日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


激突!ルンガ沖夜戦 -わだかまりは置いていきましょう 2-

もし、木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう。

――エイブラハム・リンカーン

 

 

――柔らかな、夢を見ていた。

 

あの時も、フィリピンで戦った。

あの時は砲撃ではなく、潜水艦の雷撃だった。

あの時は舵が壊れたけども、なんとか自力で航行は出来た。

いろいろな記憶が、ぼんやりと浮かんでは消えていく。

 

けれども駆逐艦が一隻、自分を一生懸命守ってくれていたことだけは、しっかりと覚えている。

あれは確か……。

 


 

「……五十鈴? 五十鈴!」

自分を呼ぶ声に、五十鈴は意識を覚醒させる。

心配そうに覗き込んでいるのは、あの時自分を守ってくれた駆逐艦ではなく、ジョンストンだった。

――当たり前だ。あの駆逐艦はまだ艦娘として出現していないのだから、ここにいるわけが無い。

 

「良かった、気が付いたわね!」

「ここは……?」

「アタシたちは提督の命令で撤退中。今はマニラに向けて、シブヤン海を北上中よ」

 

ジョンストンの説明を聞きながら、五十鈴は自分に曳航索が結ばれていることに気付く。

ジョンストンと潮が、2人がかりで意識を失った自分をここまで引っ張ってきてくれたようだ。

 

「世話をかけたわね、ありがとう。ここからは自力で航行できるわ」

「……アンタ、自分の上半身がどうなってるかわかってる? ちゃんと説明したら、グロすぎてちょっと引くような状態なんだけど?」

「それでもよ。いつまた深海棲艦に襲われるか、わからないでしょ。まだ機関部は大丈夫なんだから、なんとでもなります」

「機関部とか言うな。言うなら『下半身』でしょ」

 

艦と娘の認識混同にツッコミを入れながらも、ジョンストンは五十鈴の意志を尊重して曳航索を切断する。

よたよたとした足取りながらも、五十鈴はかろうじて自力で海の上を歩き始めた。

幸いにして深海棲艦の姿はなく、傷付いた五十鈴のペースに合わせながらも、艦隊は根拠地のマニラに向けて少しずつ海上を進んでいく。

 

「――ねぇ五十鈴。なんであたしを庇ったの?」

旗艦である五十鈴がいち随伴艦であるジョンストンを庇って大破するのは、戦術面においては明らかな間違いだ。逆ならともかく。

五十鈴に、その程度のことがわからないはずが無い。

だからこそジョンストンは、そこをどうしてもはっきりさせておきたかった。

 

「……喧嘩したまま、あなたに沈んで欲しくなかったのよ」

ぽつり、と吐き出すように五十鈴は答えた。

 

「えっ、そんな理由……?」

「そんな理由よ。悪い?」

「バッカじゃないの!? 轟沈ストッパーがあるんだから、沈むわけないじゃない!」

ジョンストンは五十鈴の返答に、思わず白目を剥いて言い返した。

 

轟沈ストッパーとは、艦娘が地球意志に与えられた恩恵のひとつである。

艦娘の肉体は高密度想念力の塊ではあるが、深海棲艦のそれと比べると、数値にしておよそ1/10程度でしかない。それが高次AIとの純粋な技術力の差である。

にも関わらず艦娘が深海棲艦と戦えるのは、「攻撃」と「防御・被弾」の一瞬だけ、地球意志から莫大な想念力を貸し与えられるところに理由がある。

 

艦娘の攻撃であれば、瓦礫の投擲や素手であっても深海棲艦に対して有効打を与えうる。

もちろんそれよりは艤装を、同じ艤装でもより強力な物を用いた方が効果的なのは間違いないが、それでも本質となるのは「艦娘による攻撃」という部分にある。

 

同様に攻撃を避けきれず被弾する際も、地球意志は艦娘に強力な加護を与えてくれる。

どんなに強力な攻撃を受けたとしても、一度の戦闘であれば必ず大破の状態までで損傷が止まるようになっているのだ。

人間たちは発見されたこの現象を「轟沈ストッパー」と呼んでおり、影響されて当の艦娘たちもそう呼ぶようになった。

現在では、これを意図的に戦術に組み込む提督もいるのだが……、

 

「うるさいわね。沈まないってわかってても、割り切れるものじゃないでしょ。攻撃を受けるのは当の艦娘なんだから」

「それで自分が大破してちゃ世話ないでしょ、You idiot(バカっ)!」

ジョンストンはなおも反論しようとするが、

 

「……ふふっ」

そのやり取りを黙って聞いていた潮が、不意に小さな笑い声を上げる。

「何よ、潮」

「あっ、あの……『轟沈ストッパーがあるから絶対に沈まない』って言うなら、ジョンストンちゃんが、五十鈴さんを曳航しようとした時に言ってたこと……」

 

「――!?」

思わぬ指摘に、ジョンストンの顔が真っ赤になる。

「潮! アンタ、zip your lips(だまって)! そ、それ以上言ったら、怒るわよ!」

「ひゃあぁぁぁっ!?」

 

ジョンストンの言葉に、悲鳴を上げる潮。

そんなやり取りを、五十鈴はどこか愉快な気持ちで聞いていた。

 


 

「ちょっとあなた、あれから10日以上経ってるわよ! どうして一度もRevenge(リベンジ)させてくれないの!?」

 

艦娘運用母艦「DDK-762 いが」の執務室で書類仕事を片付けていた日下部に、ジョンストンが喰ってかかる。

彼女の言う通り、あれから10日以上が経っていた。

マニラの泊地に停泊していた無数の艦娘運用母艦も、作戦を成功させた熟練の提督の物から順番に、何隻もその姿を消している。

 

その間五十鈴率いる第三十一戦隊はといえば、出撃はおろか演習すら下命されず、実質的に休暇のような状態にあった。

最初の数日は降って湧いた休息に喜んでいた艦娘たちも、一週間を過ぎた辺りから焦燥を見せるようになっており、ついに本日痺れを切らした面々が、日下部に直訴しに来たというわけである。

 

「闇雲に挑んだって、集積地棲姫二体には勝てるもんじゃないだろう。幸運の上振れで何とかできる範疇を超えている」

「だからと言って、こうしていたって仕方ないじゃない。それとも提督、何か考えでもあるの?」

皮肉めいた口調で言葉をかける五十鈴に対し、

 

「もちろん、あるに決まってるだろう」

 

日下部は堂々と言葉を返した。

そのあまりのふてぶてしさに、さすがの五十鈴も鼻白む。

 

――その時。

「三水戦、帰投したよ!」

秘書艦である川内が、執務室に入ってきた。

忍者装束にも似た改二の出撃用制服。

微かに発する汗と潮の匂いが、演習帰りであることを物語っている。

 

「お帰り。……そろそろかな?」

「うん! ()()()()()()()! 明石さんが今、改装始めてる!」

「……よし!」

朗らかに言う川内に、日下部は思わず握りこぶしを作って応える。

「お前たち、待たせたな!」

「……どういうこと?」

「あのクソ眼鏡をぶっ潰すための切札だよ!」

艦娘たちが思っていた以上に鬱憤を溜めていたのか、日下部は集積地棲姫をそんな風に罵りながら言った。

 

しばらくして、執務室に現れたのは……。

「司令官。響改め、Верный(ヴェールヌイ)。準備完了だ」

それまで被っていた第六駆逐隊の帽子を、白を基調とした帽子に変えた駆逐艦・響。

否、かつての大戦が終わった後、賠償艦としてソ連に引き渡された後の姿。ロシア語で「信頼できる」という意味の名前となった、ヴェールヌイである。実質的な響の改二と言える姿だった。

耐久性の大幅な向上もその特徴の一つではあるが、それよりも今重要となるのは、

「ここに至れば、私も大発を装備できる。足りなかった手数を補えるはずだ」

 

ヴェールヌイの頼もしい言葉を受けて、日下部は10日以上ぶりに第三十一戦隊に編成命令を下す。

「前回と同じく、旗艦・五十鈴! 僚艦は皐月、卯月、三日月、ヴェールヌイ!」

5人まで艦娘の名前を挙げて、日下部は一度言葉を切った。

史実特攻のことを考えれば、ジョンストンを外し潮を残す方が合理的ではある。

……だが。日下部は、真っ直ぐにジョンストンを見据える。

「リベンジ、したいんだな?」

 

「当然じゃない! I'm going to be a fighting ship(やってやるわ)!」

 

一瞬の迷いもなく答えたジョンストンに、日下部は大きく頷いた。

「6番艦、ジョンストン! ……潮、すまないが待機だ」

「わ、わかりました」

潮が頷くのを確認してから、日下部は力強く号令する。

「第三十一戦隊、出撃! 目標、カリガラ湾の集積地棲姫二体! あのクソ眼鏡に一発ぶちかましてこい!」

「……了解!」

 


 

前回と同じく、九六式陸攻の雷撃から戦端は開かれた。

PT小鬼群と相対するのは五十鈴とジョンストンだけとなったが、明らかに二人の連携精度は前回よりも向上しており、苦もなく撃沈していく。

 

皐月と卯月が沖合から迫撃砲を放ち、二体の集積地棲姫を牽制する。

爆炎が何発も炸裂し、土煙を巻き上げる。

一方で、深海側も絶え間なく応射を返す。

砲台小鬼の砲撃が幾発も放たれ、直撃ではないにしろ皐月と卯月の身体を衝撃で削っていく。

 

「三日月、大発出します!」

叫び声と共に、三日月の装備していた大発が水の上を奔る。

至近距離まで迫ったところで、大発上から放たれた迫撃砲が、集積地棲姫に吸い込まれる。

「ヤメロヨ……!」

着弾の瞬間、地球意志からもたらされた莫大な想念力が、本来の艤装としての攻撃力に上乗せされる。

それは集積地棲姫を構成する、人類では到底届き得ない想念力にすら一穴を穿つほどで。

「 セッカク アツメタノニ、モエテシマウ……ヤメロォ!」

爆風が荒れ狂い、集積地棲姫の行動を制御しているAIごと、その肉体を消し飛ばす。

 

一方で、

「すまない、あと少し……ッ!」

ヴェールヌイは大発を装備できるようにこそなったが、大規模改装の直後に出撃を命じられたこともあり、まだその扱いに慣れているとは言い難い。

すでに十分に熟練している三日月と比べ、発進に手間取っていることは否めなかった。

 

――そして戦場においては、その時間こそが命取りとなる。

「シズメ……! シズメェーッ!!」

二体目の集積地棲姫の放った砲撃が、今まさに大発を発進させようとしていたヴェールヌイに迫る。

「くっ……!」

大発の発進準備のため、回避行動を取れないほんの一瞬。

クリティカルなそのタイミングを狙って放たれた砲撃に、ヴェールヌイは着弾の衝撃を予測して身を固くする……!

 

「あたしを、あたしたちを、舐めるなぁぁぁぁぁぁ! 守ってみせるんだから!」

射線に割り込んだのは、ジョンストンだった。

まるで先の一戦目において、自分が五十鈴にされたように。

「くああーっ!」

その身を以って盾となし。

自らの大破と引き換えに、見事にヴェールヌイを守り抜く!

 

「ジョンストン!」

五十鈴は叫び声と共に、彼女の下へと駆け寄った。

「まだ機関は無事よ……あたしはまだ、全然やれるんだから……」

「機関とか言わないの! 言うなら『下半身』でしょ!」

そんなやり取りすらも、前回の鏡写しのようで。

 

文字通りジョンストンが身を呈して稼いだ、値千金の一瞬。

「ジョンストン、君の信頼に応えてみせる! 待たせた、ヴェールヌイ……大発、発進!」

ヴェールヌイの下を離れた大発は、真っ直ぐに集積地棲姫に向かって突き進み……、

 

「モヤスノハ ヤメテ……! アア、デモ……モエルホノオ……なんだか、綺麗だ……」

集積地棲姫の断末魔は、どこか芝居がかって聞こえるものだった。

 


 

「よくやった……お前たち、本当によくやってくれた!」

母艦に帰投して入渠を終えた第三十一戦隊の面々に、日下部は健闘を称える言葉をかける。

 

「あら、五十鈴たちならこのくらい普通に当たり前だけど。良いんじゃない?」

「ま、まぁー、あたしたちなら当然じゃない?」

 

五十鈴とジョンストンは異口同音な言葉を返し、思わず顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「なによ五十鈴、すっごい自信じゃない!」

「あなたもね。でも、そのくらいの方が好感が持てるわ」

そう言って笑い合う二人を、ヴェールヌイをはじめ他の第三十一戦隊の面々は微笑ましく眺めていた。

 

日下部はしばらくその光景に笑みを浮かべていたが、

「――さて、この海域での任務は、実はこれで終わりではない。次は一度台湾沖に戻って、南シナ海で対潜掃討だ。マニラから直接進撃出来ると楽だったんだが、どうもそうすると絶対に会敵出来ないらしい。まったく、深海どもはつくづくゲームがお好きなようだ」

そこで一度言葉を切り、

「だが、このゲームにはどうも『賞品』が用意されているようでな。先行攻略した他の提督によれば、敵の深海潜水艦隊旗艦である潜水棲姫改の下には、特定の艦娘の概念核が囚われているそうだ」

日下部は、改めて第三十一戦隊の面々を見て、

「対地作戦の直後に対潜作戦とは面倒だとは思うが、あとひと踏ん張りだ。よろしく頼むぞ」

 

「いいわ、対潜作戦なら五十鈴にお任せよ!」

「いいわよあなた、あたし対潜作戦とか大得意だもの!」

 

五十鈴とジョンストンはほぼ同時に異口同音な言葉を発して、再度顔を見合わせると。

今度は吹き出すどころか、お互いに腹を抱えて大笑いするのだった。

 


 

「あたし、桃。丁型のアイドル。みんな、よっろしくぅ♪」

「……桃!?」

 

潜水棲姫改に囚われていた「賞品」の艦娘を見て、五十鈴は驚きの声を上げた。

 

「あっ、五十鈴さん! 早速知ってる人に会えて、桃嬉しい!」

「あの時代に生まれた松型の子がこんな艦娘になるとか、五十鈴もさすがに想定外なんだけど。それにアイドルって、那珂ともろ被りじゃない」

「あっ、ひっどーい! 桃はいつだってキラキラ一杯なんだから! ところで那珂……って誰?」

「あなたがその調子なら、嫌でもあっちから声かけてくるわよ」

呆れたような声で、五十鈴は溜息と共に言葉を吐き出す。

 

そこで不意に、桃は真剣な表情を浮かべて、

「五十鈴さん……もう、あんな舵が壊れるくらいの大怪我とか、してないよね?」 

 

「大丈夫。桃に負けないくらい、優しい駆逐艦がいるもの」

五十鈴はそう言って微笑み、

 


 

潜水棲姫改に囚われていた艦娘の概念核は、一つだけでは無かった。

Fletcher(フレッチャー)級駆逐艦ネームシップ、Fletcher、着任しました」

「……えっ、嘘っ!?」

 

MM技術により概念核が姿を変えた艦娘を見て、ジョンストンは驚きの声を上げた。

 

Johnston(ジョンストン)ですか? あなたも着任していたのですね」

「そうよ。もう……ようやく知ってる顔に会えた!」

感極まって抱きつくジョンストンを、フレッチャーは優しく抱き締め返す。

「私たちフレッチャー級は姉妹が多いですけど、着任しているのはあなただけですか?」

「そうよ。というか他にフレッチャー級の艦娘自体がいないみたい。それにうちの鎮守府の場合、今のところまだアメリカの艦娘は、あたしとフレッチャーだけだしね」

 

「あら、そうなのですか」

驚きに目を丸くしたフレッチャーは、ジョンストンに尋ねる。

「ジョンストン……日本の艦娘たちの中で、たった一人で、寂しくありませんでしたか?」

 

「全然! みんな、Aggressiveで頼もしかったもの!」

ジョンストンはそう言って笑顔を浮かべ、

 


 

「アメリカの艦娘も、悪い子じゃなかったわ」

「日本の艦娘も、いい奴ばっかりよ!」

 

――離れた場所で。

けれどもほぼ同時に、異口同音に、そんなことを言ったのだった。




※2021年春イベのE1は、実質的にE1-2の集積地棲姫がクライマックスだったと思います。
装備が揃っていると集積地棲姫は雑魚だと聞きますが、大発(陸戦隊にすらなってない、無印)2隻と迫撃砲数門を用意するのが精一杯の、着任3ヶ月目の新米提督にはなかなかきついものがありました。
ここで10日以上足踏みして響をヴェールヌイまで育てたのは、作者の実体験だったりします。でもそのおかげで、乙でクリアできました。

アメリカ艦娘(というか、連合国艦娘全般)について。
初のアメリカ艦娘であるアイオワの着任が2016年ですから、これを書いている2021年当時で5年前です。実装当時には色々と葛藤もあったようですが、古参のプレイヤーにはもはや今更の話ではあるのでしょう。
とはいえ「そういうもの」のゴーヤ編でも書きましたが、熟練の提督にとってはもう何年も前の話であっても、日下部鎮守府の艦娘には現在進行形の話です。
ここでわだかまりを乗り越えたことが、この後の話へと繋がっていきます。

ちなみにあと数日で夏イベが始まる予定ですが、とりあえず春イベの話が終わるまではSSの投稿を優先する予定です。
ツイッターの方は本当にプレイ日記なのでリアルタイム更新ですので、ご興味を持っていただけましたらぜひフォローをお願いします。
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