日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


六千海里の波濤を超えて 2

時をえた沈黙は英知であり、いかなる雄弁よりもまさる。

――プルタルコス

 

 

人類統合軍艦娘運用部隊の公用語は日本語であり、艦娘もまた基本的に日本語話者を提督と仰ぐ想定で地球意志に大いなる知性による創造(インテリジェント・デザイン)されている。

だからアメリカ人の提督とアメリカの艦娘であっても、日本語で会話を行うのはさして珍しくない光景だった。

 

「ずっとお尋ねする勇気が出ませんでしたが。この先また今回のようなことが起きる前に、勇気を出して訊いておきたいと思います」

米州提督会泊地本営付属の医療施設。療養中のウィリアムズは、見舞いに訪れた自らの秘書艦のサラトガの言葉を聞いていた。

その視線にはある種の決意が込められている。おそらくこれからするのは、彼女にとってとても重要な質問なのだろう。

 

「提督は、どうしてサラに概念艤装を用意して下さらなかったのですか? 嫉妬が罪深いことだというのは理解していますが、それでも正直に言えば神威とホノルルが羨ましいです。今回の件であなたと一緒に閉じ込められたのが神威じゃなくてサラだったら良かったと、何度も何度も考えました」

「……」

「提督、あなたが聖職者から還俗して提督になったきっかけは理解しています」

かつて自艦隊のサラトガを誤って轟沈させてしまった、日本のとある提督。その懺悔を受け立ち直るための手助けを行ったことが、ウィリアムズが提督になったきっかけだ。

もちろん懺悔の内容を意図的に他者に漏らすような非常識な真似はしていないのだが、サラトガにはケッコンした際の「聖守護天使の契約」で記憶を見られていた。

 

「そのきっかけになった艦娘がサラトガだったから、サラを秘書艦に選んで下さったのだと思うのですが。提督は概念としての艦娘サラトガではなく、今ここにいるサラ個人のことはどう思っていらっしゃいますか? もしサラが提督の重荷になっているのであれば……」

二人きりの場なのに、サラトガは先程から自分のことを愛称ではなく肩書で呼んでいることに今更気付く。きっとこれは、彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「ああ、本当に私は未熟者ですね。あなたにそんな勘違いをさせる前に、もっと早く伝えるべきでした」

サラトガの今の質問は、いつか訊かれると思っていたことではあった。だが本当はもっと早く、自分から説明しておくべきだったのだろう。

 

「提督……?」

「サラ。あなたに概念艤装を用意しなかった理由は、あなたにあなた以外の何かを混ぜたくなかったからです」

概念艤装は艦娘の神としての属性を強め、他の神の概念を習合させるものだ。

あくまで主体となるのは艦娘自身の自我とはいえ、別の存在をそこに混ぜていることは間違いない。

 

「あなたにはあなた自身のまま、ずっと私の傍にいて欲しい。そう思ったから、あなたには概念艤装を用意しませんでした。我ながら強欲だとは思いますが」

嫉妬と同じ大罪の名を、ウィリアムズは恥じることなく口にする。

 

「サラ、私にとって誰よりも大切なのはあなたです。概念ではなく、私の目の前にいるあなた個人です」

「イアン……!」

「愛していますよ、サラ」

ようやく愛称で呼んでくれたサラトガをぎゅっと強く抱きしめ、そのまま唇を交わす。

嫉妬や強欲と同じく、色欲も大罪のひとつだ。だが今の自分は、すでに唯一無二の神に直接仕える身ではない。

提督と艦娘。どこまで行っても俗欲まみれの、とても罪深い存在なのだ。

 


 

半ば蹴破るように扉を空けて室内に飛び込んだ日下部と川内の目の前にあったのは、ウィリアムズがサラトガの豊満な胸を激しく揉みしだく光景だった。

 

「サラ、相変わらずあなたの胸は罪深いですね」

「あっ……イアン、誰か来たりしたら」

「大きな胸には邪淫の罪が。小さな胸はそれ自体が罪です。しかし神は罪をお赦しになるでしょう」

「んあっ……イアン、Yes、yes……っ!」

それはあんまりと言えばあんまりな会話だった。

 

「……、えー。真珠湾出立前にウィリアムズ提督の見舞いに来たら、今までのキャラクターが全部ガラガラと崩れるようなことをしていた件。ねぇ今更おっぱい星人なんて属性出すのやめて! あの真面目なウィリアムズ提督を返して!」

「うーん、でも提督なんて老若男女問わずみんなこんなもんじゃない? 真琴さんが言えた義理じゃないし、陽菜さんもシルヴァさんも舞津提督もカタリーニ提督もそうでしょ? むしろ周囲を艦娘に囲まれて倫理と規律を保ってたら、かえって別の心配が湧かない?」

夜戦大好き(ドスケベ)なお前が言うと説得力が違うな!」

もしかしたら世の中のどこかには艦娘と一切そういう関係にならない提督もいるのかもしれないが、仮にいたとしてもそんなものは自分たちには何の関係もない存在だろう。

 

「はっ!? 失礼致しました。お見苦しいところを」

「Heyウィリアムズ、愛し合うのはOf course(構わない)だけど、時間と場所をわきまえなよー!」

思わず金剛の台詞を使ってツッコミを入れる。

夫婦の営みを邪魔する形になったわけだが、これについてはさすがに昼日中からこんな場所でシている方が悪い。いくら個室とはいえ、ここは医療施設であってモーテルやラブホテルではないからだ。

 

「というか、思ったより元気で安心しました」

「入院生活、率直に申し上げて溜まるのですよね。そんな状況で感極まってしまいまして、つい」

それでいいのか元聖職者。

 

「日常生活にはもう問題ないのですが、やはり長期間の艦隊指揮は難しいようで、本格復帰は上から当面止められています。なので残念ながら夏イベは参加できそうにありません」

「ふむ、そうですか……」

この口ぶりからすると、あるいはウィリアムズはパナマ運河の失陥を知らないのかもしれない。だとすればそれは療養に専念すべしという、米州提督会の気遣いだろう。

ならば不要なことを話して、余計な心労をかける必要はないはずだ。

 

「せっかく私の救出にご尽力いただいたのに、申し訳ございません。参加できない分、せめてお二方の活躍をお祈りさせていただきます。あなた方に神のご加護があらんことを」

「あ、ありがとうございます」

先程の光景を見た後だと、どうにもウィリアムズの祈りにありがたみを感じないのだが。

これもパナマの件と同じだ。世の中にはわざわざ口にする必要のないことというのも、確実に存在するのだ。

 


 

8月の終わりの足音が聞こえる前に、艦娘運用母艦への概念航法機関(コンセプトドライブ)の搭載は無事完了した。

抜錨して真珠湾泊地を出港した日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」には、現在麾下の全艦娘が乗り込んでいる。

軍艦でありながらほとんどの武装を艦娘に委ねることで居住性に特化した艦娘運用母艦は、通常であれば周囲に艦娘を展開しながら航行するものだ。

だから全艦娘が同時に艦に乗り込むというのは、日下部にこの母艦が与えられて以来初めてのことだった。

 

「提督、通常交信の許可範囲を出ました。以降は艦娘の同艦交信のみ可能となります」

艦隊指揮を行う司令室に着座した日下部に対し、大淀が声をかけてくる。

これから人類初となる概念航法を行うに当たっては、どうしても長谷川鎮守府との連携が必要になるだろう。

 

「わかった。今回はお前さんとあっちの大淀に交信は任せる。では早速……『当方、若輩ながらいささか想念工学に知識あり。高次概念空間への一番槍の栄誉は譲られたし』」

「了解です……返信きました。『いいでしょう、お任せします。それはそうとその喋り方は少し気取り過ぎでは?』だそうです」

「よし黙れクソレズ! っと、これは伝えるなよ」

たまに珍しく軍人らしい喋り方をしてみたらこれだ。

 

「では始めるぞ。明石、概念航法機関(コンセプトドライブ)起動!」

「了解、概念航法機関(コンセプトドライブ)起動! 物質世界より高次概念空間へ転移開始!」

明石が司令室の片隅に新しく設置された制御装置を操作すると、艦中枢部の動力機関に併設された概念航法機関(コンセプトドライブ)に火が入る。

このサイズの艦船に搭載されたものにしては、震動や駆動音は拍子抜けするほどに小さかった。

そして……視界全体に一瞬閃光が走ったかと思うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは、成功したのか?」

考えた瞬間、声が出ていた。

いや、本当にこれが物質世界における「声」と同じものなのかはわからないのだが、少なくとも想念が自我の内から溢れて外部に伝わったのは間違いない。

 

「提督! ここ、この場所、私は知っています。いえ、艦娘は全員知っているはずです!」

「成功です、本艦は現在、高次概念空間を航行中!」

大淀と明石の興奮したような想念が伝わってくる。アイギスを起動しているわけでも、マインドハックで自我同士を直結しているわけでもないのに想念で交信が可能というのは、なかなか稀有な体験だった。

 

「そうか。ここが高次概念空間か。正直どんな場所だかよくわからないんだが、お前たちにはどんな風に見えているんだ、この場所?」

「ええと、申し訳ありません。言語による説明は困難です。っていうか想念が伝わってないですか?」

「ん、そうか。伝わってるとは思うが、やっぱり理解できないのはしょせん私の認識能力が人間の範疇でしかないからだろうな」

人間はどこまで行っても物質世界に囚われた存在であり、一方で艦娘は低次とはいえ「概念の擬人化」……つまり神の一種だ。

超人(ポストヒューマン)は艦娘という神の「物質世界における肉体」の模倣には成功しているが、もっと根本的な存在規模においては今なお埋めがたい差があるということだろう。

 

「大淀、この状況から物質世界に存在している長谷川鎮守府の大淀に同艦交信は可能か?」

「はい、可能です。すでに先程から交信中です」

「よし。クソレ……長谷川提督に通達、『高次概念空間の航行可能なるを確認。貴官も続かれたし』」

「了解です。あの、口調はそれで良いんですか?」

「いいんだよ。これでも興奮してるんだ、意識して抑えないと早口で色んなことをまくしたててしまいそうだからな」

モーリアックやミーネ相手ならともかく長谷川にそんなことをするのは、いくらなんでも我を忘れすぎだろう。こういう時にお硬い軍人口調は便利だ。

あるいはかの大戦において艦娘の前世に当たる軍艦を指揮した提督たちも、似たようなことを経験していたのかもしれない。

 


 

日下部鎮守府と長谷川鎮守府の艦娘運用母艦が、物質世界から一時的に消失していた頃。

日本とアメリカを繋ぐ衛星通信を使って、世界企業連合(コーポレートユニオン)の幹部二人が会話していた。

 

「サリヴァン専務。ヨシオカ企業軍()()()()()()()()()、配置に就いたっす」

日本にいる吉岡群青の口からは、驚くべき言葉が発せられていた。

いや……そもそもこんな既存の通信システムなど、高次AIによって完全に掌握されているに決まっていた。であればそれを使っている時点で、彼女の立ち位置がどちら側かなど語るまでもないことなのだ。

 

「こちらも対IMCの準備をすでに終えている」

応じるのは、アメリカにいるラシャヴェラク・サリヴァン。

彼はIMCの専務という肩書を外せば、深海棲艦の一員である深海磨鎖鬼となる。

 

「しかし篠原支社長には驚いたな、すでにシュテルンを完全に抑えているとか」

「ユートなら当たり前っす! ……と言いたいところっすけど、さすがに自分も驚いたっすね。欧州のお貴族様なんて一番根深いところでしょうに」

世界企業連合(コーポレートユニオン)を代表する三大企業の一角シュテルンは、想念工学の時代に見事に適応したというだけで、まったくもって新興企業の類ではない。そのルーツを辿れば欧州貴族(ブルーブラッド)に行き着くとさえ言われる、由緒正しい血統だった。

今この場にいない群青の夫はもちろん日本人であり、そんな彼がシュテルンにおいて意思決定に関与できるほどの立場を得るのは、おそらく並大抵の困難ではなかったはずだ。

 

「日本も歴史の長さでは負けてないと思うが?」

「うちはしょせん百貨店上がりの成金っすよ、日本の歴史の長さとは関係ないっす。あとそれ以前の話として、自分は元々ヨシオカの会長令嬢っすからね。今の地位は大して苦労せずとも転がり込んで来たものっす。まぁしょせん自分の器量では、本来これ以上の地位なんか望めないと思うっすけどね」

「その辺りは私も同様だ。大企業のトップという存在は、時々艦娘や深海棲艦などとは比べ物にならないほどの化物なのではないかと思うことがある」

たっぷりの皮肉を込めてそんなことを口にしたサリヴァンは、いったんそこで言葉を切る。

 

「だからこその計画だ。世界企業連合(コーポレートユニオン)内部での、主要3グループ同時クーデター。人類統合軍に気付かれる前にすべてを終わらせる」

そして微かに声を潜めて、恐るべきことを口にした。

 

「いいのかね、君にとってはどう言い訳のしようもない父親殺しとなるが」

「……悪い父親じゃなかったっす。自分やお姉ちゃんが大きくなった頃に会社が忙しくなって、娘が()()()()()になってると長い間気付かなかったところだけは、少し恨んでるっすけど」

言葉の内容とは裏腹に、群青は罪悪感に震えるでも高揚感に昂ぶるでもなく。

 

「それでも、それを理由に『除外』するほど憎んではいないっす。だからきっちり地球意志に還してあげるっすよ」

凪いだ海のようにどこまでも穏やかな声音で、きっぱりと宣言した。

 

「そうか。君はまだ肉体は人間だが、すでに価値観においては『真人』となっているのだな」

「半分は言い訳っす。物質世界の価値観においては、親殺しが大罪なのは間違いないっすよね。ならこれで自分もユートと一緒に地獄に逝けるはずっす。ユートがお姉ちゃんの魂を救うために自分のすべてを使うなら、自分はユートのためにそうするっすよ」

「篠原支社長はそれを決して望まないと思うがね。本当に君たち夫婦のすれ違いは見ていて溜息が出る。この辺りは、あちらの夫婦にも言える話だが」

「……誰っす?」

訝しむような声音で群青は尋ねる。

 

「いや、なんでもない。こちらの話だ」

だがサリヴァンは曖昧な口調で、煙に巻くことを選んだようだ。

 

「そっすか。まぁいいっすけど」

であれば群青としても、それ以上無理に追及するつもりもない。今はそれよりも重要なことがあるからだ。

 

「さて、時間っすね」

「ああ、これからの『正義』の話を始めるとしよう」

どこかで聞いたようなフレーズと共に、サリヴァンは交信を終了させる。

吉岡群青という個人の時間はここまでだ。ここから始まるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()としての時間。

サリヴァンと交信を行っていた衛星通信の回線チャンネルを切り替え、待機している企業軍のトップに繋ぐ。

 

「総員、作戦開始。目標、ヨシオカホールディングス本社ビル! 守旧派の重鎮たちを一掃し、実権を一気に掌握する!」

2046年8月の終わりと共に、今ひとつの歴史が塗り替えられようとしていた。




※前話の続き、そして夏章の最後の話です。
前半はまずハワイでの最後の一幕。ウィリアムズの提督らしいところもお出しできました。最愛のサラトガは無論のこと、概念偽装持ちの神威にホノルル。みんな大層な胸部装甲を有していますよね。
続けて日下部が人類初の概念航法を行う話。
そしてラストでは、いよいよ以前から怪しい気配を見せていた群青とサリヴァンが動き始めます。大変なことになりそうだと思われるかもしれませんが、ご安心下さい。皆さんの予想の倍は大変なことになる予定です()

艦これ本編、ハロウィン本番は終わりましたがまだハロウィン任務中です。個人的には事情があり11月になるのを待っていましたので、ある意味ここから本番です。
SSは本話を以て「46億年と2046年/夏」章が終わり、次話からは「46億年と2046年/初秋」章が始まります。
この章の()()は、リアル2022年夏イベント「大規模反攻上陸!トーチ作戦!」に関する話です。ですがこれまでのイベント章と違って、本番はどちらかというとイベント終了後かもしれません。味方にも敵にも変化があり、本章以上に大きく物語が動く予定です。
どうぞお待ち下さい。
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