日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


願わくば、こんな素敵な毎日が

恋愛においてはいかに難しいことがあっても、友愛におけるよりも人の欠点を許す。

――ジャン・ド・ラ・ブリュイエール

 

 

それは日下部がマウナケアに行っている間のこと。

基本的には今はバカンスなので、大半の艦娘は普段課されている海上交通路(シーレーン)の哨戒任務は免除され、自由気ままに過ごすことを許されている。しかし日下部の指示により、大本営から個別に課されている演習や出撃任務はハワイにおいても平常通り行うこととなっていた。

普段は「一部の艦娘だけが休んでいる」状態だが、今は「一部の艦娘だけが仕事をしている」状態ということになる。

 

「作戦完了、艦艇戻りました」

そんなわけで出撃任務から戻ってきた艦娘が、執務室に報告にやって来た。

軽巡ゴトランド。日下部鎮守府には先の坊ノ岬沖イベで着任した内の一人だ。

 

「って、提督はいないのよね」

「お疲れ様でした。提督たちは昨日オアフ島の真珠湾泊地を出ましたから、おそらく今日にでもマウナケア山頂に到着するんじゃないですか?」

露骨に残念そうに呟いたせいか、提督代行を務めている大淀がたしなめるように声をかけてきた。

 

「そっか。早く無事に帰ってきて欲しいな」

バカンス返上で演習と出撃に励んでいるのは、もうすぐ改二に相当するAndraの大規模改装可能練度に到達するためだ。

以前早く育てて欲しいと日下部にねだったことがあったが、それに応えてくれたことになる。ならばその期待を裏切るわけにはいかないだろう。

そんな風に考えていたら、大淀がどこか微妙そうな顔付きでこちらを見てきているのに気付いた。

 

「大淀? ゴトの顔に何か付いてる?」

「いえ……その、ゴトランドさん。一度お聞きしたかったんですけど、ゴトランドさんは提督のことが好き、なんですよね?」

「ん、そうだよ?」

その気持ちは特に隠してもいるつもりもないので、堂々と答える。

 

「その、不安にならないんですか? 自分の気持ちが、提督にマインドハックで植え付けられた物なんじゃないかって」

大淀から発せられた言葉はまったく思いも寄らないもので、思わずきょとんとしてしまう。

さすがに何の脈絡もなく出てくるような言葉ではない。きっと自分の着任前に、大淀がそんな危惧を抱くような何かがあったのだろう。

だが、さすがにそこまで気にしてはいられない。だから素直に思ったことを口にする。

 

「全然。そんなことする人なら、ハーレムなんて作らないでもっと好き放題色んな子に手を出してるでしょ。それに艦娘専用なんて言わないでしょ、人間にだってすごくモテるみたいだし」

「それはそうなのですが……私、時々怖いんです。私が今抱いている感情って、誰かに作られた物なんじゃないかって」

「うーん。そういう言い方をするなら、地球意志に創られているのは否定できないよね? ゴトが提督のことを好きな理由って、多分そういうことだし」

顔や性格、声、仕草、艦隊の指揮能力。日下部を好きな理由はいくらでも細かく挙げられるが、おそらくそれは後付けのものだ。根本をたどるとおそらく自分は「出会った提督を好きになるように、地球意志に創られている」。

一部の艦娘……いわゆる提督Love勢は、良いとか悪いとかではなくそういう生物なのだ。

 

「ゴトランドさんはそれでいいんですか? 私は提督ではなく他の艦娘のことを好きになりましたが、他の大淀には提督のことを好きな個体もたくさんいます。私と他の大淀、どちらの抱いている感情が本物なのか、最近わからなくなってしまって」

「そんなの、『どちらか』じゃなくて『どちらも』本物でいいんじゃない?」

大淀の葛藤は理解できないわけではないが、率直に言って共感することはできなかった。

だから冷たいかもしれないが、きっぱりと突き放すことにする。

 

「人間だって自分のココロが本当に自分の物だなんて証明できないでしょ。マインドハックじゃなくとも言葉、暗示、薬物……ココロを自分に都合よく操作する方法はあるもの。だから、あんまり考えすぎたって疲れるだけよ」

「そう、かもしれませんね。その前向きさは見習いたいかもしれません」

「そ、良かった。なら明石には黙っておいてあげる。彼女、これ聞いたら怒り出すと思うよ?」

片目を瞑っていたずらっぽく微笑んでみせると、大淀は今更そのことに気付いたのか、微かに青ざめてあわあわと震え出した。

 


 

結局日下部がマウナケアに行っていたのは、時間にすればわずか数日のことだった。

そこで大変なことが色々あったとは聞いているが、さすがに細かい部分までは知りようもない。

だから今ゴトランドが執務室を訪れているのは、日下部のマウナケアでの経験とは特に関係のない……自分自身のことが理由だった。

 

「改ゴトランド級、航空練習巡洋艦ゴトランドです。提督、練習艦となった私も近代化改修で侮れませんよ。引き続きどうぞよろしくお願いします」

丁寧な口調とびしっとした敬礼。身に付けているのは襟の部分に黄色があしらわれた制服と、全艦娘でも1、2を争うほどに豪華な艤装。

ゴトランドAndra。軽巡・ゴトランドの最終形態に当たる形態だ。自分が今この場にいるのは、この大規模改装の報告のためだった。

 

「おう、おめでとう! ……と言いたいところだが、なんだその口調は。着任したての頃みたいだが、さすがに今更それも違和感あるな」

「もう、一応こういう場ではきりっとしようと思ったのに。締まらないなぁ」

「ははは、すまんすまん」

日下部には苦笑されたものの、気を使わなくていいと言うならその方が気楽ではあった。

続けて艤装とは別に携行していた茶色いビキニとパレオを取り出し、日下部に向かって掲げてみせる。

 

「約束だから、はい。新しい水着買っちゃった」

「おう、それ出撃用の制服だから経費で落ちるぞ。軍の要員に自弁で装備を用意させるとかありえないからな」

「うん、それはいいこと聞いちゃった。けど今はそれより……感想は?」

「そうだなぁ。改まででも十分派手だったけど、ショートパンツをパレオに変えたのはすごくいいな。うん、とても可愛いぞ」

「えへへ、やった! 買った甲斐があったな」

こんな単純な言葉で嬉しくなってしまうのだから、我ながら色ボケにも程があると思う。

そこでふっと日下部は不意に言葉を切ると、ひどく真剣な表情を浮かべる。

 

「なぁゴト。その、改になった時は悪かったな。お前の言う通り、あれは失礼だった。反省したよ」

「もう。許してあげるって言ったでしょ? いつまでも引きずってないで」

どうやら自分が気にする以上に、日下部はあの時のことを気にしてくれていたらしい。

 

「私は生まれつき他人の感情が理解できないから、時々とんでもなく酷いことをすることがあるんだけどさ。そういう時に叱ってくれる人がいたから、今ここにいられるんだ」

「提督……」

「なぁゴト。今後も私の傍で、道を外れようとしたら叱ってくれないか?」

気付いたら日下部はいつの間にか目の前にいた。それはあの時と同じ、とても自然な流れだった。

そのまま抱き寄せられる。TSした日下部は身長がやや低くなっているせいで、そこだけは多少無理している感じがあったけれども。

それでも決して不快ではなかったから、素直にされるがままに身を委ねることにする。

 

「そんなの、川内だって赤城だっているでしょ。ねぇ、それよりもっとシンプルに言うことがあるんじゃない?」

「はは、そうだな」

小さく笑って、日下部は一度言葉を切った。

日向に似た琥珀色の右目、神州丸に似た濃茶色の左目が真っ直ぐこちらを射抜く。

 

「ゴト、お前に惚れた。私の物になってくれ」

「……私は何番目?」

「こないだ婚約した神鷹が第十六夫人候補だから、お前は十七番目だ」

「へぇ。それはずいぶん気が多いし、勝手だよね」

「そうだな」

「それなのに、そんなこと言っちゃうんだ」

「そうだな」

愛の多さを揶揄する言葉を投げかけても、日下部はひとつも怯むことはなかった。

ああ……ならば、

 

「ずるいよね。ゴトが断らないこと知ってるくせに、そんなこと言っちゃって」

きっと地球意志によって生み出された時から、こうなることは定められていたのだ。

大淀のように、この人より大事な相手ができたなら話は別だったのかもしれないが、そんな相手は特に見付からなかった。

なら、もういい。この人の傍に寄り添って、この人と共に日々を歩んでいけばいい。

 

「ゴト……」

「提督……」

日下部の唇が、自分の唇へと触れてくる。

思ったより弾力を感じたのは、きっと日下部がTSしているからなのだろう。

 


 

そのまま押し倒されるかと思ったが、どうやら日下部は執務室でいきなり始めるほど見境のない人間ではなかったようだ。もしかしたらこれもまた、自分が着任する前に何かあったのかもしれない。

代わりに連れ立って執務室から隣接する控室へと移動し、置かれているソファーへと腰を下ろす。

 

「ねぇ、fika(コーヒー休憩)にしようよ。あ、fikabröd(お茶請け)はシナモンロールでお願い」

「超めっちゃナチュラルに提督にお茶汲みさせたな、まぁいいけど」

不満というよりは驚いたような表情になりながらも、日下部はきちんとオーダーに応えてくれた。

目の前で念じたらシナモンロールが虚空から出現したのは、魔法にしか見えなくて少し驚いたけども。

 

「言っとくが想念レシピのポン出しだから、味の方はそこまで期待するなよ。本当は材料だけ出して調理は自分でやった方が絶対に美味くなるんだが、さすがに菓子パンを焼く設備はないからな」

とは日下部の言葉だった。なるほど、だからコーヒーは直接MM機関で出さずに豆に熱湯を注いで淹れているのか。

用意されたコーヒーとシナモンロールをありがたくつまみながら、しばし穏やかな時間に身を浸す。

そうしていると、どこか不思議そうな表情をした日下部と不意に視線が合った。

 

「どうしたの? ゴトに見惚れてるって表情じゃないよね。何か悩みでもあるの?」

「悩みってわけじゃないんだが。お前さん、TSした私見ても本当普段と変わらんのな」

「提督は提督でしょ。そんなに変わらないよ。なに、可愛いとか言って欲しかったの?」

くすっと微笑みながら答えたのだが、

 

「べ、別にそんなことないし!」

「……前言撤回。反応が川内にすごく似てるんだけど、結構影響大きくない?」

日下部から飛び出してきた予想外の反応に、思わず頬が引きつってしまう。

 

「そ、そうか? まぁあいつの女子力使ってTSしてるからなぁ」

「もう。ゴトも結構女子力高いんだよ?」

「えっと、さっきナチュラルにお茶汲みさせられましたが」

「女子力ってそういうところばかりじゃないでしょ。提督用の水着、可愛いの選んであげる」

日下部の一番が川内なのは理解しているが、だからと言って引き下がるわけにもいかないのだ。

自分にできることでアピールするのは、恋の戦いでは決して間違ってはいないはず。

 

「はぁぁぁ!? ママンにも似たようなこと言われたけど、どうせ数日で元に戻るんだぞ!?」

「いいじゃない、せっかくなんだから短い時間を楽しめば。moder(お母様)は自分の艦隊率いて欧州に帰ったんでしょ? なら代わりにゴトが選んであげるよ。今の提督にとびきり似合うやつ」

「ううー……」

日下部は頬を赤くして、うつむきながら黙り込む。

とはいえどうやら心底嫌がっているわけではなく、単に恥ずかしがっているだけのようだ。なら遠慮はいらないだろう。

 

「ね、いいでしょ? 明日一緒に買いに行こうよ」

手を握って微笑んでみせると、日下部はますます頬を赤く染めて身を縮こまらせる。普段の姿とはだいぶ違うけども、こういうのはこういうので可愛いったらありゃしない。

――さて、本当はもう少し日下部の反応を楽しんでいたいところなのだけども。

控室の外に気配と足音が二人分。どうやらあちらも隠すつもりはないらしい。日下部の手をいったん離して、入口のドアに向き直る。

 

「ちょーっと待った!」

勢いよく開け放たれたドアの向こうには、こちらを睨みつけている日下部の筆頭嫁艦の姿があった。

 


 

「川内に阿賀野! どうしてここに!」

「だって今日はゴトちゃんがAndraになる日でしょ? そんなの何も起きないはずがないじゃない。案の定起きてたみたいだしね」

冷静に告げてきた阿賀野の指摘に、日下部はそっと目を逸らす。

一方でゴトランドはといえば、

 

「川内はわかるけど、もう一人は阿賀野……?」

思わず困惑の声を上げていた。

気配に気付いた時点で、一人は川内だろうというのは予想していた。彼女は日下部の筆頭嫁艦なのだから、それはある意味で当たり前だ。

だがもう一人は、他艦隊のゴトランドが口を揃えて「警戒しろ」と言っていた()()()()だと思っていたのだ。

 

「なによ、阿賀野だって川内ちゃんと同じ提督さんのお嫁さんなんだからね! 何か文句ある?」

「文句、ってわけじゃないんだけど。こういう時に『ゴトランド』に突っかかってくるのって、『由良』だと思ってたから。ちょっとびっくりしただけ」

川内でも阿賀野でもない軽巡の名前を上げると、他の三人は顔を見合わせる。

 

「由良……? なんでいきなり由良?」

日下部は完全に発言の意味がわかっていないようで、きょとんとした表情だったが、

 

「あー、言いたいことはわかった」

「阿賀野も他の阿賀野から聞いてるけど、ゴトちゃんと由良ちゃんってバチバチしてる艦隊が多いみたいよね」

やはりと言うべきか、川内と阿賀野は同艦交信で他艦隊の事情を知る機会があるようで、きちんと言いたいことが伝わったようだ。

 

「でもうちの由良ちゃん、全然育ってなくてまだ改二になってないんだよね」

「改二になる前の由良って割とクールで、どこか距離感があるから。改二になれば一気に距離感縮まるんだけどね、あの子」

「ああ、なるほどね」

――距離感があったり遠回しにアピールしてくるような艦娘は、日下部との相性はお世辞にも良いとは言えない。

阿賀野と川内が言外に含ませた意味を、ゴトランドは正しく察する。

まったくもって、自分は早い段階で懐に飛び込んで正解だった。

 

「だったらこの艦隊では、ゴトの不戦勝でいい……かな?」

「こら、調子に乗るな。由良だけが敵だと思ってたら大間違いだよ。一応確認するけど、ちゃんと提督と婚約はしたね?」

川内の言葉に、ゴトランドと日下部は揃って頷く。

 

「じゃあ浮気じゃないけど、それでも独り占めはダメだよ。提督の水着は、ゴトだけに選ばせないよ!」

「別に喧嘩したいわけじゃないけどさ、みんなで買いに行こうよ?」

それが精一杯の妥協点だと言わんばかりに、川内と阿賀野は圧の籠もった視線を向けてくる。

 

「う~ん、まぁいっか。先任のお嫁さんとは仲良くしといて損はないよね。じゃあ提督、明日は四人で水着買いに新興市街地デートね」

「あ、あれ。いつの間にか行くことが決定されてた」

「もう、今更いいでしょ。川内も阿賀野もすっかり乗り気なんだし」

恋の叶った日々の始まりは、思っていたものとは少しばかり違ったけども。

これはこれで、なかなか楽しそうだ。

 

「こんな毎日って……素敵ね」

願わくば、この日々が少しでも長く続きますように。




※ゴトランドが日下部のハーレムに入る話です。
他の嫁艦(候補)たちの話と違って、一貫してゴトランド視点で進行するのが特徴です。本作における「提督Love勢」は、最初から「出会った提督に恋をする」ように地球意志に創られている存在なのですが、その当人であるゴトランドは自分の中にある気持ちとこんな風に向き合っていたりします。
ちなみにソシャゲのキャラがプレイヤーに対し好意を抱くようにデザインされているのは当然のことなので、艦これ原作の艦娘はほぼ全員本作の定義における提督Love勢だと言えるでしょう。ケッコンを申し込んで断ってくるのは初期のごく一部の艦娘だけですし(この辺、運営もさすがにソシャゲとして無理があると判断したんでしょうか)。

由良について。
(川内や阿賀野の言葉通り)日下部鎮守府の由良は、育成がかなり遅れていました。ゴトゆらが仲良く喧嘩するのは定番ネタだと思うのですが、残念ながらそんなわけで日下部鎮守府では不採用となりました。
まぁもっと先の方で、ちょっと違う形で回収するんですけども。
ちなみに使ってみたらかなり便利な艦娘だったので、2年以上経つ現在では一人目を改二にしただけでなく、サブ艦の改二まで用意していたりします。

艦これ本編、今のところ大きな動きはまだないです。大きなリアイベ(呉コラボ)があるので、何かあるにしてもそれが終わってからになることでしょう。
SSはこの直接の続き、TSした日下部の水着を買いに行く話です。またそれとは別の衣装も用意してあります。お待ち下さい。
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