日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
歴史の目的は、過去の実例によってわれわれの欲望とか行動を導くような知識を教えることにある。
ヴィルヘルミーネ・シュナイダー。ドイツのキール鎮守府に所属する提督。
欧州提督会ではフランスのヴァランタン提督やイギリスのレナード提督に並ぶ古参であり、日下部とは去年の夏イベであるペデスタル作戦終了後の慰労パーティーで知り合って意気投合した。
「……っていう話は、前々からしてあっただろ。その本人だよ」
日下部は隣で唇を尖らせている川内に対して、必死で説明する。
夫婦の熱いキスを交わす直前で登場した見知らぬ女性の存在に、またしてもヘソを曲げそうになったこと自体はわかる。だがいくらなんでも、見た目小学生のこんな得体の知れない女に欲情しないことくらいは理解して欲しいところだった。
一方でその得体の知れない女はといえば、
「ああ、お前がクサカベの秘書艦の川内か。もうケッコンはしたのか?」
ずいぶんと時間軸のズレた話を振ってきた。
「とっくにな。そっか、お前と会うのは一年ぶりだっけ」
「ああ、もうそんなになるか。年を取ると時間の流れが早くていけないなぁ」
「年を……?」
それまで無言でやり取りを聞いていた川内だったが、ミーネが見た目の割に妙な台詞を吐き出したことに対し、怪訝そうに眉根を寄せる。
「ああ、聞き流していいぞ川内。これはこいつの持ちネタだ。まぁ実年齢知らんけど」
「なんだよヴァランタンの息子のくせに。あいつこそ特別な理由もなしに、幾つになっても若いままじゃないか」
「うっ。まぁ、な……」
あの母親のことを持ち出されてはさすがにぐうの音も出ないわけだが、
「さっきもそこらの男にナンパされて、ほいほい着いて行ったぞ。あいつも大概な
「う、うえぇ!? ママンも来てるの!?」
「ああ、バカンスには二人で来たんだ」
続く言葉には、さすがに驚きに目を見張るしかなかった。
このハワイに来ているというのも驚きだが、年甲斐もなく何やってくれてるんだあのどビッチバイセクシャル熟女経産婦は。
そんな日下部の内心を知ってか知らずか、ミーネは不敵な笑みを浮かべて、
「よしクサカベ、せっかくこんな常夏の島で再会できたんだ。こっちもその方向で行くか」
「おいコラ。何を考えてるお前」
「言わせんなよ、わかってんだろ? お前もクロウリーの徒なんだからさ」
日下部の尊敬する、20世紀を代表する思想家にして魔術師、アレイスター・クロウリー。
その名を出されてしまっては、大体次に続く言葉の方向性は想像が付く。
「『全ての男女は星である』。一年経っても衰えないどころか、ますます増してるお前の
超然とした態度のまま、何一つ悪びれることなくミーネは堂々と言い放った。
言われた日下部本人よりも素早く反応したのは、川内だった。
「ちょっと! なに人の旦那を堂々と寝取ろうとしてんの! 言っとくけどこっちは軍籍上は人間と同等だし、正式に真琴さんと籍も入れてるんだからね!」
日下部を庇うように前に出ながら、ぎろりと睨みつける。
一方、そんな風に凄まれたミーネはといえば、
「あー、安心しろ。あたしはこいつに恋愛感情は一切ない。こいつの
表情ひとつ変えることなく、まるで日常会話をするかのようにしれっと言ってのける。
「お……ど……?」
飛び出してきた知らない言葉に面食らったのか、川内は思わず困惑した表情を浮かべた。
さすがにこれに対しては、横から日下部が補足説明を入れる。
「
日下部の態度は想念工学者にありがちな、自分たちの扱う「科学」とオカルトに一線を引くものだった。
「こいつ、魔術師を自称してるんだよ。性魔術だかなんだか知らないが、去年も『私はクロウリーの哲学が好きなだけで、オカルトには一切興味ない』と言ったはずなんだがな」
あからさまな揶揄の念を込めた視線をミーネに向けるのだが、
「おい、オカルトを侮辱するな。まぁ魔術師としてのクロウリーは単なる詐欺師だからあいつ自身は別に馬鹿にしても構わんが、あいつが研究していたものはきちんとした『
そんな反応は慣れているとばかりに、淡々と言い返してくる。
「大体クサカベ、お前真面目にオカルトを学ぶ気になったんじゃないのか?」
「冗談じゃない、誰が。私は科学の子だっつの」
「なにが科学の子だ。人にカタリ派の資料なんざ探せておいて」
「探してくれたことは感謝するが、それは想念工学で応用するためだ。別に魔術師になりたいわけじゃない」
確かにオカルトという言葉に対する偏見はかなり減ったつもりではいる。
だがそれでも自分は想念工学者、科学のいち分野を扱う者なのだ。そこを譲るつもりはまったくなかった。
「そもそもお前だって想念工学特級試験に合格して、プロメテウス章持ってる身だろうが」
「まぁ確かに持っているが。あんなもの、知識ある者が聞けばニューエイジ系の延長線にあるとすぐわかる。オカルトを本気で学ぶ者にとってはさして難しくはない」
「お前、本当にその天才的頭脳を真面目に想念工学に向けてくれよ。私なんか軽々超えて、下手すりゃ元帥に並べるんじゃないか?」
思わず頬を引きつらせながら、日下部は半ば呆然と呟く。
合格すればどこであれ生涯安泰な待遇を得られる想念工学特級試験を、「さして難しくない」などと言ってのけられると、相応の苦労と共に合格を果たした身としては内心穏やかではいられなかった。
「ふん。それを言うならお前こそ本気でオカルトを学べ。お前の頭脳と
「お断りだっつの」
「もったいない。なんだったらそこの川内も混ぜて三人でシても構わないぞ? 同性間でも性魔術が成立することは21世紀初頭に日本の魔術師が提唱しているし、三位一体のような別の記号も導入できるからな」
懲りないこの女は、さらにとんでもないことを言い出した。
「ちょ……! ダメっ、真琴さんは艦娘専用だよっ!」
「ねぇ川内、人の特殊性癖を大声で叫ぶのはやめて?」
「艦娘専用? なんだクサカベ、お前思った以上に変態だな。クロウリーの奴に負けてないぞ」
「うっせぇ! いきなりオカルトを口実に人の下半身狙ってくるお前に言われたくない。大体、シたいならそれなりの迫り方をしてみろってんだ!」
売り言葉に買い言葉。
叫んだ日下部に対し、ミーネは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべ、
「ねぇクサカベ。ずっと言えなかったんだけどね。ミーネ、去年出会った時から……ずっとクサカベのこと、好き、なんだよ……?」
先程までとは打って変わって。声音には蕩けそうな甘ったるさを全面に宿し、あざといほどの媚びを込めて、ミーネは完璧な上目遣いと共に下から顔を覗き込んでくる。
それは自分の魅力を完全に理解した、本物の子供には絶対にできない仕草だった。
「ぐはああっ! その声でその迫り方は反則だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!」
やられた。強い。迂闊なことを言った自分を呪いたくなる。
かろうじて堪えたものの、正直理性は吹っ飛ぶ直前だった。
「だ、ダメだってばぁぁぁ!」
川内もまた、ミーネの戦闘力を見誤っていたのだろう。必死になって日下部にすがりつく。
そんな絶体絶命のピンチに、
「クソサイコ野郎、見損ないましたわよ。あなたの川内への想いだけは本物だと思いましたのに」
横合いから放たれた聞き覚えのある声は、助け舟と呼ぶにはいささか辛辣なものだった。
声のした方を振り向くと、そこには純白のビキニとサマーハットを身に着けた長谷川の姿があった。
一瞬だけ学生時代のあの渾名を思い出して、すぐに思い直す。
白百合姫と呼んでやるには、今の彼女の格好はさすがに大胆に過ぎる。おまけに口を開けばそれに程遠いクソレズに進化したわけだし。
「なんでクソレズがここにいるんだよ」
「米州提督会の泊地本営から
反論の余地が一切ない正論を叩きつけられ、思わず鼻白んだところで、
「ミーネちゃん。マコトをからかうのはその辺にしてあげて?」
長谷川の背後から、これまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そちらに目を向けて、思わず目を逸らしそうになる……紺色のホルターネック、下半身はほとんど紐とリボンで構成された大胆すぎる水着姿のシルヴァがそこにいたからだ。
「大概にすげぇ格好だな。年考えろこのどビッチバイセクシャル熟女経産婦!」
「……へぇ。助け舟出してあげたのに、そんなこと言うんだ」
にこやかな微笑を浮かべたまま、シルヴァの声音が氷点下に下がる。
「偶然お見かけしたお姉様がゲスどもに辱められようとしてましたので、お助けして共に散策してたのです」
「ママンは自分でほいほいついてったと聞いたんだが?」
「同じことですわ。お姉様の隣には陽菜こそが相応しいのです」
「お前こそ浮気じゃねーか。有明が泣くぞ」
あの去年の秋の日にした、これからは有明一筋になるとの誓いはどこに行ったのだろう。
本人曰く「提督同士は別腹」らしいが……まぁ、あまり他所様の恋愛事情に首を突っ込むわけにもいかない。もうこいつとはそういう関係ではないのだから。
と、そこでさらに横合いから声がかけられる。
「マコトに川内、あとヒナ……? 奇遇ね。それにあなたは、ヴァランタン提督とシュナイダー提督?」
うん、知り合いが現れてももう驚かない。
そちらを振り向けば、薄緑色のセパレート水着を大胆に着こなしているエミリーがこちらを覗き込んでいた。
「ローレンス少佐? 憲兵隊にしてはずいぶんと風紀を紊乱させうる格好かと存じますが?」
「今日は到着日だし、簡単な引き継ぎだけで終わったのよ。だから今はオフってわけ」
それでいいのか憲兵隊。
「明日から忙しくなるから、せめて今の内に遊んでおこうと思って……そしたら見知った顔が集まってるから。これ、何の騒ぎ?」
「このクソサイコ野郎が艦娘専用とかうそぶいてたくせに、シュナイダー提督と浮気しようとしてたのですわ」
「してねぇつってんだろ!」
思わず全力で叫び返す。
確かに理性は吹っ飛びかけたが、ぎりぎりで耐えていた。だからこれは風評被害もいいところなのだが、
「……マコト。シュナイダー提督は良くて、私はダメなの? ねぇなんで?」
一瞬で今にも泣きそうな表情になったエミリーが、思わずすがりつくようにこちらににじり寄ってくる。
「譲らない、誰にも真琴さんは譲らないからね! 絶対に!」
川内はそんなエミリーを全力で威嚇し、
「マコト? モテるのは結構だけど、さっきの暴言は忘れてないからね?」
そんなやり取りなどまったく関係ないと言わんばかりに、シルヴァがこちらにぎろりと視線を向けてくる。
もはや収拾の付けようのないほどの混乱に、
「うわぁぁ面倒くせぇぇぇ!」
日下部は率直な感想を声の限りに叫ぶ。
何もかも投げ出してこの場から逃げ出したい気分になるが、さすがにそれをしてしまうと後が怖い。この場限りで終わる関係ではなく、後々までの付き合いが残る相手ばかりだからだ。
苛立ちに気を張り詰めさせていたから、
「失礼いたします。日下部提督でいらっしゃいますか?」
「あんっ!?」
さらに横合いからかけられた声に、思わず不機嫌さを全開にして返答してしまった。
「……!」
怯えたように息を飲む音がして、ここでようやく我に返る。
声は聞き覚えのあるものだった。自分の艦隊にいるこの声の持ち主は下品なスラングを駆使して喋るような特殊な個体だが、本来は多少おてんばなところはあっても基本的には気立ての良い女性のはずだ。
声のした方に振り向くと、果たしてそこには想像した通りの艦娘が一人。
「……サラトガ?」
「は、はい。申し訳ございませんでした、お取り込み中に」
「いや、すまん。ちょっとイライラしていた。怖がらせてすまん」
ここは素直に謝罪しておく。
彼女は水着姿ではなく、黒一色のノースリーブワンピースを身に付けていた。それは艦娘サラトガの出撃用の制服であり、Mk.II Mod.2と呼ばれる最終改装形態のものだった。
日下部鎮守府のサラトガはそのひとつ手前のMk.II止まりだ。おそらく他艦隊所属のサラトガなのだろう。
「いえ……改めまして、当方はウィリアムズ鎮守府の秘書艦のサラです」
ウィリアムズ鎮守府の秘書艦。
彼女がここにいるということは、ウィリアムズ提督は無事なのだろうか?
「モーリアック元帥から、日下部提督が本日この真珠湾泊地に到着すると伺いまして探しておりました」
「えっ?」
思わず怪訝そうな表情を浮かべた日下部の目の前で、
「お願いします。サラの提督を助けるために、お力をお貸しいただけませんか?」
まるで土下座でも始めそうな勢いで、サラトガは深々とこちらに向かって頭を下げてきた。
※夏章後半のメインストーリー、第2話です。
前話ラストで顔見せしたミーネが本格的に動き出しました。ここまで何度か書いた通り、彼女はオカルトガチ勢です。
現代ではオカルトという言葉自体に侮蔑的なニュアンスが付いてしまっていますが、本来は「神秘」とほぼ同じ意味を持つ言葉です(もう少し広い範疇を指すようではありますが)。この辺りは掘り下げるともうそれだけでひとつの創作になってしまうのですが、本作はあくまで艦これの二次創作なので程々に留め置きます。
ただし、ミーネの挙げている「ある組織」だけは多少なり絡んできます(主にミーネ自身を通じて)。
艦これ本編、夏イベで新規実装されるフランス軽巡グロワールがローソンコラボでお披露目となりました。絵師の関係で、大変な酔いどれ勢に見えますね()
SS、次話から本格的に物語が動き始めます。お待ち下さい。
以下、ミーネことシュナイダー提督のプロフィール。ちなみに現時点で書ける情報のみです。
【ヴィルヘルミーネ・シュナイダー】
性別:女性
年齢:不詳
職業:提督になる前の前歴は一切不明(本人は魔術師を自称している)
一人称:あたし
ドイツのキール鎮守府所属の提督。
日本からの「西方再打通」作戦が実施される前から艦娘を率いて戦っており、欧州提督の中では最古参の部類に入る。
見た目は小学生くらいの少女にしか見えないが、もちろん見た目通りの年齢ではない。では実年齢は何歳かというと、それを知る者は誰もいない。
本人は自分の見た目が他者にどう映るかを重々把握しており、それを活かした言動をためらわず行う。必要なら朝潮型制服の
加えて、蕩けそうなほどに甘い声を出すこともできる。
特殊な性癖を持つ一部提督の中には、彼女のファンを公言する者もいる。
魔術師を自称することからもわかる通り、神秘・オカルトの類を本気で研究している。
多くの者はこの魔術師の自称を与太話や冗談だと思っているが、唯一イギリスのトマス・レナード提督だけは、彼女のことを「トゥーレの魔女」と呼び本気で付け狙っている。
レナード提督は本物の魔女狩り一族の末裔なのだが、100年ほど前から一族に伝わる写真に彼女にそっくりな人物が写っているのだという。その女性は当時のドイツに存在した秘密結社「トゥーレ協会」に属していた魔女であり、レナード一族にとって最大の敵だったという。
この話が事実であるかどうかはともかく、ミーネがこの二つ名を心底嫌っていることだけは確かであり、今でもレナード提督と顔を合わせれば本気で殺し合う仲である(なおさすがに周囲が止めに入るおかげで、大事に至ったことは一度もない)。