を恨むっぽい」
「ったく。でもまぁ、悪くないよ」
「あんなに乱れといて『悪くない』……? もうちょっとわからせといた方が良いっぽい?」
「今からもっかいシたら本気で寝る時間なくなるよ。今晩提督さんのとこ行くって言ってたでしょ、二晩連続で寝不足はきついんじゃない? ちょっとだけでも寝なよ。あたしも少しは寝られそうだからさ」
元々前世の記憶のせいで不眠症気味だったが、夕立とこういう関係になってからはかなりマシになっている。
「そうするっぽい。おやすみランタ……」
言うが早いか、夕立は瞳を閉じる。
呆れるほどの早さで寝息を立て始める姿に、思わず苦笑が浮かんだ。
「提督さんとの夜を過ごすNightmare、どんな感じなんだろ」
思わず口を突いて出てきた言葉に、自分自身で驚く。今抱いているこの感情は、嫉妬なのだろうか?
夕立は間違いなく筋金入りのSだが、一方であの提督が夕立に犯されている姿もなかなか想像しづらいものがある。おそらくどちらかがMに回っているのだろうが、率直に言って自分と同じような顔で日下部に媚びている夕立の姿は、あまり想像したいものではなかった。
「いつかこの関係も終わっちゃうのかもしれないね。でも……それは今日じゃない。
すやすやと眠る夕立の額に、アトランタはそっと口づけをした。
夕立との夜戦は毎回勝負のような感じになり、今のところ全戦全勝してはいるものの疲れることこの上ない。だから日下部としては、今日ばかりは日中の仕事で必要以上に体力を使いたくないというのが正直なところだった。
とはいえ書類仕事ならまだしも、大規模改装の報告に執務室を訪れた艦娘にあまり適当な態度を取るわけにもいかなかった。
「メリーランド、改装完了した。Thanks……一応、言っとく」
「どういたしまして。コロラドともども活躍を期待しているよ。まぁ経歴的にはがっつり太平洋艦隊みたいなんで、欧州の夏イベでは特効にあまり期待できないかもしれないがな」
彼女の前世は、かの真珠湾攻撃で損傷を受けたうちの一艦だ。
撃沈されたアリゾナやオクラホマ、あるいは自ら座礁することで撃沈を回避したネヴァダなど他の戦艦と比べて損傷は軽微であり、すぐに回復して戦闘行動に復帰してはいるが、その後も沖縄戦を経て終戦に至るまで太平洋で戦い続けた艦だった。
「
「どっちもいないんだなぁ残念ながら」
「それ、冬イベで姉貴の着任とか狙ってる場合だったの?」
メリーランドの表情がどこか不満そうに見えるのは気のせいだろうか。まさか姉と会いたくなかった、というわけでもないだろうに。
「言ってなかったか? うちのコロラドは通常の着任じゃなくて、事情があって憲兵隊から移籍してきたんだよ」
「……Admiralはそんなことまでして、姉貴に会いたかったの?」
「んん?」
なんだか話が妙な方向に行っていないか。
それを訝しんだ時には、すでにメリーランドはそのターコイズブルーの瞳を悲しみの色に潤ませていた。
「聞いたよ? 姉貴の腋の臭いを嗅ごうとしたって。変態行為だしちょっと引いたけど。姉貴のこと、そんなに好き?」
「あ、いやあれは……」
「ねぇAdmiral、あたしもノースリーブの制服だったら良かった? 代わりに胸部装甲は姉貴より自信あるんだけど」
メリーランドはどこか据わったような瞳で、一歩一歩日下部の方へと迫ってきた。
肌の色はコロラドと比べてやや褐色がかっており、そして自分でも言う通り胸は明らかにコロラドよりも豊かだ。そんな姉妹の違いに嫌が応でも気付く。
「おい、話を聞けメリーランド! コロラドのあれは別に本気で口説いてたわけじゃなくて……」
さすがの日下部も焦って叫ぶ。このまま情欲に流されてしまうのは色々とまずい。ましてや今晩の相手はあの夕立なのだ。
正式に婚約をするにしても、すでにいる恋人たちの人数を考えるとさすがに吟味する必要がある。だからいずれにせよ、いったんこの場ではどうあれメリーランドは拒絶するしかない。
と、その時、
「Admiral、いる? ちょっと報告があるわ」
扉を開けて執務室に入ってきたのは、まさしく彼女の姉であるコロラドだった。
「いいところに! 助けて憲兵さん、麾下の艦娘が風紀を乱そうとしてきて困ってます!」
「えっ!? って、メリー?」
天の助けとばかり、日下部は慌てて彼女に駆け寄り縋り付く。
その光景は、メリーランドにはどう写ったことだろうか。
「ご、ごめん姉貴……割り込もうとしたりして……」
そのまま泣き出しそうな表情を浮かべ、脱兎のごとく執務室から走り去っていった。
「ちょっと待ちなさいメリー、誤解よ! ……って、行っちゃった。ちょっとこれどうしてくれるのよ」
「え、私が悪いの? たまたま憲兵さんが来たから助けを求めただけだぞ。あと割り込み云々は相手がお前じゃないだけで、あながち間違いでもないんだが」
「そもそもAdmiralがあんなことしなければ問題なかったでしょ? ハーレムの秩序を持ち出すなら尚更ね」
「くぅーっ、なんも言えねぇ!」
あの時コロラドも流されそうになってた気がするのだが、それを差し引いても彼女の言う通りだった。
思わず言葉を日下部が言葉を失ったところで、
「あの、提督にコロラドさん? そろそろよろしいでしょうか?」
メリーランドとは別の艦娘が一人、執務室に入ってきた。
青と白の浴衣に身を包んだ彼女は、普段はアイヌの民族衣装に似た制服を着ている。率直に言って、あまり日下部に寄り付くタイプの艦娘ではなかったはずだ。
「……神威?」
だからその給油艦の名前を呼ぶ時には、思わず驚いたような表情を浮かべてしまった。
本来日下部に用事があったのは神威であり、コロラドはたまたまその時一緒にいたので執務室まで同行したらしい。
日本艦とアメリカ艦、補給艦と戦艦。およそ接点のなさそうなこの二人がなぜ一緒にいたかといえば、
「サラがあんまりフォアリバー艦のことばっかり言うもんだから、自分のことも顧みなさいってことで『ニューヨーク造船所生まれの会』を結成したのよ。で、そこに神威も呼んだわけ」
「提督はご存知かと思いますが、私は日本艦ですけどニューヨーク造船所で建造されたんです」
ニュージャージー州カムデンに存在したニューヨーク造船所では、その70年ほどの歴史の中で数多くの艦が建造された。
レキシントン級空母2番艦サラトガ、コロラド級戦艦1番艦コロラド、給油艦神威。日下部鎮守府には着任していないが、サウスダコタ級戦艦1番艦サウスダコタもそうだ。
他に2046年8月現在まだ艦娘になっていない艦で言えば、インディペンデンス級空母6番艦ラングレー、ニューオリンズ級重巡4番艦タスカルーサなど。
あとはクリーブランド級軽巡3番艦にして、ブーゲンビル島沖海戦で川内を沈めた「ソロモンの伝説」ことモントピリアもこの造船所の生まれだったりする。
「なるほどなぁ……お前たちが一緒にいた理由はわかったが、肝心の神威の用事というのは何だ?」
「はい。提督、春イベで共闘したウィリアムズ提督を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、もちろんだ」
元聖職者という異色の経歴を持つ、真珠湾泊地所属のアメリカ人提督。
彼の助言がなければ、メリーランドを救うために必要だった「対罪過教誨概念『アメイジング・グレイス』」を得ることはできなかっただろう。またその後の深海磨鎖鬼との決戦にも参加してくれた、恩義のある相手だ。
「そのウィリアムズ鎮守府の神威から同艦交信で救援要請です」
「ん? あそこの秘書艦はサラトガのはずだ、なんでお前経由?」
「ウィリアムズ提督、マウナケア天文台再建計画にあちらの神威と同行してたようなんです」
「ほぉー」
神威の言葉に、思わず日下部は顎に手を当てる。
マウナケア天文台は、ハワイに存在する世界最大級の天文台施設だ。
「確かシンギュラリティ到来時に、なぜか軍事施設や各国首都並に徹底的に破壊されたんだよな」
「ええ。ですが戦況にも余裕が出てきたということで、再建する計画が立ち上がったそうです。ただハワイ諸島は全域が一度深海棲艦の手に落ちた土地ということもあり、どこに何が潜んでいるかわからないということで、ウィリアムズ提督の部隊から神威も含めて艦娘を派遣したみたいなんです」
「事情はわかったが、なんでよりによって神威を?」
神威は給油艦、ないし大規模改装後は水上機母艦だ。あまり本格的な戦闘向けの艦娘とは言い難い。
「あちらの神威には、概念艤装が与えられていました」
「……! そうか、ついに他の鎮守府にも配備され始めたのか。って、概念艤装は練度上限突破していないと扱えないはずだぞ。当然サラトガとケッコンしてるはずだが……えっあの人元聖職者のくせにジュウコンしてんの!?」
「ケッコンは結婚とは違うから気にしないそうですよ? あちらの神威からは、春イベ中に頻繁にノロケられていました」
自艦隊の神威の表情は複雑なものだった。そのノロケを思い出してうんざりしたような感じが半分、そして羨ましそうな感じが半分といったところだろうか。
「その神威が概念艤装を発動する直前に、最大出力の同艦交信で範囲内の全神威に想念を届けてきまして、それがぎりぎり私にも届きました」
「ハワイからここまで届くって相当だぞ。よっぽど強い想念だな。なんて?」
「『未知の深海棲艦と遭遇した、勝てないが概念艤装を使って封じ込めるので助けに来て欲しい』という内容です。これどうしましょうか、提督!?」
焦りを隠せない態度で日下部に詰め寄ろうとした神威だったが、
「ちょっと落ち着きなさい、神威!」
その腕を掴んで止めたのは、他ならぬコロラドだった。
「ここに来る前に言っておいたでしょ。Admiralへの報告には付き合うけど、
「残念ながらコロラドの言う通りだ。私はあくまでショートランド泊地所属のいち提督で、ウィリアムズ提督には世話にはなったが勝手に助けに行ける立場でもない。そもそも日本の提督がわざわざ行く前に、まず真珠湾泊地内の他のアメリカ提督が行くはずだ」
コロラドと日下部にかわるがわる正論を浴びせられて、思わず神威は憮然とした表情になる。
「もうすでに他の神威から大本営に報告は行ってると思うが、一応うちからも報告だけはしとく。けど、今できるのはそれだけだ。個人的に気にならないわけじゃないがな」
「……わかりました」
神威が感情的に納得していないのは明らかだろう。
だがそれでも言ってることの正しさは理解できたのか、それ以上何かを反論してくることはなかった。
「それにしても真珠湾泊地。ハワイ、か」
シンギュラリティ到来直前に欧州各地へ旅行に行ったが、そういえばハワイには行ったことがないことを思い出す。円熟した観光地としての姿はもう存在しないだろうが、それでも未知の土地ではある。
神威にはああ言ったものの……率直なところ「行ってみたい」という気持ち自体は、間違いなく自我の内に存在していた。
※艦娘たちの日常を描く「ザラザラした大地」、今回はアメリカ(生まれの)艦娘編です。
アメリカという国は共通規格の徹底による産業合理化の鬼なのですが、サブタイトルに書いた通り恋に共通規格はありません。ひとりひとり違った形の関係性があるわけです。
前半は夕立とアトランタ編。
この二人は「夜戦なんて怖くない?」以降も仲良くやっております。ただし日下部鎮守府の夕立は大層な跳ねっ返りなので、こんなことになっておりますが。
ちなみにツイッター投稿時は夕立進水日(6/21)の話だった上に日下部が絡んできたのですが、SSとして再編するに当たって時系列を整理し、日下部の出番もなくなりました。
後半はメリーランド、コロラド、神威編。
ニューヨーク造船所については、はっきり言って今回の関係性のために出てきたようなものです。フォアリバー造船所ほど掘り下げるつもりはありません。出身艦の中に、見知った名前が多数あったのはさすがというところですが。
なおラストの神威の報告ですが……まぁ。はい。その前に片付けるべき話がありますけども。
艦これ、梅雨任務は6/27で終了とアナウンスがありました。リアル時間軸も水着の季節に入りそうです。
SS、次回はようやくあの艦娘の選択の時です。お待ち下さい。