日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
人は本当に愛していれば、かえって愛の言葉など、白々しくて言いたくなくなるものでございます。
その艦娘の着任は4ヶ月ほど前、先のイベントでラバウルに進出していた頃に遡る。
銀灰色の髪にくりくりとした碧眼。白地のかわりに灰色をあしらった特徴的な制服は、白露型7番艦・海風のものだ。
着任の挨拶に母艦の執務室を訪れた海風を、日下部はいつも通り提督として出迎えていた。
「ようこそ海風。歓迎するぞ」
「提督、どうぞよろしくお願いします! 改白露型1番艦として頑張ります!」
「改白露型1番艦……」
海風の名乗りに、日下部は露骨に顔をしかめる。
その艦番そのものは間違いではない。白露型駆逐艦は1番艦の白露から10番艦の涼風まで、実在した10隻が全員艦娘になっている珍しい艦級なのだが、実艦は7番艦の海風以降は設計においてマイナーチェンジが行われている。そのため海風以降の4隻を指して「改白露型」もしくは「海風型」と呼ぶことも実際にあったようだ。
だが問題は、その艦番が実在するかどうかではない。
「おーい、頼むから白露の奴とは喧嘩すんなよ」
「大丈夫ですよ。白露姉さんから突っかかってこなければ」
「突っかかってきそうだから言ってるんだよぉ!」
白露型1番艦であることを常に強調し、何事においても一番を口癖とする白露がこれを聞いたら、間違いなく姉妹喧嘩になることだろう。
「とりあえずお前さんが二四駆の最後の一人だ。出撃任務もあるみたいだが、お前さんを改二にしないといけないので当分先になるかな」
「そうですか、山風も江風も涼風もみんなすでにいるのですね。改白露型、いえ海風型の姉としては負けてられません」
「海風型って言っちゃった! 確かにそういう分類もあるらしいけど! うーん、本当白露と喧嘩すんなよ?」
そこまで言われたら、さすがの日下部も気付く。こいつ、性格は全然違っても根っ子の部分では白露の同類だ。
艦娘同士の関係はなるようにしかならないとはいえ、大いに不安ではあった。
幸いにして、白露と海風はその後も大きな騒動を起こすようなことはなかった。
直後に大和の着任や、日本に戻ってからの”D”に関する騒動など大きな事件がいくつもあり、艦隊全体がそれどころではなかったというのもあるだろう。正直に言って、日下部もすっかり忘れていたくらいだった。
4ヶ月ほど経ったこの日、ペナン島から比較的近い
「江風、改二おめでとう」
「おぉ、いいじゃンか! ありだねぇ!」
江風改二。海風から数えるなら2つ下に当たる妹だ。
鮮やかな赤い髪をヘアバンドで抑え、黒いマントをばっさりと羽織っている。海風に似た色だった瞳は
「お前さんは……改白露型3番艦って呼ぶべきか?」
「改白露型3番艦? 何言ってンだよ提督。江風は白露型9番艦だよ」
「お、そ、そうか。ふと海風着任の時のことを思い出したんでな」
「あー。海風の姉貴、最初っからそうだったンか。困ったもンだねぇ」
困惑顔で呟くところを見るに、どうやら姉と違って特にそこにこだわっているわけではないらしい。
「しかしなんだ。艦歴見たら、お前さんも31ノット・バークの被害者なんだよな」
江風は本来は第二水雷戦隊の所属艦だ。だが1943年8月、川内麾下の第三水雷戦隊が輸送作戦を行うに当たり、臨時でその指揮下に入っている。前日に三水戦所属の駆逐艦・天霧が米軍の魚雷艇との衝突事故を起こしたためだ。
そしてそれが、江風の運命を決定づけた。
後に川内をブーゲンビル島沖海戦で撃沈し、セント・ジョージ岬沖海戦で日本水雷戦隊の神話を終わらせた、”31ノット・バーク”ことアーレイ・バーク大佐。彼が考案した新戦術が初めて実戦で使われたのが、江風の最期となるベラ湾夜戦だった。
この戦いの指揮官はバーク大佐本人ではなかったが、後任者はバーク大佐の戦術を忠実に継承していたのだ。
「そうだよ。そいつを支えた敵さんの電探も、ありゃー大概に反則さ」
「いいだろ、今は味方だし。というかその『敵さんの電探』、散々装備して出撃してるじゃないか」
「な。SGレーダーすっげぇ強いよな。捗るぜー」
そう言ってからからと笑う姿は、どうやら口で言うほどには過去のことを引きずっているわけではないらしい。
「ん、そこ割り切ってくれてるのはありがたいな。艦娘には積極的にトラウマを乗り越えて欲しいというのが私の方針だからな」
「容赦ねェ提督だなぁ。ま、いいぜ。やったるぜ」
「よし、頼もしいな」
現代は想いが力にも形にもなる時代だ。艦娘が過去のトラウマに囚われていては、発揮できる力も発揮できないというものだ。
もっともそれで艦娘を追い詰めすぎるのも逆効果というのは、先のイベントにおける朝潮の一件で強く思い知ったところではある。そこは注意が必要ではあるだろう。
ひとまず江風の意気込みを確認したところで、日下部は軽く咳払いをして話題を変える。
「ところで江風、つかぬことを聞くが。お前、誰か好きな子いる?」
「なンだよ提督、はっきり言えよ。川内さんガチ勢じゃないかって心配してンだろ?」
「心配はしてないが、気にはしてる」
江風という艦娘は前世の最期における物語から、川内に対して親しげに接する者が多い。
もちろん中にはそこで特別な感情を抱く個体も存在する。身近なところでは、長谷川鎮守府の江風も入れ替わる前の川内に対して明確に恋心を抱いていたということだ。
「大丈夫だよ、あの人は尊敬しちゃいるけど恋愛感情じゃねェさ」
「そっか。なら良かった。恋愛絡みで部下の艦娘を泣かすのはあんまり良くないからな」
「おーおー大した自信だ」
江風はどこか呆れたような口調だったが、日下部としては実際に幾度かやらかしてしまっていることもあり、あまり気楽に構えてもいられないのだ。
「でもさー、それ言うんだったら『川内さんじゃなくてアンタが好きなンだよ、提督』って可能性を考えないのはまずいンじゃね?」
「……!? そ、それはまったく考えなかった」
「きひひっ、まだまだだね~」
一本取られた、とはこういう時に使うのだろうか。
「安心しなよ、江風は男には興味ねーから」
「おっと清々しいガチレズ宣言。じゃあ好きな相手はいるけど、私でも川内でもないってことだな」
「そーいうこと。ま、さすがにそれ以上は秘密にしとくわ!」
艦隊指揮上の問題とは別に、個人的に多少の興味はなくもないが、そう言われてしまってはさすがにそれ以上の詮索はできなかった。
思わず鼻白んだ日下部を後目に、江風は不意に後ろを振り向くと、執務室の入口のドアに向かって声をかける。
「つーことだからさ、安心しなよ。ジャーヴィスにカブール、だっけ?」
「……!?」
思わず驚きに言葉を失った日下部の視線の先で、執務室の扉が開く。
そこでは二人の艦娘が、どこか不安げな表情と共に佇んでいた。
あとは恋人同士ゆっくりやンなよ、と小粋なことを言い残して江風は去っていった。
代わりに日下部の目の前には、ジャーヴィスとカブールが並んで立っている。
「さっきの出撃でカワカゼは改二になれる練度になったみたいだが、同時にジャーヴィスも最大練度になったのよ」
「ハワイからずっと、カブールにはDarlingとのケッコンを待っててもらってたからね。だから報告は一緒にした方がいいかなって思って、帰って来るのを待ってから来たんだけど」
「どうやらその間にカワカゼの改装が先に終わったってわけね」
二人は口々に事情を説明してくれた。なるほど、そんな風にタイミングがかち合うということもあるだろう。
「報告が先を越されたのはまぁしょうがないけど、なんか……外で話を聞いてたら妙な空気になってるじゃない?」
「カワカゼ、Darlingのハーレムに入るつもりなのかって。ちょっとだけ焦っちゃった」
顔を見合わせながら言う二人は、実際には江風にそんなつもりはないということを知ってあからさまに安堵しているようだった。
ハーレムを受け入れていると言っても、やはりその対象は少ないに越したことはないということだろう。それはこの二人だけでなく、おそらくハーレム構成員の誰もが思っていることのはずだ。
そして日下部としても、さすがにここまで増えては一時の感情で軽々に増やすわけにもいかない。
そういう意味では、江風にその気がなかったのはありがたい話ではあった。
「さて……では改めて」
かねてより準備しておいた指輪を机の引き出しから取り出し、日下部は椅子から立ち上がる。きちんと二人分、この日のために用意しておいた物だ。
そっと二人の傍まで歩み寄ると、
「ジャーヴィスにカブール、私とケッコンしてくれるか?」
特に飾り気のない言葉だが、それでもそこに込めた想いに偽りはない。
艦娘たちの時代に活躍したとある文豪は、人は本当に愛しているなら愛の言葉などかえって囁かないなどとうそぶいたという。
日下部はそこまで割り切った哲学は持ち合わせてはいないが、しかし無意味に過剰な言葉を連ねる必要がないのもまた事実だろう。
「Darling! もちろんよ、All right!」
「あんたのくせに生意気ね。まあ……貰っとくけど……
ジャーヴィスは満面の笑みで、カブールは憎まれ口を叩きながらも喜びを隠しきれない態度で、それぞれ指輪を受け取った。
今この瞬間、日下部の第九夫人候補と第十夫人候補からは「候補」の文字が取れたことになる。
「ははっ、嬉しいけどなんだか妙な気分だな」
「何がよ?」
「いつもだったらプロポーズしたら煮え切らない返事が返ってきて、なんのかんのグダグダする羽目になるのがお約束なのに。何事も起きない、か」
「お約束が成立する回数ケッコンするって、どうなの~?」
カブールとジャーヴィスは揃ってジト目でツッコミを入れてくるが、
「いいだろ、世の中には全艦娘とケッコンする提督もいるし」
ケッコンカッコカリを強さのための
だが他所がどうであれ、日下部はそうではない。愛情を感じた艦娘としかケッコンしないのが、日下部にとって譲れない一線なのだ。まぁその愛は人より多い自覚はあるが。
「実に平穏で素晴らしいことだな」
ぽつりと呟くと、日下部はジャーヴィスとカブールを両手で抱き寄せた。
「いくさぶねから生まれたくせに、惚れた腫れたに精を出すっつーのは。まぁなンだ、平穏でいいのかもな」
執務室を辞した江風は、艦娘運用母艦の廊下を歩きながら呟いた。
自我を獲得して敬愛する川内に再会したと思ったら、まずその川内が提督に対してベタ惚れな言動を隠そうともしていなかった時点で、艦娘とはそういうものなのだと割り切っている。
廊下を歩いていくと、前方から声が聞こえてきた。どうやら二人の艦娘が何か言い合いをしているようだ。
その両方ともが江風にとっては馴染みのあるもので、思わず顔を綻ばせる。
「どーして提督はあたしより先に江風を改二にしたのさー! あたしが白露型のいっちばーんなのにー!」
「提督は『欧州では対地作戦が重要になるだろうから』と説明してたじゃないですか。姉さんの改二は内火艇は装備できますが、大発系統が装備できませんよね? ちなみに改白露型1番艦である私の改二は両方搭載できます」
「むっきーっ、一言多い! あと誰が改白露型1番艦よ海風、あんたは白露型7番艦! あたしの妹!」
「ええ、姉さんの妹であることは否定しません。綾波型や暁型が吹雪さんの妹であるように。姉妹関係と艦級は関係ないと思いますけど?」
「ああ言えばこう言う! 本っ当あんたは着任してからずっとそんな感じでー!」
白露と海風は、今日も今日とていつも通りだった。
傍で聞いていると仲が悪いように見えそうだが、実際はこんなのはただじゃれ合ってるだけだ。何しろ「大きな騒動を起こすようなことはなかった」のだから。
何より海風が白露に対して必要以上に突っかかる理由を、江風は正しく理解している。だから心配はしていなかった。
――それに納得できるかはまた別の話だが。
「相変わらずだねぇ海風の姉貴。姉貴はどーだか知らないけど、江風は白露型9番艦だよ。悪いけどそれは譲ンないよ」
江風はそんな風に二人の中に割って入る。
「江風。大規模改装の報告は終わったのね、お疲れ様」
「江風、おめでとう。ごめん、さっきの聞いてたよね?」
海風も白露も、どこかバツの悪そうな表情を向けてくる。
「あーいいよいいよ。気にしてねェって。ま、今日ばかりは白露の姉貴、江風が一番ってことだな! きひひっ」
「こ、このー! 人が下手に出てれば付け上がってー! 許すまじ!」
白露は江風に向かって飛びかかると、赤い髪を乱暴にわちゃわちゃとなで上げて来た。
「ちょっ、白露の姉貴ー! くすぐったいってー!」
けらけらと笑いながら、江風は口だけ抗議の声を上げながらされるがままにする。
海風がこちらにどんな表情を向けて来ているかは、あえて考えないことにした。
(江風だって、あの提督たちのことは言えねェかもな)
先程考えたことを思い出し、内心で独りごちる。こんな平穏な日々は、おそらくいつまでもは続かないことだろう。
だが……その終わりの日は、断じて今日ではないのだ。
※艦娘マリッジブルーシリーズ……と言いつつブルーにならない、カブールとジャーヴィスのケッコン話です。
とはいえなんだかメインは江風になった気もします。
江風について。
原作ゲーム内のデータ的に言うと「大発搭載可能で最も夜戦火力の高い駆逐艦」です。トーチ作戦イベの行われた2022年当時は元より、それから2年後の現在(2024年)においてもその立ち位置は変わっていません。実際は「少し夜戦火力が落ちるが、運が20近く高い」霞の方がよく使われている気がしますが。
ちなみに海風と山風は改二になると実際にゲーム内の表記が白露型から改白露型に変わるのですが、なぜか江風だけは白露型のままだったりします(涼風はそもそも改二なし)。
キャラとしては、わかりやすく「川内に連なる夜戦バカ」の系譜です。史実の三水戦所属の艦娘には天霧などそういうキャラは多いのですが、本来の所属は二水戦なのにこのキャラ立てなのは、最期のベラ湾夜戦の物語に加えて「江風自身がまず相当な武闘派」だからというのがあるでしょう。ガダルカナル島へ突入した回数は全部で26回、駆逐艦内ではトップとのことです。
余談ですが本文中にも書いた「江風が代役を務めるきっかけになった天霧の魚雷艇との衝突事故」ですが、この魚雷艇の艇長は後に有名になるとある人物だったりします。さすがにそれは江風ではなく天霧の物語の領分だと思うので、ここでは控えておきますが。
艦これ本編、秋刀魚祭り継続中です。ここ数年の秋刀魚祭りの報酬は毎回とても美味しいですが、今年も銀河(江草)に震電(局戦)とかなり豪華ですね。当艦隊はまだ今年の大漁旗を交換できていないですが、時間には余裕があると思うので焦らず進めます。
SS、次話はようやくトーチ作戦のE1に入ります。お待ち下さい。