日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

208 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


清浄なるもの 1

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動せよ。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる。

――フィンセント・ファン・ゴッホ

 

 

真珠湾(パール・ハーバー)に停泊中の、日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」。

帰艦した日下部が執務室に集めた艦娘は、普段と比べてもいささか多人数と言えるものだった。

集められた艦娘は大きくふたつのグループに分かれるのだが、

 

「というわけで川内、金剛、秋雲には、私と一緒にマウナケア山まで行ってもらう」

まずは概念艤装持ちの三人に対して正式に命令を下す。

 

「うぇー、艦娘に山登りさせるとかマジで!?」

「残念ながらマジだ、悪いが正式な任務だから拒否は認めんぞ。川内と金剛もいいな? 本日この後は別の準備があるので、出発は明朝〇六〇〇とする」

「了解。朝出発かぁ……あーハワイの海で夜戦演習したかったなぁ」

「任務を片付けてからゆっくりすればいいデース」

真っ先に声を上げた秋雲はもちろんのこと、川内と金剛もまったく不満がないわけではなさそうだったが、そこは仕方ないだろう。

一応は全員が頷いたのを確認して、日下部は言葉を続ける。

 

「さて……ハワイ諸島はいくつもの島々から成り立っている。我々が今いるのはオアフ島、真珠湾(パール・ハーバー)が存在する島だ。一方、マウナケア山はハワイ島という別の島にある。ちなみに諸島自体の名前になっているのは、ここが諸島の中で最大の島だからだな」

このレベルの基礎的な地理は三人ともさすがに把握しているとは思うのだが、それでも確認はしておいて損はないだろう。

 

「ハワイ島までの航路並びに上陸後のマウナケア山頂までの山路の安全は、ウィリアムズ鎮守府の艦娘たちが確保してくれる手筈になっている。我々は山頂部での神威の概念艤装の解除、そして未知の深海棲艦への対処だけ考えれば良いわけだ」

「今回は最初から概念艤装を使う前提ということは、通常艤装は置いていきマスカー?」

「よし金剛、実に話の流れを汲んだ良い質問だ」

金剛の質問に、日下部はにやりとした笑みを浮かべる。

 

「結論から言えば通常艤装も携行する。概念艤装は……特に金剛の『ティターニア』は乱発できるものではないし、現場の状況が不明だからな。持っていき、臨機応変に使い分ける」

「ど、どうやってデース!?」

概念艤装を展開中は通常艤装を使えない。それが概念艤装の最大の弱点だ。

金剛が驚いたのは、これまでの経験からそのことをよく知っていたからだろう。

 

「ああ、今から説明する。そのための工廠組の三人だ。明石、夕張、秋津洲。仕様書は読んだか?」

日下部が声をかけると、それまで渡した書類に無言で目を通していた三人が顔を上げた。

互いに顔を見合わせると、本来の工廠の主である明石が代表して声をかけてくる。

 

「提督、あの……これ本気ですか? 本当にこんなことができると?」

「そういう態度は困るな。想念工学で最も大切なのは鮮明なイメージだ。作業者自身が疑念を持っていては、できることもできなくなるぞ」

「そんなこと言ったって! なんですか、この亜空間収納想念装置『鶴革の袋(コルボルグ)』って!」

それはモーリアックが渡してきたIRコードに記録されていた想念を、日下部自身が仕様書に出力し直したものだった。

鶴革の袋(コルボルグ)。ケルト神話の海神マナナン・マクリルが作った魔法の袋だ。外見の大きさを無視して中に大量の物を入れることができる。最初の持ち主である主神ルーグの手を離れた後は、コノートの女王メイヴやフィオナ騎士団長フィン・マックールなど多くの者の手に渡ったという。

想念工学によりその概念を具現化したこの装置は、

 

「独立したアイテムではなく、通常艤装のオプションパーツとして用いる。概念艤装の使用時、通常艤装を自動的に亜空間に収納することができる。逆に通常艤装を使う時は概念艤装の方をしまっておけるな」

概念艤装最大の弱点を補うことができるものだった。

なるほどこれは確かに、モーリアックもあの表情になるわけだ。

 

「本当は艤装だけでなく、神話そのままになんでも収納できるようにしたいんだが。その辺は将来的な機能拡張として研究の余地ありだな」

「そんなの完全にファンタジーかSFの領域じゃないですか! なんですか亜空間って!」

「これまで我々が『妖精界』と呼んでいたものだ」

日下部の言葉に、明石は大きく目を見開く。

 

「妖精界、亜空間。どちらもイメージを優先した感覚的な呼び方だが、正式名称としては『高次概念空間』と呼ぶことになった。この物質世界より高次元に在る空間であり、そこではあらゆるものが物質ではなく概念としてのみ存在できる」

これまでは「よくわからないが、ここではないどこか」としか理解できなかったものに、モーリアック率いる大本営技術部はきちんとした定義を与えることに成功したのだ。

あるいは人類の先に進んだ高次AIは、すでにこの空間を利用しているのかもしれない。であれば、人類の技術はついにその領域に届いたことになる。

 

鶴革の袋(コルボルグ)がファンタジーやSFの領域というなら、我々はとっくの昔にそこに進んでいたんだ。どうだ明石、少しはできる気になってきたか?」

「ええ。これは……捗ります!」

「よし。夕張と秋津洲も協力して、明日の朝までに川内たち三人の艤装にこの『鶴革の袋(コルボルグ)』を搭載してくれ」

日下部の命令に、工作技術を持った艦娘三人の目に火が灯る。

 

「これ、今晩は徹夜確定?」

「完全に新しいものを一晩で三人分搭載しろとか、艦娘遣いが荒いかも!」

「仕方ないわね。頑張るから、三人は後で感想聞かせてね」

この状況下で燃えない工作艦などいない。いやまぁ夕張と秋津洲は工作艦ではなく、軽巡と水上機母艦だが。

いずれにせよ頼もしい工廠組の態度に、思わず日下部が破顔したところで、

 

「提督、他艦隊からお客様がいらっしゃいました。事前に説明いただいていたあの方です。今は応接室でお待ちいただいております」

そんなことを言いながら、大淀が執務室に入ってきた。

 

「お、そうか。ありがとう大淀。さて、では概念艤装組は明日に備えて休息、工廠組は即時作業開始ということで……解散だ」

日下部の言葉に、弾かれるように艦娘たちが動き出す。

その中の一人、川内が仏頂面を浮かべていることに気付いた。おそらく訪ねてきた客のことを考えているのだろう。

そこはいい加減、夫のことを信用してもらいたいところなのだが。

 


 

提督が他艦隊を表敬訪問する際は、秘書艦を同伴することが多い。

応接室で待っていた彼女が今回そうしなかったのは、来訪の理由がごく私的なものだったからだろう。

 

「あたし参上だ。クサカベ、頼まれてたカタリ派に関する資料を持ってきてやったぞ。アルプス山脈の奥地で、貴重な古書を発見できた」

来客であるヴィルヘルミーネ・シュナイダー提督は、応接室の机の上に古式ゆかしいアタッシュケースをどすんと置きながら告げた。

 

「おうミーネ。すまん、感謝する」

「感謝は当然だ。その上で労働には代価が支払われて当然だよな?」

ミーネは微笑を浮かべながら、その見た目に似つかわしくない口調で告げる。

 

「まぁ、その言い分は正当だな。いくらだ?」

「別に金には困ってないからな、あたし。それ以前にこれの価値を金に換算しようとすると、いくらお前でも払い切れるもんじゃないと思うけどな?」

「つまるところ『本物』ってことか。お前がそう言うならそうなんだろう、そこは信用している」

相変わらずトンチキな肩書を自称しているが、逆に言えばそれだけ本気でオカルトに情熱を注いでいるということだろう。魔術云々はともかく、想念工学的な見地においても自身の行いに確信を持つのは非常に大切なことだ。

 

「しかしだな、それでも私はそいつを必要としているんだ」

「ああ、だろうな。だから違う物で払ってもらおうか」

「何だよ。嫌な予感しかせんが」

大体何を言い出すかの想像は付くのだが、それでも聞かないと進まない話もある。

 

生気(オド)で……」

「要するにお前と寝ろって話だろ? それはお断りだっつの」

予想通りの言葉に対して予定通りの返答をする。

 

「あのな、そういう言い方されるとさすがのあたしも傷付くんだが。別に恋人になれって言ってるわけじゃない、儀式の一環として共に絶頂(エクスタシー)に至ってくれればいいだけだぞ?」

「さっきも言ったろ、私は艦娘専用だ。艦娘以外とはシないし、艦娘でもちゃんと婚約した子としかシないんだ」

「まぁ性魔術はお互いの合意がないと意味がないからな。強要しても仕方ないのは確かだ」

ミーネは妙に物分かりの良い態度であっさり引いていった。

さすがにあっさりし過ぎではないかと訝しんだところで、

 

「ところでクサカベ、これはクロウリーの奴も挙げていることなんだが。性魔術の中には、肛門性交によるものもあったりするぞ」

不意打ちで特大の爆弾を投げてきた。

 

「うっ!?」

「そこで反応するとか、相変わらずのお尻星人だなぁお前。ねぇクサカベ、やっぱり……スる?」

「シ、シないっ……!」

甘い声で小首を傾げながら言われて、正直に言って完全に勃った。勃ったが、それでも強引に意志力でミーネの言葉をねじ伏せる。もはやこれは矜持(プライド)の問題だ。

ミーネはそんな態度にしばらくの間愉快そうな笑みを浮かべていたが、それでも屈服しないことを確認したところで、

 

「わかったわかった。あたしの負けでいいさ、残念だが。ということになったから聞き耳立ててる三人、入って来いよ」

応接室の入口の扉に向かって声をかける。

日下部が追ってそちらに視線を向けると、扉はバタンと勢いよく開かれ、

 

「真琴さんは渡さないって言ったよね!」

「Heyマコト、よく耐えました。私は褒めてあげマース!」

「金髪合法ロリ提督、うひょーたまんねぇ! ねぇねぇ、冬の薄い本の題材にしていい?」

川内、金剛、秋雲。先程執務室に集めた概念艤装組の三人の姿がそこにあった。

 

「お前たち、行儀が悪いぞ。なんだ青葉みたいな真似して」

日下部は提督として叱責の声を上げる。

 

「だって、心配だったんだもん……!」

「そこは夫を少しは信用してくれよ、川内」

気持ちは理解できるが、それでもそこに一線は引く必要があった。

さすがに提督同士の会話の盗み聞きは看過して良いことではない。要艦娘秘の軍事機密を話している可能性もあったのだから。今回はたまたまそういう話はしていなかったというだけで。

 

「いい、クサカベ。今回は公式な表敬訪問じゃなくて、あたしが私的に友人の職場を訪ねているだけだ。ドレスコードとして制服は着てるがな」

「わかった、感謝する。さてミーネ、そうなると代価は……」

「ふむ……ん?」

ミーネは不意に言葉を止め、顔を上げる。

それはまるで、何かの匂いでも嗅いでいるかのような仕草だった。

 

「今気付いたが、面白い気配があるな。これは……」

唐突に立ち上がると、ミーネは艦内を無断で走り出す。

「いが」には初めて来たはずなのに、一切の迷いなく特定の方向に向かっているようだった。

 

「お、おいちょっと!」

慌てて日下部はその背中を追いかけ、艦娘三人もそれに追随する。

さすがにこれは先程の艦娘たちの盗み聞きにも劣らぬ非礼だが、それを咎めるためにはまずは追い付かなくてはならないだろう。

 


 

ショートランド人工島の地上施設においては、日下部の部屋は艦隊の本営や艦娘寮からは離れた場所にあった。

だが当然ながら、艦娘運用母艦においてはそういうわけにもいかない。艦娘たちの部屋とは階層こそ違えど、同じ艦内にあることは間違いなかった。

 

「ここだ。気配はこの中にある」

そう言ってミーネが立ち止まったのは、まさしくその日下部の私室の前。

息を切らせながら追い付いてきた日下部や艦娘たちとは対称的に、汗一つかいていないけろりとした表情だった。

 

「おいミーネ、何を勝手なことしてやがる!」

「私的に友人の職場を訪ねているだけだと言っただろ。ちょっとおイタはしたが、笑って許せよ」

まったく悪びれない態度で日下部の追及をスルーした上で、

 

「そんなことよりだ。ここの右手側、床からの高さは1mほど。厳格に封じられた空間から、隠しきれない濃密な女性の生気(オド)を感じる。クサカベの男性の生気(オド)に負けない密度だ。こいつは……何だ?」

真剣な表情で首を傾げながら、そんなことを尋ねてきた。

日下部は思わず息を呑む。言われたものに心当たりがあったからだ。

無言で部屋の鍵を開け、ミーネと艦娘たちを室内へと招き入れる。肌見放さず持ち歩いている想念鍵を取り出すと、室内の一角に置かれた大型金庫に施された想念錠を外した。

 

「お前が言っているのは、これのことか?」

金庫の中から取り出したものは、オレンジ色の液体の入った小さな瓶だった。

何も知らなければ、オレンジかマンゴーでも使ったジュースにしか見えないようなものだが、

 

「あっ、あれ!」

「いつぞやの……」

「明石さんの作った、女子力強化ジュース!」

それが何か知っている艦娘たちは、口々にその正体を言葉にする。

 

「それだ。すごいぞ、こんな物よく用意したな?」

「うちの明石が以前作ったものだ。ちょっとした騒動を引き起こしたせいで没収したが、想念工学的に興味深い品であるのは間違いないんで取っておいたんだ。今回はこのまま夏イベ入りで長期間日本を離れるわけだから、念の為持ってきてあった」

「よし、それを寄越せ。そいつなら対価に十分だ」

真剣な表情を崩すことなく、むしろその瞳を情熱に燃やしながらミーネは告げる。

 

「お、おう。まぁいいけど。一体何に使うんだ?」

魔女術(ウィッカ)に応用できそうなんでな。研究してみる価値はありそうだ」

「オカルト狂いの考えることはよくわからんなぁ……」

貴重品であることは間違いないが、必要なデータは取ってある。だから特に惜しむこともなく、素直に女子力強化ジュースの小瓶を渡す。

受け取ったミーネはその場でアタッシュケースを開けると、中からかなり古びた装丁の古書を取り出した。素材は通常の紙ではなく羊皮紙のようで、何やら重苦しい想念を感じさせるものだった。

かくして取引は成立した。ミーネは満足そうな表情で、

 

「ありがとな。じゃあクサカベ、そいつは大事に研究しろよ。あたしも写本は作らせてもらったが、渡した方が原本だからな」

「律儀だなぁ。写本の方を渡したってバレないだろうに」

「魔術において誓約は命より重いんだよ。古代ケルトの英雄を宿してて理解できんのか」

「へいへい」

古代ケルト人の誓約(ゲッシュ)の重さは身を以って知っているが、あまり詳しく説明したい話でもない。適当にひらひらと手の平を振ってごまかす。

 

「よし、じゃあ、あたしは帰るぞ。早くこいつを研究したい」

「構わんが、明日からマウナケアだぞ? 程々にしとけよ」

「ああ、もちろんだ。じゃあクサカベ、また明日な!」

もはやあれだけ日下部の下半身を狙っていたことなど忘れたかのように、陽気な声で告げてミーネは去っていく。

恋愛的な意味での興味は本当に一切なかった、ということなのだろう。

 

「……ったく」

それはそれで少しだけ癪に感じて、日下部は溜息を吐き出す。

一方で艦娘たちはといえば、

 

「ね、ねぇ。なんでミーネさん、応接室にいて真琴さんの部屋にあった女子力強化ジュースの存在に気付けたの!?」

「あっ!?」

「ま、まさか。本物のWitch(魔女)デース……!?」

そんな事実に今更ながらに気付き、思わず身を震わせながら顔を見合わせるのだった。




※「カタリ派」に関する内容を中心とするシリーズです。
今回はカタリ派そのものは本格的に登場してはいないのですが、この夏章が終わった後の晩夏章へと続いていき、夏イベ(トーチ作戦)の裏でひとつの大きな物語になっていきます。
というわけでカタリ派についてはまだ語れませんので、今は別のことを。

亜空間収納想念装置「鶴革の袋(コルボルグ)」について。
原典の鶴革の袋(コルボルグ)については、ケルト神話のフィンの物語群(フィニアンサイクル)において「フィオナ騎士団長の証」として出てくるものでありますが、実はガチの神器でありフィン・マックール以外の歴代の持ち主もかなり錚々たる面子だったりします。
その神器の概念を元に生み出したのが、この装置です。原典の神器は某国民的アニメの「四次元ポケット」が一番近い存在だと思いますが、本作は「サブタイトルにあらすじが入っている系統の作品」ですので、それに倣って「アイテムボックス」と呼ぶのがしっくり来るかもしれませんね(今はまだアイテムボックスほど万能ではないのですが)。

艦これ本編、今話を投稿している今晩から夏イベが始まる予定です。メンテナンスが遅れなければですが。
SS、次話は「Per aspera ad non astra」のシリーズに戻ります。いよいよ日下部たちはマウナケア山へと向かいます。お待ち下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。