日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
過去の出来事に傷つけられることもあるだろう。でも私が思うに、そこから逃げ出すことも出来るが、そこから学ぶことも出来る。
日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」は、スエズ運河を抜けて地中海へと進出していた。
かつてアレクサンドリアという街があった土地には新興市街地が築かれており、日本の大本営および欧州提督会の直轄艦隊が安全を確保している。
第三海域を開始する際には再度紅海の制海権確保からやり直す必要があるとのことだったが、そのためにアデン近郊に停泊するよりも、ここまで一気に移動して拠点としての機能を高めた方が良いというのが日下部の判断だった。実際に第三海域に挑む際には、艦娘だけを紅海に行かせれば良いだろう。
今はこの地で練兵をしつつ、情報収集を行っている状態だ。すでに数日前には後段海域が出現しており、先行している提督たちからはさまざまな情報がもたらされていた。
そんな日々の中で、今日改二になった艦娘は艦隊の中でもひときわ存在感のある者だった。
「提督。大和、感謝致します」
前回のイベントの途中で、地球意志が莫大な想念力を投じて用意した戦艦・大和の改二。あの時は日下部鎮守府は大和を着任させるだけで精一杯だったが、今回ついにそこまで追い付いたことになる。
主砲の艤装はさすがに本当に46cm口径というわけではないにせよかなりの重厚長大で、執務室の大半が埋め尽くされているような錯覚さえ覚える。
もちろんその戦闘力は、通常の艦娘とは隔絶したものであるはずだ。
「どういたしまして。今後の戦いに向けてお前の力は絶対に必要になるだろう。ひとまずは高速戦艦である改二で運用し、必要に応じて改二重に
「了解いたしました。その辺りは提督にお任せ致します」
本人から異論が出なかったのはありがたい。異なる形態を使い分けできるとなると、戦術の幅はかなり広がることだろう。
ただし
「武蔵の改二も用意してやれれば良かったんだがな。そうすれば
「そこは仕方ありませんね。とはいえ
「そうだな。実用性を考えるとなかなか難しいところではあるが」
大和改二はさまざまな艦娘と組んで
「しかしそれにしても、だ……」
日下部は改めて大和の全身を眺め、思わずそこで言い淀む。頭の中に浮かんできた素直な感想をそのまま述べるのは、さすがに憚られたからだ。
一方で当の大和はといえば、表情ひとつ変えることもなく、
「艦娘は人間と異なる種族であることを、改めてご認識されましたか?」
日下部の思ったことを、まるで意に介することもなく言い切った。
おそらく今の彼女は本来の大和の人格ではなく、彼女の中にあるもうひとつ……「大和の女王」の人格が起動しているのだろう。
「自分で言葉にしてくれると助かるな。着任時にも一悶着あったことではあるが、改二になった今はさらにはっきりとわかる。通常の艦娘の5倍、2500万イデアの想念力で肉体を構成した存在など、人の形をしていても明らかに人間ではない」
「これでも最下級の深海棲艦の半分ほどです。地球意志の加護抜きでは到底戦いにならないのは、他の艦娘と変わりませんよ」
通常の艦娘は本来深海戦艦の1/10以下の力しか持っていないが、地球意志の加護を受けることで深海戦艦との力の差を埋めることができる。
ちなみにこの大和のおかげで、地球意志の加護は「艦娘の力を10倍にする」のではなくあくまで「力の差を埋めている」だけということが判明した。もし前者なのであれば大和は深海戦艦の5倍の強さになるはずだが、実際には通常の艦娘の
「そうだな。そう考えると、改めて途方もないものと我々は戦っているものだ」
「そこで折れず諦めず、常人なら抗うことさえ無意味と断ずるような絶望的な差でさえ追いつこうとする提督も、大概なものと思いますが」
「単にそのような選択肢がないだけだ。折れたり諦めたりしたらそこで人類は滅亡だからな。無条件降伏しても、なんだかんだで国体を護持できたあの大戦とは違うさ」
日下部としてはそれはこの戦いの前提条件でしかないことだったが、
「始まりはそうでも、今はそうではありませんよね?」
言われた大和はやはり感情の色を声に乗せず、淡々と質問を投げかけてきた。
「ロゴスの出した和平条件のことか? あんなもの、鵜呑みにする方がどうかしている」
その言葉には思わず眉根を寄せる。人類のために生まれてきた艦娘という種族を犠牲にして得られる和平になど、何の意味もない。唯一深海戦艦に対抗できる艦娘を廃滅するということは、その後人類は高次AIにどう扱われても反抗すらできなくなるということなのだから。
だが、大和はここで初めて表情を動かした。
「提督。人間はそのように考えられる者ばかりではありませんよ。断言いたします」
軽く目を伏せる姿からは、諦観のようなものを感じさせる。
「ならばその連中も私の敵でいい」
「提督!」
一分の迷いもなく即答したら、逆に大和の方が血相を変えた。
「いいんだよ。私やお前たちの未来が決して明るくないのだとしても、少なくとも今この時はまだ終わりではない。だから、まだお前は笑っていろ」
「……はい!」
「いい返事だ。ならそんなお前に渡す物がある」
日下部は大和が大規模改装をしている間に、大淀から受け取っていたものを机の引き出しから取り出す。
それは白桜色をしたセパレートの水着。すでに季節は9月だが、まだ水着modeの艦娘は多い。そしてゴトランドのように、改装段階で異なる水着modeを用意されている艦娘もいる……まさしく大和がその一人だった。
「ありがとうございます。拝領致しますね」
「そうだ、それでいい。この美しい水着には、やっぱり笑顔こそが似合っているよ」
先程までの悲壮な会話などまるで存在しなかったかのように、執務室には穏やかな時間が流れていた。
たとえそれがほんのひと時だけのことだとしても、きっとこの時間には大きな意味があることだろう。
執務室を出たところで、大和は不意に声をかけられた。
「ヤマト、改装おめでとう」
「アイオワさん? ……ありがとうございます」
声をかけてきたアメリカの戦艦
偶然通りかかったにしてはタイミングが良すぎる。おそらく彼女はここで大和が出てくるのを待っていたのだろう。
「水着modeも新しいものがあるのね。いいわね、Meもたまにはそういうのを着てみたいわ」
「あのー、アイオワさんの場合普段の制服がまず水着みたいな格好だと思うのですが?」
「Oh……否定はしづらいわね」
さすがに自覚はあったらしい。切り返しに対してアイオワは思わず苦笑を浮かべる。
「それで? 何か御用でしょうか。明らかに大和のことを待ってましたよね?」
「そうね。ヤマトは第三海域で要救助対象になっている艦娘が誰か、聞いてる?」
「はい。アメリカの軽空母、ラングレーさんですね」
他艦隊の大和から同艦交信で、すでにその名前は耳にしていた。
インディペンデンス級6番艦、CVL-27 USS
「そう、なら話が早いわね。しかしあの子、太平洋艦隊所属だったのになんでこんなところに出てくるのかしらね?」
「大和たち日本の艦娘が欧州に来ている時点で、そのようなことは些細なことだと思いますけど」
「それはそうなんだけど……ヤマト、あなた思ったより落ち着いているわね。ちょっと驚いたわ」
「どういう意味ですか?」
「そうね。前世の話、って言えばいいかしら?」
軽空母ラングレーの参加した数多の戦いのひとつ。
1945年4月上旬、ヨークタウン、イントレピッド、ラングレー、インディペンデンスから成る第58.4任務群は、沖縄近海において水上特攻を仕掛ける日本の艦隊に対して大規模な航空攻撃を行い、これを撃沈せしめた。
その海戦の名は「坊ノ岬沖海戦」。つまり、
「ラングレーは前世であなたを沈めた空母の一人、ってわけよ。あなたがそのことを気にしていないか、『アメリカの女王』としては気になってたってわけ」
陽気で朗らかな口調を崩してはいないが、アイオワの目は真剣な光を帯びていた。なるほど彼女の立場であれば、確かにその懸念は正当なものだろう。
大和はすっと人格を切り替える。「アメリカの女王」として問われたのだから、大和も「大和の女王」として答えるべきだろう。
「それを気にするなら、まずイントレピッドさんが我が王の第十四夫人候補になっていることを認めないでしょうね。そもそもあの戦いの中で、ラングレーさん個人の役割はそう大きくなかったはずです。よって前世のことを理由に彼女に対してわだかまりを持つ筋はありませんよ」
「そう、それはありがたいわね。ならもうひとつ尋ねるわ。ラングレーじゃなくて、もし
坊ノ岬沖海戦において、直接的に大和撃沈の決定打を与えたのは空母ヨークタウンの雷撃隊だった。
ヨークタウンは2046年9月現在、艦娘にはなっていない。だから大和は直接の「仇」と言える相手と未だに再会してはいないのだ。
アイオワの質問に対し、大和は軽く溜息を吐く。
「そうですね。一切わだかまりがないと言えば嘘になりますが……それでも前世のことを今の艦娘としての生に積極的に持ち込みたいとは思いません。そもそもそのヨークタウンさんと同じ名前を持つ先代の空母は、ミッドウェー海戦で飛龍と伊168が撃沈しています。こういうことを言い出したらキリがありませんよ」
「そうね、それは確かに。安心したわ、これなら安心してあなたを
「どういうことです?」
どこか不敵な笑みと共に告げられた言葉の意味がわからなくて、思わず聞き返す。
「他艦隊のアイオワに聞いたんだけどね。第三海域でボスの高速軽空母水鬼と戦う『地中海連合艦隊』は、後段作戦の第五海域でも出撃できるらしいのよ。そしてそこのボスも相当に強いみたい。
「そうなのですか!」
「ええ、そして今のこの艦隊であなたと二人で組んで
「確かにその通りですね。なるほど、おっしゃりたいことは理解しました」
大和が力強く頷くと、
「よろしくね
アイオワはすっと片手を差し出してくる。
「もちろんです。世界最強の戦艦の力、お見せしますよ」
負けじと不敵な笑みを浮かべながら、大和はその手を力強く握り返す。
前世の出来事は艦娘にとって確かに大きな傷かもしれない。だがそこから逃げ出すことなく学ぶことで、初めて得られるものもあるのだ。
「しかしアイオワさん? 思った以上にきちんと『女王』をやっていて驚きました」
「なによ、当然じゃない」
「なのにどうして、我が王に対する態度だけはあんなに臆病なのでしょうね……?」
「Oh shit! いきなり何言ってるのあなた!? っていうかAdmiralに対する態度って、な、なななな何のこと!?」
「あ、その段階からですか……」
いくら恋も戦いとはいえ、その
歴戦の戦艦の概念から生まれた艦娘アイオワにも、苦手なものがあってもおかしくないということだろう。
※大和をメインとしたシリーズ、第4話です。
坊ノ岬沖イベには改二が間に合わなかった日下部鎮守府の大和も、ついに今回そこまで到達しました。
奇しくもこのイベントの前段作戦ラストの突破報酬艦がラングレーということもあって、当時は個人的に坊ノ岬沖イベの延長戦のような気分になっていたのを覚えています。
冒頭の名言について。
言わずと知れたディズニーリゾート創立者、ウォルト・ディズニーの言葉です。ちなみに彼の言葉を引用するのはこれで3回目だったり。
この方、実はかの大戦中にはプロパガンダ映画を作ったりしています。ミッキーマウスが戦闘機で日本の零戦を撃墜するような「ガチ」な内容の物もあり、決してアメリカ政府に強引に作らされていたというわけでもなさそうです。
もちろん戦争が終わった後の平和の時代において、日米双方において娯楽産業の大家として愛されたことも間違いないわけで、自分の言葉を自分で実践しているのは本当に偉いですね(ニーチェは少し見習った方がいいと思います)。
艦これ本編、クリスマス任務の終わりが12/26と提示されました。あと10日ですね。終わればリアル2024年の年の瀬も間近です。
SS、次もE3に向けての準備となる話です。今回は戦艦の話でしたが、次は空母の話です。お待ち下さい。