日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -川内型三姉妹の場合 1-

ツルツルした氷の上は摩擦がなく、ある意味条件は理想的だが、歩けない。ザラザラした大地へ帰れ!

――ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

 

 

吹き上げる潮風が、ざわっと地表を撫でて海へと戻っていく。

三浦半島から太平洋方面に出た沖合。

何も無い海のど真ん中に、MM技術で強引に出現させた人工島。

人類統合海軍・艦娘運用部隊の根拠地のひとつ、「ショートランド泊地」は、そんな場所にある。

名前の由来となった帝国海軍の泊地と異なり、実際に遥か南洋のショートランド諸島に存在するわけではない。

現在の地球においてそのような僻地は、基本的には人類の生存できる土地ではない。

 

……そんな世界にあって、艦娘運用部隊の「鎮守府」だけが、まるで別世界のように存在している。

 

立ち上げ以来、日下部鎮守府の艦娘は順調に増えていた。

先だってはついに、初の日本以外出身の艦娘であるアメリカ駆逐艦・Johnston(ジョンストン)も着任した。

そして間近に迫っていると予測される、深海棲艦の不定期大規模侵攻である「イベント」では、さらに多くの艦娘の着任が見込まれている。

よって提督である日下部の判断で、施設の艦娘収容力を拡充する作業が行われることになった。

 

何も無い土地がどこまでも広がる人工の島。

建材など時間さえかければ、 MM技術でいくらでも出すことが出来る。

今も、想念工学で生み出された小人型の人工労働者――より原義に近いニュアンスで「ロボット」に該当する存在――である「妖精」たちが、鎮守府の敷地と建物を新たに作っていく。

 

イベントに備えて資材の備蓄を図るため、日下部鎮守府では最低限度しか出撃をしない方針となった。

一方で、他鎮守府の艦娘との実戦形式の演習は通常どおり行われており、それを通じて川内の妹・神通が、改二段階まで自らの練度を上げることに成功した。

 

艦娘の肉体は想念工学に基づいて作られた物だが、鍛錬を積むことで強化することが出来る。

そして一定段階に達することで、より強化された肉体に作り直す「大規模改装」を行うことが出来るようになる。

優先して育成されていた川内と、元々改二までの必要練度が低い川内型の末妹・那珂は、すでに改二段階までの改装を終えていた。

よってこれにより、川内型三姉妹が全員改二に至ったことになる。

 

「……街に行きたい?」

川内の要望に、提督である日下部は訝しげな声を上げた。

「そうそう、神通の改二祝いでさ。別に艦娘って、機密扱いじゃ無いでしょ?」

「まぁ、それはそうだが……はっきり言うけど、お前たちの知ってる日本じゃ無いぞ?」

「うん。100年後の世界がどうなってるか、神通も那珂も見てみたいんだってさ」

 

川内の言葉に、日下部は少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。

「まぁ、いいだろう。ちゃんと申請書を提出したら許可するよ。ただ、あまり期待はするなよ。落胆するだけだろうから」

「うん、神通と那珂にはそう言っとく」

 

日下部に対し、川内はそんな風に答えた。

 


 

「こうして見てみますと、世界は本当に変わってしまったのですね」

「那珂ちゃんもちょっとびっくりしたなぁ……」

 

三浦半島の大部分を占める、日本の誇る港湾都市・横須賀。

かつての大戦の時代、日本海軍の一大根拠地――本来の用法としての「鎮守府」――が置かれ、その後の時代にあっても海上自衛隊や在日米軍の基地が置かれた地。

だがそこは今、瓦礫が埋め尽くす荒野と化していた。

 

かつてはビルや家屋の立ち並んでいた都市圏は、シンギュラリティ到来時の高次AIの初撃によって、徹底的に破壊し尽くされた。

何しろ、人類に反乱を起こした3つの高次AIの一つ「ロゴス」は、日本で作られた物である。

日本のどこに人類の軍事力が存在し、どこを叩けば効率的に人類を殲滅できるかを、ロゴスは嫌というほど熟知していた。

その結果が、目の前の光景である。

 

「もうちょっと東京湾の方に入って行くと、艦娘運用部隊の横須賀鎮守府があるんだけどね。ええと、米軍基地があった辺りって言ってわかる、神通?」

「はい、知識はあります」

「ショートランドの隣が横須賀って、何か変な感じだなー」

「まぁ、そこは名前だけ借りた別物だからねぇ」

那珂の言葉に苦笑しながら、川内は返した。

 

当然だが、公共交通機関など残っていない。

「海の上を歩いた方が早いんだけどねぇ。障害物ないし、そもそも何倍もスピード出るし」

「出撃や遠征でも無いのにそれは、他の鎮守府の艦娘の邪魔になりますから……」

「それにいくら那珂ちゃんでも、さすがに艤装無しで深海棲艦に会いたくは無いかなー」

「まー、そうだねぇ」

そんな軽口を叩きながら、三人は徒歩でかつての国道16号を北上する。

舗装路は荒れていたが、艦娘の脚力はそれを苦もなく踏破し、ほんの数時間で横浜市の辺りまで到達した。

人間であれば鍛えていても疲労困憊になるようなペースだが、ちょっと汗をかいた程度で済んでいるのは、艦娘の面目躍如といったところだろうか。

 

「この辺にはさすがに人間がいるから、目立たないようにね」

「はーいっ!」

「わかりました」

 

川内は黒のインナーに緑のジャケットを軽く羽織り、サングラスをかけている。秋口用の衣装に似たデザインだが、今は初夏なので薄い作りになっており、またマフラーはしていない。

神通は白のワンピースを纏い、頭には鉢金は巻かずに大きな緑のリボンだけを。

那珂は水玉模様の入ったピンクのトップスに、オレンジ色のショートパンツ。頭のシニョンには、トップスと同じ色のレースリボンをあしらっている。

 

――こうして見ると、人間の三姉妹と名乗っても特に違和感は無いだろう。

もっとも全員とびきりの美少女である上に、艦娘のファンであれば顔を知っていておかしくないので、完全なカモフラージュとは言い難いのだが。

 


 

「これは……」

「なんか日本じゃないみたいだよねー」

神通と那珂は互いに言葉を交わし、顔を見合わせた。

 

シンギュラリティの到来以降、人類の半数以上が死滅した。

だが人々は主に防衛上の理由から、かつての大都市圏の残滓に寄り集まり、るつぼのように狭い範囲に密集して、猥雑に生活することを余儀なくされている。

無数に立ち並ぶ建造物の間を縫って、無規則にしか見えない路地が四方八方へ広がる。

それはあたかも、一時期のアジアの都市を彷彿とさせるような光景だった。

 

それでも曲がりなりにも政府が崩壊せず、最低限の社会的秩序が保たれているのは、MM技術の恩恵によるところが大きいだろう。何しろ時間さえかければ、想念などといういくらでも湧いてくるモノから、資源も資材も好きなだけ生産できるのだ。

そういった生活必需品の管理配給を政府が一手に引き受けることで、人々はこの残酷な世界にあっても、無軌道な行いに身を委ねずに済んでいた。

 

――結論から言うと、特に大きな騒ぎになることは無かった。

軽く街中を歩いてみるが、人々は自分たちの日常に精一杯で、こちらの正体にまで向ける意識は無いように見えた。

ごくたまに何かに気付いたような視線を向けてくる人々もいたが、隣の人とささやき声を交わす程度で、積極的に声をかけてくる者はいない。

「ナンパとかされるかと思ったけど、それすら無いねぇ……」

「そういうのは困りますから、姉さん」

「むー、那珂ちゃんはちょっと不満かなー!」

那珂はそう言ってむくれるが、曲がりなりにも恋人持ちの川内としては、神通の意見に賛成だった。

 

三人は街の片隅にある、小さなドリンクスタンドに入った。

川内はバナナスムージー、神通は緑茶、那珂はタピオカ入りミルクティーを注文し、露地に置かれたベンチに腰を下ろす。

「ふー、落ち着いたぁ。で、二人とも、現代の街並みの感想は?」

川内が尋ねると、

 

「そうですね、率直に言って……提督のお言葉の意味がよくわかりました」

神通は瞳に哀切の色を浮かべて顔を落とす。

自分たちの知る日本、そしてその延長線上にある国は、もう存在しない。

同じ日本という名を冠していても、ここに今存在する国は、およそ別物としか思えない。

その事実に、神通はショックを隠しきれない様子だった。

 

「姉さん。私たちの前世の、あの大戦に……意味はあったのでしょうか?」

劣勢の状況で必死に戦い、コロンバンガラ沖の海に沈んだ。

それは記憶の中に残る、あの日本を守るためだったはず……。

だが100年の時を経て変貌したこの世界を、神通はどう捉えれば良いかわからなかった。

 

「ごめん、それはあたしには答えられない。きっと提督にも。ううん、世界中の誰にも答えられないよ」

「姉さん……」

まるで改二になる前のような、気弱げな表情で、か細く神通は呟く。

 

と、その時。

「……神通ちゃん、難しく考えすぎじゃないかなぁ?」

那珂が、不意に口を開いた。

 

「那珂ちゃん?」

「世界がどんなに変わったって、那珂ちゃんはアイドルだから。今も昔もいつだって、銃後の民(ファン)のために戦場(ステージ)に立つんだよ」

那珂の喉から、透き通るような唄声が発せられる。

普段好んで歌っているような、軽快で陽気なアップテンポの物ではなく。

スローテンポで叙情的、いわゆるバラードと呼ばれる曲。

 

「~~~♪」

自身の道に迷う、妹のような少女を気遣って。

同じ道を行きたいけれども、選ぶのは君自身だよと。

 

「~~~♪」

自分の心に素直になって、未来を見つけて欲しいなと。

私はいつも傍にいるよと、優しく伝える内容の歌詞。

 

――気付けば、周囲には人だかりが出来ていた。

生きることだけに必死で、足早に周囲を行き交ってた人々が足を止め、那珂の唄声に聞き入っている。

 

「~~~♪」

最後のパートを歌い終わると、万雷の拍手が巻き起こった。

 

周囲の人たちに笑顔で応えてから、那珂は神通を振り返って、

「……ほら、ね? 人間のみんなは、やっぱり人間だよ。神通ちゃんも、そう思わない?」 

「那珂ちゃん、妹のくせに……ズルいです」

涙が零れそうになるのを必死で抑えながら、神通は言った。

「改二になったのは那珂ちゃんが先だもーん♪」

 

妹二人のやり取りに穏やかな微笑を浮かべながら、川内は静かに神通に尋ねる。

「ねぇ神通。神通は今でも、アメリカが憎い?」

川内の言葉に、神通は静かに横に首を振る。

「私は国を守るために命を懸けましたが、それはあちらだって同じはずです。私たちに大和魂があったように、あちらにもアメリカン・スピリッツがあって……そして、ただ立場が違っただけだと思います」

神通の言葉を受け止めて、川内は柔らかく微笑む。

「そっか、良かった。秘書艦として言うけど、ジョンストンとも、これから増えるだろう他のアメリカ艦とも、仲良くしてあげてね?」

「……はい」

 

わだかまりの解けた神通の笑顔は、とても晴れやかで。

先程まで抱えていた小さな悩みなど、もうすっかりどこかに消え去っていた。




※この作品は、1話当たり2500字から多くても6000字くらいに収まるように書いているのですが、今回8600字に達したので急遽2話構成に分けました。
「神通について」と「那珂について」は、2話目の後書きに回します。

ザラザラした大地について。
冒頭に引用した文章がこの言葉の出典なのですが、超ざっくり言ってしまうと「小難しいことばかり考えてないで、他の誰かと日常的な会話をしろ」ということになります。
摩擦、つまりぶつかり合いがそこには発生しますが、それこそが生きていく上で不可欠な物なのだということです。
前話に出てきた「言語ゲーム」も含め、とかく他人と話すことを重視するのが、後期ヴィトゲンシュタイン思想の特徴ですね。
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