日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Per aspera ad non astra 3

自由とは責任を意味する。だから、大抵の人間は自由を恐れる。

――バーナード・ショー

 

 

サラトガに案内されたのは数時間前に一度訪ねた米州提督会の泊地本営ではなく、そこに付随して設置されている大工廠だった。

その一角でこちらを待っていたモーリアックの姿に、日下部は思わずジト目になる。

 

「正式な軍令だというのでこちらはわざわざ母艦に戻って制服に着替えて来たのに、なんですか元帥はそんな格好で」

モーリアックは鮮やかなターコイズブルーのビキニを身に付け、その上から同系色のカーディガンを羽織っている。

つまり有り体に言って、水着姿だったのだ。

 

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「本体と合わせてセブンシスターズも全員、ユウに女性の身体を作ってもらったからね。こういう格好、一度してみたかったんだ。可愛いかな?」

人類統合軍の事実上のトップは、どこか恥ずかしそうに両手の人差し指を突き合わせながら言った。

大丈夫なのだろうかこの軍隊……思わず不安になるのだが、一方でまったく違う感想を抱いた者もいるようで、

 

「モーリアック元帥が女性になった!? おいそれじゃただの合法ロリじゃないか、あたしと需要が被るだろ! ええい、男の娘っていう唯一無二の特性を投げ捨てるんじゃないッ!」

「ねぇ誰かこいつ黙らせて!」

やはり制服に着替えた上でこの場にやって来ていたミーネに対し、日下部は全力でツッコミを入れる。

 

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「というか、なんでここにいるんだ。サラトガに呼ばれたのは私だけのはずだが」

改めて周囲を見渡せば、結局ここにはあの場にいた提督が全員揃っている。

軍人籍にあるとはいえ階級的に少尉でしかない川内はさすがに母艦に置いてきたし、命令系統が異なる上に貴重な半日オフを潰させるのもはばかられたエミリーはさすがにいないものの、その他の三人はきっちりこの場に同行していた。

ちなみに苦労したが、なんとか周囲の誤解は解いてある。

 

「そりゃ気になったからだ」

「ウィリアムズ提督に関する話でしょう? 陽菜もあの方は存じておりますので、気になりますわ」

「私は知らないけど、話によるとイイ男なんですって? そんなの首突っ込むに決まってるでしょ」

「元聖職者に何期待してやがんだ」

相変わらずなシルヴァに対しては、きっちり釘を刺しておく。

ちなみに彼女は冬イベの頃に出会った時と比べ、アイギス搭載型に進化していた……再会した時点で瞳の色が左右で違っていたから、言うまでもないことではあるが。

 

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モーリアックは提督のたちの顔を一通り眺め回し、軽く咳払いをする。

 

「まぁこの人数は想定外ではあるが、別にいいだろう。本題に入る。さて、先日のウィリアムズ鎮守府の神威くんの同艦交信については説明は不要だよね」

「日本まで届きましたからね、あれ」

「さすがに欧州にいたら届かなかっただろうが、あたしとヴァランタンの艦隊はその頃もう太平洋上をハワイに向かって航行中だったからな」

モーリアックの確認に対し、日下部とミーネが異口同音に肯定する。

 

「結構。それが半月ほど前の話だね。そして未だにウィリアムズくんと神威くんがどうなったか、さっぱり状況が掴めていないんだ」

「こんなに時間が経ってるのにですか!?」

「ああ、その通りだ。ウィリアムズくんが生存していることは、ある理由から確信できるが……」

モーリアックはサラトガの方をちらり、と見ながら言う。彼女がロスト・アドミラルを引き起こさずにここにいる以上、少なくともウィリアムズが存命であることだけは確かだった。

 

「だがそれ以外の情報が一切ない。というのもだね」

モーリアックは室内に置かれたデバイスを疑似VRモードで起動する。

周囲の空間に投影された風景を見た瞬間、

 

「なんだこりゃ?」

日下部は思わず怪訝そうな声を上げた。

マウナケア山の頂上一帯が、イベントの際に広がる赤い海に似た色の光に包まれている。光は一定範囲だけをまるで他の空間と区切るかのように展開しており、さらにその空間を物理的に封印するかのように、圧倒的な質量の雪と氷が完全に覆っていた。

 

「……! 今、真夏ですよ!?」

赤い光の方はともかく、雪と氷に関しては実はハワイに存在しないものでもない。

白い山(マウナ・ケア)。この山は常夏の島ハワイにあっては珍しいことに、冬には山頂部においてはスキーを楽しめるほどの雪が降る。

ただしあくまでそれは「冬には」だ。そしてそれ以前の問題として、目の前の映像における氷雪は明らかにそんな生易しい分量ではなかった。

 

「もちろんこれは自然現象ではない。神威くんが概念艤装を使用した結果だろう」

「どの神と習合させたんです?」

「ポリアフだよ。マコやシュナイダーくんなら当然知ってる名前だとは思うが」

当然と言えば当然の質問に対し、モーリアックは唇の端を微かに吊り上げて答えた。

――ああ、なるほど。それなら確かに、マウナケアに神威のような非力な艦娘を連れていく理由になる。

 

「ポリアフはハワイ神話の女神だな。マウナケア山頂に住むとされるいわゆる土地神であり、ハワイ神話の主神に当たる火山の女神ペレが唯一勝てなかった存在だ」

「雪と氷の女神で、ペレの巻き起こした溶岩流を一瞬で凍らせたこともある。ハワイの大半を支配したペレも、マウナケアだけは最後まで支配下におけなかったとか」

「結構、話が早くて助かるね」

ミーネと日下部の説明に、モーリアックは満足そうに頷く。

 

「では前提知識の共有ができたところで。サラトガくん、改めて一連の状況を提督諸君に説明してくれたまえ」

「はい。まずサラたちウィリアムズ鎮守府の艦娘たちは、地上から山頂に繋がる山路を確保しました。この段階では特に深海棲艦は現れることはありませんでした。そして安全を確保できたと判断した段階で、提督……当艦隊のウィリアムズ提督と神威がマウナケア天文台群跡に向かったのです。ちなみにこの時サラは別地点で周辺警戒を行っていました」

山頂付近に存在したマウナケア天文台群はシンギュラリティ到来時に深海棲艦によって壊滅させられたものの、比較的損傷の少ない建物でもあれば、そこにMM機関を運び込んでベースキャンプとして機能させるつもりだったという。

 

「ところが山頂付近に未知の深海棲艦が出現したと、艤装通信で報告がありました。さすがに神威の通常艤装で倒せるものではなかったようで、概念艤装を起動するとの言葉を最後に通信は途絶しました」

概念艤装を使用中は通常艤装は使えない。艦娘の「艦」としての属性を一時的に弱める必要があるからだ。

 

「この時点では、概念艤装であればすぐに倒せるものと思ったのですが……しかしどれだけ待っても艤装通信は回復せず、『聖守護天使の契約』による想念交信にも反応がなく。そうこうしている間に、他艦隊のサラトガ経由で神威が放った同艦交信のことを知ったんです」

サラトガは拳を握りしめ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「マウナケアにおいては主神ペレさえ退ける女神ポリアフ。そのポリアフと習合した神威くんを以って、勝つことのできない深海棲艦だ。当然だがただの鬼や姫であろうはずがない」

「でしょうね。赤い光もありますし、まさかパトス?」

「どうだろう。パトスなら『未知の深海棲艦』ではなく離島棲姫だと報告してくるんじゃないかな?」

「……ふむ」

モーリアックの言葉に、思わず顎に手を当てる。確かにこの赤い光は、赤い海と同質のものであるとはまだ限らなかった。

 

「神威の同艦交信を受けて、最初は真珠湾泊地の提督と艦娘が救助に向かいました。もちろんサラたちも大淀を提督代行として動いたのですが……雪と氷に阻まれて、山頂付近に近付くことすらできませんでした」

「そこで急遽アメリカ本土で活動していたホムンクルスである僕が、ここに呼ばれたってわけだ」

モーリアックがサラトガの言葉を引き継いで言う。

 

「未知の深海棲艦も確かに脅威だが、そもそも近付けないのでは話にならないと僕は判断した。だからウィリアムズ鎮守府の明石くんや他の技術部員と協力して、状況をなんとかできる新しい概念艤装を開発することにした。だがそれには当然、ある程度の時間がかかると思われた」

「いや、そもそもそんな短時間で新しい概念艤装を開発できること自体がおかしいんですが」

概念艤装という兵器そのものの発明者である日下部は、思わず頬を引きつらせながら呟く。

やはりモーリアックは想念工学者として規格外の存在だ。まだまだその背中は遠いことを改めて実感する。

 

「ははは、ありがとう。さてどうせある程度の時間がかかるのであれば、その間に別件について対応することにした。先程はああ言ったが、実は僕もこの赤い光がパトスの『偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)』によるものである可能性は考えたんだ。もしそうなのであれば、これに対処するには日下部鎮守府の金剛くんの『ティターニア』が必要になるだろう」

「ああなるほど、ようやく長谷川だけでなく私までハワイに来させられた理由がわかりました。ってそれ、金剛だけ派遣すれば良かったのでは?」

「なんだいマコ、ハワイに来られて不満かい? ウィリアムズ鎮守府の件を早期解決できれば、残った時間は夏イベまで存分にバカンスを楽しんでくれて構わないぞ」

「なるほど。ありがとうございます」

まさか本当にそういう理由だとは思わなかったが、お墨付きが出たのなら一切文句はなかった。ここはひとつ割り切って、任務完了後は本当にバカンスを本格的に楽しむことにしよう。

 

「さて、肝心の概念艤装は完成してはいるんだが。適正のある艦娘は春風くんなんだが、困ったことにウィリアムズ鎮守府の春風くんは非ケッコン艦のようなんだ」

「春風ですか。うちのも改にすらなってないですよ」

「おや、そうか。困ったな」

さすがに個々の艦隊の育成状況までは把握していなかったのだろう、モーリアックは顎に手を当てて考え込む。

その時、これまで黙って話を聞いていた長谷川が、

 

「元帥。当艦隊の春風ならケッコン済ですわ」

挙手と共に横から口を挟んできた。

 

「それはいい。ケッコンカッコカリに対して割り切っているのは、さすが古参提督だ」

「いえ、ああいうおっとりした艦娘をお姉さまと呼んで甘えるのが好きだからですが……」

「おいクソレズ、その補足訂正は必要だったか!?」

思わず全力でツッコミを入れる。

 

「ではこの概念艤装は長谷川鎮守府の春風くんに使ってもらうことにしよう。その艦娘個人に合わせた細部の調整が必要だから、後でここに連れてきて欲しい」

「拝命いたしました」

敬礼と共に長谷川はモーリアックに答えた。

 

「では改めて正式に、ウィリアムズ提督と神威くんの救出任務を発令する。参加戦力は日下部鎮守府の金剛くん、長谷川鎮守府の春風くんと……」

「どうせなので当艦隊の概念艤装持ち、三人とも連れていっていいですか?」

「ああ、戦力は多いに越したことはないからね」

モーリアックが何気なく応諾したのを確認し、日下部は顔に出すことなく内心でほくそ笑む。

 

「六人編成を基準に考えるなら、あと二人連れていける。別にこれは普段の出撃……連中の言う『ゲーム』じゃないから六人にこだわる必要もないけど、概念艤装持ちじゃない艦娘はこの状況じゃ足手まといだろうな」

「ならあたしの艦隊とヴァランタンの艦隊から一人ずつで、ちょうど六人だ」

横から口を挟んできたのはミーネだった。隣でシルヴァも微笑みと共に頷いている。

 

「お前の艦隊に配備されてることには特に驚かないけど、ママンの艦隊にもあるのか」

「あたしが監修してやったんだ。というわけでうちのグラーフとヴァランタン鎮守府のポーラが同行する……で良いかな、モーリアック元帥?」

当たり前のように告げられたミーネの言葉に対し、

 

「ふむ、ひとつ確認するけどさ。キミたち、艦娘だけでなく提督自ら行くつもりになってるよね?」

モーリアックは眉根を寄せながら告げる。

それに対する提督たちはと言えば、

 

「何を当たり前のことを?」

「うふふ。聞くまでもないわよね、ジャンくん?」

「こんな興味深い事象、艦娘だけに任せておけるか」

「私、概念艤装持ちを三人とも()()()()()許可を求めましたよね元帥? 先程応諾はいただいたはずですが」

異口同音にその言葉を肯定する。

モーリアックはその反応に対し、深々と溜息を吐き出した。難しげな表情を崩すことなく、しばし無言で思案してから、

 

「通常であれば、提督四人を危険な場所に送るなんて到底許可できるものではない。特にマコと長谷川くんはその理由についてすでに知っているはずだ……が、いいさ。許可する。自由にしたまえ」

「おや。止められると思って言質取りに行ったのに、あっさりと」

もちろんロスト・アドミラルのことは承知している。だからモーリアックはこれに対して簡単には頷かないだろうと思っていた。

日下部としてはここから丁々発止のやり取りをして、最終的になんとか自分だけでもねじ込むつもりでいたのだが、そういう意味では予想が外れたことになる。

 

「人類統合軍もそろそろ変わるべき時だ。いつまでもキミたちを縛ってばかりではいられないだろうからね、良い機会だ。だが自由には責任が伴うものだ、それだけは忘れないでくれたまえ」

「はい。了解いたしました」

モーリアックの言葉を、提督たちは神妙な面持ちで受け止める。

艦娘運用部隊の提督は、従来の軍隊にあるまじき自由裁量を旨とする。艦娘という巨大戦力をほぼ独断で運用することが許可されているのだから、当然それに伴う責任も最初から織り込み済だった。

世の大抵の者が自由とそれに伴う責任を恐れるのだとしても、提督の中にはそんな者は最初から一人もいないのだ。

 

「さて。そういうことなら、これは全員に渡しておこうか」

モーリアックは傍らにある机の引き出しからIRコードを数枚取り出すと、各提督それぞれに配布していく。

 

「これは?」

「マコとシュナイダーくんは自分で確認してもいいが、長谷川くんとヴァランタンくんは母艦に戻ってから明石くんに見せたまえ。今後、概念艤装を戦術的・戦略的に運用していくならば、絶対に必要になってくるものだ」

質問にあえて直接答えずに、モーリアックはどこかいたずらっぽい表情を浮かべる。この人がこんな表情をするということは、おそらくこれは何かとんでもないものだ。

日想研時代からの長い付き合いの中で、日下部はそれをよく理解していた。




※夏章後半メインストーリー、第3話です。なんだかんだ言いつつ、日下部たちはウィリアムズ提督を救出しに行くことになりました。
そしてここまで来ればもうお分かりかと思いますが、この一連のシリーズのメインテーマのひとつは概念艤装です。
概念艤装には「ケッコンカッコカリをした艦娘でないと制御できない」という設定があり、日下部はケッコンする艦娘を選んでるのですべての艦娘に概念艤装を与えられるわけではないのですが、当然他所の艦隊に配備されるようになれば概念艤装持ちの艦娘の種類も増えるわけです。

女神ポリアフについて。
ハワイ神話に登場する、雪と氷の女神です。
ハワイ諸島は多くの火山が存在する土地であり(実はマウナケア山自体も火山です)、神話において主神と呼べる存在は「火山の女神ペレ」なのですが、そんなペレさえ自分の土地に在っては退けるほど強いというのは本文中に書いた通りです。
ちなみに彼女にはこのペレとのエピソードの他に、もうひとつ有名なヤンデレエピソードがあったりします。もし習合したことで艦娘の神威に影響があったら……と考えると、なかなか趣深いものがありますね。

艦これ本編、夏イベが7/26から開始とのことです。当方は先行勢ではないので、始まってからもしばらくは普通にSS更新予定です(本格的に走り出したら、さすがに投稿間隔は広がると思いますが)。
SS、次話は1話だけ違うシリーズが挟まります。話としては今回の直接の続きではありますが、シリーズとしてはどちらかというと次の晩夏章(トーチ作戦イベ&その裏で起こるあれこれ)に向けてのものになります。
お待ち下さい。
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