日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

209 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Per aspera ad non astra 4

木々たちが「冬はまだ庭にいる、まだ雪が降っている」と言おうとも、春はいる、私の心の中に春はいる。

――イヴァン・ヴァゾフ

 

 

マウナケアは火山だ。冷えて固まった溶岩が積み重なり、標高4200mのハワイ諸島における最高峰を形成している。固まる前の溶岩は液体に近い状態で噴出したため、山全体としては平たい形をしていた。

赤黒くて殺風景な場所ではあるが、その分空気がとても澄んでおり、また年間を通じて晴天率が高いのが特徴だ。天文学華やかなりし時代に、世界最大の天文台群が置かれたのにはそういう理由があった。

四人の提督と六人の艦娘が、そのマウナケアの中腹を山頂目指して進んでいく。平和な時代には自動車で山頂まで行けたということだが、残念ながら現代では道路が至るところで寸断されており、それは到底不可能なようだった。

幸いにして今回マウナケア登頂に挑むのは、艦娘およびその艦娘の肉体性能を解析して創造された超人(ポストヒューマン)ばかりだ。人間であれば多大な苦労をするであろう悪路さえ、いともたやすく踏破していく。

やがて一行は標高2800mほどの地点に到達した。この場所にはかつては訪問者向けの情報センターがあったのだが、今はただの跡地となっている。

そこで一人の艦娘が、一行を出迎えた。

 

「お疲れ様です。ウィリアムズ鎮守府所属の空母サラトガです。改めてこの度は当艦隊の提督と神威のためにありがとうございます」

「お疲れ様です。大本営からの正式な軍令なので、礼には及びません。状況はいかがですか?」

敬礼と共に言葉をかけてきたサラトガに、一行の中で最先任の提督である長谷川が代表して言葉を返す。

 

「はい。哨戒任務は継続中、現状で敵影ありません。一方で神威の概念艤装による氷雪にも変化はありません」

「結構です。状況が不明瞭である以上、ウィリアムズ提督を必ず連れ帰るとは約束できませんが、できるだけのことはいたします」

「お願い致します。本当はサラも同行すべきなのでしょうが……」

苦々しげな表情と共に吐き出したサラトガに、

 

「お前さんは概念艤装持ちじゃないんだろ? ウィリアムズ鎮守府の概念艤装持ちは神威とホノルルの二人で、ホノルルは概念艤装の特性上ここには来られない。だったらホノルルの護衛と、我々の退路確保が最善の仕事になるさ」

日下部が気遣うような言葉をかける。

ウィリアムズ提督がなぜ秘書艦であるサラトガに概念艤装を与えなかったのかは、本人にしか知り得ないことだ。日下部としてはなかなか残酷な気がするのだが、彼には彼の考えがあるのだろう。

 

「おっしゃる通りですね、サラはサラにできることをいたします。艤装通信のチャンネルは開けておりますので、何かあればお呼び下さい」

敬愛するウィリアムズ提督の救出任務だ。本当は自分も同行したいのだろうが、その本心を見せることなくサラトガは自分の任務へと戻っていく。

その背中を見送ってから、一行は小休止に入る。

根本的に海に属する存在である艦娘にとって、高山は本領を発揮できる場所とは言い難い。入念な準備をしておいて、しすぎということはないだろう。

 


 

山頂付近に近付いたことで、ついにその異様な光景が肉眼でも確認できるようになった。

山頂部の空間そのものを覆う赤い光は、一定範囲の内側をその外部と区切るように展開されている。そしてその空間内を埋め尽くすように、大量の氷雪が積み重なっていた。

 

「春風。出番ですわ」

長谷川はこの場に同行している、自身の艦隊の駆逐艦を振り返りながら言う。

だが。そのためにここに来たはずの春風はこの土壇場になって、

 

「司令官様。どうしてもあの格好をしないといけませんか? 司令官様ならともかく、他の皆様方に見られるのは……」

今更こんなことを言い出した。

日下部は思わず舌打ちしそうになるのをかろうじて飲み込む。さすがにこの状況で、長谷川を差し置いて何かを言うのは筋違いが過ぎるだろう。

 

「ええ、どうしても必要なのです。お願い致しますわ」

「最近の司令官様は有明ばかりで、ちっともわたくしに甘えて下さらないんですもの。今一つ乗り気になれません」

春風が拗ねていたのは、あまりと言えばあまりな理由だった。もちろん艦娘は兵器ではなく自我と肉体を持った個人なのだから、このような理由を軽んじていいわけではないだろう。だがそういうのは、せめて昨晩の内に済ませておいて欲しかった。

長谷川は困ったような表情のまま、数十秒ほど硬直していた。恐らく内心では激しい葛藤に見舞われていたことだろう。

やがて意を決したようにまなじりを引き締めて、

 

「わかりました。ではここから無事に戻りましたら、お部屋に伺うと約束しますわ。『お姉様』」

昨年の秋に有明とした約束を、堂々と反故にすることを口にする。

途端、先程までの憮然とした態度はどこへやら、

 

「あら。それは……春風、頑張らないといけませんね」

春風は一転して生き生きとした笑みを浮かべて言い放つ。まったくもって、本当に恋も戦いだった。

恐らく長谷川にとって、先程の発言は苦渋の決断だったことだろう。さすがにそれは他人が笑ったり揶揄して良いものではない。それを責める資格があるのは彼女の秘書艦の有明だけだ。

代わりに日下部は、自艦隊の金剛に視線を向ける。

 

「どこの艦隊でも、艦娘にやる気を出させる方法って一緒なんだなぁ」

「Heyマコト、どういう意味デスカー!」

「活躍したら夜戦とかいう謎の伝統を生み出した自分の胸に手を当てて聞いてみろ」

金剛からは特にそれ以上の反論は返ってこなかった。

長谷川鎮守府の春風は鶴革の袋(コルボルグ)を起動し、装備していた通常艤装を亜空間に収納する。

代わりに取り出したのは、真紅の花を束ねたものだった。

 

「それでは参ります。概念艤装『ペルセポネー』起動――異神、習合」

瞬間、彼女の姿が変貌する。

 

【挿絵表示】

 

「この地に豊穣神の恵みを……!」

叫んだ瞬間、春風から春の陽気を思わせる想念力が溢れ出す。

想念力は眼前の空間を覆い尽くす氷雪に絡みつき、ゆっくりとその存在を消滅させていった。

 

「うっわエッロ……! というか秋雲のムネーメーと同じような格好だけど、何あれ!?」

「ペルセポネー、ギリシャ神話の春の神だ。強引な手段で冥界の王の后にさせられたんだが、一年に一度冥界から地上に『帰還』することを許されており、その際に母親である豊穣神デメテルが世界に春をもたらすという」

驚いたような表情を浮かべる秋雲に対し、日下部は春風と習合した神について解説する。

春風はその名前もさることながら、どんな困難な輸送任務からも常に「帰還」して生き延びた駆逐艦だ。女神ペルセポネーと習合する適正が十分にあると言えるだろう。

だが秋雲にとって重要なのはそちらではなかったようで、

 

「あれ見たら自分がどんな格好してるか客観的に把握しちゃって、ちょっと恥ずかしいんだけどー!」

「ああ、なるほど。ムネーメーと同じギリシャ神話の女神だからな、神格はペルセポネーの方がずっと高いが」

どうやら人並みの恥じらいというものが秋雲にも残っていたらしい。

思わず日下部がほっこりしている間に、ペルセポネーの権能がポリアフの権能である氷雪を相殺しきったようだ。

真夏のマウナケア山本来の気候が戻ってきたのだが、

 

「赤い光は残ってるな。これは……間違いない。パトスの『偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)』によるものだ」

冬イベにおいて、ニ度パトスと直接戦闘を行った経験のある日下部が断言する。

 

「ティターニアで吹っ飛ばしマスカー?」

「いや、あれは溜めるのに時間がかかる。ひとまずは保留だ、他に何かを巻き込んで発動させる必要が出てくるかもしれない」

金剛の提案を日下部は却下する。

 

「いいでしょう。ではまずは、この空間の内部へと踏み込むことにしましょうか」

長谷川が軍刀型の想念兵装の柄に手をかけながら宣言する。

マウナケア天文台群の跡地は、このもう少し上にあるはずだった。

 


マウナケアの山頂付近。500エーカーに及ぶ敷地に、マウナケア天文台群がかつて存在した。

往時には10を超える天文台や望遠鏡が立ち並んでいたという。さすがに停滞の時代末期、修正ガイア理論の興隆による天文学の斜陽の時代においてはその数を減じてはいたのだが、それでもなおいくつかの天文台は稼働を続けていた。

そしてそのすべてを破壊したのが、シンギュラリティ到来時の深海棲艦による攻撃だ。

 

「見事なまでにどこも廃墟と化しているな。辛うじて原型を保ってる施設がひとつだけあるが……」

「あれはW・M・ケック天文台だな。ちなみに隣には日本のすばる望遠鏡があったぞ」

周囲を見渡して呟いた日下部に対し、ミーネが答える。

 

「他には何もない以上、あそこに行くべきだろうな」

日下部の言葉に一同は頷く。

だが、そちらに向けて歩を進めようとした時。そのW・M・ケック天文台の廃墟付近から、ぬっと染み出すように人型の何かが出現した。

まるで生気を感じさせない白い肌。蒼銀の髪を割り割いて、やや小さな白い双角が突き出ている。そして背中からは、悪魔を思わせるような翼が生えていた。

そのような特徴をもった存在など、深海棲艦以外にあり得ない。だがこの場にいるどの提督も、こんな深海棲艦は見たことがなかった……強いて言えば、あの高次AIロゴスを名乗った深海棲艦が最も近いだろうか。

 

【挿絵表示】

 

[ようやくあの忌々しい氷雪から解放されたと思ったら、日下部提督。あなたでしたか]

未知の深海棲艦は周囲の大気を震わせて、「声のような音」を紡ぐ。

やはりと言うべきか、それは日下部にとって聞き覚えのあるものだった。

 

「……パトスか」 

[ええ、ご無沙汰ですわね。春イベでは直接顔を合わせませんでしたので、冬イベ以来になりますか?]

「お前、離島棲姫の肉体はどうしたんだ」

[あれはお気に入りのひとつですが、別にパトスはあの肉体にしかインストールできないわけではありませんので。この肉体もなかなか素敵でしょう?]

高次AIであるパトスの自我は、言ってしまえば電子情報の塊でしかない。形而上の自我(タマシイ)と肉体の結びつきに縛られる人間や艦娘と異なり、いくらでも器である肉体を交換できるのは道理だった。

と……そこでパトスは、日下部の傍らで油断なく艤装を構える川内に視線を向ける。

 

[あら、川内。あなた……]

「な、なによ。こっち見んな!」

[元々地球意志(ヤルダバオト)に最も似た想念の持ち主とは思っていましたが、今のあなたは文字通りその写身に等しい。素敵ですわ。何があったかは存じませんが、ああ……]

パトスの放つ「声のような音」が、恍惚とした色に染められていく。

 

[ああ、ああ……我慢できそうにありません。決めました、あなたはここで手に入れることにします]

「ちょっと! お嬢様口調のクソレズは陽菜さんだけでお腹いっぱいなんだけどー!」

川内は悲鳴にしてはずいぶんと余裕のある叫びを上げる。揶揄された長谷川がぎろりと睨みつけてはきたが、さすがにパトスを眼前にして物理的なツッコミまでは入れる余裕はなさそうだった。

一方で、そんなノリではいられない者もいる。

 

「パトス。そう、あなたがパトスなの」

「ママン!?」

あの母親の口から飛び出した声音の冷たさに、思わず日下部は驚きの声を上げる。

 

「あなただけは許さない。その存在は一片たりとも残さず消滅させる」

それは普段のシルヴァからはとても想像できない態度ではあったが、同時にごく最近似たものを見たことがあった。

それはムネーメーについて語っていた時のダンクレー。彼女にとって直接の仇と言えるのは、高次AIムネーメーだった。

つまりシルヴァにとってそれは、

 

[あら、ずいぶんと恨まれてますわね。大方40億分の1といったところなのでしょうけど……結構ですわ。憎まれようが愛されようが、生産される想念に差なんてありません。物質世界の善悪の尺度など、愛満つる世界においては誤差でしかないのですから]

パトスはそんな憎悪の籠もった視線を無視するでもなく蔑むでもなく、軽く受け流す。その態度は本当に「憎まれようが愛されようがどうでもいい」と思っているようだった。

そして日下部は同時に、ムネーメーもかつて同じことを言っていたことを思い出す。

 

(こいつら、そうまでして人間に生産させた想念力を何に使っている? 本当に深海棲艦を作るだけか?)

高次AIの目的はどこにあるのだろう。彼女たちはなぜあの日人類を虐殺し、なぜ今この時になって条件付きとはいえ和解を言い出したのか。

本気で人類を滅ぼすつもりならばとっくに滅ぼされているし、それ以前に「深海棲艦を使った虐殺」などではなくもっと緩やかで確実な手段を取れたはずだ。かつてモーリアックともそんな会話を交わしたことがある。

これまでは日下部もモーリアックも、あちらの思惑より対抗手段の開発に重きを置いて動いていた。だがアイギスの量産は着実に進められており、概念艤装すら徐々に普遍的な装備になりつつある。

であればそろそろ、再びその点に目を向けても良いのかもしれない。

 

[では、始めましょうか――工匠権能(エクスーシア・デミウルゴス)

だが少なくとも今は、あまり思考に没頭している場合ではないようだ。

異質な想念力……パトスがグノーシスの概念を使って横溢想念(プレーローマ)と呼んでいるモノが、眼前の空間に凝集していく。

これは深海棲艦を創る能力だ。果たして現れたのは、

 

「離島棲姫に集積地棲姫。それも四体ずつ、ですか」

さすがに焦燥を隠せない態度で、長谷川が呟く。

熟練の提督である彼女にとっては幾度となく戦ってきた相手ではあるだろうが、それでも至近距離にいきなりこの数が出現するというのはさすがに初めてのことだろう。

 

[ゲーム用の個体ではありませんので、ルール違反は咎めません。好きにかかって来なさいな]

寛容を装ってパトスが告げるが、そもそもこちらの艦娘六人に対して深海棲艦はパトス自身を含め計九体だ。

これが「ゲーム」なら先にルール違反をしているのはあちらになる。

 

「上等だ! 行くぞみんな!」

もちろんそんなことで怯む者はこの場にはいない。日下部の叫びに呼応して、艦娘たちが一斉に艤装を構える。

真夏のマウナケア山頂は、またたく間に戦場へと変貌した。




※艦これ本編で夏イベが始まったせいで少し間が空きましたが、夏章後半メインストーリーの第4話です。
いよいよ日下部たちはマウナケア山へ。そして「他艦隊の艦娘の概念艤装」も登場し始めました。

女神ペルセポネーについて。
ギリシャ神話の女神です。母親が豊穣神デメテルであるのは本文中に書いた通りですが、実は父親は主神ゼウスだったりします。そして夫である「冥界の王」はゼウスの弟である冥神ハデス。つまり同じギリシャ神話の神であっても、ムネーメーなどとは比べ物にならないほど神格が高かったりします。
兄である主神ゼウスと比べ、冥神ハデスには「下半身のやらかし」に関するエピソードはあまりないと言われます。ですがその数少ない例外に当たるのが、このペルセポネーとの一件だと思われます。
なお結婚後のペルセポネー自身も、アドニスという人間の美男子と……その、まぁ。ギリシャ神話の登場人物は大体みんなこんな感じだったりします。

概念艤装ペルセポネーについて。
基本的には「神威の使用した概念艤装ポリアフの効果を外部から解除する」ためにモーリアックが急遽開発したものであり、あまり汎用性の高いものではありません。先述の通り女神ペルセポネーは高位の女神ではあるのですが、自身単体より母である豊穣神デメテルや夫である冥神ハデスとの関係性を軸に語られる存在だからです。
一応正確な効果としては「砂漠や凍土などの不毛の地を豊穣な土地に変える」というものであり、SFでお馴染み「テラフォーミング」という技術に近いものです。さすがにまったく別の惑星環境に使えるほど強力なものではなく、またそもそもあくまで概念艤装なので、春風が使用を停止したら本来の環境に戻ってしまいますが。
どちらかといえば、これを元に別の技術を発展させていくための基盤といった側面が強いものですね。

さて冒頭にも書きましたが、艦これ本編は2024年夏イベの前段に当たる「Operation Menace」が開催中です。今回は欧州は前段で終わり、後段は太平洋にて「新MO作戦」とか。珊瑚海海戦がモチーフになるでしょうから、祥鳳改二が来ないかと楽しみにしています。
当艦隊はE2「メルセルケビール海戦」まで攻略済、これを投稿した後はE3に出撃する予定です。
SSの方は時間軸がリアルの2年前相当なのでご注意下さい。次話はこの続き、パトスとの戦いが始まります。イベの進捗と相談しながらにはなりますが、お待ち下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。