日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Per aspera ad non astra 1

発見の真の航海は、新しい風景を探すことではなく、新しい目を持つことである。

――マルセル・プルースト

 

 

一面の大海原を吹き渡る風は、匂いからしてまったく違っていた。

日本のような湿度の高い粘り気のある大気ではなく、真夏の気温さえ苦にならない快適な気候は、爽やかささえ感じさせる透き通った風のもたらすものだ。

 

「お、見えてきたか」

日下部鎮守府に配備された艦娘運用母艦「いが」。艦内から甲板に出た日下部は、目の前で少しずつその威容を見せつけ始めたその光景に、感無量といった感じで呟く。

そんな日下部の傍らには、二人の軽巡の姿。片方は秘書艦である川内なのである意味で当然だが、もう片方は日下部の嫁艦たちではなく、アメリカ軽巡のホノルルだった。

 

「まさかまたここに来ることになるとはなー」

日下部鎮守府で唯一、長谷川鎮守府に所属していた頃にこの土地に来た経験のある川内は、どこか懐かしそうに。

 

「あたしなんかジモティーだの案内するだの言いつつ、この身体で来るのは初めてだよ? やーBig mouse(大口)叩いただけにならなくて良かったー!」

目の前の光景にかつて存在した街の名を艦名として持つホノルルは、過去の発言を現実にできることに喜びを隠せない態度で、それぞれそんなことを言った。

 

アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島。その南部に存在する入り江であり、19世紀末のアメリカによる併合から2045年のシンギュラリティ到来直前まで一貫して、アメリカ海軍太平洋艦隊の一大根拠地として存在し続けた。

かの大戦においては、日本とアメリカの双方が決して忘れることのない強い記憶を刻まれた。

シンギュラリティ到来時の混乱の中で一度は完全に深海棲艦の手に落ち、しかし人類と艦娘の総力を挙げた反抗によって再び取り戻された。

そんな歴史を刻んできたこの土地は、アメリカ以前にこの地に住んでいた原住民の付けた呼び名から取られ、こう呼ばれている。

 

――真珠湾(パール・ハーバー)

それが今、日下部たちの眼前に広がりつつある光景の名前だった。

 


 

時雨とのケッコンカッコカリおよびケッコン記念パーティーの翌日、日下部鎮守府に対して大本営からひとつの命令が下された。

曰く「ショートランド泊地方面司令部所属の憲兵隊員を一名、真珠湾泊地まで送り届けよ」。

現代においては深海棲艦のせいで艦娘以外が長距離移動を行うのは一苦労だ。比較的安全な海路や空路が確保できている日本から南西諸島方面にかけてはともかく、太平洋横断ともなると艦娘による護衛はどうしても必要となる。だからこの任務の主旨そのものは特におかしなところはない。

ただし憲兵一人を送るのに()()()()()()()()()()()()()()()()()で当たるように指示があったのは、いくらなんでも過剰戦力だった。「任務終了後は特に急いで日本に戻らなくとも良い」という指示が併せて出されている辺り、おそらくモーリアック元帥が任務にかこつけて休暇でもくれたのだろう。

そんなわけで日下部鎮守府は出航準備を整え、艦娘運用母艦を抜錨して急遽ハワイへ向かうこととなったのだ。

想念工学により船舶の航行性能もそれ以前の時代と比べ向上しているはいえ、それでも日本からここまで一週間以上をかけて太平洋を航海し、8月も半ばを迎えつつある現在。

 

「こらこらお前たち、観光じゃなくて一応任務だぞ」

日下部は川内とホノルルに向かってそんな風に声をかけたのだが、

 

「何言ってんだよ、提督だってさっきまではしゃいでただろ!」

「今更クールぶっても遅いって。っていうかそれ誰へのアピールよ?」

ぐうの音も出ない正論を軽巡二人に叩き付けられ、思わず言葉を失う。

と、続けて艦内から甲板にさらに人影が上がってきた。

 

「まぁホノルルの気持ちはわかるわよ。でも正直、ここにはシンギュラリティ到来前に来て欲しかったというのが本音ね。いちアメリカ人としては」

それは憲兵隊制服に身を包んだ、エミリー・ローレンス少佐だった。

今回ハワイまで送ることになった憲兵隊員こそが、他ならぬエミリーだ。何やら任務の関係で、ショートランド泊地から真珠湾泊地に長期出向することになったらしい。

 

「……それはそうかもな」

生まれてからずっと住んでいた東京の大都市圏と、シンギュラリティ到来直前の欧州旅行で見た南仏コート・ダジュールの美麗な風景を思い出す。

あの惨劇で失われて、二度と戻らない光景。きっとその内のひとつがこのハワイにもあったのだろう。

エミリーはそのままこちらに歩み寄って来ると、隣に並んで立った。

北東から吹き渡る貿易風の心地よさを一身に浴びながら、二人は眼前で存在感を増しつつあるオアフ島に目を向ける。

 

「今回はごめん、急な話で。本当は憲兵隊内部で対応すべきなのに、今は色々と手が足りなくて」

「ああ、ダンクレー軍曹から聞いてる、今は一般人に対する抑えが必要なんだろ?」

「そうなのよ。こんな急に長期出航準備するの、大変だったでしょ?」

「確かに大変だったが、正式に下された命令なんだから軍人として文句を言えるものでもない。構わんさ、母艦の整備は終わってたし、どうせ夏イベは欧州なんだからパナマ運河経由で現地入りすればいい」

今月の初頭には、まさかこんな場所まで来ることになるとは思っていなかった。

自分の置かれた状況を思って思わず黙り込んだ日下部に、隣に並んだエミリーも言葉を止めて同じ光景をただ眺める。

それはまるで、11年前のあの頃のような優しい沈黙で……、

 

「提督、確認しますが、今は任務中ですね? 先程直々にそう仰られましたよね。恐れ入りますが、服務態度としてはいささか軽薄ではありませんか?」

そんな沈黙を不意に破ったのは、いつの間にかすぐ傍までやって来ていた川内だった。口調は彼女としては珍しい部類に入る、秘書艦モードの硬いものになっている。

 

「ローレンス少佐、憲兵隊として当艦隊の風紀紊乱に繋がる態度は控えていただけないでしょうか?」

口調こそお硬いが、言ってる内容はきわめて単純なことだった。

――昔の女がうちの旦那といい雰囲気を作ってるんじゃない。

 

「……失礼、貴官の指摘に正当性を認めるわ。公私の別は付けるべきで、今は一応公の場だものね。日下部提督、改めてここまでの航海お疲れ様でした。本官は下船準備があるので、これで失礼します」

「あ、ああ。お疲れ様でした」

敬礼を交わして、エミリーは静かに去っていく。

川内はその背中が艦内に消えるまで待ってから、

 

「では提督、我々もそろそろ停泊準備を」

日下部の方を振り返り、にこやかな笑みを浮かべつつ硬い口調を崩さずに言う。

 

「あー川内。さっきからホノルルがマジでどん引いた顔してんぞ」

「あ、あはは……去年はあたし、あれとやり合おうとしてたのか。そっちから脱線して本当良かったわ……」

改めて、恋も戦いなのだった。本当に。

 


 

入港許可を得て真珠湾泊地の一角に、日本から来たニ隻の艦娘運用母艦が停泊した。

とはいえさすがに、まだ艦娘たちには上陸許可は出せない。艦娘運用部隊は従来の軍隊にあるまじき自由裁量で動いている組織だが、それでも取るべき手続きは厳然として存在するのだ。

よって今オアフ島の土を踏んでいるのは、()()()()()()()ばかりだ。

 

「お疲れ様でした。通常の深海棲艦の襲撃以外は、特別な事件も起こらずに到着できて何よりでしたわ」

日下部とエミリーに対してねぎらいの言葉をかけてきたのは、日本から来たもう一隻の艦娘運用母艦の主……長谷川だった。

提督として日下部より先任であり後見人でもある彼女が、今この場にいる者の中で最も立場が上ということになる。

 

「今更だが、エミリーを送るってだけの任務に二個艦隊分の戦力なんて必要だったのか? うちだけで良かったんでは」

「それは順番が逆ですわよ。本来ローレンス少佐をここまで送る任務は陽菜が担当する予定でした。ところがモーリアック元帥の鶴の一声で、日下部提督も同行することになったんです。つまりオマケはあなたですわよクソサイコ野郎」

「一言多いんだよ、このクソレズ」

彼女と行動を共にするのは久しぶりだ。この罵声もやや懐かしいくらいだが、だからといって言われて嬉しいものではない。

 

「まぁまぁ。とりあえず二人とも、ここまでありがとう。米州提督会の泊地本営に報告書を提出してくれたら任務終了よ。泊地に隣接して新興市街地も建設されてるから、あとは夏イベが始まるまでゆっくり常夏の島を楽しんでちょうだい」

「おう。確かに少し楽しみではあるな」

苦笑しつつもとりなすように言ったエミリーに、日下部は軽く微笑んで返す。

一方で長谷川は、日下部の傍らで付き従うように立つ人影に目を向けた。

 

「ところでなぜバ艦娘がここにいるのです? 艦娘の上陸許可はまだ出ておりませんわよね?」

「……ふっ。あたし、軍籍上は艦娘じゃないんだよね。日下部川内海軍少尉、ケッコンカッコカリだけじゃなくて戸籍上もきちんと入籍している、日下部真琴の妻です」

小首を傾げて尋ねた長谷川に、川内は史上稀に見るようなドヤ顔を浮かべた。

 

「ありましたわね、そんな設定」

「設定言うな!」

「陽菜はすっかり忘れておりましたし、正直忘れておられた方も多いのでは?」

「うっさい! 真琴さんが『同居はダメだ、普段は今まで通り艦娘寮で生活してくれ』って言うからそうしてるせいで、多分うちの艦隊のみんなも忘れてるよ!」

ドヤ顔から一転。どこかヤケになったように叫ぶ川内に、長谷川は若干の哀れみを込めた視線を向ける。

まぁそうしないと日替わりで他の艦娘を抱いているところを間近で聞かせる羽目になるのだから、日下部としては仕方のない話ではあるのだが。

 


 

真珠湾泊地を統括する米州提督会所属の軍人たちは、どこかピリピリとした空気をまとっていた。

そういえば先月の終わり頃に神威が報告してきた、ウィリアムズ鎮守府の危機はその後どうなっただろうか。さすがにあれから半月ほども経っているわけで、どんな形であれすでに終わっている話ではあるはずだ……仮にそれが最悪の結末だったとしても。

長谷川鎮守府ともども今月末までの停泊許可は得られたので、折を見て確認してみるのも良いかもしれない。

日下部と川内は一度母艦に戻り、改めて麾下の艦娘たちに交代での休暇上陸許可を出した。初めてのハワイに半数ほどの艦娘たちが大興奮で上陸していくのを見送った後、

 

「いやーしかし泊地本営に行く時も思ったが、こんな時代でもやっぱりみんな水着で出歩いてるんだな。さすがハワイ」

川内を伴って再びハワイの土を踏んだ日下部は、改めて周囲の光景を見渡してしみじみ呟いた。

今度は自分たちもプライベートだ。川内以外の恋人たちには「報告の時は仕方ないにしても、プライベートでも川内一人で日下部を独占するのはズルい」と散々ごねられたのだが、今更蒸し返す羽目になった別居の件で川内が大層不機嫌になっていたので、日下部としても少しは機嫌を取らないとまずいと判断したのだ。

その甲斐あって隣にいる川内は実に上機嫌な声音で、

 

「とか言っちゃって、真琴さんもしっかり着替えてるじゃん」

と、視線を向けてくる。

そう、今はプライベートなのだ。ならば日下部だって、ハワイの街中を水着で練り歩くくらいはして良いはずだろう。

黒のトップスに、ボトムスはいわゆるブーメランパンツ。残念ながらアメリカ人受けするマッチョには程遠い貧相な肉体ではあるが、軍人としての最低限は鍛えているし、そもそも別に艦娘以外に受ける必要もないのだ。

 

【挿絵表示】

 

「郷に入らば郷に従え、だぞ。大体そういうお前だって、しっかり着替えてるじゃないか」

今度は逆に、日下部が川内に視線を向ける。

赤を基調としたビキニ。髪には川内一般のマストに似た髪飾りの代わりに、以前日下部が贈った星型の髪飾りを付けている。そして大胆に見せた腹部の真ん中では、水着と同じ色をしたボディピアスが存在感を主張していた。

 

【挿絵表示】

 

「えへへ、買っちゃった。だって地球意志も大本営も、出撃用の制服ではぜんぜん用意してくれないんだもん。ねぇ、似合ってる?」

「ああ、すごく可愛いよ。でも腹のボディピアスは若干目立つな」

「……もっと下にも着けさせてるくせに。さっきから歩くごとに擦れて、どんどん変な気分になってくるよ」

そんな風にささやく川内の声には、熱い吐息が確実に混じっていた。

 

「もう、こんなドMな川内はあたしだけじゃない?」

「ずっと私だけのお前でいてくれ」

「うう、そんな言い方ズルいって! 真琴さん……」

「川内……」

二人は立ち止まって道の脇に寄り、周囲の人目もはばからずに抱き合う。

そのまま唇と唇を寄せ合い、熱いキスを……、

 

「おーい、そこのお前。ちょっといいかー?」

交わそうとした、まさにその瞬間。

横合いから少女のような、どこか甘ったるさのある声がかけられた。

 

「ん? あれ、なんかどっかで聞き覚えのある声」

「あっ、やっぱりクサカベだー。お前、なんでここにいるんだよ?」

今度こそ聞き間違いではない。声のした方を振り向く。

そこには腰まで伸ばした胡桃色の髪をふわりとたなびかせた、一見すると小学生にも見えるような白人の少女の姿があった。着ているものはコスプレじみたピンクの旧式スクール水着で、ご丁寧なことに腹部にはひらがなで「みーね」などと記されている。

当たり前だが、本物の小学生がこんな格好をするわけがない。また右目は艦娘のカブールに、左目は同じく艦娘の神州丸にそっくりな色になっている。つまりアイギス搭載型の超人(ポストヒューマン)……提督だ。

ここまで情報が揃えば、この少女が何者であるかを断定するのはたやすいことだった。

 

【挿絵表示】

 

「げっ、ミーネ……!? お前こそなんでここにいやがる。あとなんだその水着は」

「あたしは夏イベ前のバカンスで来たんだよ。やっぱりハワイはいいよな。あと水着は、自分の需要をきちんと理解してる良い選択だろー?」

そう言って不敵な笑みを浮かべた少女は、見た目相応とは程遠い老獪さを一身に放っていた。




※夏章後半のメインストーリーとなるシリーズです。
舞台は常夏の島ハワイ。そうです、物型に出てきたからには実際に行くのが道理です。
新キャラクターも登場し(早速本話ラストにて)、艦娘たちも色々と活躍予定です。川内には水着modeは実装されておりませんので、自分で作ってしまいました。

シリーズのタイトルについて。
ラテン語であり、「ペル・アスペラ・アド・ノーン・アストラ」と読みます。
本来は「Per aspera ad astra」で「苦難を乗り越えて星々へ」という意味の成句になります。ここで言う「星」は比喩であり、「目的地」や「目標」という意味合いで使われることが多いのですが、そのまま「星」と読んで宇宙開発の現場での標語として用いられることもあるようです。
ところが、本タイトルには否定を意味する「non」が付いています。つまり……?

新キャラクターについて。
ミーネという名前は「提督たちのザラザラした大地 2」「Famigerato ammiraglio 2」で出てきており、その際にフルネームが「ヴィルヘルミーネ・シュナイダー」であること、キール鎮守府所属の提督であることなどが語られていましたが、今回満を持して本人が登場です。
いわゆる合法ロリです。体格は小学生と書きましたが、朝潮型の艦娘くらいをイメージしています。ドイツのZ1級の実艦が大体朝潮型と同じくらいのサイズなので、こちらでも良いかもしれません(ドイツ人ですし)。
本話では本当に顔見せだけですが、次話以降は本筋にがっつり絡んでくる予定です。

艦これ本編、7月下旬には2024年の夏イベが開始とアナウンスがありました。今年もやはり欧州に行くようです。
SS時間軸は大体リアルタイムから2年前になります(この夏章が終わった後、晩夏章にて2022年夏イベのトーチ作戦の話の予定)。
とはいえしばらくの間は、まずこのシリーズが続きます。お待ち下さい。
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