日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
心は、過去の悲しみから脱皮するもの。
「艦娘自身によれば、彼女たちは『軍艦の付喪神』だそうだ」
「はぁっ、付喪神ぃ!?」
「よし、いい表情だ。多分、初めてこれを聞いた人類統合軍の上層部も、そんな顔をしたに違いないさ」
地球には独立した自我である「地球意志」が存在していること。
それは人類を深く愛しており、滅亡寸前の憂き目に遭っている人類を救うべく、100年前――人類が最も激しく想念を生産した、世界大戦の頃――の軍艦の概念を元に、想念力を注ぎ込んで「艦娘」という付喪神を生み出し、派遣したこと。
艦娘は地球意志と繋がっており、その恩恵を受けることで、深海棲艦の保有する桁違いの想念力に対抗できること。
そのどれもが、驚きに値する説明だった。
「付喪神なんていうオカルトに属するモノを、大真面目に扱える想念工学者は、おそらく僕とキミくらいなものだろう。そしてキミは欧州に足止めされていたから、僕に白羽の矢が立ったというわけさ」
「副所長は、その付喪神という説明を信じてますか……?」
「さて。それはこれから研究してみないとなんとも。科学の子としては、直感だけで語るわけにはいかないからね」
艦娘は深海棲艦に対抗しうる戦力だが、適切に運用しなければどんな戦力も宝の持ち腐れでしかない。
このため艦娘を指揮する専門の役職として、「提督」と呼ばれる物が近々設けられるという。
「もちろん軍人だから、ただの素人を採用するわけにはいかない。それなりの選抜試験を行う必要はあるだろうし、最初のうちは元から軍の関係者だった人間に絞ることになるだろうね」
「……そうですか」
「だから残念ながら、キミが提督になれるわけじゃない……と言いたいところだが、それは『通常』の場合だ。然るべき筋からの推薦があれば、もちろん別だろうね。例えば、すでに活躍している他の提督とか」
副所長の言おうとしていることは、私にも理解できた。
「長い間苦しんでいたキミが、新しい恋をしたんだ。リスブランにだって、少しは祝福させてやんなよ」
「祝福、してくれるでしょうか。長谷川は」
「さぁ、それはキミと彼女の問題だ。ただ5年は短い時間じゃない、お互いに昔のままじゃないだろうさ。新しい関係性を築いてきなよ」
そう言って副所長は、爽やかな笑みを浮かべた。
……この人は、本当に、強い。
さっき恋が砕けたばかりなのに、もう私の背中を押すようなことをしてくれている。
実年齢の多寡ではなく、「本物の大人」とはこういう人のことを言うのだろうと、なんとなく思う。
「――副所長、今までありがとうございました」
私はあらかじめ用意しておいた辞表を、副所長に手渡す。
「まぁ今更こんな物、ほとんど意味が無いんだけどね。それでキミのケジメが付くのなら、構わないさ」
そう言って副所長は、それを快く受け取ってくれた。
「じゃあねマコ。次に会う時は、お互い軍に所属していることだろう。そうなっていることを、切に願うよ」
「……はい!」
そして私は、5年間を過ごした職場に背中を向けた。
思い出は次から次へと溢れて引き留めようとするけど、それを振り切って前へと進む。
――私にはどうしても、欲しいモノがあったから。
副所長は「5年は短い時間じゃない、お互いに昔のままじゃないだろう」と言ったけども。
だとしても、この光景はさすがに予想外だった。
「あの、司令官。ずっとお客様、お待ちですよ……?」
「分かっているのですけど、向き合うのにはさすがに陽菜にも覚悟が必要でして。ああ、ストレスで胃がねじ切れそうですわ……今すぐ吹雪のおぱんちぬの香りを嗅がないと」
「えっ司令官、何を……」
「ああ吹雪の白のおぱんちぬ! クンカクンカ! スーハースーハー! 芳しいですわ、癒やされますわ!」
「司令官、そんな……あっ……」
「吹雪、今日こそ二人の関係、先に進みませんこと……? 陽菜、強引にするのは望みませんの」
「あっ……嫌っ……あああっ……」
な ん だ こ れ 。
「あの、長谷川。通された応接室で待機してたら隣室でいきなり声がして、確認してみたら……お前は一体何をしてるんだ……?」
「あ、あら嫌だ。はしたないところを」
ばつの悪そうな顔で長谷川は立ち上がると、
「日下部様。陽菜、自分を偽って生きるのはもう止めることにしたのです。陽菜が欲しいのは、王子様からのキスではなく、別のお姫様……そうですね、紅薔薇姫からのキスなのですから」
「あ、ああ。そうか……」
白百合姫が立派に過去を乗り越えていたことに、一瞬胸を撫で下ろすが、
「いや待て待ておかしい。別にレズビアンである自分を隠さないのは好きにすればいいが、なんで真っ昼間から客を待たせて、中学生の女の子のパンツの匂いを嗅いでいるんだ?」
「……この子は中学生ではありません。我を忘れてお待たせしたことは、深く謝罪いたします」
「いや、そもそも明らかに嫌がってる女の子のパンツの匂いを無理やり嗅ぐのは、どーなんだよ」
「それは仕方ありません。そこに浪漫の塊である吹雪の丸出しおぱんちぬがあるのですから、むしろ嗅がない方が失礼に当たるというものです」
「このクソレズがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――ああ。砕けたあの恋の記憶が現在進行形の「トラウマ」から、ただの「傷」に変わったのは、まさしく今この瞬間だろう。
正確には私はもう彼女に恋しているわけじゃないけど、「百年の恋も冷める」という言葉って、こういう時に使うのではないだろうか?
「クソ……レ……いえ、まぁよろしいでしょう。それで日下部様、ご用向きをお伺いいたしますわ」
改めて応接室に移動し、長谷川は私に尋ねてくる。
ちなみに吹雪と呼ばれたセーラー服の女の子は、あんなことをされたにも関わらず、長谷川の傍に付き従って隣に座っていた。
「ああ、単刀直入に言う。私は『提督』になりたい。だから、口を利いて欲しい」
私は艦娘について、提督について、知っていることを一通り伝えた。
長谷川は、私の話を黙って聞いていた。
途中から、……川内に恋をした話をした辺りから、微妙に肩が震えていたことが気になったが、ひとまず途中で口を挟むことは無かった。
そして最後まで聞いたところで、
「つまり話を要約いたしますと……あなたはあの夜、川内に恋をしたから、提督になりたい、と?」
「そういうことだ」
「あの、これは戦争なのですよ?」
「分かってるよ、もちろん」
「陽菜の兄も、父も、祖父も殉職したのですけど」
「悠也さんについては、私も本当に悲しかった。他の方々については面識が無いから、お悔やみだけ申し上げさせてもらう」
「……人類、半数以上死んでいるのですよ?」
「知っている。個人的には、顔も知らない人が何人死のうが一向に構わん。そんなことより、私は川内のことをもっと知りたい」
「このクソサイコ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ええ、ええ、軍の資料でマインドハッカー時代のあなたの所業を知った時も思いましたけど、あなたは本当の本当にマジモンのサイコパスなのですね! 百年の恋も冷めましたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いやサイコパスは本当のことだから気にしないが。なんだ、今この瞬間まで恋してくれてたのか、ありがとな。で、口利いてくれるの? くれないの?」
「ふふ、ふふふふふ……」
長谷川は肩を震わせて笑い声を上げる。
「いいでしょう! 案外あなたみたいな輩の方が、提督として成功しそうな気もしますしね。これであの夜のこと、貸し借りなしですわよ!」
「……あの時傷付いたのはお前なんだから、貸してたつもりは無いんだけどな私には。でもまぁ、推薦してくれるならありがたい。恩に着るよ」
「――ただし!」
私の言葉を遮って、長谷川は声を張り上げる。
「いざという時に自分の身は自分で守れる程度には、強くなってもらいます! 提督の主な仕事は艦娘の運用とはいえ、いみじくも軍人なのですから、いつ何が起こるかはわかりませんからね!」
「な、……んだと……?」
運動なんか、昔から苦手も苦手なんだぞ、私。
「ゆくゆくは元米軍海兵隊のプログラムを応用したブートキャンプに放り込んでやりますが、今日のところは陽菜が手ずから鍛えてやりますわ。ほらさっさと立ちなさい!」
「お、おい……」
「まずは1分以内に訓練服に着替えて、運動場に来なさい! 基礎体力作りとして兵隊さんマラソンから始めますわよ! ほら、グズグズしない! 大声出せ! タマ落としましたか!」
「せ、せっつくなって!」
「口でクソ垂れる前と後ろにma`amと付けなさいこのウジ虫が!」
――罵声を飛ばす長谷川の姿が、どこか晴れやかそうに見えたのは。
私を軍人としてしごけるから……だけでは、無いと信じたかった。
そして、長いようで短い時間が流れた。
日下部鎮守府の提督となった私は今、人類統合軍の技術元帥になったジャン・モーリアックに再会するため、人類統合軍総本部……通称「大本営」へと向かっている。
あの日の泣き顔、笑い顔を思い出すたびに、胸の奥がちくりと痛む。
――ああ、副所長。あの日あなたに付けられた傷、ちゃんと私の中に残ってますよ。
※本来のジャンヌ編は4話構成の予定でしたが、思った以上に文章量が増えましたので、急遽5話構成に変更しました。