日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
一つの敗北を、決定的な敗北と勘違いするな。
ガダルカナル島ルンガ岬沖を中心に、猛烈な竜巻と雷が荒れ狂い、強烈な磁界が形成される。
世界中の海
地上は1ミリも揺れず、津波が陸に押し寄せることも一切無い。
にも関わらず、わずかでも海に漕ぎ出せば、その瞬間海水は明確な害意を持って牙を剥く。
明らかに自然現象を超越したその事象を、人類統合軍は「時空震」と呼んでいる。
この時空震は一定期間持続する。
その間はどんな船も艦娘も、港で待機するしかない。
そして始まった時と同様、時空震は突如として収まり……。
何事も無かったかのように凪いだ海に、無数の深海棲艦が現れる。
そこに在るは、100年前の大戦を模した戦場の数々。
さぁ人類よ、今季のイベントの始まりだ。
「――と、大体そんな感じで始まるそうです。大本営付きの大淀から、過去のイベントの想念も一通り送られてきました」
「了解。本当にゲームだな、これ。……AIどもめ」
執務室で大淀から作戦計画概要の説明を受けながら、日下部は毒づいた。
先日、モーリアックとの会話の中で確認した仮説が裏付けられるようで、苦い物が内心に広がる。
「過去の大戦を模しているという関係上、その戦いに実際に参加した――敵味方を問わず、ですが――艦娘は、土地に宿った想念を平常時と比べて、より強力に引き出すことが出来ます。『史実特攻』と呼んでいるそうですが、これを上手く使うのが、戦略的に重要になるようですね」
「……お前たち艦娘のトラウマを利用しろって話だろ、それ? 大丈夫なのか。特に南雲機動部隊の連中だの西村艦隊だの、トラウマがめちゃくちゃ強い艦娘も多いじゃないか」
「そこは……私たち艦娘の宿命だと割り切るしか無いでしょうね。実際、過去のイベントにおいてミッドウェー海戦やレイテ沖海戦を模されたこともありまして。その時の艦娘たちは、見事に宿命を乗り越えた勝利を掴んだそうですよ」
「すごいな、艦娘は。改めて、尊敬に値する」
日下部はそう言った後、手元の資料に目を落とした。
「今回はルンガ沖……っていうと陽炎たちが、米軍の重巡
「ですね。ノーザンプトン級は5番艦の
「ふーん。つまりそのノーザンプトンが、今回の『要救助対象』である可能性がある、と」
「そのようですね。ええと……資料は確認したのですが、『敵は自我を剥奪した艦娘を生体ユニット化し、一部の深海棲姫の核として組み込むことがある』とは、具体的にどういうことなのでしょう。大本営付きの大淀から送られてきた想念では、何かとてつもなく禍々しいイメージだけは伝わってきたのですが、具体的な部分はよくわからなくて……」
首を傾げる大淀に対し日下部は、
「自我の三要件、すなわち『記憶』『思考』『意志』については想念工学上の概念だから、必要になったら説明できるよ。が、それを『剥奪』ってのは……ちょっと、私にも想像できないな。まぁその辺は実際に作戦行動を行う段になったら、追加で説明があるだろう」
日下部は手元の資料のページをめくる。
「今回は、私も後方待機とはいかない。実際に要救助対象の艦娘が存在した場合、その救出に当たっては、直接提督が身体を張らないといけない局面があるみたいだからな。艦娘運用母艦の数少ない出番ってわけだ」
各提督の鎮守府には必ず1隻、12,000tクラスの軍艦が配備されている。
司令部機能と入渠施設、MM機関と工廠施設機能を搭載しており、根拠地である各鎮守府を離れても、前線において艦娘の指揮を執れるようになっている。
さすがに常時使用を許可されるような物でも無いのだが、「イベント」においてはこれを使って出撃することが求められていた。
「どうせ深海棲艦に対しては無力なので、武装はほとんど撤去してるんですよね?」
「そうそう。プラズマミサイル、スーパーキャビテーション魚雷、レールガン、ビームファランクス……どんな想念兵装を積もうと、結局のところ深海棲艦には通用しないからな。だから防衛は艦娘頼りだ。頼むぞ」
「お任せ下さい!」
頼もしい大淀の言葉に頷いた後、日下部はぽつりと呟いた。
「それにしても母艦に搭載されたMM機関……なんで、あんな改造が必要なんだ……? 個人的には、二度と見たくなかったモノなんだが……」
「……? 何かおっしゃいましたか、提督?」
「いや。こっちの話だ」
大淀の質問を、日下部はそう言ってはぐらかした。
時空震の中心地はルンガ岬沖だが、そこに至るまでには順番に作戦をこなしていく必要があるようで。
第一作戦は台湾沖から南沙諸島、そしてフィリピン方面に出現した深海棲艦を撃滅する必要がある、とのことだった。
南沙諸島方面で、戦艦ル級flagshipを中心とする深海棲艦部隊を撃破した日下部鎮守府の艦隊は、人類側が拠点化しているフィリピンのマニラまで進出していた。
ここには航空基地が建設されており、各提督麾下の基地航空隊が進出している。
「提督、三十一戦が帰投したよ。今、順番に入渠させてる」
「わかった。バケツは必要ならどんどん使って構わんぞ。史実特攻の関係で、特定の艦娘に負担を掛けることになるからな」
自身の艦娘運用母艦「DDK-762 いが」の司令室で、日下部は秘書艦の川内にそう告げる。
一方、作戦立案の補助を行う役割の大淀が、
「提督。次はレイテ島のカリガラ平原に展開した陸上型深海棲艦、『集積地棲姫』を攻撃するようにとのことです」
「陸上攻撃だぁ……? 前世ではさすがに第三十一戦隊にそこまでやらせなかっただろ?」
「何もかも前世通りなら、台湾沖での航空戦は負けないといけなかったですよ」
大淀の言葉に、日下部は舌を巻く。
「まぁ、それはそうだな。敵の思惑に乗りながら、敵の思惑を超えて勝利しろかぁ……なかなか大本営も無茶を言う」
「あら提督。それは五十鈴たちを甘く見すぎじゃない?」
不意にかけられた声に振り向けば、出撃部隊である第三十一戦隊の旗艦、軽巡・五十鈴が、そこに立っていた。
身に付けたセーラー服は、白地に茶色のラインの改二仕様。艦娘の中でも特に早熟というのが、五十鈴の特徴のひとつである。
「五十鈴。入渠終わったのか、お疲れ様」
「どうも。提督、艦娘を舐めないで。提督は編成を考えて、適切な装備を整えて、出撃を命じればいいだけよ。あとは五十鈴たちの仕事。大本営の無茶振りなんて、前世から慣れっこなのよ」
飄々としたその態度は、この上なく頼もしい限りで。
その言葉に、日下部も腹を括る。
「旗艦は五十鈴。史実特攻も乗るしな。同じく史実特攻を考慮して、皐月、卯月、潮。対地攻撃を考慮して、大発装備可能な三日月。あとは……」
そこで日下部は言葉を切り、
「ちょうど実戦投入域まで育ったところだ。
告げられた米駆逐艦の名前に、一瞬だけ五十鈴は眉を動かしたが、
「……了解よ」
特に異論を述べることなく、その編成命令を受諾したのだった。
「五十鈴さん、10時!」
「了解! 五十鈴には丸見えよ!」
皐月の声に反応して、五十鈴は装備した25mm三連装機銃を放った。
左斜め前方から接近しつつある、群体で襲いくる深海棲艦・PT小鬼群を片っ端から薙ぎ払う。
「敵部隊撃破。みんな、お疲れ様。全周警戒に移行して」
麾下の駆逐艦に指示を出した後、五十鈴はぽつりと呟く。
「まったく、アメリカがPTボートなんて作るから、こんな面倒な深海棲艦が出てくるのよ……」
PTボートとはかつての大戦において、アメリカが運用した小型の高速魚雷艇だ。
日本の上陸用舟艇である大発動艇、通称大発にとっては天敵とも呼べる存在である。フィリピンをはじめ各地の島嶼防衛において高い戦果を上げ、敵対する日本海軍からは「夜の悪魔」と呼ばれ恐れられた。
深海棲艦・PT小鬼群は明らかにこのPTボートを元にした深海棲艦である。
火力こそ高くないものの、主砲を軽々とかわす高い回避性能と、群体ならではの動きで迫りくる厄介な敵である。ひとたび肉薄を許してしまえば、魚雷攻撃により一撃大破の恐れもあるような、決して侮れぬ相手であった。
「……なによ。あたしたちのせいだって言いたいの?」
五十鈴の独り言を咎めたのは、ジョンストンだった。
前世においてはアメリカ海軍の所属であり、まさしくPTボートを運用する側の勢力だったジョンストンにとって、それは聞き捨てならない内容だったのだろう。
「別に責めてはいないわ。ただの事実に対する感想じゃない」
「だからって、あてつけみたいに言う必要は無いでしょ!」
二人の艦娘の間に、不協和音が走る。
「二人とも、喧嘩してる場合じゃないよ! 1時!」
再びかけられた皐月の声に反応して、五十鈴とジョンストンは左斜め前方に目を向ける。
視界の先にはレイテ島北西部、カリガラ平原が広がっており、
――そこに、それは、いた。
「アツメタ……ブッシハ……ヤラセハ……シナイ………ッ!」
白い肌の人型。
眼鏡のようなものを掛け、ヘッドホンに似たものが両耳から頭の上部を通っている。
両腕は異様に発達していて、籠手のような金属の塊に覆われている。
後生大事にドラム缶を抱えており、周囲には木箱のようなものが幾つも散在している。
軍事における物資の集積地、その概念を元に生み出された上位の深海棲艦、「集積地棲姫」である。
周囲には砲台のような形をした深海棲艦・砲台小鬼と、先程も戦ったPT小鬼群を随伴し、今まさにこちらに向かって射撃を始めようとしているところだった。
『総員、単縦陣で突撃!』
無線通信越しに、提督である日下部が陣形について命令を出せば、
「皐月、卯月は迫撃砲を撃って! 三日月は大発の発進準備! 潮とジョンストンは、あたしと一緒にまずはPT小鬼群を叩くわよ!」
旗艦である五十鈴がそれを受け、具体的な戦術機動を指示する。
「……了解!」
艦娘たちの思考が、一瞬にして娘から艦へと切り替わる。
ちょうどそのタイミングで、マニラから基地航空隊が飛来した。
陸攻が放つ航空魚雷が敵部隊に炸裂し、爆炎と大波を巻き上げる。
それを合図にしたかのように、艦娘たちは弾かれるように動き出した。
「Target in sight!」
ジョンストンの放った5inch単装砲を、PT小鬼群は素早い動きで回避するが、
「バカね、撃ってくれってこと?」
「潮、撃ちます!」
五十鈴と潮の放つ機銃弾が雨あられのように降り注ぎ、瞬く間に薙ぎ払っていく。
その一方で、集積地棲姫に相対するは、
「うーちゃん、突撃ぃ!」
「ボクとやりあうつもりなの? カワイイね!」
卯月と皐月は沖合から、二式12cm迫撃砲改を放つ。
簡易的な爆雷投射機として使うことも可能な装備だが、本来の用途は陸戦用である。
今、その本分が遺憾なく発揮されようとしていた。
曲射弾道を描いた砲弾が、次々と地面に炸裂し大地を抉る。
だが、当然敵も黙って撃たれるばかりではない。
「カエリウチダ!」
集積地棲姫と砲台小鬼の砲撃が次々と放たれ、艦娘たちの身体を削り取っていく。
「うびゃあ! 三日月、まだかぴょん!」
砲撃の一弾が掠めて小破した卯月が、悲鳴を上げる。
「――準備出来ました! 大発、発進します!」
三日月の号令に従い、妖精たちを載せた大発動艇がカリガラ湾の岸辺に猛進する。
巧みな操船によって砲雨を掻い潜り、集積地棲姫の至近距離まで到達したところで、妖精たちは迫撃砲を撃ち放つ!
「イタイ……ヤメロ! モエテシマウ……!」
真っ直ぐに吸い込まれた砲弾は、情け容赦なく集積地棲姫を吹き飛ばした。
「やりました!」
「まぁ、当然じゃない?」
三日月の上げた勝ちどきに、少し離れた場所からジョンストンが応じた。
「――
不意に五十鈴が叫ぶ。
同時に、夜のカリガラ湾の潮風を切り裂き、砲撃音が鳴り響く。
「えっ……?」
思わず虚を突かれて硬直したジョンストンに目掛けて、一発の砲弾が真っ直ぐ突き進み――。
「……あれ……っ?」
着弾の衝撃は、来なかった。
何故ならその砲撃は、射線に割り込んだ五十鈴の身体に突き刺さっていたから。
制服ごと五十鈴の上半身がズタズタに引き裂かれ、ぐちゃっとした物が海面に落ちる。
「イカシテ カエスナ……!」
「集積地棲姫が……もう一体ですって!?」
三日月が驚きの声を上げる。
吹き飛んだ一体目の集積地棲姫の残骸の陰から湧き出るようにして、さらに別の集積地棲姫が姿を現していた。五十鈴を大破させた砲撃は、この個体が放ったものである。
「――五十鈴っ、
我に返ったジョンストンは、慌てて五十鈴に駆け寄る。
「わめかないで、たかが上部兵装を少し失っただけよ……」
掠れるような声で、五十鈴は明らかな強がりの言葉を放つと。
力無く笑って、ガクンと意識を失った。
「二体目とか、
艦娘の艤装を通じて送られてくる映像と音声は、絶望的な状況を示していた。
日下部は思わず歯噛みする。
『これ、どう足掻いても手数不足ぴょん!』
『クソっ……ボクが改二になっていれば、大発がもう一隻使えるのに……っ!』
通信越しに、悔しげな声を上げる卯月と皐月の声が聞こえる。
『ねぇ、あなた! 五十鈴が……』
呆然とした声で呟くジョンストンに向かって、日下部は声を張り上げる。
「……聞こえるかお前たち、今すぐ撤退しろ! ジョンストンは五十鈴を曳航、潮も協力! 他の三人は、五十鈴たちの離脱まで集積地棲姫を牽制!」
「了解です!」
最初に反応したのは、比較的冷静だった三日月だった。
大発を操る妖精に指示を出して、海上から迫撃砲を猛射する。
すぐに皐月と卯月もそれに続いた。
「――五十鈴。普段はエリートっぽい言動してるくせに、泥臭い根性とか見せてくれちゃって……大和魂ってやつ?」
ジョンストンは、五十鈴に曳航索を繋ぎながら呟く。
「……ふざけんじゃないわよ!
サマール沖海戦にて、護衛空母と護衛駆逐艦の後方支援部隊ながら、圧倒的に強大な日本艦隊と偶発的な死闘を演じた、伝説の部隊。後世まで長く語り継がれることになる、アメリカ海軍第7艦隊第77任務部隊第4群第3集団、通称タフィ3。
その一翼を担った駆逐艦こそ、このジョンストンである。
「絶対、沈めさせたりするもんか!」
一度だけ、集積地棲姫を睨みつけると。
放たれる砲弾を掻い潜り、ジョンストンは五十鈴を曳きながら、全力で海上を走り出した。
※春イベ話始まりました。
今話はいわゆるE1-2です。作者は難易度乙でクリアしましたので、出撃艦娘が6人になってます(甲だと最短ルートを辿るには5人編成でした)。
なおこの後の話にも言えますが、ゲージ削り→ラストダンスの流れを忠実にやるとあまりにも冗長なので、今話のように突然ラストダンスに入ったり、最初からラストダンスだったりします。
創作上の都合とご理解下さい。