日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Per aspera ad non astra 7

ありえないことをぜんぶ排除してしまえば、後に残ったものがどんなにありそうもないことであっても、真実に他ならない。

――シャーロック・ホームズ(小説「シャーロック・ホームズシリーズ」より)

 

 

「では最初からここには偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)が展開されていて、パトスも待ち構えていたということですね?」

ウィリアムズと神威が落ち着くのを待って、一行は情報交換を行っていた。

ちなみに神威はすでに概念艤装を解除している。通常艤装は半月前に概念艤装を起動する際に放棄されたままなので身に着けていないが、服装は艦娘としての制服姿に戻っていた。

 

「はい。ここには一体何が……?」

ウィリアムズが首を傾げるのも無理はないだろう。

深海棲艦はその名の通り、基本的には海上兵器だ。一方でこの場所は海からは遥かに遠い。シンギュラリティ到来時にわざわざ破壊しただけでなく、こんな仕掛けを打っているなど、何か途方もない理由があるに違いない。

 

「それはひとまず置いておきましょう、今考えても理解できることではありません。それよりもウィリアムズ提督、あなたはパトスの攻撃から神威を守って死にかけたと?」

「ええ。いくらでも替えの効く人間よりも、貴重な艦娘の命を優先すべきかと」

「冗談じゃありません! 私にとって名前抜きの『提督』は一人だけです! 替えなんて効きません!」

神威が泣きそうな顔付きですがりついて来ると、さすがにウィリアムズもそれ以上の言葉を失って黙り込んだ。

そんな主従のやり取りに、思わず日下部は溜息を吐き出す。

 

「神威の言う通りです。加えて申し上げるなら、あなたの判断は完全なる戦略ミスでした」

「どういうことでしょうか?」

「……もうこれも見直すべきなんだろうな。超人(ポストヒューマン)の普及により、提督が艦娘と並んで前線に出る機会は増えている。地上施設や母艦の司令室から、遠隔指揮だけしていれば良かった頃とは違うんだ」

ウィリアムズではなく自分に対して言い聞かせるように呟くと、軍規を自分の意志で違えることを決意する。

 

「ウィリアムズ提督、ある重要な現象についてお話します。ママン、すまないが艦娘たちと一緒に少し離れていてくれないか?」

その言葉に思わずシルヴァは怪訝そうな表情を浮かべる。

だが彼女が何か言うよりも早く、

 

「お待ちなさい! それには機密指定がかかってるはずですわ!」

日下部が何を言おうとしているかを察した長谷川が、舌鋒鋭くその言葉を咎めてきた。

 

「ああ、だから『ここだけの話』ということで。私の独断だ、後見人に迷惑はかけないさ」

「そのような理屈が通用するわけがないでしょう。ですがわかりました、陽菜も一蓮托生で構いません。シルヴァお姉様、恐れ入りますが日下部提督の言う通りにしていただけませんか?」

「ふぅん、わかったわ。さぁポーラ、それに川内ちゃん秋雲ちゃん春風ちゃん、神威ちゃんも……少しあっちに行ってましょ?」

日下部だけでなく長谷川にまで願われたことで、シルヴァは素直に要請を受け容れてくれたようだ。日下部鎮守府の川内と秋雲はすでに知っていることではあるが、他の艦娘たちを素直に従わせるためにもここは一緒に離れておいてもらった方が良いだろう。

シルヴァの先導でその場から離れていく艦娘たちの背中を見て、ウィリアムズはぽつりと呟く。

 

「まるで懺悔でもされるかのようですね」

「そうですね、お話しした内容を漏らしていただいては困るというところは同じかもしれません。どうぞくれぐれもご内密に」

大真面目な表情と共に、日下部はそんな言葉を返した。

 


 

艦娘という生物は一度提督と認めた相手を喪失した場合、自己の存在を保つことができずに自己解体してしまう。

ロスト・アドミラル。艦娘という生物の抱える、病理にも等しい生態のひとつ。

日下部と長谷川の説明を受けたウィリアムズは、信じられないといった表情で目を見開く。

 

「驚きました。そのような事象があるなら確かに私の行動は戦略ミスでした。しかしなぜ、モーリアック元帥はこんな重要なことを伏せていたのでしょう?」

「深海棲艦や反艦娘派に悪用されないように情報を秘匿していた、というのが第一義だそうです」

提督の行動を縛って自身の鎮守府からの外出を原則として禁じ、艦娘の指揮は遠隔通信によって行う。艦娘運用部隊はかなり長い間、それで大きな齟齬なく体制が回っていた。

シンギュラリティ到来直後の時期は実情として、艦娘のいない場所は安全とは程遠く、ロスト・アドミラル抜きでも提督の身を守るために外出禁止措置は有効だったことだろう。そしてある程度続けた慣習は、往々にしてそれ自体が継続する理由になる。

ロスト・アドミラルの真実を伏せつつ提督に艦娘を指揮させることは、少なくとも超人(ポストヒューマン)普及前はそう難しいことではなかったのだ。

 

「確かに桜井中将の反乱の時にこの情報が広まっていれば、提督を暗殺して艦隊丸ごと壊滅させようとする動きがあってもおかしくありませんでしたわね。全てを知った今、思い返すと肝が冷えますわ」

長谷川はこの場にいる提督の中では唯一、反艦娘派の乱を直接経験している。

 

「暗殺でなくとも、実際に幾つかは偶発的な提督の死で壊滅した艦隊もあったんじゃないか? その辺は憲兵隊が隠蔽しただろうけど。お前も舞津さんも、よく前線に立って生き延びたもんだ」

「我ながら幸運でしたわね。そして以前どこかのクソサイコ野郎にツッコミで拳銃をぶっ放されたことを思い出して、同じくらい肝を冷やしているのですが」

長谷川は去年の春、まだ日下部鎮守府が立ち上げ間もなかった頃のことを引き合いに出してきた。

 

「あれはお前なら迎撃できると思ったからだ。想念力で視覚や反応強化ができるんだから、私の銃弾を切り落とすくらいは余裕だろう?」

「確かに舞津様ほど防御特化ではないにせよ、陽菜もその程度には修めておりますが。そもそも迎撃できるからと言って撃っていいとはなりませんでしょう?」

「まぁ否定はしないが、言っとくが他所の鎮守府の電を押し倒したお前も相当だからな?」

艦娘運用部隊の「他鎮守府の艦娘との恋愛禁止」という軍規の存在を考えれば、あの時の長谷川の行為は日下部に負けない程度に非常識なものだと言えるだろう。

 

「というわけで提督が艦娘を庇って死ぬのは無意味どころか逆効果です。それくらいだったら、艦娘に提督を庇わせて下さい」

先の冬イベの頃、自分もゴーヤを庇って片腕を喪失したことがあったが、あの時はきちんと死なない算段を付けた上でのことだった。だが庇ったら本当に死んでしまうような局面であれば、絶対にそういう真似はすべきではない。

 

「このクソサイコ野郎はまた、人の心がないようなことを……」

長谷川は呆れたように呟くが、一方で言われた当人のウィリアムズは穏やかな微笑を浮かべる。

 

「元聖職者として、自殺の罪深さは心得ております。それでも……身体が勝手に動いてしまう時はあるものです。案外日下部提督、あなたのような方ほどそうなるものですよ」

その言葉に日下部は、川内が以前見たという夢のことを一瞬思い出す。その夢の中で自分は川内を庇って致命傷を負ったということだが、

 

「ははは。絶対にありませんね!」

哄笑と共にウィリアムズの言葉を真っ向から否定する。そうだ、あり得ない。不合理極まりない上に、そもそも自分は死にたくないのだ。

本当に死にたくないなら提督なんか辞めて、周囲の望む通り技術部にでも移るべきだ……なんて正論は無理矢理自我の内から追い出すことにする。

 

「さて、それはそうと。早く定礎とやらを破壊しないと。ミーネがいい加減限界になるだろう」

「申し訳ございません、傷は塞がりましたが体力の消耗が激しく、動けそうにありません」

「ええ、それも当然でしょう。神威と共にここで待機していて下さい」

ウィリアムズにそう告げると、離れた場所で待機させているシルヴァと艦娘たちを呼び戻すため、日下部はそちらへ向かって歩き始めた。

 


 

ウィリアムズと神威が氷漬けになっていた場所からさらに奥の部屋に進むと、そこには一面の薄暗い闇が広がっていた。

 

「いいねいいね、夜みたいだね! ちょっとテンション上がってきた。これなら多分チェルノボグも起動できるよ」

川内が歓喜の声を上げる。

とはいえ一切の光の存在しない真闇ではなく、薄暮を思わせる程度には光が差し込んでおり、艦娘や超人(ポストヒューマン)の夜目ならば懐中電灯や艤装の探照灯などの光源を用意せずとも行動できそうではあった。

だが、この状況で真に問題なのは暗さではない。本当に問題なのは、

 

「なんだこの広さは。空間が歪んでいるとでも言うのか?」

日下部は違和感を隠そうともせずに呟く。闇は外観から想定できる室内のサイズを明らかに超え、広大なまでに広がっていたのだ。

とはいえここで訝しんでいても何も始まらない。一行が闇の奥へ向かって歩き始めると、異変はすぐに現れた。

 

「なんだあれは?」

進行方向前方に、何か大きな水晶(クリスタル)のような物体がある。

水晶としては一般的な上下の尖った六角柱の形状だが、その全高は人間の身長ほどもあり、しかも何の支えもなく空中に浮遊している。色は完全な透明ではなく透き通った翠色で、それ自体が発光して闇の中で存在感を主張していた。

 

「あれが『定礎』とやらなのか?」

「それはわかりませんが、いずれにせよどうやら一筋縄ではいかないようですわね」

腰の軍刀に片手をかけながら、長谷川がもう一方の手で水晶の手前の空間を示す。

そこには闇に紛れるようにして、一体の深海棲艦が潜んでいた。その白い角と小さな悪魔の翼を持つ姿は、つい先程この天文台に入る直前に見たものだ。

 

【挿絵表示】

 

「パトスか!? ここまで来て!」

パトスの自我は、言ってしまえば電子データの塊に過ぎない。外ではまだミーネとウィリアムズ鎮守府の艦娘たちがパトスを足止めしているはずだが、異なる肉体に自我をインストールして複数の肉体で同時に稼働するようなこともたやすく行うことができるはずだ。

だが、その言葉を川内が否定する。

 

「ううん。あいつはただの深海棲艦だと思う。パトスは入ってないと思うよ。予備の肉体か何かのつもりだったんじゃない?」

「根拠は?」

「勘」

「わかった。なら信用できるな」

川内の勘を日下部は全面的に信用している。

とはいえパトスの自我がインストールされていなくとも、十分以上に厄介な相手には違いない。あちらが動き出す前に、日下部は麾下の艦娘に命令を下す。

 

「秋雲、主砲であいつを牽制!」

「了解ー!」

命令に従って砲を構える秋雲の両脇に、それぞれ自身の提督から援護を命じられた春風とポーラが並ぶ。

 

「ただの深海棲艦なら遠慮する必要はない。川内はチェルノボグであいつを習合しろ!」

「本当は夜戦は通常艤装でやりたいんだけど、仕方ないなぁ! 概念艤装『チェルノボグ』起動――異神、習合!」

赤黒い衣装に姿を変えた川内が、漆黒の刀身を持つダガーを抜き放った。

砲撃の合間を縫い、敵の放つ光弾を避けつつ一気に距離を詰める。

 

「存在混淆……あっ! しまった!?」

だが川内は、なぜかダガーを突き立てる瞬間に躊躇して刀身を引っ込めてしまう。

 

「どうした川内! 千載一遇のチャンスだったのに!」

「名前! こいつの名前、なに? それがわからないと習合できない!」

「……あっ!」

名前はある存在を他と区別する上で、とても重要なものだ。

チェルノボグによる強制習合は、相手の名前を呼びその存在を定義することで行われる。以前、パトスではなくその肉体として用いられていた離島棲姫だけを習合したように。

だが目の前の深海棲艦の名を日下部は知らない。艦娘登場初期から長谷川鎮守府で戦い続け、数多くのイベントを経験してきた川内が知らないものを、日下部が知るはずもなかった。

 

「ちょっと、早くして! そろそろでかいのもらいそうなんだけど!」

秋雲の声は半ば悲鳴に近い。

 

「……考えろ。それが私の役割だ」

思考を巡らせ始めた日下部に、横合いから長谷川が声をかけてくる。

 

「日下部、指揮権借りますわよ。構いませんわね?」

「ああ、頼む」

「結構です。川内、いったん通常艤装に切り替えて中距離まで後退。砲撃しつつ日下部が思考をまとめるまで時間を稼ぎなさい!」

「了解! 陽菜さんの指揮で戦うとか、すごく久しぶりだな」

入れ替わりなどというイレギュラー極まりない真似をするまでは、当たり前だが川内は長谷川の指揮下にあった。

安心して任せることができるだろう……改めて日下部は自身の思黙へと沈んでいく。

 

(ここにいたのはパトスだった。高次AIの中でも最強のパトスを、神威の「ポリアフ」だけで倒せないのは当然だ。百人以上のウィリアムズ鎮守府の艦娘たちがミーネのアイギス付きで挑んで、なお時間稼ぎがせいぜいな相手だからな)

(だが、……なら「封じ込める」ことができたのは何故だ? パトスは独力では氷雪から脱出できなかったと言っていた)

(マウナケアはポリアフの領域だが、ここはパトスの偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)の範囲内にあり、概念上は「マウナケアではない」ことになる。よってポリアフはその本領を発揮できないはずだ)

(本領を発揮できないポリアフが、半月以上の長きに渡ってパトスを封じ込められるわけがない。つまり何か前提が間違っている)

(だが、現にパトスの偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)は発動しているし、ウィリアムズ提督によれば最初に訪れた時からそうだったという)

 

ありえないことをぜんぶ排除してしまえば、後に残ったものがどんなにありそうもないことであっても、真実に他ならない。

世界で最も有名な探偵小説の主人公の言葉と共に、いくつもの可能性が日下部の自我を駆け巡る。

 

「そうか! 偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)の範囲内であっても、()()()()()()()()()()()()()()!」

火花のように弾けたのは日下部自身の閃きか、はたまた地球意志の与えた天啓か。

 

「川内、チェルノボグ再起動! そいつの名前は……!」

導き出した名前を川内に告げた瞬間、彼女は再び姿を変え、地を蹴って闇を切り裂き一気に肉薄する。

当然ながら深海棲艦は迎撃のため、手の平から光弾を放ってくるが、

 

「『白山棲姫(はくさんせいき)』! 存在混淆!」

光弾に川内がダガーを突き立てたると、刀身に吸い込まれて消滅していく。

 

「成功した! なら行くよ、白山棲姫! 本体習合するよ!」

すでに川内と深海棲艦……白山棲姫の間には、存在自体を結びつける不可視の鎖が繋がっている。力を込めてその鎖を引けば、白山棲姫は物理的な力の大小を無視して引き寄せられていく。

刀身の届く距離まで手繰り寄せると、川内は白山棲姫に向かっておもむろに漆黒の刀身を突き立てた。

瞬間、白山棲姫はまるで最初から存在しなかったかのように消滅し、後には茫洋とした闇が残るばかりだった。

 


 

白い山(マウナ・ケア)に配置するための深海棲艦だから、パトスは白山棲姫などと名付けたのだろう。

だがその安直な名前が仇となった。

 

「ここはパトス……白山棲姫の世界であっても、やはりここはマウナケアで、よってポリアフも本領を発揮できたってことだ」

「オカルトってよくわかんない」

「おい、これは立派な想念工学だ。オカルトと一緒にすんな」

川内の呟きに対し、日下部は憮然として返す。

 

「それより川内、その白山棲姫は定礎を破壊するための情報を何か持ってたか?」

「えっとね、封印をかけてあるみたい。表面に百合の紋章が浮かんでるでしょ?」

言われた日下部は、翠色の水晶に目を向ける。

水晶自体の内部から放射される光に照らされて、確かに百合を意匠化したような紋章が表面に描き出されていた。

 

「ああ、あるな」

「百合は純潔の象徴。穢れを知らない乙女以外が触ると、一瞬で黒焦げになるレベルの電流が流れる……らしいよ……えええぇ……?」

白山棲姫の持っていた情報を口にしながら、川内は自分の言葉に困惑したような声を上げる。

だが、それも無理のないことだろう。

 

「穢れを知らない乙女……? な、なんだと!?」

同じように日下部が困惑したような口調である理由は、実に簡単な話だ。

――この提督と艦娘の集団にあって、どこにそんな存在がいるというのだ。




※艦これ本編のイベントを優先していたのでまた時間が空きましたが、夏章後編メインストーリー第7話です。
ついにリアルタイムとの時間差は丸2年を超えましたが、淡々と更新を続けていきます。

白山棲姫について。
パトスの肉体は最後まで離島棲姫でも良かったのですが、ロゴスの時にオリジナル深海棲艦を作ってみたら存外に楽しかったため、パトスにも新しく用意することになりました。
名前については今回の仕掛けのために付けたものですが……実は「白山」という意味の名前を持つ山は、世界にマウナケアだけではありません。高い山には往々にして雪が降り、雪とは白いものですから、世界中に同じような意味の地名は多数存在します(日本だけでも相当な数があります)。
そしておそらくマウナケアより知名度の高いとある「白山」に絡んで、後の章で再登場する予定です。

艦これ本編、予定通りE5を丙でクリアしました。イベント全体の攻略難易度は甲甲甲甲丙となります。
今は新艦娘のフェニックス掘りをE5で行っています(このために丙で攻略したので)。イベント終了は9/24とのことですが、フェニックスも含めた目的の艦娘を掘り終えるまではまだまだ通常モードには戻れません。
SS、次回は日下部が最後に提示された難題に挑む話です。お待ち下さい。
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