日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


清浄なるもの 4

変転する状況のただ中で、ひとりの人間が終始一貫性を保つただひとつの可能性は、すべてを支配する不変の目標に忠実でありながら、状況に応じて変化することにある。

――ウィンストン・チャーチル

 

 

アレクサンドリア新興市街地の一角にある、オープンテラスのカフェ。

9月中旬でもまだまだ心地よい夏の地中海を感じさせるこの地では、水着姿の人間や艦娘の姿は特に珍しいものではない。

現に日下部自身もハワイでも身に着けていた男性用の水着姿だったし……テーブルを挟んだ反対側に座っている女性提督二人もまたそうだった。

 

「ほら、ハワイで言った通りすぐまた会うことになっただろ」

「そうね。あの時はさすがに、まさかスエズが陥落してその解放からやる羽目になるとは思わなかったけどね。なんとかなって良かったけど」

「すでに地中海側にいるあたしたちが、わざわざインド洋に艦娘を派遣してあっち側から攻略させるのも理不尽極まりなかったがな」

日下部の言葉に応えたのは、シルヴァとミーネ。ハワイで別れてから20日ほど、大体予想通りのタイミングでの再会だった。

 

「高次AIどもはゲームをやっているつもりらしいからな。命がけで戦っているつもりの我々や艦娘からすれば、なんともふざけた話だが」

深海棲艦はどれだけ沈めても次から次へと湧き、艦娘は無茶な進軍さえしなければ轟沈ストッパーにより失われることはない。

言われてみれば確かにゲームじみてはいるのだが、それでもそんな風に考えられるほど日下部は他人事にはなれなかった。

 

「それはいいが、お前は何第三海域手前でくすぶってんだ?」

「おいおい、ベテランの提督と一緒にしないでくれよ。先行勢の情報待ちだよ」

「第三海域は大和と武蔵の特殊砲撃(タッチ)で吹き飛ばせばいいわよ。そこで使った艦隊は第五海域でも使えるしね」

「大和は何とか改二を用意できたけど、武蔵がまだ改二になってねぇんだよこっちは! 持ってる手札をやりくりして攻略してんの!」

イベント慣れした連中はこれだから困る。自分にもそういう時代があったことを忘れて、さも当たり前のように自分ができることは他人にもできると思っている。

とはいえいつかはきっと、日下部もそちら側に行くことになるのだろう。この戦争そのものに決着が付きでもしなければ。

 

「まぁ難易度にこだわらず、きちんと完走できれば誰も文句は言わないわよ。完走できないと、救出されるジャン・バールが一人少なくなるからさすがに大本営に怒られると思うけど」

「それはそうだろうな。個人的にも気になる艦娘だし、完走しないって選択肢はないさ」

最悪、丁種作戦まで落としたとしても絶対に完走はするのが日下部の方針だ。

まぁそうは言いつつも、今後はどんなに難しい作戦でも丙種作戦以下に落とすことはないだろうとも思っていた。もうあのルンガ沖夜戦やペデスタル作戦の頃のような駆け出しではないのだ。

 

「ところでマコト、話は変わるんだけど。ロドリゴくんを見てない?」

「カタリーニ提督? いや、そういえばアレクサンドリアに進出して数日経つが、言われてみれば確かに見てないな」

「少し前にシュテルンの総帥が交代したんだけど、その頃から姿を見なくなったのよね。イベントもきちんと参加してるのかしら?」

「ふむ……」

思わず顎に手を当てたところで、つい聞き流すところだったシルヴァの言葉の意味を理解し、大きく目を見開く。

 

「って、シュテルンの総帥が交代? それ大事件じゃないか」

世界企業連合(コーポレートユニオン)の三大主要企業の一角であるシュテルンの総帥ともなれば、現代の人類世界の支配者の一人とすら言えるだろう。

もちろん人類統合軍の実質的なトップであるモーリアックの方が、よりその立場には近くはあるのだが。

 

「現代はネットワーク網の崩壊で、地球の裏側まで情報は行かないものね。知らないのも無理はないわ。ちなみに新総帥は日本人よ」

「なんだって、欧州の企業であるシュテルンの総帥が日本人? おいおい、平和な時代だったら世界が引っ繰り返ってるレベルだろそれ」

実力主義のアメリカであればまだしも、歴史と伝統を重視する欧州の社会で日本人が組織のトップに立つなどというのは、生半可なことではないだろう。

 

「そうなのよ。しかもシノハラ総帥はまだ若いのよ。確かマコト、あなたと同い年じゃなかったかしら?」

「シノハラ……」

「どうしたの? 難しい顔をして」

「いや。昔の知り合いにそんな名前の奴がいたな、と思い出しただけさ」

知り合い。それは間違いないだろう。そいつにしたことを考えれば、まかり間違っても友人と呼ぶことは許されないだろうが。

いずれにせよあまり良い記憶とは言えない。軽く頭を振って話題を切り替える。

 

「カタリーニ提督のことは少し心配だが、そもそも現代はいつ誰が死んだっておかしくない時代だろ? 酷なようだが、提督なら自分と麾下の艦娘の身は自分で守れってのが大原則だろ」

「それはそうなんだけどね」

「まぁどっかの新興市街地で見かけたら、声をかけておくさ」

大して気にするでもなく、ひらひらと手を振って安請け合いする。

そこで一度言葉を切った後、今度はミーネの方へと向き直った。

 

「なぁミーネ。ひとつ頼みたいことがある」

「ん、何だ?」

「今はちょっと……」

言葉を濁してシルヴァに視線を向ければ、

 

「はいはい。じゃあ中座してあげるわよ」

幸いにして意図を汲み取ってくれたようだ。

シルヴァは腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 

「じゃあねマコト。第三海域以降も攻略頑張りなさいよ」

「おう。ありがとなママン」

激励の言葉と共に去っていく母の背中を、日下部は内心とは裏腹に表情ひとつ変えずに見送る。

――自分が本格的に神になろうとしていると知ったら、さてあの母親はどんな顔をするのだろうか?

 


 

シルヴァの姿が完全に視界から消えてから、日下部はさらに30秒ほど待っていたが、

 

「……で?」

どうやらミーネの方が先に痺れを切らしたようだ。

苛立ちを隠そうともしない声で、改めて用件について促してくる。

 

「ああ。お前に探してもらったカタリ派の資料を参考にして、日々の儀礼と禁欲生活を続けてる。肉食えないの、意外と辛いな?」

正確には食肉そのものよりも、魚を除く動物性の食材を一切取れないのが面倒だった。

ラードや乳製品がいかに生活の中に自然に入り込んでいたか、改めて思い知らされたものだ。

 

「神秘を学ぼうとしてる者が何甘えたこと言ってんだ。舐めんなよ?」

「真似事だからいいんだよ」

うそぶいてはみせたのだが、真似事であっても真剣にやらなくては目的は達成できないだろう。

とはいえその甲斐はあったもので、

 

「そうしたら少し前から、奇妙な夢を見るようになった」

「ほう? どんな夢だ?」

「夢の中で私は背中に天使の羽根を生やしていて、どこか狭いところから広い空間へ飛び出そうとする。けど今までいた空間から触手みたいなものが伸びて、私を強引に繋ぎ止めるんだ」

正直に夢の内容を話した瞬間、ミーネの表情が一変した。

それは日下部を馬鹿にするようなものではなく、

 

Machen Sie keine Witze(ふざけるなよ)……」

静かな怒りと凄愴さを交えた、いっそ憎悪とすら呼べるような感情の色を声音に載せて、ドイツ語の呟きを口から漏らす。

 

「えっ?」

幸いというべきか、他人の感情に共感することのできない先天性の共感性欠如(サイコパス)の日下部はそんなミーネの態度に気圧されることはなかった。

ドイツ語の素養もないため、呟きの意味も理解できず間の抜けた反応を返す。

 

「なんでもない。それで?」

その反応にどこか毒気を抜かれたのか、ミーネはふっと表情を消した上で続きを促してきた。

 

「あ、ああ。これはおそらくただの夢じゃない。横溢想念(プレーローマ)に至るためのヒントになると思うんだが、このままではあと一歩が届かないと思うんだ」

「そうかクサカベ、お前はそんなことを目論んでいたのか。なぜそれを目指したのかは理解できなくもないが……当たり前だな、そんな簡単に至られても困るぞ。本来なら魔術師や神秘学者が一生を、あるいは幾世代もかけて追い求める物を、お前は雑に追い付こうとしてるんだ。それは自覚しているか?」

「……ああ、そうだな」

神秘(オカルト)の実在はさておき、ミーネは真剣にそれを志している。

そんな彼女を差し置いて、上っ面だけを雑に科学のいち分野である想念工学でなぞった日下部が秘奥に到達できるなどというのは、確かに彼女にしてみれば噴飯物の主張だろう。

 

「想念工学がニューエイジ系の思想の中でも飛び抜けて汎用性と再現性に寄ってることは否定しないが、それにしたってなぁ。はっきり言うがクサカベ、お前のそれは反則(チート)の領域だ。なんだ? 神に愛されて生まれてきたとでもいうのか?」

「そんなこと言われても。実際に届いてないわけだし」

ミーネの言いたいことは理解できる。だがそれでも、日下部は横溢想念(プレーローマ)に至る必要があった。

そのために日下部は今、ひとつの覚悟と共にこの場に存在している。

 

「だからミーネ、頼みがある。私に性魔術を教えてくれ」

「……ほう?」

さすがに訝しむような表情を向けられるが、それは無理もないことだろう。

あれだけ執拗に誘われたのを袖にして来たのに、突然それを翻したのだから。

 

「この際だ、私の生気(オド)だろうがなんだろうがくれてやる。その代わり、私に『あと一歩』を突破するための叡智を授けて欲しい」

「お前は艦娘専用じゃなかったのか?」

「そうだよ。本当は良くない。言い訳のしようのない浮気になるし、嫁艦たちに知られたら下手すると本気で泣かせるだろうな」

努めて感情を込めずに話しているつもりだが、果たしてできているだろうか?

 

「それでも。あいつらを本当の意味で一個の生命体として解放してやれるのなら、それに勝るものはないさ」

この戦いに勝つこと、そして艦娘という種族をその負の習性から解き放つこと。それが日下部にとっての最大の目的だ。そのために真に必要ならば、それ以外の流儀も矜持もいくらでも破棄する用意はあった。

その言葉を聞いたミーネは、どこか面白そうに鼻を鳴らす。

 

「ふん。その我欲の張り方は、神秘を学ぶ者としては好ましい資質だ。いいぞ、教導してやるよ新参者(ニオファイト)

「本当か!?」

「ただし幾つか条件がある。まず第三海域を突破してからにしろ。性魔術は立派な儀式魔術だからな、余計な思念が混ざると失敗する。だから集中できる環境を整えるのが大切だ」

「ああ、それはわかった」

それは想念工学的な見地においても理解できる話だった。だから素直に頷く。

そんな日下部の反応を確認したところで、

 

「次に。お前一人じゃダメだ、川内の奴も一緒に学びに来い」

本日一番の愉快そうな笑みと共に、ミーネはそんなことを口にした。

 

「なん……だと……?」

「あいつの生気(オド)を研究してわかったことがある。おそらくあたしとお前じゃ秘奥には届かない。だがお前たちの生気は、まるで申し合わせたかのように最高の相性をしているんだ。だからお前たちならきっと秘奥に届く。良かったなクサカベ、艦娘以外と浮気する必要はなさそうだぞ」

「そ、そうか」

覚悟を決めたにも関わらず肩透かしとなって、思わず脱力しそうになる。

だが嫁艦たちを裏切らなくて済むのであれば、それに越したことはないはずだ。だから日下部としては、それは願ったりかなったりである……日下部としては。

 

「なぁミーネ、お前はそれで良いのか? お前は自分が秘奥に至るために、私との性魔術を欲していたんじゃないのか?」

()()

あまりにもあっさりと即答されて、思わず目を剥く。

 

「あたしはお前を秘奥に至らせるために生気(オド)を求めていただけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ミーネ……」

「だから、お前たち二人にきっちり教え込んでやる。あたしの願いのためにも、な」

ミーネはつい今の今まで、すぐ隣にいると思っていた。実際その肉体はテーブルの向かいに腰掛けているのは間違いない。

だがその言葉を口にしている彼女の魂は、まるで遥か高次元の彼方に存在しているかのようだった。




※皆様あけましておめでとうございます。2025年もよろしくお願いいたします。
前話のあとがきで「年内にはお届けしたいと思っています」と書きましたが、ちょっと艦これとは別のゲームに大ハマりしてしまいまして、年末年始はそちらを遊び倒しておりました(艦これももちろんやっておりましたけども)。
ようやく一段落したので、SS更新と相成りました。

というわけで改めて「カタリ派」に関するシリーズ、第4話です。
ただしこの辺りからカタリ派そのものからは少し離れていきます。物質と精神の対比を教義として掲げる神秘(オカルト)は、カタリ派だけではないのです。
たとえば19世紀、古き時代の「神秘(ミステル)」を解体し、「オカルト」という概念に作り変えたとある神秘思想団体とか、ですね。有名な団体なので、名前だけはご存知の方も少なくないかとは思います。

また本作は「サブタイトルにあらすじが入っている系の作品」なわけですが、「アイテムボックス(鶴革の袋(コルボルグ))」に続き「反則(チート)」というその系統でお馴染みの言葉が今回出てきました。
まぁ今はまだ「そうじゃないか?」とミーネが言ってるだけではありますが。
サブタイトルにあらすじを入れた以上そっち系の概念は本作では使い放題なので、まだまだ出てくる予定です。

艦これ本編は年末年始任務、そして新春任務が展開されています。またリアイベの新春ライブで、色々と次のイベントの情報も出てきた模様。当艦隊も霞の2号を育て始めました。
SSは、いよいよ日下部鎮守府がトーチ作戦のE3に進みます。2年以上経っても大人気の、あの軽空母を救出する話ですね。お待ち下さい。
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