日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


六千海里の波濤を超えて 1

あなたには必要な資質も資源も全て与えられている。「できない理由」を探す必要はない。

――ウィンストン・チャーチル

 

 

マウナケアからの帰還して、数日が経ったある夜のこと。

日下部は艦娘運用母艦「いが」の自室に川内を招き、今日も今日とて夫婦の営みに勤しんでいた。

 

「――あっ。川内、これ好き……っ! もっと……っ」

「なら、何て言えばいいかわかってるよね?」

「は、はい……っ」

阿賀野やゴトランドも交えて四人でデートしたあの8月21日以降、すっかりこんな風に媚びるための言動にも抵抗感はなくなってしまった。

男としての矜持(プライド)など最初から持ち合わせていなかったかのように、純粋に快楽だけを求めて必死に懇願の言葉を喉の奥から絞り出そうとした……その時。

 

「んっ、ちょっと待って!」

「ど、どうしたの? 小刻みに震えて。せっかく盛り上がってきたところなのに」

「身体が、熱い……っ!」

この感覚は覚えがある。去年の秋に一度経験しているからだ。

あのW・M・ケック天文台でTSした時と同じような、肉体の不随意な痙攣。ただし違う点としては、身体を直接炎で炙られているかのような激しい熱。

 

「……うっ」

やがて症状が収まった時、日下部の肉体は再び変化を遂げていた。

豊かな乳房が消え失せ、身体つきが一回りがっしりしたものとなり、そして下半身にはあの剛直がせせり立っている。

 

「戻った、ね……?」

呆然と呟く川内を後目に、日下部は無言で机の引き出しを空ける。中からIRコードを取り出すと、そこに記録された想念を自我へと取り込んだ。

自我の三要件の内、「記憶」を除く「思考」と「意志」を数日前の自分に回復させた瞬間、

 

「うああああっ!? あ、あんな台詞を嬉々として吐く! とか! あああああ、いっそ殺せぇぇぇぇぇ!」

自己嫌悪にぶるぶると震えながら、力の限り絶叫する。

こうなることはわかってはいた。わかってはいたが、やらないわけにはいかなかったのだ。

 

「ねぇそんなことでロスト・アドミラル引き起こそうとするのやめて! いいじゃん、女の子でドMの真琴さんも可愛かったよ?」

川内が慰めなのか揶揄なのか今ひとつわからないようなことを言ってきて、これには思わずぷちっと理性がどこかへ吹っ飛んだ。

 

「あっ、ちょ! まっ! いきなり押し倒して無理やりスるのやめっ……!」

「うるせぇ黙って腰を振れ!」

「あっ、これ好き……っ! もっと……っ!」

「……ふぅ」

うん、やはり自分は男だ。二度と絶対にTSなんかするものか。

 


 

無事に男に戻ってから、さらに数日が経過した。

8月もあと数日で終わりを迎えようというある日、日下部はモーリアックに呼び出されて、長谷川ともども米州提督会の泊地本営付属大工廠にやって来ていた。

ちなみに今回は両艦隊の明石を同行させるよう求められていた。随伴してきた明石二人は別室に通されており、今は提督両名だけがモーリアックの執務室にいる状態だ。

 

「……インド洋?」

日下部はたった今、モーリアックから説明された内容をおうむ返しにするように呟く。

それは間近に迫った次の夏イベに関するものだった。

 

「そうだ。イベントに先立ち、去年の夏イベ以降確保していたスエズ運河が深海棲艦の大侵攻により陥落した。おかげでそもそも日本の艦娘運用部隊主力が欧州入りできていなくてね。よってまずはペナン島に進出し、インド洋を渡ってスエズ奪還から始めてもらう」

「いや、でも我々は現にハワイは真珠湾にいるわけでして。ここから日本に取って返して、さらにインド洋進出となると、いくらなんでも遅きに失するのでは。それくらいだったら、素直にパナマ経由で欧州入りした方が」

日下部が指摘すると、モーリアックは困惑したように眉根を寄せる。

 

「それがパナマも陥落してるんだよね。目下アメリカの提督はパナマ奪還で手一杯だ。欧州のイベントどころじゃない、足元に火が着いてる」

「お、おう。大丈夫なんですかそれ」

「我々人類統合軍はMM機関で自給自足できるから、相対的に海運はそこまで重要ではないんだが、民間の生活には確実に影響が出るだろうね」

いくらMM機関で想念力から物資を創り出せるとはいえ、現在の状況ではどうしても軍需を優先せざるを得ない。何しろ艦娘運用部隊は艦隊ごとに地上施設に1基と艦娘運用母艦に2基、計3基ずつのMM機関を配備する必要があるのだ。

よって生活物質は艦娘運用部隊の大本営において一括生産し、それを通常軍や民間に対して輸送分配する形式を取っている。艦娘が総力を挙げて海上交通路(シーレーン)を深海棲艦から防衛している理由もここにあった。

 

「なら、我々もイベントよりそっちを手伝った方が」

「マコの艦隊だけなら極論それでもいいんだが、長谷川くんの艦隊はイベントに行ってくれないと困る。名うての古参提督の一人だからね。そうでなくとも舞津くんを日本で待機させているのに」

「舞津さんを? そうなんですか?」

「西方再打通作戦以来、欧州での作戦は何度かあったわけだが、提督たちを欧州に派遣している間も日本を空にするわけにもいかないからね。一定以上の戦力を有している提督には、持ち回りで日本に残ってもらっている。今回は残留組の中に舞津くんが選ばれたんだ」

確かに欧州でイベントが起こっている間も、通常の海域に深海棲艦が湧かなくなるわけではないのだから、これは言われてみれば納得できる話ではあった。

順調に戦力強化を続けていれば、いずれ日下部鎮守府にも要請が来るのかもしれない。

 

「ともあれそういうわけで、どうあってもキミたちにはイベントに行ってもらう必要がある」

「しかし元帥。そこの日下部の申し上げた通り、現に我々は真珠湾におります。この距離の暴虐をどうせよとおっしゃるのですか?」

ハワイにある真珠湾から太平洋を西進してマレー半島の西側にあるペナン島まで、直線距離にしておよそ11000km。海里に直せば約6000海里ということになる。

MM機関を搭載した艦娘運用母艦なら寄港しての補給なしに航行を継続できるとはいえ、途方もない距離であることは間違いないだろう。

だがそんな長谷川の指摘に対し、モーリアックは不敵な笑みを浮かべる。

 

「そのために両艦隊の明石くんにご足労願ったのさ。マコ、ついに『概念航法機関(コンセプトドライブ)』が実用化したぞ」

「……! 完成したのですか!」

思わず驚愕の余り目を見開く。

それは以前モーリアックから研究中だと説明されていた、まったく新しい方式の艦船用機関だった。

 

「技術屋お二方で盛り上がられましても。ご説明はいただけるのですよね?」

「ああ、すまない」

モーリアックは微かに頬をかきながら、主に長谷川に向けて口を開く。

 

「まずはおさらいだ。高次概念空間という領域が存在する。『妖精界』や『亜空間』などとも呼んでいるが、いずれにせよこの領域は物質世界とは空間(スペース)ではなく次元(プレーン)によって隔絶しており、あらゆる事象は物質としては存在できず、概念としてのみ存在できる」

「この辺りは亜空間収納想念装置『鶴革の袋(コルボルグ)』の時に出てきた話だな」

これまで高次AIが当たり前のように利用しており、一方で人類がようやく指を掛けた領域、それが高次概念空間だ。

 

「我々はこれまでに『概念艤装ティターニア』や『鶴革の袋(コルボルグ)』など、非生物を概念化して高次概念空間に転移させる技術を開発してきた。だが一方で、人間や艦娘など自我ある生物を転移させることは控えてきた。一度概念化した生物を安全に再物質化できるかは未知数だったからね」

「未知数()()()……過去形ということは、今はそうではないと?」

「話が早くて助かるな。そうだとも。我々が気付いていなかっただけで、実は艦娘はとっくに高次概念空間に転移し、また再物質化をしていたんだ」

「どういうことです?」

技術が進んでできるようになった、ではなく。艦娘は元々それをしていた、とモーリアックは言った。

さすがにその説明は理解できなかったのか、長谷川は怪訝そうに眉根を寄せる。

 

「これまで謎だった、艦娘の長距離移動能力。あれは明らかに物理法則を超えているだろう?」

「まぁ日本近海の鎮守府から西方海域や南方海域に出撃を命じても、一瞬で何千kmも離れた海域に進軍できますからね」

「一瞬はさすがに言い過ぎだが、それでもドイツまで遠征させて一週間で帰ってくるのは、確かに物理法則を超越しているとしか言いようがなかった」

長谷川の言葉に対し、日下部は横からやんわりと補足を入れる。

 

「そうですわね。加えて、進軍ではなく撤退を選択した場合、どれだけ艦隊が満身創痍であっても決して追撃を受けることはない……すっかり『そういうもの』として受け入れておりましたが、確かに冷静に考えると不思議な話ではありますわね」

「これまでその原理は謎だった。艦娘の誰に聞いても『気が付いたら目的地に着いていた』としか証言しないし、艤装に動画を撮影できる記録装置を取り付けても、なぜか場面が途中で飛んでしまう。まるでワープでもしているとしか思えなかったんだよね」

「ええ、その辺りは耳にしております。まだ桜井中将が『始まりの提督』だった頃、艦娘研究で判明したことでしたわよね」

人類と艦娘に対する裏切者になった元婚約者の名前を、長谷川は完全に他人事のように淡々と口にした。

 

「そうだね。だが高次概念空間に対する研究が進んだことで判明した。艦娘は無意識の内に本能レベルで、高次概念空間を通って長距離移動を行っている。言うなれば『概念航法』といったところかな」

いくら艤装に動画の記録装置を搭載したところで、その装置には「概念を記録する機能」など付いていない。動画が途中で飛んでいたのも、原理が判明してしまえば当然の話だった。

 

「そしてそこに解析して模倣できる現象があれば、それに取り組むのは科学の役目だ。いささか苦労したが、ついに完成したというわけだ。この概念航法機関(コンセプトドライブ)をキミたちの艦娘運用母艦に搭載すれば、この真珠湾からペナン島まで数日で到着できることだろう」

揺るぎない確信と共に、モーリアックが断言する。

だがそれを聞いている長谷川は、そこまで自信満々というわけにも行かないようだった。

 

「なんというか、陽菜としては空いた口が塞がりません。まるっきりSF小説の世界ではありませんか。さすがに不安になります」

「ああ、長谷川。貴重な視点をありがとう。そうだよな、技術屋同士で話してるとそういう感覚をつい忘れる」

日下部は再び横から口を挟む。

 

「お前が抱いたその感覚。MM技術発明前の2020年代初頭の人間が、想念の物質化を当たり前のようにやってる現代を見たら、きっと同じように思うだろうな」

「……!」

「そのさらに前の時代の人間がインターネットや携帯デバイスの発達した2020年代を見たら、やはりそう思うだろう。科学の進歩は世界の情景を塗り替えて、常に変化させてきたのさ」

その言葉に、長谷川は微かに唇を引き結んで目を閉じた。それでも簡単に話を呑み込めないのだろう、それは理解できる。

だが、必要なものはここにすべて揃っている。だから「できない理由」を探す必要などないのだ。

やがて長谷川は目を見開くと、

 

「よくわかりました。元帥が開発し日下部が認めた物なのですから、間違いはないと信じましょう」

覚悟を決めたかのような表情と共に、そんなことを口にした。

 


 

モーリアックからの呼び出しのあった翌日。日下部は川内を伴って、再び米州提督会の本営にやって来ていた。

ただし今度の目的地は大工廠ではない。ハワイを離れる前に一度ウィリアムズの様子を見に行こうということで、彼の入院している医療施設へ向かっているところだ。

 

「はー、概念航法機関(コンセプトドライブ)ねぇ。それで明石さんは昨日からここに泊まり込みしてるんだ」

「そういうことだな。明石に概念航法機関(コンセプトドライブ)の扱い方についてレクチャーし、実際に艦娘運用母艦への搭載を行うまでには、まだ数日かかるらしい」

結局実際にハワイで過ごした時間は、半月に満たないほどということになる。

あのマウナケアで濃い時間を過ごしたこともあり、もうずいぶん長いこといるような錯覚を覚えるものの、終わりが見えてしまえばなんとも短いものだった。

 

「概念航法かぁ。艦娘は無意識の内に本能レベルでワープを使いこなしてる、って言われても……正直ピンと来ない」

「まぁそれはそうだろうな。艦娘がそこに対して自覚的だったら、もっと早くこれは解析されていたはずだ」

呼吸や代謝などの生理現象は緻密な原理に基づいて行われているものだが、それを行っている人間自身がいちいちその原理を意識することはないだろう。

艦娘にとっての概念航法もそれと同じというわけだ。

 

「だが逆説的に概念航法機関(コンセプトドライブ)から得たデータを応用すれば、艦娘の概念航法能力を強化する訓練プログラムも組めるはずだ。今は日本とドイツの往復には一週間ほどかかっているが、今後は鍛えれば48時間程度まで短縮できるようになる予定だ」

「それはまた……はっちゃんは前世のこと思い出して微妙な顔しそうな気がするなぁ」

「どうかな。案外いつでもドイツに行けるって喜ぶんじゃないか?」

潜水艦・伊8がかの大戦中に従事したドイツへの潜水艦派遣作戦は、半年以上の時間をかけて日本とドイツの往復に成功した。旧海軍は同様の作戦を何度か行っているが、成功したのはこの伊8の従事した第二回作戦の一度だけだった。

前世でそれだけの労苦と共に成功させた潜水艦派遣作戦を48時間で行えるなどとなれば、果たして彼女はどう思うことだろうか。

 

「っと、さて。ここだな」

そんなことを話している間に、どうやら目的地の医療施設に到着したらしい。

受付で身分証明書と提督識別符号(アドミラルコード)を提示すれば、すんなりと面会許可は下りた。

教えられた病室は、フロアの一角を占有する広めの個室だった。この辺り、曲がりなりにも提督は高級士官ということだろう。

ドアの前に立ってノックをしようとしたところで、中から話し声がすることに気付く。

 

「おっと、先客か」

「この声。サラトガだよね?」

おそらくウィリアムズ鎮守府の秘書艦であるサラトガだろう。

 

「んー、さすがに邪魔をするのも悪いか。出直すか?」

「待って、これ……!」

中から漏れ聞こえてくる声の調子が、穏やかなものから不意に変化する。どうやら室内で何かが起きているらしい。

日下部と川内は顔を見合わせる。さすがにこれを放置するわけには行かないだろう。

 

「川内!」

「了解!」

日下部の命を受け、川内は半ば蹴破るようにドアを開ける。

そこに展開されていた予想外の光景に、日下部は驚愕のあまり大きく目を見開いた。




※夏章の締めとなるシリーズ、全2話です。次話はこの続きで、夏章最後の話となります。
リアル2022年に日下部垢でハワイに行く話を投稿した時点では、「夏イベは欧州なのだからパナマ経由で現地入りすればいいや」などと安易に思っていました。
ところが……2022年夏イベの「大規模反攻上陸!トーチ作戦!」のE1ですが、「ペナン島を出撃地点とし、インド洋の中央部付近に進出する」までを舞台としたものでした。リアルタイムで発表された時は、これはどうしたものかと頭を抱えたものです。
そこで本来はもっと後に出てくる予定だった概念航法機関(コンセプトドライブ)を、急遽前倒しして登場させたというわけです。

概念航法について。
本作ではこれまでにも何度か、

「日本にある司令部(『鎮守府海域』が日本近海なので、司令部はサーバー名に関係なく日本にあると考えるべきです)から、『出撃』を選ぶと西方海域(インド洋)や南方海域(南太平洋)に一瞬で到着する」
「旧海軍の作戦がモチーフと思われる遠征『潜水艦派遣作戦』が48時間で終わる」
「どれだけ艦娘がダメージを受けていても、『撤退』を選ぶと100%成功し追撃を受けることはない」

といった、艦これのゲーム上の仕様に対して物語内で疑問を呈してきました。これらに対する回答ということになります。
「潜水艦派遣作戦」遠征はこれまで本作内では(48時間ではなく)一週間ほどかかるという設定でしたが、順調に艦娘に対する概念航法訓練を行えれば、本当に48時間で終わるようになります。
なお非戦闘態勢においてしか行えないものなので、戦闘態勢においては従来通り陣形を組んで洋上を航行する必要があります。いきなり海域のボスマスにワープするような使い方はできないわけです。

艦これ本編、早霜改二の実装およびハロウィン関連の更新がありました。ハロウィン任務の拡張作戦を行うためには早霜改二(と、いくつかの前提任務で必要となる艦娘)が必要なようで、相変わらず初心者に優しくない作りになっています。
当方は早霜が育っていなかったため、急遽育てている状況です。ハロウィン任務がいつまで続くか次第ではありますが、おそらく間に合うかとは思います。
SS、次話は冒頭で書いた通りこの話の続きです。日下部と川内はウィリアムズの病室で何を見たのか(まぁおそらく皆様の予想通りです)。お待ち下さい。
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