日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


清浄なるもの 5

自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。

――江副浩正

 

 

――特にうちの「いが」と比べて、構造的に大きな違いがあるわけではないな。

それがシュナイダー鎮守府の艦娘運用母艦を訪れた日下部が、最初に抱いた感想だった。

考えてみればそれも当然で、自分たちは人類統合軍に所属しているのだ。人類の軍事力を統合することの最大のメリットは、保有装備の規格を世界的に統一できることにある。

それはもちろん、艦娘運用部隊の主戦力である艦娘を含めての話だ。だから出迎えがよく見知った大淀であること自体は、特に不思議な話ではなかった。

ただ、

 

Willkommen(いらっしゃいませ)、日下部提督。当艦隊のAdmiral(提督)より案内役を申し付けられております」

流暢なドイツ語がその口から飛び出してきたとなると、さすがに少し話は変わってくる。

 

「歓迎に感謝する。提督一名艦娘一名、乗船許可を願う」

「許可いたします。ようこそ、シュナイダー鎮守府艦娘運用母艦『ゼーアドラー』へ」

日下部の隣にいる川内にちらりと一瞬視線を向けてから、大淀は自艦の名前と共にそんな風に告げてきた。

彼女の先導で乗船タラップを上り、艦内へと足を踏み入れる。

 

「しかし出迎えはグラーフがやってくれるものかと思ったんだが。ハワイのマウナケア以来だが、あいつは元気か?」

「はい、おかげさまで。当艦隊では提督代行が必要な時は、私ではなく彼女が行うことが多いのですよ。本日はまさしくそのような状況ですから、今は執務室におります」

「へぇ、なるほどな」

艦隊ごとに色々な事情があるものだ、と思わず感心する。

大淀の案内で廊下を歩んでいると、不意に違和感を覚えた。「いが」と艦の構造は変わらないはずなのに、妙に廊下が長く感じる。感覚としてはそう、あのマウナケアのW・M・ケック天文台でパトスの設置した「定礎」のあった部屋に足を踏み入れた時に近いか。

隣の川内に視線を向けると、彼女も怪訝そうな表情を浮かべていた。自分の抱いている感覚を口にすべきかどうか迷っているようにも見える。

川内が顔を上げてきて、こちらと視線が合う。日下部がついに先導する大淀に対して口を開こうとした、まさにその瞬間、

 

「到着いたしました。こちらがAdmiralの私室になります。今回は応接室ではなく最初からここに通せと命じられておりますのでご案内いたしました」

大淀がこちらを振り向いて告げてきて、慌てて言葉を飲み込む。

確かに目の前にはひとつの扉が存在した。「いが」の日下部の私室に繋がる扉とまったく同じ形状をしており、ここが人類統合軍艦娘運用部隊の艦娘運用母艦内であることを強制的に思い出させてくる。

 

「あ、ああ……今日は提督としての公的な表敬訪問ではなく、ごく私的な用件だからな」

「そうだったのですね。では少々お待ち下さい。Admiral, wir haben unseren Gast hierher gebracht.(提督、お客様をお連れしました)

大淀はドアをノックしながら、中に向かってドイツ語で呼びかける。外国籍の提督と艦娘が日本語で会話することも人類統合軍では珍しくない光景だが、どうやらシュナイダー鎮守府ではそうではないらしかった。

日下部はドイツ語の素養はさっぱりと言っていいほどないが、こんな状況でかける言葉の意味など限られているだろう。

だから今の大淀の言葉も、

 

Vielen Dank für Ihre harte Arbeit. Bitte kommen Sie herein(ご苦労様。入ってもらえ)

扉の中から聞こえてきたミーネの言葉も、なんとなくだが理解できる気がした。

 


 

魔術師を自称する提督の私室はどんな場所かといえば、これはごく普通にテーブルと椅子のある居間(リビング)風の部屋だった。

もちろんミーネは日本人ではないので、出されたものは緑茶ではなくコーヒーだったが、日下部自身の部屋と比べて違う点はそのくらいだろう。

そんな感想が、つい表情に出ていたかもしれない。

 

「なんだ、可憐な美少女の部屋にしては普通すぎるか?」

そんな風にうそぶいたミーネの言葉に、思わず眉根を寄せる。

 

「可憐な美少女の部屋には、実はあまり入ったことないんだよな。口説く相手が『少女』だった頃は、もっぱら私の部屋に連れ込んでたし。成人してからは外でスることが多かったしな」

「……つまらん。相変わらずこの手の冗談は通用しないんだな」

「まぁオカルト狂いのお前の部屋としては普通すぎるな、とは確かに思ったよ」

埒が明かなそうなので、ミーネの言いたいであろう展開にあえて乗ることにする。

 

「そういうのは別に部屋を用意してあるんだ。わかりやすく言うなら『魔術工房』だな。そっちは恐らくお前の想像通りの場所になっている」

「魔術工房、なぁ……」

まるで漫画かライトノベルに出てくるそのままの言葉に思わず苦笑しそうになるが、今回はそんなミーネの知恵を借りに来たのだ。

だから脳裏に浮かんだ言葉をぐっと腹の底に呑み込んで、

 

「約束だミーネ。第三海域も攻略を終えたし、私と川内に性魔術を教えて欲しい」

ぐっと頭を下げる。

 

「ああ、魔術師は約定は命に代えても守る。それはいいが……」

「なんだ、何か問題があるか?」

「いや、お前じゃなくてな……なんだ川内、ぶすっとした顔をして」

ミーネの視線を追うようにして、日下部は自らの隣の席に座る川内に目を向ける。そういえば川内はこの「ゼーアドラー」に乗艦して以来、大淀への挨拶以外に一言も口を利いていなかった。

実はここに連れてくる話をした際には、かなりの悶着があった。あの時はいったん納得してくれたと思ったのだが、実際にここまで来たことで疑念や不満が再噴出したのかもしれない。

日下部は声をかけようとするが、

 

「性魔術、って……」

一瞬早く、川内の方が重い口を開いた。

 

「最初に聞かされた時は、なんで他所の提督交えて3Pしなきゃなんないの! って思ったけどさぁ」

「なんだ、日下部から説明されていないのか? 今回はあたしオリジナルの三位一体の術式は行使しない。二人で行う、従来の性魔術だけ教えてやる。だから安心しろ」

「説明はちゃんとされたよ。でもそれ以前の問題として、性魔術自体が怪しい! うさん臭い!」

「おい。それは今回の儀式以前の問題だぞ」

露骨にミーネは顔を歪める。

 

「下位とはいえれっきとした神の定義を満たす艦娘に、うさん臭いとか言われてもな。魔術の行使には想念の純度が大事だ。半信半疑で至れる真理などないぞ?」

「それは困る」

横で口を挟めずにいた日下部も、思わず唸るように呟く。

オカルト的な見地は抜きにしても、想念工学的にも自身の行いを信じることは重要な要素だ。

 

「なぁ川内。あまり難しく考えるな。そういうプレイだと思えばいいさ」

「えっ!?」

「ちょっと特殊な手順を踏むだけで、本質はいつも私とやってる夜戦だよ。ああ、ミーネの奴にお前のメス顔は見られることになるが……その方が興奮するだろ? お前すっかりドMになったもんな」

「そ、そっか。そういうことになるのか。うん、じゃあ仕方ないかな?」

畳み掛けるように言葉を浴びせていくと、それまで不満気な表情を隠そうともしていなかった川内の様子が明らかに変わっていく。

 

「お、表情が蕩けてきたな。お前のそういうところ、本当に愛してるぞ」

「う、嬉しい」

ついには頬を上気させ、息を荒くし始めた川内を抱き寄せる。

よし、普段からしっかり調教しておいて良かった。

 

「他所の夫婦関係に口を出すのもどうかと思うが、それでいいのかお前たちは」

半眼になってミーネは呆れたように呟くが、これで万事解決したのだから良いに決まっているのだ。

 


 

ミーネが「魔術工房」と呼んだ部屋は、なるほど確かにそう自称するだけのことはあった。

雰囲気としては、日想研時代にモーリアックの下で世界中のオカルトを学んでいた頃の部屋に近い。古書や護符、彫像、もっとよくわからない謎の物体(オブジェクト)が無数に置かれている。

ただし乱雑に散らばっているのかと言えば、なんとなくそれも違うような気がした。

 

「何か法則性がありそうだな? それがお前の言う『魔術』なのかはわからんが」

「お、良い傾向だ。そこに気付いたのは偉いぞ」

ミーネに促されて部屋の奥に向かうと、そこにはいかにもオカルトじみた祭壇がしつらえてあった。その手前には赤い色の布で織られたマットが敷かれている。

 

「さて改めて。性魔術という響きで誤解されがちだが、この術式で最も重要なのは互いに対する愛情だ。性的絶頂のエネルギーを使って、世界の根源に至ろうというものだからな」

「世界の根源。それが高次AIどもの言う一者(プロパテール)と同じものかはわからんが、手掛かりにはなるだろうな」

「正直そんな簡単に至られても困るが、実践を繰り返すことは大切だ。さて、まずは」

ミーネは室内の四隅に護符のようなものを貼って回り、さらに室内の一角に安置されていた杖のようなものを振るった。

 

「……? なんだそれ、なんの意味がある」

「なんだ。記号の組み立てには気付けても、そこから先はからきしか。だが川内の方は気付いたようだな?」

そんなミーネの言葉に、思わず傍らに佇む妻の顔を覗き込む。

 

「上手く説明できないけど、さっきまではと明らかに空気が変わった。清浄さが増したというのか……」

「正解だ。この空間を世界から隔絶した。ああ、日本人のお前たちには仏教用語を使って『界を結んだ』と言った方がわかりやすいか?」

「結界、ってことか。待てよ、それってパトスの『偽神権能(エクスーシア・デミウルゴス)と同じってことか!?」

「あんなデタラメな規模ではないが、世界の一部を切り取って異空間と化すという意味では本質は同じだ」

ミーネはいともあっさりと、高次AIと同じようなことをしてみせたと言ってのけた。

 

「改めてミーネ、お前何者だ……?」

「魔術師だよ。少しは信じる気になったか? ではこれから言う通りにストレッチをして、身体を解せ」

「わかった」

川内と二人、言われた通りに身体を軽く動かす。

その間にミーネは部屋の片隅から香炉のようなものを取り出すと、中に何かを入れて火を灯した。甘く艷やかな香りがたちまち室内に充満していく。

 

「不思議だ。なんか身体がとても軽い」

「それにこの香の匂い、嗅いでいるだけですごく興奮する」

日下部と川内が口々に感想を呟くと、ミーネはどこか愉快そうに笑みを浮かべた。

 

「媚香だからな。どうだ、魔術っぽくなってきただろ?」

「まぁ、続きを体験してみようかという気にはなってる」

「よしよし。さてこれで準備は整った、いよいよ術式の本番に入るぞ。しばらく黙っててやるから普通に始めろ。ただし絶頂も射精も禁止だ」

「おい、射精管理かよ」

「ゲスな言い方をするな。これは快楽を得るための情交ではなく、魔術の儀式だからな」

それまではどこか愉快さを隠そうともしていなかったミーネの声音が、急に真剣味を帯びる。

 

「魂を解脱させられるだけの生命エネルギーを貯め込まないといけない。まぁ普通は駆け出しのド素人が至れるわけもないんだが、お前と川内ならあるいは、な」

「わかった。私の頼みで教えてくれているんだもんな、そこは素直に従うことにする。とはいえ、シろと言われて始めるのもなかなかきっつい物があるなぁ」

「しっかり勃たせながら言っても説得力ないぞ。それに川内の方は、すっかりその気みたいだが?」

ミーネの言葉に、日下部は隣の川内に視線を向ける。

 

「相変わらず逞しい……欲しい、欲しいよ真琴さん」

川内は蕩けそうな表情を浮かべ、熱を込めた声で懇願してきた。

先程ミーネは「性魔術で最も重要なのは互いに対する愛情だ」と言っていた。ああ、ならばそれ以外のすべては些細なことだと断言していいだろう。

 

「川内……っ!」

自我と魂の奥底から湧き上がってくる衝動に任せて、日下部は川内を押し倒した。

まるで初めて彼女を抱いた時のように。




※2046年初秋編のメインストーリーに当たる話の続きです。シリーズタイトルは「カタリ派」から取っていますが、すでにカタリ派そのものからは少し離れていますね。
書いてみたら思った以上に分量がありましたので、2話に分けることにしました。今回は導入部に当たるところまでです。いよいよもってミーネの存在がオカルトじみて参りましたね。

性魔術について。
残念ながら作者は魔術師でもなければ魔術結社に所属してもいないので、完全に調べた内容で書いています。
性魔術と言うとエロいものを想像しがちですが(そして確かに実際にヤることはヤるのですが)、内容はしっかりと魔術の一種であるので、単にヤればいいというものではありません。結構細かい作法や儀礼があります。
なおミーネの術式は、インドのタントラの流れを汲んでいます。この辺詳しく説明するとクドくなる上に艦これから離れてしまうので、なんとなくそんなもんだということで。

艦これ本編、節分任務が終わり本日から桃の節句modeが始まりました。また次イベは3/7開始のようですね。
SSの次話はもちろんこの続きです。さすがにここで切って長らくお待たせするのは本意ではないので、なるべく早くお出しできるよう頑張ります。
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