日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
男女の恋の決算書はあくまでフィフティ・フィフティ。
「陽菜の奴、海自に入るとか言い出したよ。あいつなりに、何かを変えようと思ってるんだろうな」
「……それはちょっと、想像が付かないですね」
「ああ、知らんのか。あいつな、ガキの頃から長谷川家伝統の特訓メニューをケロッとこなして来てんだよ。俺や舞津ほどじゃないけど、そこらの奴よりよっぽど運動能力は高いぜ?」
「え、まったく知りませんでした」
長谷川の奴は悠也さんには結局、全部を話したらしい。
東京湾からの潮風が吹き抜ける海浜公園を、男二人並んで歩く。
「だからあいつが本気で拒んだら、どうとでも出来たはずなんだよ。そうならなかった以上は、同意の上だったと判断するしかないな」
「……」
「同じ男として、お前の気持ちは痛いほど理解できる。男女の話なんざ、外野が『どっちが悪い』とか言うだけ無粋なのは百も承知だが、それでも敢えて言う。こいつは陽菜の奴が悪い」
「悠也さん……」
本当ならぶん殴られてもおかしくないような話なのに、きちんとこちらの話を聞いた上で、悠也さんはそう言ってくれた。
けれども、
「だがな、……それでも俺は、あいつの兄なんだ」
悠也さんが足を止めた。
こちらをじっと見据える目には、強い決意の光。
「だから言うぞ。日下部、悪いが陽菜にはもう会わないで欲しい」
「……もちろんです。そもそも合わせる顔がありません」
「すまんな。ああ、当然だが、お前の就職とこれとは別の話だからな? お前のことは予定通り、モーリアック副所長に紹介しておいた。近々連絡が来るだろう」
「ありがとうございます。それだけでも、嬉しいです」
私の返答に満足したように、悠也さんは微かな笑みを浮かべ、話題を変える。
「お前のおかげでもあるが、世界は今すごい勢いで変わって行ってる。あと5年ほどでシンギュラリティが来ると言われてるからな。何しろ、停滞の時代の中でほぼ無用の長物と化してる各国の軍を、『人類統合軍』として一元管理しようという話さえ出てるくらいだ」
「……出来るんですかねぇ、そんなこと。何か人類全体を脅かす敵でも出てくれば別なんでしょうが」
「さぁな。ただロゴスが設計した高次AI『パトス』も5年前から何やら複雑な演算をしてるし、今年中にはさらに高次AI『ムネーメー』も稼働し始めるはずだ。案外、本当にシンギュラリティの到来と同時に、人類はひとつにまとまっちまうのかもな」
「なるといいんですけどねぇ」
気のない返事をした私の頭を、悠也さんは軽く小突いて、
「だから、な。日下部、陽菜のことは本当に残念だが……これに懲りずに、お前は次の恋を探せよ。生きてるとしんどいことは色々あると思うが、恋がありゃなんとかやれるもんさ」
「……お言葉はありがたいんですけどね。正直、もう恋はこりごりです。そもそも人間の気持ちを察せない私が、今までモテてたのがおかしいんですよ」
「日下部……」
言葉尻をすぼめて呟いた悠也さんに、私は皮肉めいた感情を込めて返した。
「まぁ……私でもはっきりわかるくらいに強い感情を持った、可愛い人外の女の子でも目の前に現れれば、別かもしれないですけどね」
「……」
「……」
長い長い昔話を、川内も赤城も黙って聞いていた。
重苦しい空気が場を覆っている。
――先にそれを破ったのは、赤城だった。
「率直に申し上げて、私もその長谷川提督のお兄様に同意致します。提督は悪くないように思うのですが……」
「そうかな? 私が、あいつの気持ちと性的指向を察せなかったのは事実だよ。だから、悪いのは私なんだよ」
「……嘘つき!」
私の言葉に、川内がぎりっと歯を鳴らして喰ってかかる。
「提督だってわかってるはずだよ! あの陽菜さんが、提督の『そういうもの』に……人の感情を察せないことに、気付かないわけがない! なのに先に拒まなかったんだから、これはもう陽菜さんが悪いよ!」
「川内……」
不意に、川内の表情が一変した。
それまでのまなじりをつり上げた怒り顔から、……爽やかささえ感じられるものに。
「夜戦に行ってくるね」
「……どこに行くつもりだ、川内」
表情の変化に不穏なものを感じて、私が問いただすと。
川内はその笑顔のまま、私を振り返って、
「うん、ちょっと陽菜さんのこと、殺してくるね」
夜戦の汗を落としてくるね、とでも言わんばかりの軽いノリで、そう言い放った。
――あまりの唐突さに、意味を理解できずにいる私の横で。
赤城が弾かれるように飛び出した。
いかにも動きづらそうなパーティードレスを着ているというのに、まるで大型動物の狩猟のようで。
川内は咄嗟に飛び退ろうとするが、赤城の方が一瞬速く。
腕を極め取り、足を払って身体を地に叩きつけると。
一切の情け容赦なく、川内の両膝にまとめて踵を踏み下ろした。
鋼鉄の骨が叩き砕かれる、バキバキという嫌な音がした。
「痛っ……たいなぁ! 赤城さん、中破したよっ……!」
抗議の声を上げて睨み付ける川内に、赤城は冷ややかな目を向けて、
「
「
……ぞわっ、と背筋がざわめいた。
「提督? ご命令あらば、このまま中破と言わず撃沈まで持っていきますが?」
一切の表情を変えず、赤城が私に言ってくる。
「ま、待て待て赤城。それはダメだ!」
「あら、残念です。せっかく提督の同意の上で、川内さんを亡き者に出来るかと思いましたのに」
「
「
両膝の粉砕骨折という、人間であれば痛みで気絶していておかしくないレベルの怪我をしていて。
それでもなお、その怪我をさせた相手と、敵意ゼロで殺意全開の会話を交わす。
ああ、正直忘れていた。
口説いてハーレムを作るだとか、トラウマを乗り越える手助けをするだとか。
そんな、人間っぽいことばかりしていたから、つい忘れていたよ。
この私がどうしようもなく惹かれた人外の化物。
これが、――艦娘だ。
艦娘は人類を愛し愛されるように生まれてくる。
けれどもそれは、特定の誰かを愛する義務を負っていることを意味するわけではない。
つまり特定の誰かへの愛情に基づいて、別の誰かを害することだって可能ということだ。
「川内、気持ちは嬉しいがやめてくれ」
「なんでよ……! 提督、あんなことされておいて、辛くなかったの?」
「辛かったに決まってるだろう。それでも、もう5年も前の話なんだ。長谷川とも、他の誰かとも、色々なことがありすぎて……もう過去の話なんだよ」
「関係ない! あたしは今、この話を知った! だから、今、怒ってるの!」
ああ、川内。ありがとう。
その言葉だけで、あの時の私は本当に救われるよ。
「それでもな、やめてくれ川内」
「どうして……! まさか、まだ陽菜さんのこと好きなの!?」
「いいや? 5年ぶりに再会したら、白百合姫から立派なクソレズになってたあいつのことなんか、正直もうどうでもいいよ。でなきゃセクハラから電を守るために、拳銃ぶっ放したりするもんか」
まぁあれは、長谷川なら迎撃出来るだろうと見込んでたってのもあるが。
「えっ、前にそんなことしたんだ!? ……えー、じゃあなんで」
「決まってる。お前を失いたくないからだよ」
「えっ……?」
その言葉で、初めて川内は動きを止めた。
倒された姿勢のまま、首だけを捻ってこちらに向ける。
「そんなことをされたら、さすがにお前を解体せざるを得ない。これでも提督だからな。けれども、私はお前を失いたくないんだ。だから、やめてくれ」
「提督……」
川内の瞳に、潤んだ色が浮かび上がる。
そして、
「うん、わかった! じゃあやめるね! ……よく考えたら、あたしも色々とお世話になってるわけだし」
一瞬で感情を沸騰させた化物は、その値をゼロに変化させるのもまた一瞬だった。
「落ち着きましたか川内さん? ところでそのままですと、中破が大破になりますよ?」
「あっ、思い出したらまた痛くなってきた……赤城さんひどいよーっ!」
「自業自得だと思いますけどねぇ。提督、一度失礼いたします。川内さんを入渠施設に連れていって参りますね」
「あ、ああ……あの、風呂で殺し合うなよ?」
「ええ。一航戦の誇りにかけて、提督のご命令には従います」
にこっと微笑むと、赤城は川内を担いで執務室を出ていった。
……川内が「感情の化物」なら、あいつはさしずめ「理性の化物」とでも呼ぶべきかな。
「ずいぶんと逸れましたが、ようやく元の話に戻れますね」
入渠施設に川内を放り込み、赤城は戻ってきた。
昔話と先程の騒動のせいで、すっかり窓の外には夜の帳が下りている。
初夏の足音がようやく聞こえてきたこの時期、海から吹き上がる潮風にも、だんだんと暖かさが混ざるようになって来ていた。
「ああそういや昔話を始める前、何やら川内に席を外すよう促してたな」
「そうですね。私も、舞風さんの勇気を見習うことにいたしました」
天然のガラスやプラスチックではなく、想念を物質化させた素材で作られた白色灯が、部屋を優しく照らす。
外界から隔絶した執務室には、今は穏やかな空気が満ちて。
赤城の纏うパーティードレスの鮮やかな赤色が、私の目を惹いて釘付けにする。
……が、そこで赤城はふと言葉を切り、微かに目を逸らした。
「と思ってたのですが、どうも先にお話しすべきことが出来たようです。提督、嫁艦候補……言うなれば婚約者を、5名ほどお作りになっているそうですね?」
「ああ、まぁな。一番はやっぱり川内なんだが、どうにもみんな可愛くて仕方ない」
「あら、愛の多いこと。皆さんが羨ましいです」
ふふ、と赤城は笑う。
「参考までに、皆さんをお選びした理由を窺ってもよろしいですか? 要するに、提督の現在の女性の好みということになるかと思いますが」
「ああ、それは簡単だ。私は自分の意志や感情に、素直な子が好きなんだよ」
夜戦が好きで好きでたまらない川内。
会った時から、私を好きだと言って憚らなかった金剛。
本当の自分を隠したいから、全力で道化を演じていた青葉。
同人作家として、揺るぎないアイデンティティを持っている秋雲。
口では皮肉めいたことを言いながら、誰よりも人間を愛していたゴーヤ。
「艦娘の持っている『そういうもの』が、私は本当に大好きなんだ」
かつて、自分の「そういうもの」に向き合えなかった女性に恋をして。
失って、傷付いて、恋が出来なくなって。
それでも見付けた新しい恋だから、そんな子たちには惹かれたのは、きっと当然のこと。
赤城は私の言葉を黙って聞いていた。
「……」
思案するような仕草をして、しばらく難しそうな表情を浮かべていたが……。
「提督。率直に申し上げて、それは危ういと思います」
意を決したように、私を見据えて言葉を紡いだ。
「提督も他の皆さんも、自身の感情に忠実なのは素敵なことだと思います。それはちょっと羨ましいくらいに。ですが……それによって、暴走してはいませんか?」
「それは……」
「もちろん提督は聡明な方ですし、側近としては大淀さんもいらっしゃいますから、あるいは作戦行動については大丈夫かもしれません。けれどもプライベートの面、もっと言うと恋愛において誰かが暴走した時、止められる方はいらっしゃいますでしょうか?」
……私は、何も返答が出来なかった。
「提督、どこかで一線を引くべきです。例えば嫁艦候補はあと一人、6人まででいったん打ち止めにして、実際にケッコンするまではそれ以上増やさないですとか。最後の一人とは、婚前交渉は控えるですとか。そういった自制は必要だと思うのです」
「む、……そうかもな……」
プラトニックラブなど大嫌いなんだが、赤城の言うことは確かに間違っていない。
何かしらの自制は必要だ。私は別に、カルト教団を作りたいわけじゃない。
「……。ありがとう、赤城。お前の言う通りにしようかと思う」
「良かった。きちんとお考えいただいて、とても嬉しいです」
そう言って胸を撫で下ろした赤城の表情は、とても柔らかなものだった。
「しかしまぁ、そうなると……最後の一人の嫁艦候補には、結構辛い思いをさせてしまうことになりそうだな。私もだが、あっちだって別にしたくないわけじゃないだろう。したくない子は、そもそも嫁艦候補にならないだろうからな」
「それは、おっしゃるとおりですね」
「私のことを好きになってくれて、そして自制心の強い子かぁ……そんな都合の良い子、いるのかなぁ」
「あら。この期に及んで一切まったく気付いてない。これはもう鈍感などというレベルではなくて、本当に察せないのですねぇ」
突然妙なことを言い出して、赤城は私に向き直った。
「……? 何の話だ?」
「そうですね。おっしゃる最後の嫁艦候補、私は心当たりがありますよ。自制心に自信があって、かつ提督をお慕いしている艦娘に。でなければ、そもそもこんな提案いたしません」
言いながら赤城は、少しずつ私に近付いてくる。
「え、誰……」
思わず問い返した言葉は、最後まで発音できなかった。
――赤城の唇が、私の口を塞いでいたから。
「……提督。舞風さんの勇気を見習うと、私、申し上げましたよね?」
微かに震えながらも、赤城は言い放った。
そこに込められていたのは、自分の感情を完璧に理性で制御してみせるという……それはそれでれっきとした、ひとつの意志の在り方だった。
「で、結局嫁艦候補5人は6人になって、これでいったん打ち止めと。あんな約束させてから提督口説くとか、赤城さんって戦闘だけじゃなくて、恋でも結構えげつないですよね……?」
「あら。恋も戦いですよ、川内さん」
「うわ、一航戦怖い。まぁ無節操に増やされるよりは、いいのかなぁ」
「Hey川内、赤城、何話してるデース! 記念撮影するって集められたんだから、とっとと並ぶデース!」
「司令官、写真なら青葉が撮りますよー!」
「青葉さんも観念しなよー。せっかく提督が撮ってくれるって言ってるんだからさー。あっ提督、後で秋雲が写真をイラストに起こしてあげるねー!」
「ゴーヤ、赤城より先に嫁艦候補になったのに、赤城が4番目でゴーヤは6番目でちか……?」
「ゴーヤさん。そこは艦娘としての戦闘能力や役割なども考慮してということですから、申し訳ないですけどご納得いただけないですか?」
「青葉も第五夫人ですしねー……」
かしましい会話が、初夏の陽射しが照らす中庭に響く。
記念撮影のためのカメラを操作しながら、私は声を張り上げた。
「赤城の言う通りだ。ケッコンする順番はあくまで戦闘面を考慮した上で、別に序列じゃあ無いぞ。序列はいつも言ってる通り、川内が1番! 他はみんな2番だ!」
そこで私は言葉を切って、
「でもな、私はみんなを愛してるぞ!」
……自分ではいいことを言ったつもりなのだが、返ってきたのは諦めの混じった冷ややかな視線だった。
「やれやれ」
「仕方ないデースね」
「ま、あの提督だからねー」
「でも私たちみんな、そういう方を好きになったんですもの」
「……ですね」
「ま。程々にやるでちよ」
シャッター音が響いて、6人の艦娘の姿を一枚の写真に治める。
きっと他の鎮守府には、他の鎮守府ならではの光景があるのだろう。
けれども私、日下部の鎮守府においては、これこそが日常。
――「そういうもの」、なのだ。
※本話で「そういうもの」章は終了となり、次話からは「2045年の海で/初夏」章が開始します。
メインとなるのは2021年春イベ(激突!ルンガ沖夜戦)に関する話ですが、幾つか別の話も挟む予定です。
本格的な艦娘同士の掛け合い(いわゆるSSっぽいSS)も、ようやく出てくると思います。
赤城について。
大食艦だ、一航戦の埃だと二次創作では感情寄りのキャラ付けがされることが多い彼女ですが、ゲーム内での台詞は(期間限定などを除いて)戦闘に関する物ばかりですので、当鎮守府ではバリバリの理性キャラになりました。
まぁ実は日下部にさえ隠してる性癖があるんですが(しかも結構強烈)、それはケッコンして初夜を迎えるまでお待ち下さい。
長谷川の性的指向について。
本作は性的多様性を学ぶことが目的の作品ではなく、あくまで艦これの二次創作ですので、この辺の使い方は正確さより、通俗的なわかりやすさを重視しています。あらかじめご了承下さい。
「愛情があれば、生まれ持った性的指向を超えて相手を愛せるのか?」という疑問については、作者は十中八九無理だろうと思っています(一生無理して耐える、なら出来るかもしれませんが)。もしかしたら中にはそういう人もいるのかもしれませんが、長谷川には無理だったのだとお考え下さい。
冒頭に引用した瀬戸内寂聴の名言や、悠也の発言通り、男女の問題については当事者以外が「どちらが悪い」と言うだけ無粋です。川内や赤城は日下部を贔屓してるので、長谷川が悪いと結論してますが、一面的な見方だと思います。
無論、本物の強姦のような「違法行為」になると、もちろん別の話ですけどね。