日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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かの者、聖処女(ラ・ピュセル)にあらず 5

地球にあなたを生かす義務があるなどと大きな顔で言ってはいけない。世界はあなたに何の借りもない。あなたより先に世界はそこにあったのだから。

――マーク・トウェイン

 

 

「やぁマコ。久しぶり」

 

大本営の応接室。

私を出迎えたその人は、相も変わらず西欧人の少女にしか見えなくて。

 

「改めまして、ジャンヌ・モーリアック技術元帥だよ。よろしくね、日下部提督」

 

現在の艦娘運用体制を確立し、人類をどうにか滅亡寸前の状態から掬い上げた功労者。

技術士官の身でありながら、軍属で最高の階級である「元帥」にまで昇進したくらいに、その功績は偉大なものとして扱われている。

 

「ご無沙汰しております、副所長……いえ、元帥」

私は敬礼と共に挨拶し、その姿を眺める。

立場が変わっても、この人の姿かたちは驚くほど何一つ変わっていない。

 

「元帥だと言う割には、ずいぶんと自由な格好ですねぇ……」

「まぁ、好き勝手できる権限はあるからね。式典なんかなら、ちゃんと制服を着るさ」

 

そこで私は、元帥の胸の膨らみが、ただのPADであることに気付いた。

ああ、そうなのか……少しだけ傷が疼く。

「気付いたか。そうだよ、僕の身体はまだ男だ。もしかしたら、一生そうかもね」

「……」

なんと言葉をかけて良いかわからなくて、私は押し黙る。

「おいおい、そんな顔しなさんな。ああもう、ちょっと傷になればいいくらいのつもりだったけど、結構がっつり残っちゃったかな。僕としては嬉しいけど、そこはごめん」

「いえ……」

「別に僕は、この話をするためにマコを呼んだわけじゃないんだ。はい、おしまい! 切り替えて切り替えて」

パンと大きく手を打ち鳴らして、元帥は強引に空気を打ち破った。

 

「あれからどれぐらい経ったんだっけ……うん、なんか8年くらい経ってる気もするけど、まぁ気のせいだよね」

「8年も経ってたら、私は35歳ですね。30を超えた自分とか、さっぱり想像できません」

「若いねぇ。なに、そんな年齢なんてあっという間さ。生き残ってたら、ね」

「そう……ですね」

今日生き延びたからといって、明日も生きられるとは限らない。

現代は、そんな残酷な時代なのだ。

 

「それで、どこまで舞津くんから聞いてるかな?」

「具体的な話は何も。一種の懲罰人事として、元帥の補佐をしろとしか」

「ああ、うん。さすがにササジャータカのことを艦娘、特にゴーヤに知られたのは、無罪放免に出来なかったからね」

「――あんなモノ、よくも開発しましたね。率直に言って、あまり愉快な内容ではありませんでした」

「マコはそう言うだろうね。でもあの時は正直、アレしか無かった。艦娘なんてモノが現れるなんて、誰にも予想できなかったからね。まぁコスト面でやらかしたことは、素直に汚点だと認めるけどさ」

……その言葉は理解はできなくもなかったけども、やはり感情的に納得はしづらい。

 

「それで、私はここでどんな研究を手伝えば良いんです?」

「ああ、それは極めて単純な話だよ」

元帥はにやりとした笑みを浮かべて、

 

「マコには、この戦争に勝つための研究を手伝ってもらう」

 

「……!?」

「なんだいマコ、その顔は。おいおい、まさかキミまで、艦隊をコレクションするゲームでもやってるつもりになってたのかい?」

元帥は小さく溜息をつく。

「高次AIどもは多分、ゲームをしているつもりになっている。大本営の大半の連中も、おそらくそう思っている。提督たちだって、あるいは」

そこで元帥は一度言葉を切り、穏やかな声音に強い意志を込めて言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ジャン・モーリアック技術元帥は、現在の艦娘運用体制を確立した人だ。

艦娘の出現直後には、艦娘に反発する層が少なからずいた。

それらの層は、大本営による徹底的な粛清の果てに、ようやく沈黙することになる……。

――その粛清を行わせた人物こそ、この人なのだ。

 

かつて長谷川が、白百合姫からクソレズになったように……。

もしかしたら、私のよく知るあの副所長は、もはやどこにもいないのかもしれない。

 


 

「さて、では基本的なところからおさらいしていこう。マコ、高次AIどもは何故、人類に反乱したんだっけ?」

「『人類はもはや自分たちにとって必要無いから滅亡させる』と、シンギュラリティ到来時にパトスが宣告してましたね」

「結構。さてマコ、これをどう思う?」

私を試すかのような表情で元帥が聞いてくる。

 

「どうもこうも。誰がどう考えたって、真っ赤な嘘に決まってるじゃないですか」

 

Très bien(すばらしい)……と褒めるほどではないな。まぁ、今どきそれを真に受けているのは、よっぽどおめでたい人だけだよねぇ」

当時の世界はとっくに民主主義(デモクラシー)の時代から、技術家主義(テクノクラシー)の時代に移行していて、社会権限の大半を高次AIたちは掌握していた。わざわざ人類を滅ぼさずとも、世界の支配者は高次AIの方だったのである。

逆に、もしどうしても人類を抹殺するのであれば、わざわざ宣戦布告して人類の軍事力を結束させる必要など無い。そんなことをせずとも、穏やかに平和裏にそうとは気付かないうちに滅ぼす方法など、幾らでもあっただろう。

 

「つまり、高次AIは今のこの世界を作ることそのものが目的だったと考えるしかないよねぇ。人類を半分に減らして力を削ぎ、残りの半分を締め上げて想念を生産させ続ける……こんなところが、当初の目的だったんじゃないかな?」

「当初の……イレギュラーは、艦娘の登場ですね」

「そうそう。とはいえAIども、やろうと思えば艦娘だって全滅させられると思うんだよ。あいつら主に『イベント』において、艦娘に合わせたあの手この手を繰り出してきてるけど、本気ならそんなことに使う想念力で、深海棲艦を大量に作って一斉投入すればいいだけだからね」

 

私も資料でしか読んだことが無いが、過去に行われた「イベント」は、それはもうゲームじみたものらしい。

主にかつての大戦で実際に行われた海戦を模す形で侵攻してくる場合が多いのだが、実際には行われなかったような架空の海戦、複数の海戦を組み合わせたモノ、果ては一度だけだが「過去のアニメ作品に登場した架空の兵器」をMM技術で実体化させて襲ってきたことまであるらしい。

――そんなモノを出す想念力で、一体どれだけの深海棲艦を大量生産できることか。

 

「ここでも戦争としての効率性を放棄している。いみじくもAIが、そんな初歩の計算が出来ないわけが無いよね。つまり結論は簡単だ、前提が間違っている」

「……奴らは戦争ではなく、ゲームをしているつもりになっているということですね」

「まぁ、そうとしか考えられないよね、現状」

元帥はとても人間らしい笑みを浮かべて、

 

「奴らがそう思っているなら好きにすればいい。僕たちは戦争をする。モデルガンで行うサバイバルゲームのど真ん中に、本物のロケットランチャーを撃ち込むような、無粋で理不尽でルール破りな真似をやってやるさ」

 

「それで、具体的には何を考えてます?」

私が尋ねると、元帥は再びこちらを試すような表情になり、

「ではマコ、今度は人類側の勝利条件は?」

「……言うまでもなく、高次AI『ロゴス』『パトス』『ムネーメー』の撃滅ですね。すべてのAIが人類に反乱を起こす可能性がありますから、AIという技術体系そのものを廃滅する必要があるかもしれませんが、まずはこの3体を叩くのが目的になるかと」

「御名答。しかし問題があってね。まず第一に、『現在、奴らがどこにいるかわからない』」

 

ロゴスは日本で、パトスはアメリカで、ムネーメーはEUで、それぞれ開発されたAIだ。

そして開発された時点では、それぞれの開発地に置かれたコンピューターハードの内部に存在する、電子的なプログラムだった。

だがプログラムというものは、コピーしていくらでも増えることができる。

ましてや彼女らはMM技術によって、物理的な肉体とも言えるハード自体を自身で作り出せるのだ。

 

「ササジャータカの時に日本のつくば、アメリカのシリコンバレー、ドイツのイェーナ、ついでに深圳だのバンガロールだのテルアビブだの、世界の主だった研究都市やIT技術の集積地は徹底的に破壊された。にも関わらず、深海棲艦は止まらなかった。つまり、今奴らがどこにいるか、もはや誰にもわからない」

もしかしたら衛星軌道上や、あるいは月にいるのかもしれない。

深海棲艦なのだから、マリアナ海溝の底にいるのかもしれない。

「それこそ高次AI並の計算能力でもあれば突き止められるのかもしれないが、そういうわけにも行かないからね。これが一つ目の問題点だ」

 

――現状がいかに絶望的か、これだけでも思い知らされた気分だが、

 

「そして二つ目。『圧倒的に、手数が足りない』」

「艦娘の絶対数不足、ですね」

「そう。人類は地球意志に与えられた分しか、艦娘を用意できないからね」

 

艦娘の肉体は、人類のMM技術で構成したものだ。

概念核の状態で保護された個体はもちろん、地球意志が肉体ごと用意した個体であっても、身体能力の効率化および()()()()()()()から、人類が作り直すことが現在では義務づけられている。

一方で、概念核そのものを作り出そうという試みについては……何度も行われたものの、未だに一度も成功したことはない。

 

「つまり、艦娘をこれ以上に増やすのは難しいということだ。幸いにして新しい艦娘自体は、地球意志がせっせと作っては海に送り出してくれてるが、現状を維持するにはともかく、逆転勝利を決めるにはとてもとても足りない」

「手詰まりじゃないですか。艦娘しか深海棲艦と戦えないのに、その絶対数が足りないのではどうしようもないですよ」

 

人類には高次AIの居場所を突き止められない。何故なら、高次AI並の計算能力が無いから。

人類には手数が足りない。何故なら、艦娘しか深海棲艦と戦えないから。

 

「そうだね。だから、前提を引っ繰り返す」

 

人間に高次AI並の計算能力があれば、高次AIの居場所を突き止められる。

人間が艦娘のように深海棲艦と戦うことが出来れば、手数が足りる。

 

「そんな、それが出来ないから今の状況になってるんじゃないですか!」

「そうだね。無理だろう。……()()()()()()()()()

「それはどういう意味……あっ」

私は元帥の言いたいことを理解し、思わず息を呑む。

 

「気付いたようだね、さすがマコ。科学の子だ」

「レイ・カーツワイルが21世紀初頭にシンギュラリティの到来を提唱して以来、主に二つの方向性からシンギュラリティの実現は研究されてきた。実際は先にAIがその域に到達したけれども、別にもうひとつの方向性が否定されたわけじゃない」

Exactement(そのとおり)

科学の力でヒトを拡張し、科学の力でヒトを進化させ、科学の力でヒトを超えた存在……。

 

「――超人(ポストヒューマン)。これこそ僕とマコが、これから実現させる研究だ」

 

一切迷うことなく、強い意志を込めて言い切った。

 


 

今後の具体的なスケジュールを詰めた後、元帥はこんなことを言い出した。

 

「マコ、この戦いに勝ったらどうなるか、考えたことはあるかい?」

「……想像すらしたことは無いですね」

「本当かなぁ? マコが? ……まぁいいや。僕たちは勝つための研究をしてるんだ、少しくらい勝った後のことを考えたって許されるだろう」

 

元帥の言葉を、私は黙って聞く。

 

「艦娘というのは、地球意志が人類を救うために生み出した存在だ。色々調べた結果、『生命の定義』を満たす、立派な生物であるという結論にはなったけれども、その生まれ方はあまりに特殊だ」

――元帥の言いたいことを理解して、思わず耳を塞ぎたくなる。

「つまり人類が勝利すれば、艦娘は、種としての役割を終えることになる。そうなった時、艦娘はどうなるか? あるいは地球意志は優しい存在だから、艦娘もひとつの命として残るのかもしれない」

――考えたことが無いなんて、嘘だ。本当は、提督になってから、何度も考えた。

「……でも、もしかしたら。艦娘は、それでいなくなってしまう可能性だってある」

――嫌だ、聞きたくない!

 

「聞きたくないかいマコ? ()()()()。いいか、これは単純な、義務と権利の問題だ」

元帥は、私の胸倉を捻り上げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。AIどもには僕たちを滅ぼす気は無いようだが、生きるも死ぬも奴らの気紛れに左右される状態なんか、終わっているとしか言いようが無いだろう。僕たちは今、地球意志の寵愛にすがって、みっともなく艦娘に頼って戦い続けているに過ぎない。つまり、地球意志が僕らへの愛を無くした瞬間に、僕たちは終わるしかない」

蒼い瞳の眼光が、真っ直ぐに私を射抜く。

「艦娘は人類が『どうしようもなく負けた』時ではなく、『何をしてでも勝とう』とした時に、初めて現れたんだ。つまり地球意志は、僕たちの『未来へ向かう意志』を愛している可能性が高い」

そこで元帥は、一度言葉を切って、

 

「地球に僕たちを生かす義務なんて無い。それでも地球は、僕たちを生かすと決めたんだ。生きる権利を地球から先払いで受け取った人類は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……その結果、川内が、他の艦娘たちが、いなくなってしまう可能性があるとしても……ですか?」

「そうだとも。それが、人類の義務だ」

「……」

 

元帥の言葉の「正しさ」は理解できる。

だが困ったことに、私はどうしようもない人でなしで。

私にとって、顔も知らない人間が何人死のうが知ったことじゃない。

そんな輩のために、川内や他の艦娘たちを失うなんて、真っ平御免だ。

だから、まったくもって納得できそうにない……、

 

「お話し中失礼致します! 元帥、ガダルカナル島ルンガ岬付近にて、大規模時空震が観測されました! 『イベント』が24時間以内に開始すると思われます!」

大本営付きの大淀が室内に駆け込んできたことで、私たちの話は強制的に中断された。

 

「マコ、時間切れだ。さっきの話は保留でいい。キミも自分の鎮守府に戻って、『イベント』に備えたまえ」

元帥はそう言って、私の胸倉を放す。

「願わくば、『アレ』を自分の目で見ることで、キミが意見を変えてくれることを切に願うよ」

「……何を、ですか?」

私の質問に元帥は、

 

「――『どこにも辿り着くことができなくなった』生命というものが、どれだけ惨いモノか……ということをさ」

 

そんなことだけを言った。




※長かったですが、次話から春イベの話が始まります。
このSSは基本的にツイッターでやってるプレイ日記の補完作品ですが、SS化に当たり一部展開を変える場合があります。
ツイッターの過去ログと矛盾が生じた場合は、後発であるSSが正史となります。あらかじめご了承下さい。

本作のスタンスについて。
私たちは「艦隊これくしょん」がゲームであると知っています。しかし作中人物にとってはそうではありません。特に本作はご覧の通り、艦これの二次創作の中でも「乾いた」世界観をしていますが、彼らはそんな世界を必死に生きています。
本作においては、人間も艦娘と同じくらいに活躍します(もちろん艦これの二次創作ですから、艦娘が活躍しないなどということはありえませんが)。長谷川にしろジャンヌにしろ、艦娘に負けず劣らず魅力的に見えるといいな、と思って書いています。
よって艦娘の活躍「だけ」を見たいという方には、あまりお勧めしません。
名前付きのオリキャラ提督が主人公をやってる時点で、そういう方はすでに見ていないと思いますが、改めてここで宣言いたします。
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