日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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かの者、聖処女(ラ・ピュセル)にあらず 1

何か新しいものを初めて観察することではなく、古いもの、古くから知られていたもの、あるいは誰の目にもふれていたが見逃されていたものを、新しいもののように観察することが、真に独創的な頭脳の証拠である。

――フリードリヒ・ニーチェ

 

 

「座右の銘は、『汝の意志するところを為せ』です」

正直、面食らわれることを覚悟して言ったのだが、

「……おや。その言葉には続きがあったと思ったけどね? 後半部分はいいのかい?」

――あっさりとそんな返答をされて、逆にこちらが面食らう羽目になった。

 


 

2040年、今から5年前。白百合姫と王子様の恋が砕けた後。

その痛みの残滓に浸る余韻も無く、私は日想研に就職するために、面接を受けていた。

 

これはある意味で悠也さんの口利きによる縁故採用であり、また別の意味では「自分の才能を活かして世の中に貢献する」ということを前提とした、司法取引のようなものでもあったから、当然面接も通常の就職活動とは別口で行われている。

研究所の一角。机すら無く、小さな椅子が2つだけ用意された小部屋で、私は面接官と差し向かいで座っている。

 

とはいえ、さすがに予想できなかった。

私の面接官が、まるで西欧人の少女にしか見えない人物である、などとは。

 

絵に描いたような金髪に、サファイアのような青い瞳。

髪にアクセントとなるハート型の髪飾りを付けて、首には星型のペンダント。

大きくへその空いた扇情的な服を着ているのに、なぜかどことなく知性を感じさせる雰囲気がある。

 

「初めまして、日想研副所長のジャンヌ・モーリアックです。よろしくね、日下部くん」

「ジャンヌ、ですか? 確か以前拝見した御研究所の資料では、ジャン・モーリアックと……」

「……キミ、なかなかすごいね。特殊な状況とはいえ就職面接でそれ指摘したの、キミが初めてだよ?」

「あわわ、申し訳ありません!」

慌てて謝罪をするものの、相手は陽気にからからと笑って、

 

「いや、いいよ。気に入った。うん、まぁぶっちゃけ僕はtrapだ!」

「trap……って、えっ!?」

「うん、男の娘」

「え、えええーっ!?」

どうしよう。何とリアクションしたら良いかわからないぞ。

 

「キミ、そういう態度はあまり感心しないぞ。僕は気にしないけど、性的マイノリティに対して迂闊な言動すると、差別になるからね」

「あっ、確かに。失礼しました」

「まぁ、キミの事情はユーヤ……っと、長谷川くんから聞いている。一時的にだがロゴスを出し抜いた才能は実に有為なんで、多少のことには目を瞑るよ。さて、じゃあ始めようか。まずはキミの人となりを知るために、座右の銘を聞かせてくれるかな?」

 

――そして、冒頭のやり取りに至る。

 

「……既存の法も倫理道徳も、クソだと唾を吐いたら痛い目に遭うことを学びましたので。『それが法の全てとなろう』の部分は、無視することにしました」

「なるほど、そこは好感が持てる。ところで日下部くん、アレイスター・クロウリーなんかよく知ってたね? キミ、セレマイトなのかい?」

む。詳しいな、この人。

ちなみにセレマイトとは、クロウリーの提唱した「セレマ神秘主義」というオカルトを、本気で学ぶ者たちのことである。

 

「いえ、クロウリーの哲学には興味がありますが、オカルトは求めていません」

「ほう、何故?」

「オカルトは個人的な体験を重視しますが、えてしてそれは詐欺だったり偽物だったりすることが多いと思うんです。世界のどこかには、本物のオカルトが存在するのかもしれませんが……私には無縁で結構だと思っています」

先日の悠也さんには「人外の少女が」などと茶化して言ったが、これがこの時の私の偽りない本音だった。

 

私の発言を、副所長は黙って聞いていた。

しばらく無言で何かを考え込んだ後、

 

「――C'est parfait.(それは完璧だ)

 

流暢なフランス語で呟き、不意に立ち上がった。

そのまま突然こちらに近寄ってくると、むぎゅーっと抱き着いてくる。

 

「採用! たとえ所長が反対したって、僕が責任持ってねじ込んでやる。僕はね、キミみたいな人を探してたんだ! よろしくね、日下部くん!」

突然の副所長の行為に、今度こそ頭が真っ白になった。

 

採用されたことはもちろん嬉しかったけども、少女のような人に抱きつかれているのに、まったくときめかなかったのは。

先日の砕けた恋の欠片が痛むからか、……それとも、やはりこの人があくまで男性だからか、はたしてどちらだったのだろう。

 


 

「さて、キミには僕の個人的な研究を手伝ってもらおうと思う」

社会人初日。出勤した私に与えられたのは、副所長のそんな言葉だった。

 

モーリアック副所長の研究室(ラボ)の一角。

研究所のメインとなる区画からは隔離されたこの部屋は、明らかに他の場所とは雰囲気が異なっていた。

乱雑に積み上げられた紙の本――かなり古い物が多く、「書物」という言い方が似合いそうだった――や、何やら世界各地の土産物のような小物がたくさん。

とてもじゃないが、仮にも「工学」の名を冠する学問を扱う場所とは思えない光景だった。

 

「まぁ、キミについては通常枠での採用じゃないからね。メインのチームに回してやるわけにも行かなかったってのもある」

「結構です。私の能力を買っていただいたのですから、どんなことでもやります」

「よし、よく言った!」

副所長は私の言葉にニヤリと笑みを浮かべると。

 

「僕は『想念工学とオカルトの親和性』について研究している」

そんなことを、堂々と言った。

 

「えーと。先日申し上げた通り、私はオカルトとは無縁でいたいんですが……」

「なんだよ、なんでもやるって言った側から。まぁ別に、本気で神秘体験をしろと言ってるわけじゃない。僕たちはあくまで科学の子だ。どれだけ魔法に見えたとしても、僕たちの成果は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この言葉は理解できる。

魔法と科学にどこかで線を引く必要があるならば、そこを基準点とするのはきわめて妥当だろう。

 

「けれども、よく考えてみたまえ。MM技術によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。ならば、MM技術以前から精神や想念を扱ってきた分野であるオカルトに属する概念は、想念工学に基づいて再現・生産するのが比較的容易だと思わないかい?」

 

想念工学は、現時点ではきわめて属人性の高い学問だ。

何しろ素材となる「想念」の必要量は、その生産者がどれだけ正確に克明に、対象についてイメージ出来るかに左右される。

工学(エンジニアリング)と言うより工芸(クラフト)だ」などと揶揄されることもあるくらいだ。

出来る限り誰であっても画一したイメージを抱けるようにして、生産に必要となる想念の量を均一化する試みは、想念工学者にとって至上命題とも言える研究テーマだった。

 

「さて、では論より証拠。まずは現時点での僕の『研究成果』をお見せしよう。――emeth」

副所長が聞き慣れない単語を口にした瞬間。

むくり、と部屋の片隅から、人型の影が起き上がった。

 

その全身は、泥を捏ねたような素材で構成されている。

体躯は成人男性程度だが、人間と比べて全体的にずんぐりとしている。

顔のような部分には、目と口に当たる穴は空いているが、鼻に相当する物は無い。

腕も脚もかなり太いが、手には指先がきちんと5本あり、精密な作業も行えそうな構造となっていた。

 

「これは……?」

「キミは、ゴーレムという存在を知っているかな?」

「ゴーレム……ゲームやライトノベルに出てくる、魔法で動く泥人形のこと、でしたっけ?」

「まぁ、今は大体そんな理解でいい。カバラだのシェム・ハ・メフォラシュだのアヴィケブロンだの、普通は知らないだろうからね」

 

やはりよくわからない単語を口にしながら、副所長はその人型の影の表面を軽く手で撫でる。

 

「そしてコレは、そのユダヤの伝承に出てくるゴーレム……()()()()()()()()()。概念と名前だけを借りて、想念工学に基づいて作られた別物だ。だから勝手に巨大化することもないし、そもそも本来emethはゴーレムを起動する呪文ではない」

「なるほど……大体、副所長のやりたいことがわかってきました。で、このゴーレムって何が出来るんですか?」

「あらかじめ与えておいた命令に従って、作業を行わせることが出来る。『本物』と違って、精密作業が可能なように調整してあるからね。人型なので、人間に出来る作業はほとんどを代替出来るよ。どうだい、なかなか高性能だろう?」

 

副所長はそう言ったが、それを聞いた私には気になることがあった。

うん、これ言っていいのかな? ええい、ままよ。

「あの。その用途であれば、AIを搭載した機械工学式のロボットの方が、コスト的に安上がりに済むんじゃないでしょうか……?」

 

下手をすれば、完全に機嫌を損ねておかしくない発言なのだが。

副所長はにやっと笑みを浮かべ、

 

Très bien(すばらしい)! 真っ先にそこに気付くとは、想念工学者としてキミの能力に敬意を表する! そしてその質問に答えるが……Exactement(そのとおり)! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! まぁ、なんらかの理由でAIが使えないような状況になったら、活躍できるかもしれないけどね」 

「そ、そんな堂々と言われても」

「我ながら問題だとは思うんだが、そういう細かいコスト計算は僕はなかなか苦手でね。そうだな。この国の技術者で言うなら、平賀譲みたいなタイプだと思ってるよ?」

「えーと、大日本帝国時代の造船技術者ですよね。確か、軽巡の川内型とか夕張型、重巡の妙高型とかを設計した人ですよね?」

「そうそう。まぁ『コストを度外視して斬新な発想を実現してしまう技術者』ってくらいの意味だけどね」

「それ、自分で言っちゃいますか?」

「言っちゃうとも。僕は自分のことはきちんと理解しているんだ」

そこで副所長は言葉を切り、

 

「うん、だから日下部くん。コスト面での改良はキミに任せた!」

 

「ええええぇーっ!?」

「平賀譲は、部下の藤本喜久雄とは不仲だったそうだけどね。そんなところはさすがに見習わないよ」

言いたいことを言うと副所長は、部屋の中に積み上げられた書物の中から、何冊かを私の前に積み上げた。

「というわけで、キミには僕と同じレベルでオカルトの知識を学んでもらう! 大丈夫、キミのスタンスならオカルトに溺れることなく、純粋に知識としてオカルトを学べる! とりあえず、この辺を読むところから始めてくれたまえ!」

 

その言葉に、私は思わず顔を引きつらせた。

まさか社会人初日から、こんな羽目に遭うなんて……誰が想像できただろうか。

 


 

聖書。クルアーン。大蔵経。日本神道の神典。

――読み終わった書物が積み重なるたびに。

 

アヴェスター。ゾーハル。ソロモンの鍵。オプス・パラミルム。

――ひとつずつ、

 

シークレット・ドクトリン。アブラメリンの書。心霊的自己防衛。法の書。

――ひとつずつ、季節が流れていった。

 


 

「ベースになる概念を、ゴーレムから切り替えるだって?」

「どう頑張っても、ゴーレムの方向性であれ以上の改良は無理ですよ。私や副所長ならともかく、一般人がゴーレムと言って思い付くのは、せいぜいRPGで襲ってくるモンスターですし。人間の代替労働力(ロボット)としてのゴーレムを無理やり作ると、必要想念力が跳ね上がります」

「代案はあるのかい?」

「もちろん。ほら、西欧の民間伝承にあるじゃないですか。人間が寝ている間に代わりに仕事をしてくれる、優秀な代替労働力が」

 

「……なるほど、『妖精』か!」

私の提案に、副所長は膝を打って言った。

 

「うーん。ゴーレムを捨てることに抵抗感はあるんだけど、まぁマコの言ってることは理解できるなぁ」

「その『マコ』って、少し恥ずかしいんですけど……」

「なんだい。せっかくこの僕が認めて、距離を縮めるために愛称で呼んでるんじゃないか。ちなみにマコも僕のこと、ジャンヌって呼んでいいんだよ?」

「何か言いましたかジャン・モーリアック副所長」

「ああっ、マコの視線が一気に氷点下に! でもそんなクールなマコも嫌いじゃない!」

いやぁ。いくら見た目が美少女であっても、男にそんなこと言われてもちっとも嬉しくないんですけど。

 

「いいよ、その方向性で進めてくれ。平賀不譲(ゆずらず)になっても仕方ない」

「ありがとうございます」

「しかし、僕が半分趣味で始めた研究なのに、最近はすっかりマコに投げちゃってるね。ごめんね」

「いえ、そこは。私も楽しんでやってますから。オカルトにここまで詳しくなるとか、自分でも想定外でしたけどね」

「メインの方が忙しいからね、最近……」

 

副所長は私と2人でやっている「想念工学とオカルトの親和性」の研究の他に、研究所のメインチームにおいても専門の研究分野を持っている。

それは「想念工学の医療応用」。

簡単に言えば副所長はMM技術で人体を作る研究において、世界的な権威と言える人なのだ。

 

「ほぼ全部の人体パーツの設計に成功したんですって?」

「そうそう。これにはゴーレムの研究成果も大いに役立った。これからは生得した人体が欠損したり、機能不全を起こしていたとしても、MM技術で新しい肉体を作って交換できるようになる。それに性別だって自由自在だ。従来の性別適合手術と違って『本当のTS(トランスセクシャル)』が可能になるよ、妊娠するもさせるも可能だからね」

「それはすごい! というか、副所長って本当にすごい人だったんですね。今までコスト度外視で暴走する『頭の良いバカ』とか思っていて申し訳ありませんでした」

「言っとくけど僕にそんなこと言えるの、マコくらいだからね?」

 

私の軽口を受け流して、所長は不意に立ち上がる。

 

「うん、まぁせっかく今日は時間があるんだ。こっちの研究の方もマコのおかげで色々見えてきたし、お仕事はこの辺で切り上げて……マコ、飲みに行こうぜ。奢ってあげるよ」

「お、太っ腹。ありがとうございます、ごちそうさまです副所長!」

「ジャンヌって呼んでくれてもいいのにー」

 

軽く唇を尖らせる姿は、そうやっていると可憐な少女にしか見えなくて。

つくづく、男の娘なんかやらせておくのはもったいないなぁ、と……この時はそう思っていた。




※科学と魔法(オカルト)の線引きについて。
現実の先端科学分野においては、「一度きりしか観測できないような事象」が扱われることも多々ありますし、逆に「オカルトの第三者観測・再生産化」を進めた組織や思想というものもありますので(一番有名どころだと「黄金の夜明け団」という20世紀初頭の魔術結社ですね)、必ずしも正確ではないのですが、本作においてはこのように定義致します。

ジャンヌのプロフィールについては、次話の後書きに記載します。
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