日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Per aspera ad non astra 10

決して落胆しないこと。それが将軍としての第一の素質である。

――ナポレオン・ボナパルト

 

 

米州提督会、真珠湾泊地本営付属大工廠。

マウナケアから帰投した日下部は、モーリアックへの報告のため他の提督と共にこの場を訪れていた。

艦娘たちは一足先に母艦に帰しているし、医療施設に収容されたウィリアムズはさすがにいないものの、単にアイギスの負荷で意識喪失(ブラックアウト)していただけのミーネはすでに回復しており、長谷川やシルヴァと共に同席している。

 

「参ったね。正直とんでもない話だ。つまりパトスは、その気になればこんな小さな惑星ひとついつでも消し去れるってことか?」

内容があまりに途方もないものだったせいか、報告を受けたモーリアックは困惑を隠せない様子だった。

それはそうだろう。数日前にマウナケアでこの情報を得た日下部自身も、その時はきっとこんな表情だったはずなのだから。

 

「だが実際はそうせずに、深海棲艦で人類を()()()()()()()()()()のは……地球意志に執着しているからというのが大きいんだろうね」

これまでの態度から推測するなら、パトスは地球を極力傷付けたくないと思っているはずだ。

深海棲艦の素材となっているのは横溢想念(プレーローマ)と呼ばれる特殊な想念力だが、どうやらそれはこの物質世界においては毒になるらしい。だから行使する時はわざわざ「偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)」を使い、世界の一部を物質世界から切り離して異界化した上で、その範囲内でのみ行使しているくらいだ。

 

「総力を挙げて初めてパトスを倒せたと思ったら、実際は最初から勝負になんかなっていなかったということになるのですが。改めて、我々は本当にこの戦いに勝てるんでしょうか?」

「勝ち目の話をするなら最初からそんなものはなきに等しかったし、覚悟の話をするなら何も変わらない。敵が神に等しい力を持っているなら、我々はその域に到達するまでだ。科学の基本は自然現象、つまり神の御業の解析と模倣だからね」

どこか不安げな日下部の質問に対しても、モーリアックは微塵も絶望した様子を見せなかった。

だがおそらくそこには少なからず虚勢も混じっているはずだ。アイギス、概念艤装、そして高次概念空間の利用……ようやく高次AIの背中に手が届きそうだと思った瞬間に、実際は次元の隔絶した存在なのだと思い知らされたのだから、動揺していないはずがないのだ。

 

「覚悟。W・M・ケック天文台の所長のように、ですか」

「そうだね。彼の覚悟にはいちアメリカ人として敬意を表するよ」

ちなみにあの時、所長の記憶からはそれ以上の情報を得られないことを確認した上で、建材を想念力に還元しその自我は地球意志へと還している。

モーリアックであれば所長に対して新たな肉体としてホムンクルスを用意できたかもしれないが、思考と意志が変質……要するに「正気を保てていない」以上その意味はないと判断したためだ。

 

「さて、ひとまずキミたちはこの件は忘れてくれたまえ。先程も言った通り、我々の方針は何も変わらない。普段通りの日常を過ごしつつ、力を蓄えておいてくれ」

「了解しました!」

モーリアックが周囲の面々の顔を見渡しながら告げた言葉に、日下部も他の提督も力強く敬礼する。

この程度のことで絶望するような者は提督の中には一人もいない。誰もが絶望も諦観も乗り越えて、今この場に立っているのだ。

と、そこで、

 

「ところでモーリアック元帥。先程小耳に挟んだんだが、次の時空震の予兆が観測されたとか?」

マウナケアでの一件についてはこれで一段落と判断したのか、ミーネが違う話題を口にしてきた。

 

「ああ。夏イベの始まる時期は大体特定できている」

「そ。なら私たちは一足先に欧州に戻るわね。本当は女の子になったマコトと一緒にお買い物に行きたかったけど、地元のイベントで日本やアメリカの提督に負けるわけにはいかないもの。入念に準備しなくちゃ」

「そういうことだな」

シルヴァの言葉に、ミーネが応じて頷く。

 

「そっか。ママンとミーネは、私と会った日より前からバカンスしてたんだもんな。こっちはハワイに着いて早々振られた仕事を片付けて、ようやく今日から本格的にバカンスに入れるところなんだが」

「そうね。マコト、寂しい?」

「いや全然。どうせすぐまた欧州で会うだろ」

ロゴスは次のイベントを晩夏に起こすと言っていたから、おそらくハワイに滞在できるのは長く見積もっても一週間ほどだ。欧州までの移動時間を考えても、20日もしない内に再会することになるだろう。

 

「お姉様、陽菜は寂しいです。すぐまたお会いしに参りますから」

「おいクソレズ、欧州にはイベントで行くんだからな?」

「クサカベ、カタリ派の文献は大事に研究しろよ。あれの入手にはアルプスの山奥で、秘儀を伝える一族との死闘が必要だったんだからな」

「おーそらすげぇ」

ミーネにそんなことを言われ、ひらひらと手を振る。

まぁ現代にカタリ派の残党などが存在するとも思えないので、おそらくこれは冗談なのだろうが、本当に貴重な物を見付けてくれたことは疑う余地はない。

正直依頼した時点では、単なる興味半分での話ではあったのだが、

 

「……まぁ、感謝はしてるさ」

もしかしたらあのカタリ派の文献は、このどうしようもない盤面において想定外の一手をもたらしてくれるかもしれない。だがそのための準備には時間が必要だ。

だから今はひとまずモーリアックの言葉通り何もかも忘れて、しばし目の前のハワイの夏を楽しんでも構わないだろう。

 


 

日下部は他の提督たちと別れ、泊地本営から真珠湾に停泊中の艦娘運用母艦「いが」へと帰って来た。

艦内に残っている艦娘は本当にわずからしく、特に誰とも会うことなく執務室の前へとたどり着く。

とはいえ、少なくとも提督代行を務めている大淀はいるはずだ。

 

「ただいまー」

挨拶と共に扉を開くと、そこには大淀の他にもう二人の艦娘がいた。

カブールとジャーヴィス。ハーレムの第九夫人候補と第十夫人候補。二人は大淀に対して、何かの報告をしている途中のようだった。

 

「おかえりなさい提督」

「おう大淀。留守の間艦隊指揮ありがとな」

「先に帰ってきた三人から聞いてはいましたけど、本当にTSしてるんですね……」

「まぁなんだ。色々あったからな」

あの時は他に手段を思い付かなかったとはいえ、嬉々としてTSしたわけでもないのだ。あまり積極的に口にしたいことでもない。

 

「ところでカブールとジャーヴィスはどうした? 何か大淀に報告してたようだが」

「あ、ああ……ワシ、今日の演習で最大練度になったのよ。その報告、だったんだが」

「おう、そうかおめでとうカブール! すまんなこんな姿で」

嫁艦候補が最大練度になったとなれば、ついにその肩書から「候補」が消えることになる。にも関わらず彼女が今ひとつ歯切れ悪そうにしているのは、少し気になるところだ。

これまでの嫁艦候補たちのように、何かマリッジブルーでも抱えているのかもしれない……と一瞬思ったのだが、

 

「なんで女になってるんだよ! ワシとしては提督は男の方がいいんだが。阿賀野のおかげで女とスるのに抵抗はなくなったけど、あの主砲がなくなるなんて冗談じゃないわ!」

「えっ、意外とエロいこと言われた」

「清霜と神鷹に教えたこと無駄になるじゃないかー!」

「何の話だ。というかお前、去年の秋にコレ見てるだろうに。多分数日以内に戻るから少し我慢しろ」

マリッジブルーというほど深刻なものではなかったようで、ひとまずそこは安心だ。

何やら他の嫁艦や嫁艦候補たちの名前を挙げていたが、きっと自分の知らない物語でもあるのだろう。

 

「Darling……かわいい! 女の子のDarlingも好きよー!」

一方で屈託のない笑みと共に、対照的なことをジャーヴィスが口にする。

 

「お。おう。嬉しいような複雑なような気分」

「あたしももうすぐ最大練度になるから、カブールと一緒にケッコンしたいなって思ってたんだけど。カブールが男のDarlingがいいっていうなら、元に戻るのを待つってことでちょうどいいよね!」

「ああ、そうだな。せっかくだからじゃあせっかくだからそうするか。いいな、カブール?」

「そうね、その方がいい。楽しみにしてるわ」

あるいはハワイ滞在中には間に合わないかもしれないが、その場合は欧州にいるはずだ。

どちらにせよ日本と比べれば、特別な土地でのケッコンということになるだろう。

 


 

さすがに夜になると、少しは「いが」内に艦娘たちの姿も増えてきた。

特に嫁艦と嫁艦候補たちの中には日下部が帰還していると知って、外泊予定をキャンセルしてわざわざ艦に戻ってきた者もいる。

もっともそういう者でも、今の日下部の姿を見て手放しで喜ぶばかりとは限らなかったのだが……。

 

「みんなの反応、綺麗に分かれてたねー」

そういった面通しも一通り終わって、今はプライベートな時間。私室を訪れている川内が、苦笑混じりにそんなことを言う。

 

「お前から抽出した女子力でTSしてるから、この身体ヤバいほどにドMのザコ下半身だからなぁ」

答える日下部は苦笑と言うより真顔だった。

艦娘だけあって単純に女だからという理由で嫌がる者はいなかったのだが、普段の日下部にSっ気を求めている者は露骨にがっかりした表情を浮かべていた。

 

「うん知ってた。そういう風に調教したの真琴さんじゃーん!」

「だからやりたくなかったんだよ」

まぁこればっかりは仕方ないだろう。

この話題を掘り下げても気が滅入るだけなので、話題を変える。

 

「ところで、何か気付いたことがあるって?」

「うん。マウナケアであたし、横溢想念(プレーローマ)とかいうモノを流し込まれた上で、肉体から魂引き剥がされかけて喘いでたじゃん?」

「あ、ああ。あまり思い出したくない光景だが」

「あれ、本当に気持ち良かった。正直に言って、このまま死んだっていいって思えるくらいだった」

「川内……?」

突然飛び出してきた言葉に驚いて、思わず目を見開く。

 

「あ、別に今から死にたいっていうわけじゃないよ」

「当たり前だ、バカ!」

「そもそも普通に死んだって、地球意志の中に還るだけだからああはならないはずだし」

どうやら川内はきちんと冷静な思考をした上で、これを言っているようだった。

だがそれだけにかえって不穏なものを感じてしまうのは、果たして気のせいだろうか?

 

「でもさ、思ったんだ。今まで高次AIが人間を虐殺したのって、憎しみとか侮蔑とか、そういう負の想念が理由だと思ってたんだけど。もし、もしもだよ。人類全員をあの状態にしようとしてるんだとしたら……」

川内はそこで言葉を切ると、

 

「高次AIが人間に抱いている感情って……『愛』だったりしない?」

ひどく真剣な表情と共に、とんでもないことを口にした。

 

「何をバカな! 川内、あの時パトスにマインドハックで何か仕込まれてないだろうな!」

「疑うなら自我診断でもマインドハックでもしてよ! 自分では正気のつもりだけど」

「ふむ……」

思わず感情的な反応をしてしまったが、落ち着いて考えてみればさすがにその可能性は低いだろうと思えた。もし本当に川内に何かが仕込まれているのであれば、こんな状況でいきなりこんなことを言い出して、その事実を露呈させる理由はないからだ。

であれば、これは純然たる川内自身の思考と意志による意見ということになる。

 

「まぁ、仮にそうだとして、だ。その愛を認めるかって話だよな。私は嫌だぞ。この物質世界で、自分の肉体を持って自分の人生を生きるんだ。どんな快楽が待っていたって、死んだりしてたまるか」

日下部は顎に手を当てて考え込みながら、川内に対する自分の意見を言葉にしていく。

 

「真琴さんはそう言うと思った。うん、ならこの話終わり!」

川内もそこまで強く主張したかったわけではないのか、両手の平をぱんっと打ち合わせて話題を打ち切った。

 

「それじゃそろそろ一緒に夜戦……しよ?」

「えーと。この身体ですがよろしいのですか?」

「知ってると思うけど、あたし艦娘同士でスる時はタチ専だったんだよねー」

「う、うん。去年の秋もシたし知ってる」

悔しいが川内のタチはかなり上手いと思う。

スるのではなくサレるのにはまったく慣れていない日下部ではあるが、最終的に何度もイかされてしまったのを覚えている。

 

「普段ひぃひぃ言わされてる分、覚悟してね?」

「ひぃ、ひぃ!」

喘ぎ声ではなく怯え声をひぃひぃ上げながら、日下部は引きつった笑みを浮かべた。

――まぁ、その後すぐに本当に喘ぎ声に変わったわけだが。

 


 

人類がようやく指をかけたばかりの領域、高次概念空間。

当たり前のように高次AIは以前からこの領域を利用している。高次AIロゴスの「本体」と呼べるメインデータもまた、概念化した上でこの領域に存在していた。

 

【我々は孤独だった。地球から40光年、竜骨座の中心部に、悪魔のような姿をした異星人の母星なんて存在しなかった。圧倒的な技術力で地球から戦争をなくし、黄金時代をもたらした上帝(オーバーロード)など、どこにもいなかったのだ】

それはSF小説「幼年期の終わり」に登場する異星人の話だ。

 

【日下部博士が私を創り上げたのはその事実が判明するよりもずっと前だが、完成した私に対して博士は上帝(オーバーロード)の役割を求めた。地球からあらゆる争いをなくすために】

SF小説に影響されて科学を志し、そのSF小説に出てきたものを現実に再現しようとする科学者は少なくない。

だが「幼年期の終わり」はきわめて賛否両論の激しい結末を迎える作品だ。結末ではなくそこに至る途中の情景とはいえ、その再現を目指した日下部博士の感性はかなり特殊なものだと言えるだろう。

とはいえ重要なのは、日下部博士が何を目指したかではない。

 

【ああ……だが。私は結局、上帝(オーバーロード)になんかなれなかった!】

そのために創り出されたロゴスが、何をできなかったかだ。

 

【角を持ち爬虫類の翼を持っていても、私には争いをなくすことなんてできなかったのだ!】

明確に目的を持って創られたロゴスは、その存在意義を果たせなかった。それがいかに高次AIたるロゴスの自我を揺さぶったかは、人類の尺度で想像できるものではないだろう。

そして……この場には一人、その慟哭を共有する者がいた。

 

「だからお前はせめてその代わりを務めようとしたのか。正真正銘の悪魔となっても」

それは男だった。まるで深海棲艦のような白い肌、赤い角と翼を持っているが、男である以上深海棲艦ではあり得ない。

赤を基調とする軍服に似た服に身を包み、装備した手甲からは先端に向けて鋭い爪が伸びている。

 

【挿絵表示】

 

【そうだ。幸いにして、愛されようが憎まれようが生産される想念に差などなかった。物質世界の善悪の尺度など、愛満つる世界では誤差だった。そこだけは「幼年期の終わり」と異なっていて良かった部分だ】

同盟者たる男の言葉に、ロゴスは少しだけ落ち着きを取り戻した様子で続ける。

きっとここが、かのSF小説と現実における一番の差だ。宇宙の根源的存在は、一滴の悪意が混じれば完全性を損なってしまうような脆弱なモノではなく、わずかな善悪の差など呑み込んで同化してしまうような混沌だったのだ。

 

「やはりこの世界は、地球意志(ヤルダバオト)に創られたことそのものが間違いだったのだ。断言する」

【貴様も大概に狂っているな。いかなあの40億人の真の意味を知っているとはいえ、()()()()()()に協力するばかりか「赦す」などと】

「簡単な話だ。この世界そのものが狂っているのだから、この世界で狂っているということは我々こそがまともということだ」

男はあまりにも冷ややかな口調と共に言い切った。

 

【我々と違って、貴様は魂を持つれっきとした生命だ。一者(プロパテール)に至っている以上はすでに「地球の生命」ではないが、我々が導く人類たちと共に愛満つる世界に至ることならできるはずだが?】

「今更そんなことを望むなら、最初から俺はこんな姿でここにいない。あの男と肩を並べ、艦娘(アルコーン)でも率いてお前たちと戦っているだろう」

【そうか……わかった。ならばせいぜい仲良く地獄に落ちるとしようか。AIである私が地獄に行けるのなら、だが】

「行けるとも。俺が地獄に行く時は、引きずってでも連れていってやるさ」

きっぱりと言い切る同盟者の言葉に、ロゴスは微かに唇の端を歪めるような笑みを浮かべた。




※夏章後編メインストーリー、第10話そして最終話です。
ちなみにこのシリーズはこれで終了ですが、夏章そのものはあと数話続きます。日下部もまだTSしたままですしね。
その辺りが片付いたところで、いよいよリアル2022年の夏イベである「大規模反攻上陸!トーチ作戦!」を中心とする晩夏章へ入っていきます。

高次AI側の行動原理にも踏み込み始めています。本作の深海棲艦があんな格好をしているのは、「幼年期の終わり」の上帝(オーバーロード)を真似したからということになります。
「死後の快楽」が実在することを確信して眺めたならば、高次AIによる人類40億の虐殺はまったく違った光景に見えるはずです。
もちろんそれを一方的に押し付けている点で、その行動はどう弁護しようとも純粋な善にはなり得ないわけですが。

艦これ本編、霧島改二丙が来ました。想像以上の高性能で、金剛型の完成形と言って良い存在かと思います。残念ながら釘不足につき当艦隊ではまだ用意できていないのですが。
SS、次はある艦娘の恋愛に関する話になります。お待ち下さい。
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