日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
自分が出したアイデアを、少なくとも一回は人に笑われるようでなければ、独創的な発想をしているとは言えない。
体力の消耗激しいウィリアムズとミーネを、それぞれの麾下の艦娘に預けた後。
「戦略目標であるウィリアムズ提督の救出は達成しておりますが、ここにパトスがいたということは逆説的に何か重要な情報があるはずです。帰投前にその探索をすべきでしょう」
リーダー的立場である長谷川がそう判断し、日下部とシルヴァも同意したことで、一行は再びW・M・ケック天文台の内部へと戻っていた。
先程との違いとしては、今回は金剛も同行していることだろう。
「ねぇ。今更と言えば今更なんだけどさ、なんか流れで
今になってようやく思い至ったように、川内が疑問の声を上げた。
確かにウィリアムズの救出に成功した時点で、定礎を放置し神威と共にウィリアムズ鎮守府の他の艦娘たちに合流していれば、ミーネがアイギスを維持している内にパトスを撃退できたかもしれない。
だが日下部は、川内のその指摘に対して首を振る。
「ちゃんと意味はあったぞ。パトスは
もちろんこれは結果論だ。ミーネがアイギスによる時間稼ぎを宣言した段階では、「パトスがわざわざそんな仕掛けを打っている以上は、それを妨害することには何か意味があるだろう」……程度の曖昧な想定でしかなかった。
結果的に最適手を打てたのは、幸運だったと言えるだろう。
「さて。改めて観察してみますと、本気で廃墟ですわね」
「パトスは『手がかりは徹底的に破壊した』と言っていたからな」
今いるのは定礎の設置されていた部屋なのだが、どうも定礎の破壊によって空間の歪みが戻ったらしく、現在は見た目通りの広さになっている。
この部屋から先は、天文台施設の中枢部と言える一角だ。この施設が現役だった頃には少なからぬ職員が詰めていたのだろうが、現在は崩落しかけの建造物と壊れた装置が残るのみだ。
実際に崩落を引き起こしたりしないよう、一行は慎重に歩を進めていたのだが、
「……? ねぇ、誰か英語で何か言った?」
不意に川内が足を止めると、そんなことを尋ねてくる。
「は? 自慢じゃないけど私は英語が苦手だよ。英語だったら金剛じゃないの?」
「別に何も言ってないデース。
「思ってはいるのかよ!」
思わず反射的にツッコミを入れる。
とはいえそれはそれとして、金剛は何も言ってないのは確かなようだ。
「ちょっと、じゃあ英語で何か言ったの誰さ。夏だからっていきなり肝試しは勘弁してよー!」
秋雲がわずかに顔を青ざめさせながら言うが、
「幽霊なんざいねーよ」
苦笑と共にきっぱりと断言する。
「いいか、シンギュラリティ到来時に人類はおよそ40億人が死んでるんだ。仮にその1%が幽霊になったとしても4000万人だぞ? それなのに実際はそこら中に飛んでたりしないだろ。人間は死んでも地球意志の中に帰るだけで、幽霊になんかならないの」
そう、あの惨禍が図らずしも証明してしまったのだ。人間の
だがそんな風に鼻息荒く秋雲に告げたところで、
「……待って、もう一回聞こえた」
川内が再びそんなことを言い出した。
「おい。今説明したばかりだっていうのに」
「聞き間違いじゃない。こっち!」
どうやら川内にはよほど確証があるようだ。廊下から繋がる一室に迷うことなく踏み入ると、建物の外壁の一角へと一行を誘導する。
その一角は建材の材質こそよく似た物ではあったが、大なり小なり損傷して至るところにヒビが入っている他の部分と異なり、妙に新しい感じで損傷も一切見受けられなかった。
普通に考えれば「深海棲艦の攻撃を受けた後に、この一角だけを修復した」ことになる。だがここはシンギュラリティ到来時の攻撃で壊滅した後は、ウィリアムズが踏み入るまで長らく無人だったはずだ。
白山棲姫の肉体に入ったパトスはいたが、もっと手前の部屋の空間を歪ませて定礎を設置していたのだから、こんな奥まった一角だけをわざわざ修復するような理由はないはずだ。
思わず首を傾げる日下部の目の前で、川内は耳を澄ませるような仕草と共に声を上げる。
「なに? ウィアー・ロンリー?」
「We`re lonely……『我々は孤独なのだ』って意味デスネー」
「んー? なんでいきなりそんなことを?」
「だから聞こえたんだって!」
日下部の疑問に対してさすがに苛立ったように言い返したところで、
「え、今度は……ペル・アスペラ・アド・ノーン・アストラ?」
川内は再び耳を澄ませるような仕草と共に、今度は明らかに英語ではない言葉を口にした。
これにはさすがの金剛も肩をすくめるばかりだったが、
「それはラテン語ね」
幸いにして理解できる者は他にいたようだ。
シルヴァの言葉に、日下部も川内も視線を向ける。
「Per aspera ad astra……だと、『苦難を乗り越えて星々へ』って意味の成句ね。でもnonが付くのよね? それだと『苦難を乗り越えても、星々へはたどり着けない』って感じの意味になるわ。あまり良いニュアンスの言葉ではないわね」
「ふむ、川内が自分で言える言葉じゃないぞ。ってことは、こいつが何かを聞いたのは本当か」
「だからそう言ってんじゃん!」
ぷりぷりと怒り出しそうな川内の頭を、雑に撫でてなだめていると、
「日下部。想念工学的見地から確認したいことがあります」
思案顔をした長谷川が尋ねてくる。
「ん、なんだ?」
「人間の自我を構成する思考・意志・記憶も想念の一種ですわよね。素人質問で恐縮ですが、生きた人間の自我をMM機関で物質に変えることはできますか?」
「無理だ。
長谷川の使った前置きには一瞬身構えたものの、飛び出してきたのは本当に素人質問だった。日下部は淀みなくすらすらと答える。
だがその言葉を受けた長谷川は、
「わかりました。では……死んだ直後。肉体から
さらに続けて質問を重ねてきた。
「……!?」
「不可能ではない、ということでよろしいですね?」
「あ、ああ。考えたことは正直なかったが、理論上は可能なはずだ」
これには思わず舌を巻く。
「では、ここが壊滅した時。職員の誰かが死んだ直後の同僚の自我をMM機関で物質化して、この建材に紛れ込ませたのでは?」
「人工幽霊といったところか。だが、なんのために?」
「それはわかりません。あくまで陽菜は可能性を提示したまでです」
長谷川のこの意見は推理というより単に思考の飛躍ではあるものの、なかなかどうして的を射ているような気がした。
「ふむ、試してみる価値はあるか」
日下部は体内MM機関を起動すると、白色の
本来であれば、これは脳を経由して生物の
――本来であれば。
「ビンゴだ! すごいぞ長谷川、この建材は『自我を持っている』!」
思わず興奮して叫ぶと、周囲の全員が驚いたような表情で視線を集中させてくる。
「ああ……残念ながら『思考』と『意志』は変質してしまっている。無理に理解しようとすると私が発狂するな、これ。だが『記憶』だけは元の情報をそのまま留めている。きっとこれを守るのが目的だったんだな」
日下部はその記憶に対してさらに深く
「なん……だと……?」
そしてそこにあった光景に、思わず言葉を失う。
「どうしたのですか?」
「いや、これは見てもらった方が早い」
怪訝そうな表情で長谷川が質問してくるのを制し、
「秋雲、概念艤装の出番だ。使用承認」
麾下の艦娘に対して命令を出す。
「んあ? 題材は?」
「ああ、想念で伝える」
「そん……な……提督、これどうしても模倣しなきゃダメ?」
「ああ、お前にしか頼めない」
「あーもー! 概念艤装『ムネーメー』起動――異神、習合!
半ばヤケになったような口調と共に、秋雲は概念艤装を起動しその姿を変える。
人智を超えた速度で手元のタブレットに一枚の絵を描くと、そこに描かれた光景が画面から抜き出して物質世界に再現された。
ガイア理論という地球科学上の理論がある。地球とそこに生きる生物の生態系についてのものだ。
その派生として地球を一個の生命体と見なす場合はあったが、あくまでそれは理論上の仮定としてのものだった。
だがロゴスがMM技術を発明したことで「精神」や「魂」の実在が証明されると、「地球にも確たる意志があり、生物はその地球意志によって創造されたのではないか」という仮説が提唱されることとなる。これが修正ガイア理論だ。
MM技術が想念工学として応用され発展していくにつれ、修正ガイア理論は地球科学において主流の説になっていった。
そうなると当然の帰結として、ひとつの疑問が浮かび上がってくる。
「地球の生命は地球意志が創ったものなのであれば、他天体においても生命が発生する条件は
これまでの外惑星探査では、当然ながら惑星意志の有無など調べていない。だが人類はMM技術や想念工学という地球内部の変化に対応するのに精一杯で、想念工学機器を積んだ新たな調査船を送ろうとする国や組織はどこにも存在しなかった。
かくして人類の大半は地球外への興味を失い、「停滞の時代」を通じて天文学は衰退の一途をたどっていく。
実用性の薄い学問として、それ以前の時代より遥かに縮小した規模で細々と研究は続けられていたが、もはやその行く末に興味を持つ者はほとんどいなかった。
――そしてそんな中で、あの日が訪れることになる。
「我々は孤独なのだ。苦難を乗り越えても、星々へはたどり着けない。だがいかに絶望的でも、我々はこの事実を後の者たちに残さなければいけない」
施設の一角、MM機関の設置された部屋。
不思議なほどに穏やかな口調でそんなことを告げたW・M・ケック天文台所長の前で、
「これだけ天文学の衰退した現代において、この情報を得られたのはおそらく世界中で我々だけだ。だから連中は隠蔽のため、必ず後でここに乗り込んでくる。中途半端な手段で出し抜くことは不可能だろう」
深海棲艦の第一次攻撃を生き延びた数名の職員たちが、必死に涙を堪えるような表情を浮かべている。
「きっと私は、今この時のために天文学者を続けてきたのだ」
そして所長は意を決したように、手の平に載せた小さな物体を飲み込む……致死即効性の想念毒物が内包されたカプセルを。
所長の死は2045年1月1日、この天文台における物語においてはクライマックスと言える場面だったが、もちろんその始まりでも終わりでもない。
結末は自決により自らの肉体から切り離された所長の
にも関わらず、
「今の、どういう意味でしょうか……?」
「簡単には信じられないわね……」
長谷川とシルヴァが呆然とした表情を浮かべているのは、所長の死よりも前の場面に原因があった。
「どうもこうもないだろ。正直私だって信じがたい気持ちだが、我々は天文学の素人ばかりだ。一方で当時ここにいたのは天文学において世界最高峰の頭脳集団だ。だからもうそのまま受け止めるしかないだろ」
二人と比べれば日下部は比較的落ち着いていた。だがこれは科学に携わる者として未知との向き合い方を心得ているからであって、決して判明した事実に驚いていないわけではないのだ。
だからなんとか受け入れようと、判明した情報を自分の言葉で改めて噛み砕いて口にする。
「我々が物質世界と呼んでいる物理空間は、そのすべてが地球意志によって創られたものだった。宇宙はどれだけ広くとも空虚でがらんどうな空間であり、地球以外に意志を持った惑星は存在せず、当然宇宙の他の場所に生物は存在しない」
高次AIは地球意志のことをグノーシスの概念を使ってヤルダバオトと呼んでいたが、今ならそれが正しいことをはっきりと理解できる。
地球意志は「惑星ひとつ」ではなく「世界ひとつ」を創り上げた、比喩抜きで正真正銘の「この物質世界の神」だったのだ。
「パトスは2035年に起動してすぐ、この事実を突き止めていた。だがその情報を巧妙に隠蔽し、物理宇宙に対して介入を行っていた。宇宙の膨張は2035年以降完全に停止しており、それどころかこれまでの膨張を遥かに上回る速度で縮小を続けている。2045年時点では、太陽系より外の宇宙は『存在しない』。シンギュラリティ到来によって隠蔽が解除されたことにより、ここの職員は2045年1月1日のたった一日だけこの事実に触れることができた」
言葉にするとあまりにも現実味がない内容だが、あの所長が文字通り自身の生命と自我のすべてを懸けて残した内容だ。
いっそこの記憶も思考や意志のように変質していてくれた方がマシだったかもしれないが、そうではないことは誰より想念工学者としての日下部自身が理解している。
「参ったわね。あまりにもとんでもない話すぎて混乱してるわ」
シルヴァの呆然とした呟きを、否定する気には正直なれなかった。
自分たちはパトスに対して勝利を収めたはずだった。ウィリアムズ鎮守府のホノルルがキラウェアにおいて、マウナケアから逃亡した白山棲姫を仕留めたことは聞いている。
だがそれはちっぽけな戦術的勝利でしかなかった。パトスは「宇宙の圧縮」などという人智を超えた所業を成している、そのほんの余剰のリソースで片手間に人類と艦娘の相手をしていたに過ぎなかったのだ。
「これ、どういう意味がありますの? 高次AIたちはこんなことを引き起こして、何をしようとしてますの!?」
「私にもわからんよ」
だが、
「それでも、この情報を無駄にしてはいけないことだけは理解できる。あの所長が、文字通り自分のすべてを使ってまで後に託したものなのだから」
「そうですわね。陽菜は心から敬意を表します」
日本人に大和魂があるように、アメリカ人にだってアメリカン・スピリッツがある。
自分より大きな物のために生命を使うのは、別に日本人の専売特許ではないのだ。
「さ、帰ろう。この情報をモーリアック元帥と共有して検討しないといけない」
日下部は顔を上げる。その視線の先には、川内たち艦娘の姿があった。
彼女たち艦娘という種族があの日あの時現れてくれなければ、人類はとっくに滅んでいたことだろう。
だから知り得た情報がいかに絶望的であろうとも、絶望慣れした人類は決して絶望したりなどしないのだ。
※夏章後編メインストーリー、第9話です。
いよいよ本作の根幹に関わる設定が出始めました。この世界には宇宙人はいません。深海磨鎖鬼が示しているように、異世界人ならいるわけですが。
割ととんでもない内容になってますが、ここからどんどん飛躍していきます。ここまで読んで下さった方なら、今更振り落とされるようなことはないと信じておりますが。
本作においては本文中に書いたような理由で「天文学は衰退していった」わけですが、実はいわゆる天文学と宇宙探査を意図的に一緒くたにしています。
実際は地上から望遠鏡で惑星を観察して行う「天文学という学問」と、探査機を飛ばしたり宇宙飛行士が地球外に出ていく「宇宙探査というプロジェクト」は、本来別のものです。
この辺りは本文にも書いた通り、ざっくり「人類の大半は地球外への興味を失った」のだと思っていただければ。
艦これ本編、これを投稿している9/23はイベ終了前日です。前話の後書きで書いた「掘れていない艦娘二人」は残念ながら手が届きませんでしたが、それでもトータルで見れば十分すぎる成果を上げており、大いに満足しております。
SS、次話はこのシリーズの最終話です。夏イベが終わりますので、少しは早めにお出しできるはずです。お待ち下さい。