日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


激突!ルンガ沖夜戦 -「自我の三要件」を確認しましょう-

運命がレモンをくれたら、それでレモネードを作る努力をしよう。

――デール・カーネギー

 

 

――ソロモン諸島レンネル島沖での戦いは、クライマックスを迎えていた。

 

「伊勢、水戦・水爆隊、発艦!」

「熊野、同じく水戦・水爆隊、発艦しますわ!」

航空戦艦と航空巡洋艦。それぞれ本来の艦種の枠を超えて、水上機の運用能力を与えられた、特殊な艦娘。

空母が存在できない海域であっても、彼女たちであれば敵の航空勢力に対抗できる。

 

「ヒノ……カタマリトナッテ……シズンデシマエ……!」

対する深海棲艦は、空母棲姫。

かつて行われたミッドウェー海戦を模したイベントにおいて、初めて人類の前に姿を現した上位の深海棲艦。その後もこうして、たびたび姿を現している。

魚介類をデフォルメしたような通常フォルムの深海棲艦に、美女型の部位が付属しているような構造をしている。

空母棲姫は通常と異なり、球体のような独特の形状をした深海艦載機を放って攻撃する。

 

水戦と深海艦載機のぶつかり合いに始まり、すぐに戦いは砲撃戦に移行する。

伊勢や熊野も本来の艦種の役割を果たすべく、重砲を放っては敵の随伴艦を沈めていく。

 

そんな激戦の中、海中を進むひとつの影。

海上の猛烈な砲火や爆炎とは無縁な、静寂なる世界。

音もなく空母棲姫に忍び寄ったその影は、雷撃に最適の位置に辿り着く。

 

「――イクの魚雷が、うずうずしてるの!」

 

潜水艦・伊19。通称イク。

前世においてアメリカ空母ワスプを撃沈し、艦娘となった今も「海のスナイパー」を自称する、歴戦の潜水艦である。

そんな彼女の放った酸素魚雷は、過たず空母棲姫に向かって吸い込まれていき……。

「……!」

断末魔の声すら上げることもなく、空母棲姫はレンネル島沖の海へと沈んでいった。

 


 

「よし、よくやった!」

その光景を母艦司令室のモニタ越しに見守っていた日下部は、思わず拳を振り上げて喜びの声を上げる。

先日の南沙諸島・フィリピン方面に続く快勝。

本イベントの中心地とも言えるルンガ岬沖に、着実に近付いているという手応えがあった。

 

「第六艦隊、作戦終了! 最後まで油断せず帰投するように!」

通信機を通じて第六艦隊に帰投命令を出した後、日下部は自分の手が、思った以上に汗を握り込んでいることに気付く。

 

原因は、わかっている。空母棲姫の存在だ。

あの深海棲艦は集積地棲姫と同様、上位の深海棲艦だ。

行動はAIが制御しているし、肉体は下位の深海棲艦と同様、実体化させた想念の塊だ。

言ってみれば、「人型の部位を持った深海棲艦」というだけに過ぎない存在。

――なのに何故、見ていてこんなに嫌な気持ちが湧き上がるのか。

 

「……提督。私の勘違いでなければ、どうやら同じ感想を抱かれたようですね」

不意に声をかけてきたのは、第六艦隊の作戦行動の観戦を希望し、日下部と共にモニターを眺めていた正規空母・赤城だった。

その隣ではやはり観戦を希望した加賀が、難しい表情を浮かべている。

 

「お前たちも、アレに嫌な感情を……『負の想念』を、抱いたか」

「言葉にするのは、難しいのですが」

赤城はそう言って、顎に手を当てる。

「率直に、一切遠慮なく申し上げるならば……『私たちはここに在ることができて、本当に良かった』と感じました」

 

「あれと同型の深海棲艦は、ミッドウェー海戦を模した過去のイベントにおいて、初めて姿を現したそうですけど」

赤城の言葉を引き継いで、加賀が続ける。

「その時期から着任していた他の加賀に尋ねても、どうにも要領を得ない答えしか返って来ません」

自分の抱いた想念を上手く言葉に出来ないことに、内心で苛立ちを覚える。

普段からクールな加賀のことだから、顔には一切出してはいないのだが。

 

「私たちは普段から想念を……つまり、『想いの力』を使って戦っている。だからお前たちのその感じ方には、きっと意味があるのだろうな」

「とはいえ提督。それでもあの空母棲姫は、ただの深海棲艦です。私たちにとって禍々しい『何か』があるのだとしても、それはあれそのものではなく、そしてすでに終わったことであるはずです」

赤城はそう言って、微笑みを浮かべる。

 

――今ここにある日下部鎮守府においては、提督も艦娘も過去のイベントを知らない。

だから、他所においてはもはや当然の光景となった『何か』があるのだとしても、誰もまだそれを知らない。

それが、嘘偽りのない自分たちの物語(ナラティブ)だった。

 

「提督、大本営から入電!」

不意に発せられた大淀の言葉が、日下部の思考を断ち切る。

「日下部鎮守府に対し、ガダルカナル島ルンガ岬沖への進出命令が発せられました!」

 

「……了解した」

日下部が答えると、大淀はそれに続けて、

「なおルンガ岬沖での作戦行動における重要事項について、日下部提督は速やかに後見人である長谷川提督と合流し、説明を受けるように……とのことです!」

 

日下部はその言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 


 

「大淀、足元に気を付けろよ」

「ありがとうございます。でも提督、私も艦娘ですからね。忘れてませんか?」

 

長谷川提督の艦娘運用母艦「DDK-028 しもうさ」へ来艦したのは、提督である日下部本人と、作戦立案の補佐を行う大淀だけだった。

通例ならば秘書艦である川内も同行して良いことになっていたのだが、何故か川内はそれを固辞した。

白百合姫の一件において、川内が感情から暴走しかけたことを覚えていた日下部は、特に深く追及することもなくその意志を尊重することに決めたのである。

 

「ようこそ日下部提督、我が艦へ。歓迎致しますわ」

「ありがとうございます、長谷川提督。感謝致します」

儀礼に則って、二人は敬礼を交わす。

勝手知ったる仲ではあるが、今は互いに提督としての公務での訪問である。

こういうことはきちんとするよう、長谷川は無論のこと、日下部も提督着任前に徹底的に叩き込まれていた。

 

「さて、では早速始めましょうか」

通された応接室で、秘書艦の有明が持ってきた茶が行き渡ったのを確認してから、長谷川は口を開いた。

「先行した提督たちから、報告がありました。ルンガ岬沖には『要救助対象』である艦娘、ノーザンプトンがいます。彼女は深海棲艦たちによって自我を剥奪され、上位の深海棲艦に組み込まれています。大本営はこの深海棲艦を、『ルンガ沖重巡棲姫』と名付けましたわ」

 

日下部が渡された紙の資料をめくると、そこにはくだんの深海棲艦の写真が載っていた。

頭足類に似た形の部位が二つ横に並び、その中間に腰掛けるような形で女性型の部位が存在している。

女性は眼鏡をかけており、ベレー帽のような物を被っている。帽子や女性の胸元には、フジツボにも似た物が付着している。

写真で見るだけでも、十分以上に禍々しい存在だった。

 

「あなたはご存知ないでしょうが、同様の深海棲艦は過去に多数確認されています。形状として最も似ているのは、やはりバタビア沖棲姫でしょうね。何しろこの時に『要救助対象』だった艦娘こそ、ノーザンプトンの姉妹艦であるヒューストンでしたから」

過去のイベントで出てきた深海棲艦の名前を挙げて、長谷川は説明する。

 

「大事なところを申し上げますが、我々の目的はあくまで『艦娘の救出』です。『ルンガ沖重巡棲姫の撃沈』ではありません。……無論、一度は撃沈しないと救出を行えないのは確かではありますが」

「要するに、撃沈して終わりではない、と言いたいのか」

「ええ、その通りですわ」

長谷川は日下部の言葉を肯定する。

 

「それはわかった。なら、そろそろ肝心のことを聞かせてもらいたい」

日下部は眼鏡をくいっと押し上げると、

「艦娘の『自我を剥奪する』とは、具体的にどういうことなんだ?」

このイベントの最初から思っていた質問を、真っ直ぐに長谷川にぶつける。

 

「――そうですわね。あなたは、これが初イベントでしたね」

長谷川は何かを思案するかのような表情を浮かべると、

「では、まず『自我とは何か』からお話ししましょうか。元想念工学者に対して釈迦に説法とは存じますが、まぁ滅多にない機会ですし、少し清聴なさいな」

「了解した」

 

日下部が首肯するのを確認してから、長谷川はゆっくりと話し始めた。

 

「哲学や精神分析学においてはともかく、想念工学においては『自我』は、『記憶』『思考』『意志』の三種類の想念から構成されるとされています。生命の定義に合致する人間と艦娘は、文字通りこの三種類の想念を自力で生産できます。また、シンギュラリティに至り自我を獲得したAIは、生命ではないので想念の生産そのものは出来ませんが、それに類する精神活動が可能であることが確認されています」

当然だが、想念を生む精神活動はこの三種類だけではない。

しかし自我を定義する上で特に重要となる想念がこの三種類であり、想念工学においてはこれを「自我の三要件」と呼んでいる。

 

「まずは『記憶』。これはその自我にとって、主観的な過去をもたらす物です。自我は誰しも自分の物語(ナラティブ)で生きるものですが、その物語を生み出す源泉となるものです。ゆえに、これは『定量性を持った想念』とも呼ばれています」

記憶は必ずしも正しいとは限らない。そして時間と共に忘れられたり、美化されたりする。

ゆえに記憶は、立派な想念のいち要素たり得るのである。

 

「次に『思考』。これはその自我にとって、現在を規定する物です。自分自身がここに間違いなく存在していると考えること、これこそが自我の存在を繋ぎ止めるものです。ゆえに、これは『蓋然性を持った想念』とも呼ばれています」

思考は自身と他者、あるいは世界の在り方を定め、その自我が社会的な行動を行えるよう調整する役割を負っている。

 

「最後に『意志』。これはその自我が今この瞬間から、どの方向へ向かうかを規定する物です。種や社会全体、あるいは自身や愛する者。何であれ、どこかには向かうことでしょう。ゆえに、これは『指向性を持った想念』とも呼ばれています」

意志に類する想念の中でも、感情は特に大きな想念力を秘めている。だが理性によって自らの意志の指向性を定めるのも、それはそれで立派な自我の在り方である。

 

「……といったところですが。元プロの想念工学者として、何か指摘はありますか?」

「いや、無い。むしろ想念工学の教科書に書いても良いレベルの優秀な説明だ」

もっとも、正確であるがゆえにわかりやすいとは言えないだろう、というのが日下部の率直な感想だった。

大淀に関しては、この後の作戦行動で必要な分だけをふわっとなんとなく理解すれば良いだろうが、例えばMM機関を実際に操作し、想念工学に基づいた想念実体化を行うこともある明石や夕張といった技術者系艦娘に対しては、いちどきちんと学習の機会を用意してやる必要があるだろう、とも思う。

 

「で、それを『剥奪』とは?」

「読んで字の如く。自我――この場合は艦娘ノーザンプトンですわね――から『記憶』を奪い取り、定量性の無いいち場面だけを延々と見せ続ける。おそらく自らの沈んだ瞬間や、その他の陰惨な内容なのでしょうね。結果、彼女は『負の想念』だけを延々と発生させ続けます」

……正直もうこれだけで、日下部には我慢のならないような説明だったが、

「そして『思考』を奪い取る。蓋然性が失われますから、彼女は自らがそのような状態にあることを認識すら出来なくなっているでしょう」

「待て……」

「そして、『意志』を奪い取る。指向性を無くした想念はどこに向くこともなく、ただただ生産されてはそこに降り積もります。……彼女を取り込んだ深海棲艦・ルンガ沖重巡棲姫は、それを力に変える。清々しいまでに一方的な収奪ですわね」

 

長谷川はそこで一度言葉を切り、つい先日モーリアックが言った物と同じ言葉を放った。

 

「そして艦娘ノーザンプトンは、ひとつの生命として……どこにも辿り着くことが出来なくなります」

 

彼女には過去が無い。自身の体験したことであっても、主体性も連続性も無いいち場面など、ただの絵と変わらない。

彼女には現在が無い。現在という概念を認識することすらできない。

そして、彼女には未来が無い。存在の意味、生きる目的、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「言ってることは、理解できる……」

震える声で、日下部はどうにか言葉を紡ぐ。

「だが、ああ……なんだそれは。およそ自我にとって、そんなことが許されて良いのか……?」

 

「汝の意志することを行え」という、ひとつの哲学の対極に位置する状態。

軍艦ノーザンプトンと艦娘ノーザンプトン、彼女のすべてに対する冒涜。

 

「ならばあとは、自分自身の目で見なさい。多くの提督が過去のイベントで似たようなものを見て、そして理解してきました。だから、あなたもそうして理解しなさい」

長谷川は、実に無機質な――いつぞや見せた、「プロの軍人」の顔になって、

 

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とても抽象的な言い方だが、不思議な説得力があって。

そして長谷川は、言葉に力を込めて続ける。

「そして、理解したなら。ぜひこの言葉を思い出しなさい」

それは日下部にとって、ひとつの恐るべき事実。

「私たちの敵は、あれをしてしまえるような存在であり――私たちが敗北したならば、すべての艦娘があれにされる可能性があるということを」

時限式に仕込まれた、未来の日下部を縛る呪詛。

 

「……分かった。覚えておく」

日下部は、もはやそう返すしかない。

「結構です。それではようやく、次の話に進むことができますわ」

にっこりと微笑む長谷川の瞳が、寸分も笑っていないことに日下部は気付く。

 

「艦娘ノーザンプトンを救出するためには、剥奪された『自我の三要件』をこちらで補ってやり、彼女の自我を回復させる必要があります」

「『自我の三要件』を、こちらで補う……? そんなことが、できるのか?」

日下部の抱いた素朴な疑問に対し、長谷川はここでようやく……本当の笑みを見せて、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どういう意味だ!」

反射的に叫び返しながらも、日下部は理解していた。

長谷川の言葉の意味するところ。

そして、艦娘運用母艦のMM機関に施された、あの改造の意味。

 

「独立して存在する自我に対して外部から介入し、自身にとって都合の良い想念を強制的に植え付ける技術。若き日のあなたが発明した、世界を変えた酸っぱいレモン」

長谷川の言葉は、善悪の彼岸から聞こえてくるようで。

「マインドハック。……それこそが、これまでに幾多の艦娘をあれから救い出し、そして今また艦娘ノーザンプトンを救い出す、甘い甘いレモネードの名前ですわ」

 

『クソガキ、お前は素晴らしい才能を持ってる。それは間違いない事実だ。お前はその使い方を間違えたが、取り返しの付かないところに行く前に戻って来られた。だから、今度はその才能を世の中のために使え』

――日下部の恩人であり、長谷川の兄でもある、長谷川悠也。

彼があの日に発した言葉が、不意に耳の奥に蘇っては消えていった。




※2021年春イベのE2は、潜水艦隊も育っておらず、またフーミィこと伊203もドロップしませんでしたので、特に見せ場なく終了してしまいました(ちなみに難易度は丙でした)。
なのでこのSSでもさらっと流し、設定説明回に当てることにしました。

艦娘の深海堕ちについて。
初期はともかく、アニメ版以降は公式設定と化した感があります。ゲームでも隠さなくなってきてますね。
多くの作品においては、艦娘と深海棲艦を表裏一体の対称存在として描いています。
しかし日下部鎮守府においては、艦娘と深海棲艦は非対称存在ですので、「深海堕ち」についてはこのような解釈になりました。結構シリアスで重苦しい扱いですが、これはあくまで人間側にとっての価値観です。
当の艦娘はまた、別の意見があってもおかしくはないでしょう(たとえば割とカジュアルに「深海堕ち」をファッションに取り込んでいるコマンダン・テストなど)。

明日の2021年8/20から夏イベが始まりますが、前話の後書きでも書いた通り、春イベ話が終わるまではSS投稿を優先しますので、よろしくお願いします(自分が夏イベ楽しむためにも、なるべく早く書きます)。
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