日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
恋に落ちているときほど、苦痛に対して無防備であることはない。
2040年。
MM技術の発明時と同じように、急速に世界は変化した。
マインドハッカー事件の影響は、それだけ大きかった。
それまでほぼ無制限にMM技術の利用を許されていた一般市民から、有無を言わさずMM技術へのアクセス権が取り上げられた。
MM機関の保持・使用自体に一定の資格が必要とされるようになり、その絶対数も制限されるようになった。
各人が自由無縫に想念を形に変えていた時代は終わりを告げ、より専門性を高めた想念工学の研究者が生産した想念資材や製品を、国が
既存の経済機構が息を吹き返し、世界はMM技術の発明前に比較的近い姿に落ち着いた。
それらの変化を短時間に、かつ最低限度の混乱で収めたのは、ひとえに高次AIロゴスの裁可能力の賜物だった。
一連の事件を通じ、ロゴスは人類全体の社会構造に対する、自身の影響力と権限を強化していた。
すでに世界は
間接的にではあるが、私は世の中を変えてしまったことになる。
だがまぁ正直、そんなステージの話はもう私の手に余った。
なので目下、考えるべきことは……「進路」などという、実に等身大で年齢相応な物だった。
元々は大学院に進学して修士号・博士号と学歴を重ね、想念工学の研究者としての道を進むつもりでいた。
だが悠也さんの紹介により、特例として大卒と同時に、最先端の想念工学の研究機関である「日本想念工学研究所」、通称・日想研に就職できることになった。
はっきり言って、望外も望外だっただろう。
私にとって学歴は目的ではなく手段だったから、そこをすっ飛ばすことに一切のためらいはなかった。
「これからはお前の才能を世の中のために活かせ」と言った、その具体的な手段を与えてくれた悠也さんには、これはもう感謝するしか無かった。
そして学生生活の残りをカウントダウンのように過ごしていた、そんな季節。
――私は、白百合姫に出会った。
確かにお姫様のようだと思った。
「初めまして、長谷川陽菜と申します。兄の悠也がお世話になっていますわ」
日本人離れした明るいブラウンの地毛。作り物めいた紫の瞳。
ふわっとした白いワンピースを身にまとい、控えめな微笑で自己紹介をする姿に、思わず見惚れてしまう。
自慢じゃないが、私はガキの頃から女性にはモテていた。
けれども私のようなクズに寄って来る女というのは、実年齢よりも大人ぶりたいような輩ばかりで……まぁ有り体に言って、必死になって色気を装いたがるタイプばかりだった。
そんな女に囲まれた思春期を過ごした私は、率直に言ってそういうタイプには飽き飽きしていた。
だから、その真逆に位置するような彼女の姿は、とても魅力的に写った。
「ご丁寧に、ありがとうございます。どちらかというと、お世話になっているのは私の方ですね」
実は、彼女のことは以前から知っていた。
悠也さんが、自分の妹が私と同じ大学に通っていることを教えてくれたのだ。
なんでも周囲の人間たちからは「白百合姫」などという渾名で呼ばれているのだとか。
白百合の花言葉は「純潔」。
なるほど、彼女には相応しいかもしれない。
「それで、本日はどのような? ああ、もしかして悠也さん絡みで何か?」
大学構内のカフェテリア。
向かい合って座る彼女に、私は尋ねる。
「いえ。むしろこれからのお話は、兄には内密にしていただきたいのです」
「え……?」
そういうことを言い出しそうなタイプには思えなかったので、思わず聞き返す。
そんな私の返答に、彼女は意を決したような表情で、
「日下部様。私と、……お付き合いしていただけませんか?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
だが強い意志を込めた彼女の視線が、そうではないことを物語っている。
「何故です? 私、陽菜さんと話すのは初めてですよね?」
「お話するのは、そうですわね。でも陽菜は、日下部様のことはよく存じておりますわ」
「と、おっしゃいますと?」
「見目もなかなか麗しくいらっしゃいますし、才気煥発で学業優秀なことも存じております。
あとはそうですわね、……いつもたくさんの女性に囲まれて、とても女性の扱いに手慣れている方だと存じました」
「最後のは、普通は褒め言葉ではないですよね」
褒められるのも告白されるのも慣れているけど、彼女の真意は正直測りかねた。
「陽菜は恥ずかしながら、未だ殿方とお付き合いしたことが無いのです。なので初めては日下部様のような、女性の扱いに手慣れている方がよろしいかと存じました」
「なるほど……」
あまりこういうタイプに触れたことは無かったのだが、なんとなくそういうものなのかと納得する。
「それで、日下部様……いかがでしょうか?」
――ああ、後から思えば。ここで気付いておけば良かったんだ。
彼女は、「私自身を好きだ」とは一言も言っていないことに。
陽菜と付き合い始めて、1ヶ月ほどの時間が流れた。
悠也さんには内緒にして欲しいという要望が陽菜からあったため(まぁ私も気まずいので同感だ)、デバイスを使ったネットでのやり取りは程々にしかしなかったが、毎日大学では顔を合わせていたし、デートにも数回行った。
……今まで告白してきた女に対して、その日の内に性的な関係を結んでいたような私が、よくぞデート数回も我慢したものだと我ながら感心する。
最初は可愛らしい容姿とか、あまり強く意見を言わない控えめなところか、そういう部分に対して新鮮味を感じていただけだったのかもしれない。
けれども逢瀬を重ねる内に、私の知らない彼女の表情を、もっと引き出したいと思うようになっていた。
そしてその中には、性的な行為を通じてしか得られない物がある。
だから私は、陽菜と結ばれたいと願っていた。
けれども。
「申し訳ありません、日下部様……陽菜、まだそういう行為は怖くて……」
うーん、この現代において、22歳の成人女性からこんな台詞が出てくるとは。
はっきり言って可愛い。
そんなことを言われてしまうと、ますます欲しくなっちゃうじゃないか。
うーん、お嬢様っぽいし仕方ないかな。
白百合姫に恋する王子様も、まったく楽じゃないなぁ。
……そろそろ良くない?
いい加減ヤらせろよ。段々、自分を抑えられなくなるぞ。
ああ……その首を、きゅっとしたいなぁ。
――いや落ち着け私。悠也さんの妹相手にリョナはまずい。
というか悠也さんの妹じゃなくともダメだ。妄想と現実の区別は付けろ。
その日は私の家で、ワインを空けながら陽菜と夜まで話をしていた。
他愛ない話で談笑していたけども、正直に言えば頭の中には、性欲しか無かった。
東京都内のタワーマンションの一室。家具も調度も、私好みの物を取り揃えてある。
年齢不相応かもしれないが、それだけに相手には魅力的に写るであろう部屋。
率直に言って、ここに連れ込んでヤれなかった女は今までいなかった。
もういい加減我慢した。
過激な性癖は抑えて、普通にするだけだ。
初めてなのはわかってるから、もちろん優しくするつもりだ。
私の家に来たのだから、あちらだってそのつもりが無いわけじゃないはずだ。
――自分の中で、幾つも言い訳を重ねて。
そして、
「……陽菜、もう限界だ。今日こそ、君を私の物にするよ」
言い回しだけは優しいフリをして、けれども一切相手の意志を聞くつもりはなく。
陽菜の身体を、欲望のままに押し倒す。
「日下部様、っ……」
陽菜は驚いたように、そして少し怯えたように目を見開く。
もしここで泣いて喚いて抵抗されていたら、きっと私も我に返っていただろう。
その場合、この恋は終わっていたかもしれないが、……少なくとも、砕け散って深い傷になることは無かったはずだ。悲しい思い出の1ページ、程度で終わっていたはずだ。
けれども陽菜は。
「……、」
ぎゅっと目を閉じ、何かに堪えるようにして。
けれども、一切抵抗する素振りを見せなかった。
ああ、だから私は。
ついに私のことを受け入れてくれるのだと解釈して。
「陽菜……愛してるよ」
その唇を無理やり奪い、舌をねじ込む。
その身を覆う白いワンピースを、そっと剥ぎ取っていく。
返答は無かったけども、もう私には獣欲のままに、陽菜の肢体を貪ることしか考えられなかった。
勢いのまま、感情のままに突入した行為だったから。
「うっ……陽菜っ……」
欲望は直に陽菜の身体に注がれて、彼女の身体を白く汚した。
出すものを出して欲望が収まり、ようやく周囲が見えてくる。
「う……ひ、ひっく……」
陽菜は、――泣いていた。
ぎゅっと閉じた目蓋に手の甲を当て、圧し殺すかのようなか細い声で。
「ひ、陽菜っ……?」
じわり、と後頭部から嫌な汗が吹き出す。
陽菜は行為の最中も、身体を刺激された反応としての声ばかりで……一切の嬌声を上げていなかったことに、今更ながらに気付く。
「ご、ごめん陽菜、強引すぎたかな……」
それでも私はこの時はまだ、陽菜は「強引に事に及んだこと」に対して泣いているのだと思っていた。
ああ、だが、ああ。
「違う、違うんです……そうじゃないのっ……!」
言い訳かもしれないが、本当にこの瞬間まで、私は気付かなかったんだ。
「キモチワルイの……男の人の、アレが……ごめんなさい、ダメでした……! ダメだったのっ……!」
「ああああ……うあ゛あ゛あああっ……!」
半狂乱になった陽菜は、シャワールームへと走っていく。
出力最大で放たれた水しぶきを、先程まで私と繋がっていた場所に押し当て、必死に中の粘液を指で掻き出す。
それはまるで、私自身の存在を否定されたようで。
「陽菜……」
私はその光景を、呆然と眺めるしかなかった。
「――子供の頃から、お姫様に憧れていました」
長い長い慟哭を続け、ようやく落ち着きを取り戻した陽菜は、すっかり沈痛した表情で話し始めた。
「別に家族にも他の誰かにも、それを求められたわけではありません。単純に陽菜自身の意志として、お姫様になりたかったのです」
お姫様は可憐で、お淑やかで、控えめで、そして王子様に愛されるもの……。
漠然とした憧れから始まったその想いは、物心ついた時から生き方に変わった。
「けれども幼少の頃から、気付いてはいました。陽菜はお姫様になりたかったけども、欲しかったキスは王子様からの物では無くて……別のお姫様からの物だったのです」
そんな自分の性的指向に、陽菜は目を瞑ろうとした。
お姫様は、王子様に愛される物だから。
「日下部様のことは、本当に以前から存じておりました。たくさんの女性に囲まれているのだから、きっと殿方として魅力的なのだろうと。だから、まずこの方を好きになれるよう頑張ろうと思ったのです」
それは陽菜にとっては、己の一部を殺して消していく作業に他ならなかっただろう。
「日下部様に大変な我慢をさせていることは、もちろん気付いておりました。それでも、なかなか勇気を出せず。先程、ついに押し倒された時には、来るべき時が来たのだと、覚悟を決めたつもりでおりました」
陽菜は目を伏せ、
「……けれども、無理でした」
先程のことを思い出したのか、必死に込み上げる感情と戦いながら、言葉を紡ぐ。
「慰めになるとは思えませんが、誓って申しあげます。陽菜は、日下部様のことが嫌いなわけではありません。むしろ殿方としては、素敵な方なのだとも思っています。ですが、殿方のアレが、吐き出されたモノが……、何より、ソレが陽菜の中に先程まで入っていたという事実が、……どうしても、たまらなく、耐えられなかったのです」
申し訳ございません、と陽菜は頭を下げた。
当たり前だが、そんなことは何の慰めにもならなかった。
「……そっか」
私は天井を仰ぎ見る。
視界の中でくるくると、シーリングファンの四枚羽が回転を続けている。
「気付いてやれなくて、ごめんな。その、……強姦扱いには、しないでもらえると、助かる」
「……っ!」
きっと、責められる言葉を想定していたのだろう。
予想に反した発言に、陽菜は思わず目を見開いて……けれども何も言えずに、言葉を飲み込んだ。
「ごめん。これ以上私にも、気の利いたことを言ってあげられる余裕が無い。落ち着いたなら……悪いが帰ってくれるかな、『長谷川』」
敢えて名字で呼ぶことで、こちらの拒絶が伝わったのだろう。
陽菜は……長谷川は、機械のような動作でそそくさと服を着る。
初めて会った時も着ていた、白のワンピース。
――同じ、彼女の肌と触れる白色なのに。
「失礼します。今までのお付き合い、ありがとうございました、日下部様」
バタンと大きな音を立てて、玄関のドアが閉められるのを待ってから、私は床に崩折れた。
粉々に砕け散った恋の欠片が、情け容赦なく胸に突き刺さる。
けれども、
「傷付いたのは、あいつだもんな……」
自分自身の傷を無視して、言い聞かせるように呟く。
その日から、私は人間に恋が出来なくなった。
※前話のゴーヤのあれはブラックコーヒーと言い訳できますが()、今回の話はさすがにR-15タグが不可避と判断いたしましたので、付けることにしました。
本作において性的な描写は目的ではありませんが、しかし日下部(と、長谷川)のキャラを描くにあたってこのエピソードは不可欠ですので、タグを許容してでも書くことにしました。
まぁ性的な描写を抜きにしても、シンギュラリティ・オカルト各種・性的指向などの割と難しい概念を扱っている話なので、そういう面でも年齢制限は良かったのかもしれません。
今までこの話を読んで下さっていた15歳未満の方がもしいらっしゃいましたら、そこは大変申し訳ないですけどね。
長谷川の性的指向については書きたいことがありますが、赤城編のラストに当たる次話の後書きに回します。