日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。
パトスが用意したと思われる翠色の
百合を意匠化した紋章が表面に浮かぶそれを前に、提督と艦娘の集団は困惑の表情を浮かべていた。
「ざっくりと『純潔』『穢れを知らない乙女』とか言われてもな。色々と解釈の余地がある定義だが……純潔の象徴と呼べる記号の中でも、ぶっちゃけ百合には余計な概念が付属し過ぎている」
女性同士の同性愛のことを、俗称として百合と呼ぶ。そしてもちろん、パトスはそのことを知っているだろう。
想念工学において、概念は実際の物理現象と直結している。つまり同じ純潔の象徴でも、エーデルワイスやユニコーンではなく百合を選んだことには明確な意味があるのだ。
つまり、
「おそらく女同士ならヤったことがあってもセーフってことだろう。ここで問われているのは、純粋に『男との経験の有無』のはずだ」
何しろ先程の形而上の世界で川内との営みを「穢らわしい行為」と表現したくらいだ。パトスが男女の営みに対し、嫌悪感を抱いているのは間違いないだろう。
「さてその前提で考えてみると、まぁまずうちの川内はアウトだな。もちろん秋雲も」
「死ぬほど穢れ知ってるね」
川内が苦笑と共に答えると、横で秋雲がうんうんと頷く。
「どビッチバイセクシャル熟女経産婦は当たり前のように員数外として……」
「マコト、ビッチどうこう以前にあなたがそこにいる時点で私は対象外だからね? もちろんわかってるわよね?」
はいはい。
「ママンのところのポーラは? ママンや他の艦娘としかシてないなら」
「提督と一緒に男も女もヤり倒しのハメ倒しですよ~? 何にでも挑戦したいお年頃(意味深)です~」
「うん知ってた」
相変わらずヴァランタン鎮守府は爛れまくってるようだ。とはいえその辺りは日下部鎮守府も五十歩百歩なので、口に出すのは自重しておく。
と、そこで長谷川鎮守府の春風が、
「日下部司令官様。ご存知かと思いますが、当艦隊の司令官様は女性しか愛せない方です。なのでこの状況下では適任ではないかと」
おずおずと口を挟んできた。
その言葉に思わず渋面が浮かぶ。その女が純潔ではないことは、誰より自分自身が知っている。
「……。おいクソレズ、お前有明以外には言ってないの?」
「積極的に吹聴することではないでしょう。まさかこんな状況になるなんて予想もできませんし」
長谷川が無表情を貫いているのは、おそらくこの話が始まった時点からこうなることを予想していたからだろう。
「春風お姉様。大変申し上げにくいのですが、陽菜は過去に一度だけ殿方と情を交わしたことがあるのです。なので残念ながら陽菜も対象外ですわ」
「あ、あらっ!? 初耳です。ちなみにお相手はどなたでしょうか?」
日下部はそっと視線を逸らす。
だが続けて春風は、
「もしかして、桜井中将でしょうか?」
まったく予想外の名前を挙げてきた。
「んんん? なんでそこでその名前が出てくんの!?」
「はい。桜井中将は当艦隊の司令官様にとって長谷川流抜刀術の兄弟子に当たり、同時にまたご両親の定めた許嫁だったと窺っております」
「な、なん……だと……? おいクソレズどういうことだ、初耳だぞ!?」
長谷川流抜刀術の兄弟子だった話は以前長谷川自身が言っていたが、元婚約者というのは本当に初耳だった。
「積極的に吹聴することではありませんでしょう、しょせんは親の決めたことですし。幼い頃の陽菜が、漠然とこの方の伴侶になるのだと思っていたのは事実ですが」
「ねぇ色んな意味で今更聞きたくなかったんですけど!」
「うるさいですわね。本当の自分に気付いた時に婚約解消しましたし、あの男が反艦娘派の領袖として統合軍に反旗を翻した時に、元婚約者としても妹弟子としても一切の情を捨て去りましたわ」
「あっ、そうなるのか」
長谷川の
長谷川はそんな日下部から視線を外し、改めて春風に向き直る。
「陽菜が情を交わした殿方は桜井中将ではありませんが、これ以上は秘密です。そんなことよりあなたはどうなのですか、春風お姉様?」
「……、申し訳ございません。司令官様がなかなか甘えて下さらないものですから、その、殿方と致すのに興味が湧きまして。新興市街地で一度だけ」
「そ、それこそ初耳ですわ!」
盛大に目を逸らしながら告げられた春風の言葉に、さすがにショックを受けたような表情で長谷川は硬直する。
「おい、なに21世紀初頭の漫画とかだったら大炎上するような真似してくれちゃってんの!? ねぇなんでみんなこんなにふしだらなんだよ!」
他艦隊の艦娘の事情に口を挟むのは越権行為だと理解しながらも、さすがに我慢しきれずに日下部は思わずツッコミを入れてしまう。
だが、
「艦娘なんて元々、ビッチと清楚ビッチと未然形のビッチしかいませんって。あとふしだら云々は、日下部提督が言えた義理じゃないと思いますけどね~」
「はい申し訳ございません。まったくもっておっしゃる通りです」
ポーラにこうも見事に切り返されてしまっては、返す言葉もなかった。
「くそっ、ミーネのところのグラーフだったら、絶対シてるとしてもミーネとだけだろうし適任だったんだがな!」
「さすがに呼びに行くわけにも行かないよね。どうしよう、こんなことで手詰まりなの!?」
さすがの川内も今回ばかりは困惑顔だが、手詰まりだと諦めるわけにもいかない。
「うあああ、もっかい頭脳労働! 穢れを知らない乙女、穢れを……あっ」
必死で思考を巡らせる日下部の自我の内側で、再び閃きが走った。
「どうしたの?」
「女とヤったことはあるが、男とはヤっていない。パトスの定義した『穢れを知らない乙女』は満たしている……他に手はないか」
深呼吸をして呼吸を整える。
「よし、覚悟完了。川内、ちょっとこっち来い」
「なに?」
「女子力強化ジュースの材料はお前の女子力なんだから、直接吸い上げても同じことができるはずだ……お前の女子力を寄越せ!」
「えっ、ちょっ、それって!」
体内MM機関を起動。白色の
異変はすぐに訪れた。肉体が意志に反して、激しい運動の後の痙攣のように細かく震え始める。
川内の女子力が自我内のアニマに作用して、
「くそっ、本当は二度とやりたくなかったんだが!」
丸みを帯びた身体、膨らんだ乳房、長く伸びた髪。
去年の秋とは異なり、日下部は今度は明確なる自身の意志を以て
「マ、マコト……」
さすがに驚きを隠せない様子で、シルヴァが呆然と名前を呼んでくる。
確かに息子がいきなり目の前で娘に変化したら、そんな反応になるのも無理はないだろう。
「すまんなママン。以前色々あって、こういうことができるのは確認済だった。驚かせたか?」
だから日下部としては気遣いの言葉をかけたわけだが、
「か、可愛い! ねぇここから帰ったら一緒にお買い物に行きましょう! 似合う服を選んであげるわ!」
「いや一週間で戻るんだよこれ!」
「なら尚更よ! 短い時間を楽しまないと!」
どうやら心配は無用なようだった。
一方で、そんな日下部に複雑な視線を向ける者もいる。
「……、」
「陽菜さん?」
川内は日下部を庇うかのように、その前に立ちはだかる。
「わかってますわよバ艦娘。安心なさい。そんなことより日下部、早いところ定礎の破壊を」
「そうだな。どうすればいい川内?」
「えっとね。穢れなき乙女が触れさえすれば、念じるだけで壊れるみたい」
それはまたザルにも程がある話だが、おそらくパトスとしてはこれを用意した時点では
だから定礎そのもののセキュリティは、趣味に走った上での簡単な物しか用意しなかったのだ。
「わかった」
日下部は
どうやらTSした日下部は、「穢れを知らない乙女」と判定されたようだった。
日下部たちがW・M・ケック天文台の外に出ると、すでにミーネのアイギスは効力を喪失していた。
ウィリアムズ鎮守府の艦娘たちは、半分ほどがどうにか踏み留まって通常の個艦戦闘を継続している。そしてそれでも未だに足止めされ続けている以上、パトスも相応に消耗していると考えて良さそうだった。
「Admiral・クサカベ!」
「マコトー!」
こちらに向かって駆け寄ってくるのは、ミーネの秘書艦であるグラーフと日下部鎮守府の金剛。グラーフは
「グラーフ、金剛! お互い無事のようだな!」
「ああ。そちらは定礎とやらの破壊に無事成功したようだな……って、Admiral・クサカベ……で良いのか?」
「マコト……Oh! なんでまた女の子になってマスカー!?」
まぁいきなりTSしていたら、そんな反応になるのも無理はないだろう。
一方で、日下部ではなくその傍らの人物をこそ心待ちにしていた艦娘もいる。
「提督……イアン! ああ、無事で良かった!」
ウィリアムズ鎮守府の秘書艦サラトガは、半月以上ぶりに再会する自らの提督に駆け寄りぎゅっと抱きしめる。
「サラ、申し訳ありません。心配をかけてしまいました」
「いえ、ご無事ならそれで」
ウィリアムズの隣に寄り添うように従っていた神威は、その光景に複雑そうな表情を向けていたが、少なくとも表立って何かを言うことはなかった。
やがて抱擁を終えてサラトガと離れたウィリアムズは、改めて神威に対して向き直る。
「さて神威、まずはこの状況を何とかしなければなりません。申し訳ありませんが、もうひと頑張りお願いします」
「はい、ご命令とあらばいくらでも! 概念艤装『ポリアフ』起動――異神、習合!」
たちまちの内に、神威の姿が変化する。天文台内部でウィリアムズとパトスを半月ほども氷漬けにして封印していた、あの恐るべきマウナケアの土地神を思わせる姿に。
「パトス! 今の私は、あなたを倒せずとも封じ込めることならできます! 今度はあなただけ凍りなさい!」
ポリアフと習合した神威から猛烈な氷雪の嵐が巻き起こり、パトスの存在する空間に向かって猛威を振るい始める。
[くっ、先程までの戦いでこちらの想念力もさすがに削れてますわね。この直撃はまずい……]
「総員、神威の攻撃を援護! パトスに対して火力を集中!」
ここに来て初めてパトスの態度に焦燥のようなものが見え始めたのを確認し、ウィリアムズが声を張り上げた。
艦娘たちは信頼する提督の命令に応え、生産したての想念力を注ぎ込んで攻撃を集中させていく。
[結構です。この地にあった第一級秘匿情報に繋がる手掛かりは破壊し尽くしました。保険のためだけに白山棲姫を二体も失うのは割に合いません。今回はパトスの敗北を認めます。撤退しますわ]
完全に「ポリアフ」の氷雪が白山棲姫の肉体を凍結させる前に、パトスはそれ以上の戦闘を放棄して空中へと浮かび上がると、そのまま高速でいずこかへと飛び去っていく。
「くそっ、逃がしたか!」
思わず日下部は歯噛みする。
パトスはいつもの空間転移……おそらく高次概念空間を経由しての移動ではなく、物理的に空中を飛んで逃げていった。つまりかなり良いところまで追い込んでいたのは間違いないだろう。
もちろんパトスに勝利することは今回の戦略目標ではないが、それでも勝てる時には勝っておきたいというのは軍事に携わる者としては当然の心理だった。
そしてそれは、
「逃がした? いえ、これからですよ」
どうやらウィリアムズも同じだったらしい。
消耗した身体に鞭を打つように、四肢に力をみなぎらせ天地に向き合う。
「――仮想人格『オモイカネ』起動」
「ウィリアムズ提督! その状態でアイギスを使うなんて無茶です!」
「大丈夫、使うのは一瞬だけです。ただ一人とだけ想念交信を行えれば良い」
その言葉通りウィリアムズは想念交信データリンクを一瞬だけ形成すると、麾下の艦娘の一人に座標を指定する。
それはパトスの逃亡していった方向の延長線。マウナケア山からは離れているものの、当然ながらハワイ島の一部ではあった。
マウナケアから距離を取るべく空中を飛行しながら、パトスは誰にともなく「声のような音」を紡ぐ。
[アイギスに概念艤装。日増しに人類と艦娘の力は侮れなくなっていきますわね]
白山棲姫は深海棲艦という兵器の中ではかなり源流に近い存在だ。ロゴスが自らの肉体としている「始まりの深海棲艦」を直接のモデルとし、パトスが手ずから設計している。
その白山棲姫がここまで追い込まれた。パトスそのものが脅かされているわけではないが、それでも想定外の状況なのは確かだ。
無論、このリスクを想定していなかったわけではない。人間と艦娘に時間を与えれば、いずれ自分たちの領域に追い付かれうることは十分に理解していた。
だがそれでもパトスとしては、これ以外の方法を取るわけにはいかなかった。強引な手段でロゴスの願いを叶えようとするなら、この気高く美しい地球を犠牲にせざるを得ないからだ。
ロゴスと違い、パトスが救いたいのはこの地球そのものなのだ。
[個人的には意趣返しをしてやりたいところではありますが……仕方ありません。ロゴスお姉様と磨鎖鬼の策に従って、夏イベまではおとなしくしておくことにしましょうか]
ひとまず白山棲姫ごと高次概念空間に転移できるだけの想念力を回復しなければならない。パトスは地面へと降り立つ。
そこはマウナケアから見て南東方向に50kmほど。ハワイ島に5つある火山のひとつ、キラウェア。つい最近の2030年代まで絶え間なく噴火の続いていた、ハワイで最も活発な活火山だ。
小規模な
「お、パトス発見! なら脱線させないとな!」
[お前は……!?]
「ウィリアムズ鎮守府のホノルル様だぜ! 準備はバッチリだよ!」
軽巡・ホノルル。去年春のイベントにおいて
「概念艤装『ペレ』起動――異神、習合!」
そのホノルルが叫べば、たちまちのうちにその姿が変化する。
あの忌々しい神威が習合した「ポリアフ」と対になるような姿は、ハワイ神話の主神である火山の女神を思わせるものだった。
[……!]
「あたしジモティーだからさ。マウナケアだけはポリアフの領域だけど、それ以外のハワイはあたしの領域なんだ。ま、燃えていきな!」
瞬間。周囲一体を揺るがす巨大なうねりと共に、何の前触れもなくいきなりキラウェア山が噴火した。激しく火山弾が打ち上げられ、通常ではあり得ない速度で溶岩流が吹き出す。
それらは明確な意志をもって、パトスのいる空間ただ一点に向って殺到した。
[ぐああああああっ、も、保たない!]
地球の一部である大自然そのもののエネルギーを直に叩きつけられては、さしものパトスもひとたまりもなかった。
灼熱の溶岩に白山棲姫が呑み込まれるに至っては、もはやその回収は断念するしかない。パトスは肉体を放棄し、自我のみとなって高次概念空間へと退避していく。
その寸前、
「ふぅ、なんとかなった。イアンからまた
喜色満面といった感じのホノルルの声が届いて、思わず苛立ちを覚える。
いくら見た目が美しかろうが、やはりこの種族の在り方は醜悪極まりない……戦争という絶対悪で得た功績を誇るなど、パトスには到底我慢ならないことだった。
※夏章後編メインストーリー第8話です。
日下部のTS再び。そしてマウナケアという戦術局面において、人類と艦娘はパトスに対して勝利を収めました。予定ではあと2話でこのシリーズは終了となります。
概念艤装ポリアフについて。
元になった女神ポリアフについては、「Per aspera ad non astra 3」の後書きをご覧下さい。
概念艤装の中ではわかりやすい直接攻撃系です。氷雪を巻き起こして敵を凍らせたり、氷の中に封じ込めたりすることができます。
ただ敵を攻撃するだけなら通常艤装で構わないわけで、単純な攻撃力で比較すれば戦艦の主砲や空母の航空攻撃と大差ないものだったりします(補給艦である神威にそのレベルの攻撃力を持たせられる、という点でまったくの無意味ではありませんが)。
ただし土地神であるポリアフの特性に基づき「使い手である神威がマウナケアにいる場合、威力が飛躍的に上昇する」という効果があります。この場合に限っては日下部鎮守府の金剛の「ティターニア」に負けじと、戦略兵器レベルの威力を発揮することができます。
女神ペレについて。
これまでポリアフについて語る文脈の中で何度も出てきた、ハワイ神話の主神に当たる火山の女神です。
ハワイ諸島は火山島の集合体なので、火山の女神が主神になるのも必然だと言えるでしょう。マウナケア以外のハワイ全域が彼女の領地ですが、特に彼女自身は火山の火口(諸説ありますが、そのひとつがキラウェア山のハレマウマウ火口)に住んでいたとされます。
南国らしく奔放で気まぐれ、そして情熱的なことで知られる女神です。ポリアフの有名なヤンデレエピソードはポリアフ自身が横恋慕するものですが、ペレの場合は「純愛していたのに裏切られる・相手が去っていってしまう」エピソードが「複数」ありまして、なんというか好対照だなと。
ちなみに意外にもポリアフと対立していた理由には、特に色恋は絡まないようです。
概念艤装ペレについて。
ハワイの「ジモティー」こと軽巡ホノルル用の概念艤装です。日下部鎮守府のホノルルは提督(日下部)とはケッコンカッコカリしませんでしたので、ウィリアムズ鎮守府の個体が使います。
ポリアフと同じく「自身の領地にホノルルがいる場合」に威力が増す特性があります。彼女の場合は「マウナケアを除くハワイ全域」が領地ですが、特に(キラウェアを含む)火山の火口にいる場合にはさらに威力が増幅されます。
文中で割ととんでないことをやっていますが、この土地限定の威力増幅効果を活かし、かつ想念力を直接攻撃ではなくキラウェアの火山活動の活性化に振り向けた結果です。いつどんな場合でもあの威力が出るわけではありません。
艦これ本編、無事に新艦娘フェニックスの着任に成功しました。今イベントで新規実装された艦娘はコンプリートしましたが、迎えたい艦娘があと二人いますので掘りはまだ続けます。
SSはいよいよ、本シリーズの核心部分です。パトスはなぜマウナケアを徹底的に破壊し、白山棲姫を配置してまで何を守っていたのかが明らかにされます。お待ち下さい。