日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


大規模反攻上陸!トーチ作戦! -À méchant ouvrier, point de bon outil-

下手な職人、良い道具を持たず

――フランスのことわざ

 

 

インド洋北部、インド亜大陸から見て南東に位置するのがセイロン島だ。

100年前のかの大戦においてはイギリスの植民地であり、天然の良港であるトリンコマリーはイギリスの誇る東洋艦隊にとって一大拠点だった。

そんなトリンコマリーの現在の支配者は、深海棲艦である港湾夏姫II。イベントの発生と同時にこの地を制圧した彼女は、インド洋を航行する艦娘たちに対して強い圧力をかけている。この先に進むのであれば、まずは彼女を排除する必要があるだろう。

言うなればイベントにおける、ある種の仕掛け(ギミック)といったところだろうか。

 

『あの港湾夏姫IIは多くの熟練提督でさえも攻略に苦労しているらしい。中には予備とはいえ長門をここで切った提督もいるとか。うちはそんな余裕はないので、お前たちに託すしかないがな』

その港湾夏姫IIが座すトリンコマリーへと向かう艦隊の下に、艤装に仕込まれた通信装置から日下部の声が聞こえてくる。

その言葉を受け取るのは、第一海域の攻略を担当する「前路掃討部隊」。大淀を旗艦とし、比叡、最上、初霜、大潮、初月。戦艦1重巡1軽巡1駆逐艦3、対地能力を重視した編成だ。

 

「あのさ提督。自分で言うのもなんだけど、ボクをここで使って良かったの?」

おずおずとした感じで最上が疑問の声を上げる。

確かに言いたいことはわかる。日下部鎮守府の最上は改二特、大発や内火艇の装備が可能な非常に珍しい重巡級の艦娘であり、対地作戦においては間違いなく最強の一角だ。予備として二人目以降の同名艦娘を育成している艦隊も多い。

だが残念ながら日下部鎮守府においては、育成できている最上は一人だけだ。その一人をここで投入するのは、いくらなんでも思い切りが良すぎないか……ということだろう。

 

『構わん。うちは甲種作戦を鼻歌混じりで攻略できるほど歴戦の艦隊ではない。お前たちのことはもちろん信用しているが、情報を集めた感じここはある程度本気でかからないといけなさそうだからな』

「うん、わかった。なら頑張るよ」

「それより司令、どうして私が改二のままなんですか! お姉様と同じ改二丙に改装して下さったら、魚雷も積めて夜戦での戦闘力も段違いになるのに!」

日下部と最上の会話に割り込んできたのは、一行の中で唯一の戦艦である比叡だった。

確かに比叡自身の言う通り、改装はあと一段階残っている。決して最強とは言えない状態ではあるのだが、

 

『お前たち金剛型の改二丙は改装設計図もさることながら、開発資材が馬鹿みたいに必要だろう。いずれ改装してやるつもりはあるが、少なくともこのイベント中は無理だ。すまんが諦めてくれ』

情け容赦なく日下部はきっぱりと言い切った。

 

「ひえーっ、そんなぁ!」

À méchant ouvrier, point de bon outil(下手な職人、良い道具を持たず)……フランスのことわざだが、日本語だと「弘法筆を選ばず」だな。改装段階や装備に文句を言う前に、まずは全力を尽くしてくれ』

「うぅーっ、わかりましたー」

比叡は完全に納得はしていなさそうだったが、それでもそれ以上文句を言うことはなかった。

と、その時。

 

「前方、トリンコマリー軍港を視認! 敵艦隊見ゆ、港湾夏姫II以下、飛行場姫1、駆逐イ級3です!」

艦隊旗艦である大淀が声を上げる。

 

『いいか、集積地棲姫なんかと違ってこいつ相手の本番は夜戦だ。比叡、行けるな?』

「特に待ち伏せとかされてなければ平気です!」

『ああうん、不吉なこと言うのはやめような』

前世において自身の沈んだ第三次ソロモン海戦を思わせるようなことを、比叡は自分自身で言及した。

確かに言われてみれば、今回の作戦はヘンダーソン飛行場砲撃作戦にどこか似ているかもしれない。攻撃目標が施設そのものではなく、その概念を擬人化した兵器というのは大きな違いではあるが。

 

『まぁ悲壮になられるよりはいいな。前路掃討部隊、単縦陣! 蹴散らして来い!』

「了解!」

号令一下、六人の艦娘は縦一列の陣形でトリンコマリー軍港の湾内へと突入していく。

見えてきた港湾夏姫IIは、何やらバカンスでもしているかのようなふざけた格好だったが……容赦する必要は一切ない。これは戦争なのだ。

 


 

港湾夏姫IIはなるほど確かに強敵ではあった。だが入念に準備をした甲斐あり、前路掃討部隊の艦娘はどうにか勝利を収めることに成功した。

特に特二式内火艇と三式弾を両方積める最上の活躍は凄まじかった。代償として甲種作戦を継続するなら次の海域以降では起用できないわけだが、覚悟の上で投入したのだから甘んじて受け入れるしかないだろう。

そして次はいよいよ、この海域のボスに当たる艦隊との戦いとなる。インド洋を西に航路を取る前路掃討部隊の艦娘たちに、日下部からの艤装通信が入る。

 

『敵旗艦は空母ヲ級改II flagship。ヲ級だと思って侮るなよ、下手な姫級を凌ぐ能力を持っている』

艦娘の肉体は人類の技術力の限界である500万イデアほどの想念力で創られているが、深海棲艦は最下級の駆逐イ級ですら軽くその10倍の想念力を注ぎ込まれている。もちろんこのヲ級はそのさらに数倍はあることだろう。

地球意志の加護は彼我の力の差を埋めてはくれるが、それでも基本の性能(スペック)自体に大きな差があることは否めなかった。

 

『すまんな、航路を安定させるためには正規空母が一人しか投入できない。これでは到底あちらの制空能力には及ばないだろう』

前路掃討部隊はトリンコマリー軍港突入作戦に従事したメンバーから最上が抜け、代わりに飛龍が参加している。

だが彼女一人で制空権を支えるのは、いくらなんでも厳しいものがあった。

 

「提督、大丈夫です。航空劣勢下で戦うのなんて慣れっこですよ、私たち」

日下部の言葉に軽く笑って答えたのは、トリンコマリー軍港突入作戦に続き旗艦を務める大淀だった。

確かにかの大戦後半の日本は、ほぼすべての戦域において航空劣勢での戦いを強いられていた。ガダルカナルへの鼠輸送やモグラ輸送、ヘンダーソン飛行場の夜間砲撃作戦などは、その航空劣勢下でどうにか戦況を支えようとしたゆえの苦肉の策でしかない。

 

『ただ悪いことばかりではない。航空拮抗では夜偵を飛ばすことができないが、いっそ劣勢なら飛ばせるからな。戦術上の選択肢としてはありだよ』

たとえば今回も飛龍に艦戦を満載すれば、優勢を取るのは難しくとも拮抗ならなんとか取れたはずだ。そうせずに夜戦における攻撃力を積み増す戦術を取っているのは、あくまで日下部の判断ということになる。

と、その時。大淀が不意に声を上げる。

 

「提督! 水偵より入電、敵機動部隊を発見しました!」

『よし、では決戦だな。前路掃討部隊、単縦陣!』

「了解しました!」

大淀が命令受諾の声を上げ、飛龍が航空隊の発艦に取り掛かる。

インド洋のほぼ中央部。大海原の只中で、この第一海域における決戦が始まった。

 


 

日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」は、ペナン島の泊地に停泊したままだ。その司令室からモニタ越しに、日下部は艦隊指揮を執っている。

制空権争いにおいて劣勢に甘んじるということは、戦爆連合部隊による空襲攻撃が行えず、逆に敵にそれを許すということだ。単純な6対6の機動部隊決戦であれば、それは致命的な戦況を招いたことだろう。

だが、今はそうではない。

 

「長門、砲撃支援の準備は?」

『ああ、予定位置に就いている。いつでも攻撃可能だ』

前路掃討部隊の進行方向から見て側面方向。敵部隊の攻撃目標にならないよう直接交戦距離よりは若干遠い位置から、艤装通信を通じて長門の声が聞こえてくる。

 

「よし、支援艦隊、砲撃支援開始!」

『了解だ! 行くぞ、胸が熱いな!』

長門が吠えた瞬間、轟音と共に砲撃が放たれた。

またたく間に空中を駆け抜けた砲弾が敵艦隊に炸裂し、随伴艦を数隻まとめて吹っ飛ばす。

 

「凄いぞ! 前回の春イベまでと比べて支援砲撃の命中率が段違いなのは、きっと前回頑張って強力な電探を入手したことにあるだろうな」

『まさに。トリコンマリー軍港突入作戦でもそうだったが、安定して数隻落とせるからな』

イベントの海域を高難易度で突破することで得られる強力な装備は、艦隊の底力を確実に引き上げる。それが次のイベントの海域を高難易度で突破する助けとなるのだ。

 

『随伴艦が減ったなら、空母を狙えます! 主砲、斉射、始め!』

直接交戦に入った前路掃討部隊の比叡が、叫び声と共に主砲を撃ち放つ。

さすがに旗艦の空母ヲ級改IIを直接狙うことはできなかったが、砲撃は随伴の軽母ヌ級改IIを直撃し飛行甲板をめちゃくちゃに引き裂いた。損傷の度合いとしては中破といったところだが、これでヌ級はもはや航空隊を発艦させることはできない。

言ってみればただの置物と化したようなものだ。艦娘にも共通する、空母の最大の弱点だった。

これでこの戦いの趨勢は決した。残る随伴艦を昼戦において砲で仕留め、飛龍を除く艦娘たちが夜戦において追撃をかける。

最後は至近肉薄した初霜の魚雷攻撃により、空母ヲ級改IIは爆炎と共に海の底へと還っていった。

 


 

前路掃討部隊の勝利を見届けた日下部は、ねぎらいの言葉をかけようとしたのだが、

 

『おめでとうございます。作戦成功です!』

それよりも早く、前路掃討部隊の旗艦である大淀が()()()()()()()()()()()調()()そんなことを言った。

おそらくこれは大淀というより、任務娘としての発言なのだろう。

 

「ねぇお前自分で出撃しといてそれ言っちゃうのに矛盾は感じないの!?」

『だってそういうアナウンスをする運用ですし……』

大淀本人も釈然としない表情を浮かべてはいるのだが、職責の方が勝ったというところか。

 

『提督。私がそちらにおりませんので、お手数ですがご自分で海域資料から甲種作戦の突破報酬をご確認下さい』

「どれどれ」

言われるままに大本営から受領した資料をめくる。消耗品の類はいくつあっても困るものではないが、重要なのは装備品だ。

À méchant ouvrier, point de bon outil(下手な職人、良い道具を持たず)とは言うが、きちんと技術のある職人が良い道具を持てばそれだけ大きな成果を上げられるというものだ。

 

「えーと、『熟練甲板要員』か。これ自体はオマケみたいなもんだが、第二海域の甲種作戦報酬の改修素材になるな」

すでに先行勢の提督の持ち帰った情報によって、この先の海域で何が手に入るかはわかっている。

話によれば、文字通り空母の戦闘を一変させるほどの強力な装備が手に入るということだった。

 

「だがひとまずはこの第一海域の報酬の続きを……おっ!?」

『ええと、何がありましたっけ。さすがに私も完全に記憶しているわけではありませんので』

「フランス夜偵、Loire 130Mだ! Je l'ai fait(やったぞ)! Vive la france(フランス万歳)!」

『落ち着いて下さい名誉フランス人』

思わず興奮して叫んだら、大淀にたしなめられた。

とはいえ単にフランスの兵器だからという理由で喜んでいるわけではない。Loire 130Mはこれまで使用していた九八式水上偵察機(夜偵)と比べ、ほぼ上位互換の性能をしているからだ。

 

「次は選択式の報酬か。えーと、なんだこりゃ。明石を着任させられるのか?」

『あ、思い出しました。そうです、駆け出しの提督向けに今回はそういう報酬があったはずです。一応明石がもう不要という艦隊であれば、改修資材5個を選択もできますが……提督、ここは明石! 明石です! 明石一択です!』

「落ち着けこの百合眼鏡」

今度は日下部が大淀をたしなめる番だった。

 

「明石が持参する艦艇修理施設がもっと欲しいから明石にするよ。しかしお前、2号に手を出すのは構わんが、1号とはきちんと区別付けろよ?」

『わ、わかってます!』

同名の艦娘は同じ艦の概念から誕生していても、決して同一人物ではない。別々の肉体と自我を持つ、れっきとした別の個体なのだ。

とはいえ顔も声も同じなのだから、そこをはっきり区別して扱うにはある種の慣れが必要なのは確かだろう。

提督にも個体ではなく概念単位で艦娘を愛する者は多いのだが、そこを明確に区別するのが日下部の信条だった。そして麾下の艦娘にもそれは徹底させるつもりでいた。

 

「さて、報酬はこんなもんか」

と、そこで日下部はあることに気付く。

 

「そういや普段ならこのタイミングで『活躍したんだから夜戦』と誰かが言い出すんだが、今回の面子には見事に提督Love勢がいないんだな」

大淀は明石と、初月は五十鈴と、飛龍は蒼龍といい感じの仲になっている。ついでにトリンコマリー軍港突入作戦に参加した最上も、三隈とそんな感じだ。

さすがに以前色々あった比叡や初霜が今どうなっているかまでは把握していないが、少なくとも自分に恋心が向いていないことは理解できた。

いつも妄言に対してツッコミを入れるのに忙しかったわけだが、いざそういう発言が出てこないとなると、

 

「……ちょっとだけ寂しい気がしたり」

『ご褒美関係なく、川内なり他の嫁艦なりとなされば良いじゃないですか』

「まぁスるけども」

ごもっともな大淀の言葉には適当に返事をし、日下部は軽く咳払いをする。

 

「では改めて前路掃討部隊、無事に母艦まで帰投せよ!」

『了解です!』

来た海路を逆にたどるようにして、艦娘たちはインド洋を東へと戻っていく。おそらく適当なところで無意識の内に高次概念空間へと転移し、さしたる時間もかけずにペナン島泊地まで戻ってくることだろう。

ちょうどそのタイミングで紅く染まっていた海が本来の色……どこまでも深い蒼に戻っていく。どうやら展開されていた「偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)」が解除されたようだった。

今まで何気なく行われていたことの意味を正しく理解できるようになっても、実際に行うこと自体はこれまでと特に変わりはなく。いつも通りのイベントだった。

 

――後から思えば、確かにイベントは「いつも通り」であった。

その裏側で起きていたことは、もちろんそれとは別の話だ。




※2022年初秋イベ「大規模反攻上陸!トーチ作戦!」のE1に当たる話です。
今回のシリーズのサブタイトルは「フランスのことわざ縛り」。全6海域なので、6つのことわざをお出しする予定です。
これを書いているのは2年2ヶ月後の2024年11月なのですが、色々と当時とは環境が変わっています。今でしたら改二で化けた初月をE1で切るとかあり得ませんし、夜偵もLoire 130Mより強い物がいくつも実装されました。環境の変化とは早いものですね(戦争をテーマにしたゲームなので、ある意味リアルではあるのですが)。

ことわざについて。
「下手な職人、良い道具を持たず」とは、「仕事の下手な職人は自分の仕事の出来が悪いのを『良い道具を持っていないからだ』と言い訳する」という意味です。やや迂遠な言い回しではありますが、本文中にも書いた通り日本語の「弘法筆を選ばず」に相当することわざです。
そうは言いつつ、艦これは実のところ装備これくしょんなところがありますので、高難易度をクリアするためには大規模改装した艦娘や良い装備は必須なのですけれどもね。

港湾夏姫IIについて。
初登場は2021年の夏イベE2-2ですが、この時はゲージボスであり連合艦隊で挑めることもあってあまり話題にはなりませんでした。
しかしこのイベにおいてはE1のギミックで登場、しかも通常艦隊での攻略となることもあり、先行勢が攻略に非常に苦労していました。対地チート装備の一式砲戦車もこの時点では(2021年11月のランカー報酬を除き)期間限定任務で1個しか入手できなかったのも大きいかと思います。
ちなみにサブ艦とはいえ、いきなりE1のギミックから長門を投入した艦隊も実際にいたのを確認しています。

艦これ本編、二四式大漁旗はもちろん、銀河(江草)に震電(局戦)と秋刀魚祭りの報酬は無事に全部入手できています。終了は12/3とのこと。
SS、次話は「清浄なるもの」の続きです。いよいよ日下部が肉食禁止生活を始めるに当たり、肉の食い収めとしてある艦娘の作る肉料理をたらふく食べる話です。お待ち下さい。
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