日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -川内型三姉妹の場合 2-

君自身が君の世界だ。君の生き方で、君の世界はいくらでもよくなっていく。

――ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

 

 

那珂のバラードによって、優しい空気が三姉妹を包んでいた。

暖かな気持ちが胸に溢れ、三人ともそれをゆったりとした時間の中で、噛み締めていた。

 

まさにその時。

――突然、音が鳴った。

 

それまでの空気を一変させるような、けたたましいサイレン音。

初めて聞くはずなのに、それは三姉妹にとって、ある意味とてもよく聞き慣れた物。

「……空襲警報!?」

最初に叫んだのは、三姉妹の誰だったか。

周囲に集まっていた人々は、弾かれたように動き出す。

こういった事態にはとても慣れているようで、めいめいがてんでばらばらに、しかし誰一人迷うことなく蜘蛛の子を散らすように走っていく。

 

ほぼ同時に、艦娘にとってよく見慣れた影が姿を現した。

先端の尖ったフォルムに、口に似た形状のパーツ。

ボディの後部には、緑色の光が灯っている。

深海棲艦に属する航空機……深海棲艦爆と呼ばれるモノである。

 

「那珂ちゃん、今日はオフなんですけどーっ!」

「困りましたね、艤装も無いのに……っ!」

困惑の色を浮かべた二人に対して、

「神通、那珂! こっち!」

川内は迷うことなく、街の片隅へ導いていく。

「地下が広いトンネルになってる! 哨戒網を抜けて深海棲艦が襲ってきた時は、手近なところから地下に避難して、横須賀の艦娘が来るまで防戦に徹することになってるんだよ!」

 

深海棲艦爆は無差別に建物を爆撃しており、幾つもの建造物に被害が出ていたが、幸いなことに三姉妹の視界内においては、人的な被害は発生していなかった。

街の各所から、機銃のような砲火や誘導弾(ミサイル)、あるいは攻性光条(ビーム)といった人間の扱う兵器が放たれる。

それらの幾つかは、深海棲艦爆に直撃弾を与えるのだが……機体を構成する高濃度の想念力に対し、一切の傷を付けることは出来なかった。

それでも牽制くらいにはなっているのか、徐々に爆撃は何も無い場所に落ちるようになって行っている。

 

進行方向にある階段を示して川内は、

「よし、あそこ! あそこから地下に降りられ……ッ……!」

最後まで言えずに、絶句する。

 

地下に通じる入り口のすぐ近くゆえ、逆に小さな空白地帯となっている場所。

そこに、一組の親子が倒れていた。

10歳程度と思しき少女は転んでしまったのか、必死で起き上がろうとしている。

そしてそのすぐ近くには少女の母親が転倒しており、……片足が瓦礫の下敷きになって、身動きが取れないようになっていた。

 

「ミカ、立って! 逃げなさいっ!」

「嫌ぁ! お母さんも逃げるの……っ!」

少女は叫ぶが、どう見ても母親は動ける状態ではない。

そしてその上空では深海棲艦爆の一機が、急降下爆撃のコースに入ろうとしており……。

 

「那珂ちゃんの生まれた街で! 那珂ちゃんの目の前で! 誰も、死なせたりしないよーっ!」

真っ先に動いたのは、那珂だった。

深海棲艦爆の直下と、親子の間を塞ぐように立ちはだかる。

 

「艦娘舐めんなぁぁぁぁぁ!」

川内は周囲の崩れた建物から手近な瓦礫を拾うと、深海棲艦爆に向かって全力で投擲した。

艦娘が深海棲艦に対抗できるのは、地球意志と接続しその恩恵を受けられるからだ。艤装は確かに強力な想念兵装ではあるが、あくまでその本質は「艦娘による攻撃」にある。

つまり逆に言えば、「艦娘による攻撃」なら瓦礫の投擲であっても、有効打を与えうるということ……!

 

――急降下爆撃の最下点、投弾直前の深海棲艦爆に、瓦礫は見事に直撃する。

爆撃は微かに反れ、近くの建物に突き刺さった。

崩壊した建造物の欠片が親子と那珂に向かって降り注ぐ。

猛然と粉塵が舞い上がり、一時的に視界が遮られた。

 

痛打を与えられた深海棲艦爆は、地表数十メートルまで高度を下げていた。

それでも制動をなんとか取り戻し、再上昇のコースに入ろうとしていたが、

「油断しましたね、次発装填済です……っ!」

周囲の崩れた建物を足場にし、艦娘の脚力を全開にして飛び上がった神通が、粉塵の幕を突き破ってその高さに迫る。

「うおおおおおおっ!」

裂帛の気合の声と共に神通は、大きく拳を振りかぶり……。

そのまま、深海棲艦爆を全力で殴り飛ばす。

 

誰もいない方向に吹っ飛ばされた深海棲艦爆は、そのまま地面にめり込み、盛大に爆発四散した。

 

一方、地上では。

ミカと呼ばれた少女は、建造物の雪崩が収まったことに気付き、恐る恐る目を開く。

そこには、

 

「お……姉……ちゃん……?」

「こんなになっても……那珂ちゃんは、絶対……路線変更しないんだから……」

 

那珂はその背中で、すべての雪崩を受け止めていた。

尖った建造物の欠片が頭部に裂傷を作り、血が吹き出して流れ落ちている。

片腕はおかしな方向に曲がり、反対側の腕も繋がっているのか千切れているのかすら、もはや感覚が無い。

それでも、那珂は笑っていた。

まるで何事も無かったかのように笑顔でいることが、アイドルとして当然の役割だとばかりに。

 

「ごめんね、怖がらせちゃったかな……?」

「ううん……格好いい……!」

「うーん。そこは可愛いって言って欲しいけど、今日はオフだから格好いいでもいいや。ありがとー!」

「お姉ちゃん、艦娘?」

「うん。艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」

「那珂ちゃん! ミカ、艦娘になる!」

「うーん、ちょっとそれは難しいかもー」

「じゃあ、提督になる! それで、那珂ちゃんと一緒に戦う!」

「あはは……」

 

きらきらした目で言う少女に、那珂は心の奥で思う。

――この子が提督になるような年齢まで、この戦いを続けさせてはいけないと。

 


 

到着した横須賀の艦娘たちによって、深海棲艦爆は一掃された。

そのうちの一人がこちらの存在に気付き、近付いてくる。

 

「悪い、遅くなった。協力に感謝する……って、あれ、川内さんじゃん? こんなとこで何やってんだよ」

「あ、有明……!?」

声をかけてきたのは、長谷川提督の秘書艦を務める駆逐艦・有明だった。

そう、長谷川鎮守府は横須賀鎮守府に所属しているのである。

 

「姉さん……? うちに有明は、まだ着任してないですよね……?」

「あ、あーっ。そうそう、他所の有明。前に偶然知り合って、仲良くなってさー」

「……そうですか」

神通は訝しむような目を向けてきたが、ひとまずその場ではそれ以上何も言ってこなかった。

 

「とりあえず有明、あの親子をよろしく! 女の子は大きな怪我は無いけど、お母さんは片足が瓦礫の下敷きになってるから、適切な処置が必要だと思う」

現代ではMM技術の登場によって、医療も飛躍的な進歩を遂げている。

有り体に言って四肢をいくら欠損したところで、いくらでも「新しい四肢」を用意することが出来るのだ。

もちろん、死者を蘇生することは出来ない。また加工そのものは専門の想念工学者に任せられるとはいえ、素材となる想念を自身で生産する必要がある関係上、脳を損傷するような負傷に対しては無力という点もあって、決して万能というわけではない。

それでもあの母親の怪我くらいなら、適切な処置をして十分な時間をかければ、後遺症も無く完全に回復できることだろう。

 

「那珂さんはどーすんだよ? あれ、大破ぎりぎりまで行ってんだろ」

「もちろん、日下部鎮守府まで送って入渠させて欲しい。けど人間優先でいいよ、那珂だって艦娘だから分かってるよ」

「川内さんのそういうとこ、嫌いじゃないぜ。アンタ、色恋絡まないとマジ格好いいよな」

「余計なお世話!」

 

一通りの手配を終え、ようやく川内と神通は一息をついていた。

 

「なんか、神通の改二祝いなのに、散々なことになっちゃったね」

「いえ、いいんです。姉さんと那珂ちゃんのおかげで、素敵な気持ちになれましたから」

 

神通は、つい先程まで鉄火場と化していた街に目を向けた。

街の至るところを「妖精」たちが駆け回り、人間とも協力して凄まじい勢いで建造物を修復していく。

その反対側では白衣を纏った人間たちがMM機関を操作し、建材をどんどん生産していた。

基部は一辺2mほどの箱状の機械であり、その上部からは黒い先丸円筒形のパーツが伸びている。上部のパーツには無数の穴が空いており、この穴を通じて周囲の人間や土地から想念を吸収するのだという。

集められた想念は機械を通じて物質化され、少し離れた場所にある巨大な床台型のパーツの上に実体化される。

秘書艦である川内にとっては、主に艦娘の概念核を受肉させる際によく見ているモノだったが、神通はあまり見慣れないからだろうか、食い入るようにその光景を見ていた。

 

「不思議な機械ですね。これが100年前にあったら、そもそもあの戦争もしなくて済んだのでしょうか?」

「どーだろ。確かに石油の禁輸で干からびることは無かったと思うけど、結局なんだかんだ言って戦争は起きてたんじゃない?」

「そう、でしょうか……」

 

MM技術により資源問題を解決した人類も、結局は感情や思想信条による対立を捨てられなかった。

停滞の時代に至るまでには、想念兵器同士のぶつかり合いも存在した。

その期間があまりに短かったために「第三次世界大戦」としては扱われておらず、そしてその期間の割に被害が甚大だったことから、ようやく人類は停滞の時代を迎えることになったのだが。

 

「人間ってそんなに頭の良い生き物じゃないし、はっきり言って地球に見捨てられたっておかしくないようなこともやってるけどさ。それでも地球は、人間を愛するって決めたんだよ。だったら、その地球の娘であるあたしたちも、人間を精一杯愛さないと」

 

そう言って微笑む川内の顔を見て。

まるでその姿は星のようだと、神通は思った。

 

一人の人間の男性に恋した姉が、こんな表情を浮かべられるのなら……いつか自分にも、そんな相手が見付かるのだろうか?

もっとも、艦娘の使命はともかく個人的な恋愛となると、人間に恋している自分はどうしても想像できないのだけども。

どちらかというと、同じ艦娘に恋している方が、なんとなく自分らしい気もしていた。

 

「ところで姉さん、そろそろツッコミますけど……なんで初めて来るはずの横浜の街のことを、あんなに熟知してたんですか?」

「ぎくーっ!」

「深海棲艦爆に襲われた時、地下トンネルのことも最初から知ってましたし、迷わず私たちを誘導してましたよね?」

「そ、それは……」

「それにあの有明とも親しそうでしたし……」

「あ、あはは……」

「何より、私が着任した時の姉さんの一人称は『私』だったはずなのですけど、いつの間にか『あたし』になってましたよね……?」

「えっ何それ。あっ、でも確かに普通の川内って『私』って言ってる! うわー、逆にこれで気付いてない提督、ガバガバ過ぎない!?」

「姉さん」

 

神通は川内に一歩詰め寄って、

 

「あなたは、『誰』なんですか……?」

「わかった。わかった神通、全部話す! 心配しなくても、あたしは川内だよ。全部の川内が、全部の神通の姉なんだから、あたしがあなたの姉であることに変わりは無いよ!」

 

慌てて弁明する姉の姿を見て、神通は思う。

――うん、私の対になる星がどこかにいるとしても……それは少なくとも、姉さんでは無いですね。




※「艦娘たちのザラザラした大地」はとりあえず今話までで、次話はまた日下部の過去を語る話になります。その後ようやく春イベの話が始まります。
先日、艦これ運営から2021/8/20から夏イベが始まると告知がありました。出来れば夏イベ開始までに春イべの話を書き終えたかったのですが、なかなか難しそうです。
秋の秋刀魚漁orあるとすれば秋イベ辺りには、SSもツイッターの時系列に追いつきたいですね。

神通について。
改二まではどっちかというとオドオドした感じの(夜戦だけ豹変する)タイプだったのが、改二でいきなり凛々しくなって、作者は割と驚きました。
羽黒辺りもそうなんですが、艦これではリアルの武勲艦ほど最初は大人しくて、そして成長するにつれ凛々しくなっていきますよね。これに合わせて、神通の成長話をさせていただきました。
ちなみにツイッターをフォローして下さっている方は、神通の「対になる星」が誰かはもうご存知だと思いますが、SSオンリーの方は今後をどうぞお楽しみに。

那珂について。
MVP台詞とか、公式化した2-4-11とか、とかくネタキャラ扱いされる子ですが、どんな時も笑っていなくてはならないアイドルって、実はとっても大変なお仕事だと思うのです。
うちの那珂は、文字通り腕がもげようが足が吹っ飛ぼうが笑える、「本物のアイドル」です(艦娘だからってのはでかいですが)。実は赤城と並ぶ「理性の化物」でもあります。
春イベで出てきた「もう一人の艦娘のアイドル」との関係性も、いずれ書きたいですね。
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