日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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かの者、聖処女(ラ・ピュセル)にあらず 2

十人十色というからには、心の数だけ恋の種類があってもいいんじゃないかしら。

――レフ・トルストイ

 

 

日想研からほど近い場所にある、隠れ家的なバー。

マスターは西欧人の少女にしか見えない副所長のことについても熟知しており、特に何も言わずとも店の奥の個室を用意してくれる。

過去にも何度か連れられて来たことがあるが、提供される地中海風の料理も絶品だし、酒も一流の物が揃っていて、実に名店と言う他に無いところだった。

 

私と副所長はウマが合ったこともあって、こうして仕事を離れた場でも結構な頻度で付き合いをしていた。

仕事の上では上司と部下だけど、ひとたびそこを離れれば……私としては、友人だと思っている。

 

なので、お互いのプライベートなことも結構話した。

副所長はフランス人を気取っているが、実はフランス系のアメリカ人であること。

元々は米軍とも付き合いのある企業で医療系の工学者をやっていたが、紆余曲折を経て日想研の副所長に収まったこと。

渡日前はハンバーガーとスナックバーを愛食するような舌を持っていたが、今では和食をはじめ、世界各地の食文化に触れることをすっかり趣味にしてしまっていること。

trap(男の娘)をやっているのは……

 

「まぁなんのことはない。僕は昔から女になりたかったのさ。実のところ僕のメインチームでの研究も、半分くらいは自分のためだ」

「それで本当に実現してしまうのは、凄いとしか言いようが無いですね!」

「ありがとうマコ。嬉しいよ」

そう言って副所長は手元のグラスから、キール・カクテルを一口あおる。

 

「なら、いよいよ夢が叶うってことになるんですよね? 女性になった副所長かー。まぁ今でも見た目は十分以上に可愛いんですし、あまり変わらない気もしますけど」

「ん……もっかい言って」

「え、見た目は十分以上に可愛いって」

「もーマコ、大胆だなぁキミは。そういうところは本当キミ、罪作りだよねぇ」

「まぁ、ガキの頃から無駄にモテてましたからね。慣れました」

「うん、今キミ、しれっと最低なこと言ったからね?」

「はぁ……」

褒められてるのかけなされてるのかよくわからず、困惑しながらギムレットを口に含む。

 

「……まぁ、でも実はそう簡単には行きそうにない」

「そうなんですか? 何か、研究の上で行き詰まりが? もしかしたら私、力になれるかもしれないですけど」

「ああいや、研究的な話じゃない。個人的なこだわりとプライドの話なんだよなぁ……」

 

そう言って副所長は、ちらりとこちらを見て、少し考え込むような仕草を見せた。

少しの間、考え込んで……。

 

「ああ、うん、やめた。今はそれよりキミの話をしよう」

「あっ、話題逸らしましたね」

「なぁマコ、ぶっちゃけキミ、最近ちゃんとヤってるかい? ほら、リスブランとの例の一件以来さ」

「ぶふぅーっ!」

 

副所長のプライベートな話を聞いた分、私もそういうことをこの人に話していた。

そもそもマインドハッカー絡みのことは、悠也さん経由ですでに伝わっているのだが、親しくなってからは、それ以外のことも話していた。

白百合姫との例の恋の一件についても話していたのは、少しでも抱えた傷の痛みを癒やしたかった気持ちがあったのかもしれない。

ちなみに「白百合姫」をフランス語で言うとPrincesse du lys blanc(プリンセス・デュ・リス・ブラン)となるのだが、副所長曰く「さすがに長い!」とのことで、リスブランと呼ぶことにしたそうだ。

 

「……さすがに1年くらいは、さっぱり勃ちすらしなかったんですけどね。特に何もしなくても、そのうち勝手に機能を回復しました」

「若いねぇ。あるいは、マコの性欲が強いだけかもしれないけど」

「それ、喜んでいいんですかね。まぁそんなわけで、最近は金で解決してます」

「お、おう。そこで自分でって方向に行かない辺りは、なんというかモテ男ムーブというか……しかしキミ、まだ若いんだから、新しいパートナーを作る気は無いのかい?」

「無いですね!」

きっぱりと言い切って、私はグラスの残りのギムレットを飲み干した。

 

「あの直後に悠也さんにも言いましたけど、もう恋はこりごりです」

「ん。ちょっともったいないなぁ。例えばそうだな、その……女がダメなら、男と付き合ってみる、とか考えたことは?」

「男と……?」

正直、一切考えたことのない選択肢だった。

少しだけ、自分が男とベッドインしている光景を想像してみて……、

「うん、無いです! 無理ですね! 鳥肌が立ちました!」

 

「……そっか」

副所長はそういって、小さく笑った。

――そこにどんな色が込められてるのか、私にはさっぱり分からなくて。

白百合姫の時も思ったけれども、どうして私は先天性の共感性欠如(サイコパス)なんかに生まれてしまったのだろう。

 

「しかしその一件、僕は少しだけリスブランの気持ちも分からなくもないんだよなぁ」

「……そう、なんですか」

「リスブランはさ、きっと本当に『ダメ』だと理解する瞬間まで、自分が新しい性的指向を獲得できると思ってたんじゃないかな。実際、後から同性愛に目覚めちゃう人もいるわけだしね。まぁ先天性の同性愛者が、異性愛に目覚めるってのはあまり聞かないケースではあるけど……」

「……」

「だからさ、マコ。キミもリスブランもただ若くて、まだ自分を知らなかっただけだよ。失敗であり拒絶でもあるかもしれないけど、決して否定じゃない。だから願わくば、もう恋なんてしないとは言わないで欲しいんだ」

「……ええ。誰か、素敵な相手が見付かれば」

 

そんな相手が見付かるとは到底思えなかったけれども。

とりあえず私は、その場ではそう答えることにした。

 


 

「――喚起(アウェイクン)

私が呼びかけると、部屋中に何体も横たわっていた小さな人型の影が、一斉にむくりと起き上がった。

 

「――命令実行(エグゼキュート・ア・コマンド)

続く言葉を発した瞬間、人影たちはめいめいに動き出す。

数体は部屋の掃除を、数体は衣類をまとめて洗濯を、数体は乱雑に積まれた書物の整理を。

あらかじめ与えられた命令を、混線することもなく忠実にこなしていく。

 

Très bien(すばらしい)! マコ、成功だよ!」

「制御系を古ブリテン語やゲール語じゃなくて英語にするのは結構苦労しましたけど、その甲斐あって必要想念力を抑えることが出来ました。これなら機械部品をMM技術で出して、AI搭載のロボットを機械工学的に組み立てるよりも、安上がりに済みます」

「マコのコテコテのカタカナ英語でも起動したし、冗長性もバッチリだね!」

「……その発言、いります?」

 

想念工学に基づく、人間の代替労働力(ロボット)としての「妖精」。

もちろん、本物などではない。名前と概念だけを流用し、MM技術で実体化させた別物だ。

本来の妖精というのは、主にイギリスやアイルランドの民間伝承で謳われる「異界の住人」だ。

はっきり言ってその自我の在り方は、とてもじゃないが人間が命令を下せるような存在ではない。

もちろん私たちの研究においてはそれでは困るので、自我や知能は原則持たないようにデザインした。

 

「基本的に生産時に与えた命令しかこなせず、不要になった場合は想念力に戻す――『解体』する――しか無いのは、少し非生産的ですけどね」

「まぁ、改良の余地は当然あるさ。あー、どっかに全身を想念力で構成された生物でもいないものかなぁ。大変なサンプルになるのに」

「そんな存在、もしいたら私もぜひお目にかかりたいですね」

 

軽口を叩き会えるのも、実験が成功したがゆえの余裕からだろう。

ひとしきり笑った後、不意に副所長は私を見て、

「なんだか、さ。この妖精たちって、僕と、マコの、子供たち、……みたいだね」

 

その言葉に私は、

「それはちょっと感傷的に過ぎませんか、副所長? まだ製品化までは改良点が山積みですよ?」

「うん、知ってたこのサイコパスの朴念仁め。ああもう、やっぱりはっきり伝えるしか無いよなぁ」

「……?」

なんでこの人は、勝手に一人で赤くなったり落胆したりしてるのだろうか。

 

「そんな時期に長期休暇申請を出したのは、正直申し訳ないとは思ってますけど……」

「まったくだ。2045年の年明けという、すべての科学の子にとって記念すべき時間を一緒に過ごしてくれないとか、他の感情を抜きにしても、共同研究者として少し薄情じゃないかい?」

「すみません、一度欧州旅行に行ってみたかったんです。それに、会いたい人がいまして」

「……あー。ニースの『le poisson(ル・ポワソン)』かな?」

「ご存知だったんですか!?」 

「まぁ、ユーヤも含めてうち、自衛隊や在日米軍と繋がりあるし。キミを雇うことになった時に、その辺は一通り調べた」

う、うん。そうか。

あの人のことは正直、複雑な感情しか無いけど……まぁ、そんな前から知られていたなら今更か。

 

「まぁ幸いにしてメインチームの研究の方は、もう実用段階に乗ってるから、僕抜きでも勝手に進んでいく。なので僕は妖精の方に集中できるし……マコ抜きでも、出来る範囲で改良を進めておくさ。だから、行っといで」

「ありがとうございます! きちんとイギリスにも立ち寄って、妖精の資料を集めて来ますので!」

「休暇だから、そこはあんまり気にしないでもいいんだけどねぇ」

 

苦笑と共に副所長は呟いてから。

不意に真剣な目になって、――私を見た。

 

「マコ。キミが日本に帰ってきたら、話したいことがある」

「はぁ。なんでしたら、今聞きますけど?」

「僕の方にも、相応に覚悟が必要な話なのさ。だから、マコが日本に帰ってくるまで待って欲しい」

「うーん、わかりました副所長」

「もう。ジャンヌって呼んで欲しいな」

 

いつものように軽口を返してきた、副所長の内心なんて……私には、さっぱり想像できなかった。

 


 

私の欧州旅行中に、シンギュラリティは到来した。

 

人類はわずか3日で半分に減り、

戦力をかき集めた反抗は失敗に終わり、しかしその後は私の想像すらしなかった方法で反撃を始め、

日想研の手配した人類統合海軍の高速フリゲート艦が、欧州から日本に向けて1隻だけ出航することになり、

私はそれに乗り込み、日本近海まで来たところで深海棲艦の襲撃を受けて、

 

――そして、私は『艦娘』に恋をした。




※ジャンヌについて。
なお以下のプロフィールは、2040年~シンギュラリティ到来前の物なのでご注意下さい。

【ジャン・モーリアック】

【挿絵表示】

性別:身体的性は男性
年齢:不詳
職業:日本想念工学研究所 副所長
一人称:僕

フランス系アメリカ人。
米軍とも付き合いのある企業で医療系の工学者をやっていたが、MM技術に可能性を感じて退職。ロゴスのお膝元である日本に留学する。
学生時代から想念工学の研究者として頭角を表し、日想研に入所後も順調にキャリアを重ね、ついに外国籍でありながら日想研の副所長にまで上り詰める。

身体的性は男性だが、性自認は女性であるトランスジェンダー。自身の名前について、本名の女性形である「ジャンヌ」を自称することがある。
もっとも本人は俗称である「trap」「男の娘」という言い方を好んでいる。
現在の肉体は完全に生得の物であり、本人曰く「kawaiiを維持するのに並々ならぬ苦労をしている」のだとか。
なお年齢は「不詳」。「レディに年齢を聞くもんじゃないよ! ぷんぷん」
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