日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
恋愛は戦争のようなものである。始めるのは簡単だが、止めるのは困難である。
空母にとって、夜は鬼門となる時間だ。夜の闇は艦載機の発着艦を著しく困難にするからだ。
ただし、何事にも例外は存在する。特殊な艦載機を用意することで、夜間においても艦載機の運用を可能とするのが「夜間空母」。数は限られているが、たとえば日下部鎮守府の赤城は改二戊、この夜間空母に相当している。
そして……オカルトではなく科学技術のいち分野である想念工学は、そこに何か事象が存在するならそれを解析し模倣し再生産することを旨としていた。
「提督、先程の任務で受領した『夜間作戦航空要員+熟練甲板員』、物質化完了しました。こちら仕様書になります」
執務室を訪ねてきた明石2号は、どこか得意げな笑みを浮かべながら書類を渡してきた。
日下部は軽く頷くと、それを受け取り目を通す。
「よし、こいつがあればどんな空母でも夜間空母と同じように夜間空襲を行うことができる。おまけに航続力の延伸効果もあるな。さすがに『熟練甲板要員+航空整備員』よりは短いし、何より補強増設には積めないがな」
「あれはいくらなんでも別格ですよ。記録によるとこの装備が開発されたのは、最初の欧州イベントである西方再打通作戦が終わったのと同時のようです。うちがたまたま後から手に入れただけで、一般的にはこちらが先行品なんですから」
「それはそうだな。ともあれ、これは第三海域の攻略を考える上で必要なものだ。明石、お疲れ様」
嫁艦や嫁艦候補たちにしてやるように頭を撫でてやろうかと何の気なしに一瞬考えて、すぐに思い留まる。
明石2号は確かこちらに気があったはず。応えてやれないのであれば、勘違いさせるような真似は慎むべきだ。
「……」
明石2号はちょっとだけ残念そうな表情を浮かべていたが、表立って不満や文句を口にすることはなかった。
日下部は代わりに違うことを尋ねる。
「任務の主役のあいつは?」
「ご命令通り
「そうか。工廠に戻ったら、改装完了後にここに来るように伝えてくれ。言わなくても来るとは思うが、念の為な」
「了解です。では提督、私は失礼しますね」
執務室を辞して去っていく明石2号の背中を見送りながら、ようやく日下部は溜息を吐き出した。
惚れられるのは悪い気はしないのだが、いかんせん数が多すぎる。あまり深く考えずに嫁艦候補を増やしまくっていた鎮守府立ち上げの頃のようにはいかないのだ。
数時間後。明石2号に伝言を頼んだくだんの艦娘が、
正規空母サラトガ。彼女は今までと違って、身に付けたノースリーブワンピースの色が黒に変わっていた。今は報告だけなので携行していないが、出撃時に装備する航空甲板を模したボウガン型の艤装も装甲化されているはずだった。
今の彼女はMk.II Mod.2と呼ばれる形態だ。艦娘サラトガの大規模改装の終着点と呼べるものであり、直近では真珠湾泊地のウィリアムズ提督の秘書艦のサラトガもこの形態だった。
今回明石2号に伝言を頼んでまで彼女を呼び寄せたのにはきちんと理由があるのだが、その話を始める前にまずはサラトガ自身についての話をすべきだろう。
「任務達成ご苦労様、サラ。今回の任務はMk.Ⅱで遂行することを要求されてたが、無事に達成できたんで改装させてもらった。夜間空母としての能力は失うが、代わりに中破状態でも艦載機の発着艦が行える……いわゆる『装甲空母』としての能力を得るからな。こっちの方が活かせる局面が多いはずだ。イベントにも後段作戦で出てもらう予定だ、期待しているぞ」
「
「……えっ」
帰ってきた返答に、思わず目を見張る。
「どうしました提督? サラが何か?」
「いや、出撃中でもないのに……えっと、お前サラトガでいいの?」
「ええ。大規模改装の直後ですから、今はサラトガの意識が表に出てます」
その返答には、そういうものなのかという感想しか抱けない。
人類を艦娘化した実験において、成功例は彼女たち「ふたりのサラ」しかいないのだから。
「もしかしてわざわざアカシに伝言を頼んだのは、あちらのサラにご用事でしたか?」
「そうだ。というかむしろ、あいつが私に言いたいことがあるんじゃないかと思って」
「ああ。なるほど、わかりました。今交代しますね」
その言葉にサラトガもピンと来るものがあったようで、自分が表に出ることに固執しようとはしなかった。
一瞬だけ瞳を閉じ、開いた時にはすでに目付きが別人のように鋭くなっている。
「提督、アンタの言ってるのはもしかしてマサチューセッツのこと?」
「おう。やっぱり艦娘同士の同艦交信で情報は行ってたか」
後段作戦の第五海域においては、これまで艦娘になっていなかったとある戦艦との邂逅が確認されている。
サウスダコタ級3番艦、
だがそれ以上に目の前のサラ……サラ・ローレンスにとって重要な属性はといえば、
「お前が待望してたフォアリバー造船所生まれの艦がついに増えたわけだからな。第五海域に行ったら掘れと詰め寄ってくるかと思ったら、意外なほどにおとなしくて正直驚いているぞ」
「そりゃもちろん会いたいけど、アンタも提督だから黙ってたって掘るでしょ?」
「それはそうだ。でも他に優先すべき艦娘はいるぞ?」
「仕方ないわね。いち艦娘の身でそこまで口を挟まないわよ」
当初の予想からすれば驚くほどに聞き分けの良い態度で、これには思わず日下部の方が鼻白んでしまう。
「んー。今ひとつ拍子抜けだ。正直お前は曙よりもさらに手強いと思ってたんだが」
「誰がツンデレよ!」
いや別にそこまでは言ってないんだが、と口を突いて出そうになるのを慌てて呑み込む。
「提督、前に
「ああ、知ってる」
訴訟社会のアメリカにおいては、謝罪の言葉ひとつが文字通り人生を左右することがある。
Sorryはその中でも全面的に自分の非を認める謝り方だ。間違っても軽々に使うべき言葉ではない。
同じ英語圏であってもイギリスにはこのような文化はないし、あくまで人間社会の話なのでアメリカの艦娘は割と気軽にこの言葉を使うのだが。
「そっか、説明する手間が省けたわ。自分が間違ってたって全面的に認めたんだから、極力色眼鏡なしでアンタのことを見るようにしようと思ったのよ。そしたらさ、アンタがなかなか優秀なんだってことに気付いたの」
「優秀? 確かに想念工学者としては世界二位だって自負してるが」
「うん、今のあたしがこうしていられるのは間違いなくアンタのおかげだしね。でもそれだけじゃなくて、提督としてもさ。思い返せば捷三号の時の冬月も、坊ノ岬沖の時のメリーランドもきっちり救出成功してたし。あたしは詳しいこと知らないけど、ハワイでも活躍したみたいじゃない。ウィリアムズ鎮守府のサラトガ、アンタにすごい感謝してたよ」
「お、おう」
確かに言われた通りのことはやっているのだが、それをサラの口から客観的に称賛されるとなると、これまでの態度との落差のあまり風邪を引きそうになる。
「だからさ。マサチューセッツの件も、提督としてのアンタの采配に任せることにするわ」
「ん、そうか。わかった……」
微笑んで頷こうとしたところで、日下部はあることに気付く。彼女がこちらに向けてくる視線には、どこか既視感があった。
学生時代から何度も……それこそ彼女の姉にも向けられたものだ。5年の空白期間を経て、現在でも艦娘たちからよく向けられている。そう、つい数時間前には明石2号からも。
サラがこちらに向けてくる視線には、明らかに好意の色が含まれていた。先天的に他人の感情を理解できない日下部ではあるが、意識して観察すればこのように察することはできなくもないのだ。
「サラ、お前……」
「ねぇ提督。知ってると思うけど、あたしレズビアンなの。男なんて嫌い、日本人の男なんて特に大嫌いなはずなのに……だんだんあんたに惹かれてる自分がいるの。ねぇ、これが艦娘の本能なの?」
「そこで『違うよ、単に私に恋しただけだよ』って言ったら、私とんでもない自惚れ野郎だよな?」
「そういう台詞似合いそうだけどね」
あははと笑うサラの姿には、明らかに嫌悪感など微塵も含まれていなかった。
「うっせぇ。とりあえず言えることとして、私は寝取りはもうしないって決めてるからな。私とどうこうなりたかったら、まずノーザとの関係をはっきりさせてからにしてくれ」
日下部としては、そこは譲れない一線だった。
以前傷付けたノーザンプトンがようやく新たな恋を見付けて幸せになろうとしているのに、もう一度自分が理由で傷付く姿を見たくはなかったのだ。
それでもサラがこちらを選ぶというのなら、そこはもう二人の問題だとは思うのだが。
「ぷっ! やっぱり自惚れ野郎じゃない。ハーレムの一員になるとか死んでもごめんだし、具体的に何かしたいとは思わないわよ。提督に惹かれるのが艦娘の本能だっていうんなら、あたしはそれを飼いならしてみせる」
幸いというべきか、少しおどけた調子でサラはそんなことを口にした。
おそらく虚勢も混じっているのだとは思うのだが、
「そっか。それはそれで、お前の意志を尊重するよ」
それでも日下部としては、そう言ってもらえるのはありがたい限りだった。
言うべきことを提督に伝え、執務室を辞去したところで。
「サラ!
横合いからかけられた声にサラが振り向くと、そこにいたのは戦艦コロラドだった。傍らには給油艦・神威の姿もあり、にこやかにこちらに手を振っている。
アメリカ艦と日本艦、戦艦と給油艦。一見すると接点のないこの二人ではあるが、実はサラトガにも通じる「ある共通点」があった。
それは、
「知ってると思うけど、次の第三海域の要救助対象艦娘はラングレーよ。そう、私たち『ニューヨーク造船所生まれの会』に新メンバーを追加するチャンスってわけね!」
「トーチ作戦にはタスカルーサさんも参加してたはずなんですけど、残念ながら今回は艦娘にはならなかったみたいですね。あとラングレーさんに大西洋で会えるなら、いっそフェニックスさん辺りが出てきていい気もするんですけど、こちらも艦娘になっていませんから。ラングレーさんをいかに引き入れるかは重要なんです」
怒涛のごとくまくし立てて来る二人の勢いに、サラトガは……現在の人格であるサラ・ローレンスは、思わずたじろいで後ずさりする。
必死になって自分の中にいるもう一人のサラ、本来の艦娘である空母サラトガの人格に語りかける。
(ご、ごめんサラ! ちょっとあたしこの二人苦手、変わって!)
(ええ、構いませんが。「ニューヨーク造船所生まれの会」は元々、フォアリバー艦がなかなか増えないことを愚痴っていたあなたを気遣って、コロラドが結成してくれたものなんですよ?)
(わかってるし感謝はしてる。でも……どうやったってあたしはニューヨーク造船所生まれの軍艦じゃなくて、マサチューセッツ州はクインシー生まれの人間なの! だからこの二人と同じレベルで情熱を共有するのは無理ー!)
(はいはい、わかりました)
確かに言っていることは理解できるし、二人の情熱が少し行き過ぎているのも確かだ。
サラ・ローレンスの人格は自我の奥底に沈み込み、変わって艦娘サラトガの意識が表層に浮かび上がる。
「二人とも? 言いたいことはわかりましたけど、こんな執務室の目の前で大声で騒いでたら提督のご迷惑になりますよ。場所を変えてゆっくり話しましょう?」
サラトガの指摘に対し、二人はあっと驚いた表情になる。
「そ、そうね。場所を考えずに騒ぐのは艦隊の風紀上良くないことだったわ。私としたことが、つい我を忘れてしまったみたいね」
「場所を変えましょうか。続きは間宮さんのところででも」
こちらの言い分を理解してくれたようで、二人は廊下を先んじて歩き始める。
「ええ、そうしましょう」
二人から一歩遅れて、サラトガもその後を追って歩き出す……直前に一瞬だけ執務室の方向を振り返ると、サラ・ローレンスの日下部とのやり取りについて思い出す。
(そうですよサラ。あなたは艦娘ではなくて人間なんです。この身体は完全に艦娘に似せて調整していますけど、あくまで
サラトガの思考は、しかし自我の奥底に眠っているサラ・ローレンスまで届くことはない。届かないように、サラトガ自身が同艦交信時の応用で想念防壁を張っているからだ。
今すぐ直接この意見をぶつける勇気は、サラトガには持てなかったのだ。
(ノーザとも他のフォアリバー艦とも関係を共にするのはまだ構いませんけど。提督とだけは……と願ってしまうサラは、悪い子でしょうか)
サラ・ローレンスは自分のことをレズビアンだと認識しているようだが、それを言うならサラトガだってそうだ。
日下部への恋心をサラに自覚させたとして、もしそちらに完全に振り切られてしまったら……その先の光景は、あまり想像したいものではなかった。
と、そこで、
「サラ? 何やってるの、早く来なさいよ。今日の間宮代は会費から出すことにするからー!」
思考に没頭しすぎていたサラトガに向かって、すでにだいぶ離れた先からコロラドが声をかけてくる。
「あっ、失礼しました。はい、今行きますねー!」
考えることを中断して、サラトガは慌ててコロラドと神威の後を追いかけることにした。
※ちょっと体調を崩したせいで投稿が数日遅れましたが、空母サラトガと人間サラ・ローレンスを中心とするシリーズの続きです。
『これからの「正義」の話 1』で日下部はサラから一定の敬意を得ていたわけですが、そこで生まれた感情にサラが翻弄されていく話です。この続きは本シリーズではなく別のシリーズの一部という形にはなりますが、後の章で色々とある予定です。
なお例によって「ニューヨーク造船所生まれの会」のところで神威が挙げている名前ふたつ、リアル2024年12月現在はどちらも艦娘になっていますね()
"Sorry"について。
まず最初に。アメリカ人がこの言葉を軽々に使わないのは事実ですが、本作ではわかりやすくするために細かい例外則については意図的に省いてます。ご注意下さい。
さて軽々に使わないと言っても、アメリカ人だって真摯に反省をしている場合は使うわけです。本作において「アメリカ人が」この言葉を使っているのは2回、『ふたりのサラ 6』のエミリーと『これからの「正義」の話 1』のサラになります。どちらも重要で真摯な謝罪をしている状況ですね。
なお本文中に書きましたが、アメリカ艦娘はこの文化をまったく意識せずに気軽にSorryと言ってきます。まぁ艦娘たちの前世の時代は、アメリカも今ほどの訴訟社会ではありませんでしたしね。
艦これ本編、クリスマスプレゼントが来ましたね。また12/26にはアップデートがあるようで、年末年始も艦これは忙しくなりそうです。
SS、次話は「清浄なるもの」の続きです。年内にはお届けしたいと思っています。お待ち下さい。