日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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かの者、聖処女(ラ・ピュセル)にあらず 3

私たちは一つの人生しか生きられないし、信じたようにしかそれを生きられない。

――ジャンヌ・ダルク

 

 

私の乗っていた高速フリゲートが完全に沈む前に、別の艦が一隻近付いてきた。

人類統合海軍の、近海用哨戒艦。

川内と名乗った少女に抱えられて、その艦に飛び移った私を出迎えたのは。

「……」

5年ぶりに見る顔の、重苦しい沈黙だった。

 

「長谷川……まさか、お前なのか!?」

人類統合海軍の青い軍帽と制服、そして赤いネクタイ。

そんな格好を見るのは初めてなのに、その姿はどこか板に着いていて。

過ぎ去った年月の重みを、否が応にも感じさせるものだった。

 

「お久しぶりです。名前を聞いて陽菜も驚きましたが、まさか本当にあなただったとは」

そう言った彼女の顔は、ひどく無表情で。

記憶の中の白百合姫の、どこか気弱げな表情が、目の前の女性の姿によって塗り替えられていく。

 

「……ねぇ提督、その人は知り合いなんだよね?」

不意に、川内という少女が口を挟んできた。

 

私は改めて、少女の姿を観察する。

オレンジ色のセーラー服に似た衣装、サイドテールの黒髪。

両腕に砲、足には魚雷を模した装備。先程、それらを使って駆逐イ級と戦っていたから、ある種の想念兵装であることは理解できる。

だが個人携行サイズの装備で、イ級とはいえ深海棲艦をいともたやすく撃沈してみせるなど、実際に目の前で見たはずなのに信じがたい気持ちだった。

 

長谷川は川内という少女の言葉を完全に無視して、

「川内、お疲れ様。彼はこちらで引き受けます。ひとまず横須賀に戻りますので、吹雪たちと協力して全周警戒を」

代わりに、そんな指示を出した。

 

「提督のそういうところ、あたしあんまり好きじゃないなぁ」

「聞こえませんでしたか川内? これは命令です」

「……りょーかい」

渋々と言った様子で少女は、哨戒艦の甲板から飛び降りた。

そのまま水の上にすっくと立つと、滑るように艦を離れていく。

 

熱に浮かされたような気分で、私はその後ろ姿を追っていた。

やがてその姿が完全に見えなくなってから、私は振り返って、

「長谷川、彼女は一体……?」

 

「『艦娘』、ですわ」

つい反射的にといった感じで答えてから、長谷川は不意に顔をしかめた。

「いえ、なんでもありません。忘れて下さい」

 

それきり何回聞いても、長谷川が彼女についてそれ以上何かを教えてくれることは無かった。

 


 

「おかえりマコ。よく生きて戻ってきてくれた」

副所長はそう言って、ぎゅっと私に抱き着いてきた。

「ただいま戻りました……副所長も、よくぞご無事で」

私は親愛の情を込めて、その小柄な身体を抱きしめ返す。

 

フランスも大概な状況だったが、日本の被害も甚大なものだった。

人類に反乱を起こした3つの高次AIのひとつ、ロゴスは日本で作られた物だ。

日本の統治システムを掌握していたロゴスは、その初動において的確に人類の軍事力を削り取った。

 

「ユーヤもね、殉職したそうだよ。深海棲艦からたくさんの市民を守っての、立派な死だったそうだ」

「そんな……悠也さん……」

心が打ちのめされて、頭が真っ白になる。

立派な死、なんてあるものか。顔も見たことのない誰かが何人助かろうとも、そのために大恩ある人が死ぬなんて、私にとっては理不尽以外の何物でも無かった。

 

「所長も亡くなったし、所員たちももう半分もいない。形の上では残るが、実質的に日想研という組織はもう終わりだね。僕は人類統合軍から声をかけられていて、近々軍の技術士官になることになりそうだ」

「そうですか……」

「早速、ひとつ研究を献上したけどね。アレは正直に言って失敗だった。いつもの通り、コスト計算が出来ていなかったよ。色々あって中止することは出来たけど、まぁ僕の想念工学者人生で最大の汚点になるだろうね」

「……?」

副所長のこの言葉の意味を私が理解できたのは、もっとずっと後のことになる。

 

「マコ。『妖精』だが、人類統合軍で使わせてもらうことにした。シンギュラリティによって『すべてのAI』が人類に反乱を起こす可能性が出てきたから、機械工学式のロボットが一切使えなくなった。なので代替となる労働力が必要なんだ。人間の数自体も激減してるしね」

「あ、はい。それは一向に構いません。イギリスで得た資料なんかもお渡しします」

「すまない、率直に言って助かる」

荷物から収集した資料やメモを取り出し、惜しみなく副所長に渡す。

もはや私の手元にあっても、何の役にも立たないモノだ。なら副所長に有効活用してもらうべきだろう。

 

「マコは、これからどうするんだ?」

「知りたいことがあります。……副所長は『艦娘』という存在について、何かご存知ですか?」

私が尋ねると、副所長は大きく目を見開いた。

「マコ。どこでその言葉を?」

「欧州からの帰路で、不思議な少女に助けられまして。その後、偶然にも人類統合軍に入った長谷川に会ったんですが、その時に長谷川が言ってました」

「……おいおいリスブラン、迂闊だぞ……まぁ、マコと再会して油断してたんだろうな」

副所長は天を仰ぎ見る。

 

「何か、ご存知なんですね? 教えていただけませんか?」

「知っている。だが、まだ現時点では軍事機密だ。教えてやるわけにはいかないよ」

「……」

 

固い決意と共に吐き出された、副所長のその言葉で。

私は5年ぶりに、法や倫理道徳に対して唾を吐くことを決意した。

 


 

高次AIにハッキングされてしまうため、インターネットに繋がったコンピューターやデバイスは使い物にならなくなった。

一応はスタンドアロンやイントラネット形式ならまだコンピューターも使えるが、より手軽な記録媒体として、「書類」が時代を何十年も逆行して現役復帰を果たしたケースも多い。

 

「あの金庫……だよな……」

副所長の研究室(ラボ)の奥、副所長自身のデスクの近く。

鈍色に光る箱状の物体の前に、私は立っていた。

周囲に誰もいないことを確認して、指先で金庫の鍵穴をなぞる。

そのイメージを脳裏に強く焼き付けてから、MM機関の場所まで移動する。

たった今生産した想念を流し込んで起動すれば、1個の鍵が実体化して現出した。

 

当たり前だが、私には鍵穴の形を完全に記憶するような能力など無い。

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代わりに私が作ったのは……自在に形を変え、世界のあらゆる錠前を破ることが可能な、流体金属で出来た万能鍵、である。

万能鍵を鍵穴に近づけると、どろりと溶解したように姿を変える。

そのまま鍵穴に差し込めば、すぐに再び硬化し……力を込めて回すと、かちりという音と共に施錠が解除された。

 

一度きりの役割を終えると、万能鍵はふっと崩れるように雲散霧消した。

本来、こんな非現実的なモノを作ろうとすれば、必要想念力は跳ね上がる。当然ながらそれだけ実体化にかかる時間も長くなる。

その点を補うために、私は耐久性を切り捨てた。

完全なる使い捨てとすることで、少しは必要想念力を抑えることができた。

 

金庫の中には幾つもの書類が入っていた。

必要な情報を求めて、次々と目を通す。

 

手がかりは、「艦娘」という言葉。

あの夜に長谷川が呼んでいた、「川内」に「吹雪」という名前。確か大日本帝国海軍の軽巡と駆逐艦の名前だったと思うが、なぜ少女をその名で呼ぶのか。

川内という少女が、海の上をまるで地を行くように歩いていた事実。

人類の技術では撃破困難な深海棲艦を、いともたやすく倒した事実。

「艦娘」という言葉と、これらの事実を整合させて導かれる解は……。

 

「『艦娘』とは、かつて存在した軍艦の概念を宿し、妖精のように想念力で生み出された……一種の生体兵器、なのか……?」

 

「半分正解。たったそれだけの情報でそこまで辿り着くのは、さすがだねマコ」

感情を抑えた声音で、副所長が言うと同時に。

私の背中に、冷たくて細長い何かが押し当てられる。

「軍事機密だ、と言ったはずなんだけどなぁ。頼む、僕にキミを撃たせないで欲しい」

「副……所長……」

 

「特別サービスで教えてあげるけど、もうすぐ艦娘の存在は一般公開される。だからもう少しだけ待てば、こんな危ない橋を渡る必要は無くなる。今ならまだ、何も見なかったことにしてあげられるから……今日のことはお互い忘れることにしないかい、マコ?」

「……嫌です。私は、今すぐにでも艦娘のことを知りたい」

「なんでそんなに、艦娘にご執心なんだい? キミ、艦娘が何かすらまだよく知らないだろう」

副所長の疑問はもっともだろう。

 

「あの夜に見た川内という少女の姿が、ずっと胸に焼き付いています」

だから私は、迷うことなく胸の内を吐き出す。

「彼女のことを、もっと知りたいんです。どんな記憶を持っているのか。どんな性格をしているのか。何が好きなのか。あの髪に鼻を埋めたら、どんな匂いがするのか。胸は、尻は、どんな感触をしているのか。全部の繕いを投げ捨てて、本当の自分同士で交わった時、彼女はどんな顔を見せるのか……そんなことばかり、考えているんです」

 

あんな一瞬の交流で、ここまで強い感情を抱いてしまったのは、我ながら気持ち悪いと思うけれども。

それでもこの胸の内を聞かれたら、誰にだって何回だって、堂々と答えられる。

 

「私は、あの川内に、――恋をしたんです」

 

ガシャン、と背後で音がした。

「なんだよマコ。キミ、ずいぶん情熱的じゃないか。こんなマコ、知らなかったよ」

副所長が手に持っていたモノを床に取り落した音だと、すぐに気付く。

 

「マコの嘘つき、もう恋なんてしないとか言ってたくせに……!」

「副所長?」

「振り向くなバカ! こっちは5年だよ、5年もの間、想い続けてきて……なんで、ぽっと出の女に……ああもう、マコのバカ!」

「なんで、泣いてるんですか……?」

「うるさい、黙れバカ! ……すぐ落ち着くから、少しだけ、黙って背中を貸せよ」

そう言って副所長は、私の背中に顔を埋めて、わんわんと泣き始めた。

 


 

「僕は半分自分のために、MM技術による人体生成を研究していたけども。それでもどうしても、克明には想像できなかったんだ。自分が……本物の女になった姿を」

 

しばらく泣き声を上げて落ち着いたのか、副所長はぽつりぽつりとそんなことを話し始めた。

正面から向き合って、私はそれを聞いている。

 

「もちろん、願望としてはずっと描いていたさ。だから自分では材料になる想念だけ生産して、細かいデザインは他の人に任せれば良かったのかもしれない。けれども僕の想念工学者としてのプライドが、それを許さなかった」

副所長は言葉を切り、少しだけ遠い目をして、

「いみじくも僕の身体を作らせるんだ。僕が認めるくらいの想念工学者で……そして、僕のことを、ちゃんと愛してくれる人じゃないと、嫌だ」

 

副所長に認められるほどの想念工学者? そんな条件を満たせる人間が、この世界にどれだけいるだろう。

思わずそんなことを考えた私の目を、副所長はじっと見据える。

「今更すぎるかもしれないけど、きちんと決着を付けるために言うね」

そこにある真剣な光に、思わず威圧されそうで。

 

「マコ。キミの手で、僕を女にしてくれないか?」

――ああ。

「胸も、尻も。ダイナマイトでもトランジスタでもロリータでも、マコの好きに作ってくれて構わない。なんだったら、飽きるたびに作り直してくれてもいい。それに自慢じゃないけど、口も尻も使うのは得意だよ。女慣れしてるマコにだって、きっと満足して貰えると思う。前は初めてだから上手くできるかわからないけど、そこは少しずつ慣れていくよ」

――私は、何も、知らなかった。

「仕事でも、プライベートでも。マコさえ隣にいてくれたなら、きっとこんな酷いことになった世界でも、希望を捨てずに生きていけると思うんだ」

――気付いていなかった。

「だから、マコ。艦娘じゃなくて……僕を、選んでくれないか?」

――本当に、本当に。気付いてなかったんです、副所長。

 

「……ごめんなさい。副所長の気持ちには、お応えできません」

艦娘の情報を引き出すためには、きっと上手いことを言って取り入った方が賢いのだろうけど。

それは、どうしても出来なかった。

報われない恋を引きずるのは本当に辛いと、私はもう知っていた。

それと同じ悲しみをさせたくないと、その程度には副所長への想いはあったから。

 

「最後までジャンヌって呼んでくれないんだな、バカ」

副所長は自嘲気味に小さく笑って、

「いいよ、わかってた。あんな告白聞かされた後だもの、振られることなんてわかりきってたさ。ちくしょう、こんなことならマコが欧州旅行に行く前に、頑張って告白しときゃ良かった」

 

もしそうされていたなら、私はどう答えていただろう。

一瞬だけ疑問が頭をよぎったけど、すぐにその想像を振り払う。

「そうはならなかった」、それが全てだ。私たちにはこの現実しかありえない。

 

「なんか色々どうでもよくなっちゃったから、艦娘のこともちゃんと教えてあげるけど……そうだな、条件がある」

「条件?」

「マコ、少し屈んで。目を閉じて。いいって言うまで、絶対目を開けるなよ」

 

なんとなく、自分がこれから何をされるかは察しが付いた。

 

「キミには嫌悪感しか無いのかもしれないけどさ、少しくらい我慢してくれよ。リスブランほどじゃないにしろ、僕だって少しはキミに傷を残したいのさ」

――ああ、その程度なら安いものですよ。

 

副所長の唇の感触は、……認めたくないけども、思っていたより悪い物では無かった。




※本作は性的多様性を学ぶことが目的の作品ではなく、あくまで艦これの二次創作ですので、この辺の使い方は正確さより、通俗的なわかりやすさを重視しています。あらかじめご了承下さい。
――はい、いつものですね。
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