日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


激突!ルンガ沖夜戦 -ルンガ沖の再現といきましょう 1-

指示を与える者には責任があり、指示を受ける者には義務がある。

――ユリウス・カエサル

 

 

「駆逐艦で鼠輸送かぁ……」

ガダルカナル島ルンガ岬沖での第一作戦について、日下部はそんな感想を漏らした。

 

ガダルカナル島といえばミッドウェー海戦と並び、かの大戦の転換点のひとつとして挙げられる戦いである。

海軍との足並みが揃わなかったこと、アメリカ軍の戦略方針を見誤ったことから、この島に上陸した陸軍は補給路を断たれて孤立した。

倍近いアメリカ軍と対峙する中で、飢えと熱病に苦しんで死ぬ兵は後を絶たず、餓島などと呼ばれるようになったほどである。

 

当然、日本側もそれを手をこまねいて見ていたわけではない。

ソロモン諸島と呼ばれるこの一帯を巡って、日米間で幾度も激しい戦いが繰り広げられた。

そんな中で編み出されたのが、本来は戦闘艦である駆逐艦を使って物資を輸送する「鼠輸送」という戦術である。

当然ながら効率的などとは言い難い代物ではあるが、制空権を失った日本側は、もはや専用の輸送船での補給など出来なくなっていたのである。

 

「はぁーっ……時代錯誤どころの騒ぎじゃないよなぁ」

日下部は盛大に溜息をつく。

2045年の現在においては、MM技術を用いれば食糧だろうが弾薬だろうが、時間さえかければ幾らでも現地生産できる。兵站という言葉の意味自体が、「MM技術で生産しきれない物資を緊急展開すること」に変化しているくらいである。

「それで、ドラム缶か。なんだろうなぁ、この理不尽さは」

 

「おいおい。提督にそんだけ先に文句言われちゃ、長波サマが文句言えないじゃんか」

日下部の愚痴に半眼を向けてきたのは、夕雲型駆逐艦の4番艦・長波である。

ウェーブがかった黒髪は腰まで垂れ、後頭部には黄色いリボン。

身に纏っているのは秋雲と同じ臙脂色の制服。もっともこれは本来夕雲型の制服であるため、正真正銘の夕雲型である長波が着ているのは、しごく当然のことと言えた。

 

「長波もドラム缶なんか積みたくないけどさ。まぁ、やれって言うならやるよ」

「……すまんな。やりたくないならやらなくていい、と言ってやりたいんだが、そうも行かない」

「おいおい、提督なんだからもっとビシッと構えて、堂々と命令しなよ。でないと、田中少将には程遠いよ?」

「第二水雷戦隊司令、田中頼三少将……? いきなりそんなこと言われてもなぁ」

新米提督でしかない日下部にとって、長波の言葉は面食らう他ない物だったが、

「なーに言ってんのさ。ここにいるあたしの提督は、目の前の日下部提督しかいないんだから。弱気なこと言ってないで、田中少将を超えてやるくらいの気概を見せなって!」

長波は勝ち気な態度で言い放つ。

 

「そうだな、お前の言う通りだ。よしわかった。では長波、ドラム缶を積んで鼠輸送作戦に当たれ!」

日下部はそう命令を下した後、おもむろに長波に近づく。

「了解……って提督、どこ触ってんのさ!」

「いや、ドラム缶の搭載をば」

「だ、大丈夫! 自分で載せ替えできるから!」

「いやいや、遠慮すんな。ん、お前見た目からじゃわからないけど、結構でかいな」

「なに提督、触り慣れすぎでしょ……んあっ……」

 

「提督、艦娘へのセクハラはその辺りにしましょうね!」

それまで黙って会話を聞いていた秘書艦の川内は、おもむろに装備していた15.2cm連装砲を日下部に向け、迷うことなく引き金を引く。

「……ぐはっ!」

もちろん非殺傷設定なので、日下部が跡形なく吹き飛ばされることも、司令室の壁に大穴が空くこともないのだが、曲がりなりにも深海棲艦と戦うための想念兵装である艤装だ。

衝撃に日下部の身体は軽く吹っ飛び、容赦なく壁に叩きつけられる。

 

「せ、川内……お前、それ仮にも提督に対してありなのか……?」

「えー、だってよくやってるし。嫁艦候補筆頭として、可愛いやきもちってやつ?」

悪びれず言う川内の姿に、長波は、

「あー、うん。お前が神通さんの姉ってのを、今よく理解したぞ……」

 

「川内……いつも言ってるよな。それ、めちゃくちゃ痛いって……」

よろよろと立ち上がりながら日下部は言った。

このタフネスについては提督着任前に、ブートキャンプでしごかれた経験が多大に活きている。

「提督が見境なくセクハラするのが悪い! 触るならあたしのを……じゃなくて! そもそも触るなー!」

 

「別にあたしは『触るな』とは言ってないんだけどなぁ。まぁいっか、付き合ってらんない」

長波はぽりぽりと頭をかいて、

「長波、自分でドラム缶積んだんで、出撃するぜぇ!」

日下部と川内に背を向け、待機している他の艦娘のところへ歩き出した。

 


 

鼠輸送作戦は、拍子抜けするほどあっさり終わった。

そもそもかつての大戦と比べて、周囲の状況は特に厳しいものではない。単に歴史再現の結果として、鼠輸送作戦をさせられただけなのだ。

――ただし。

 

「ルンガ沖夜戦は、鼠輸送から始まったからな。次いで連合艦隊による別動隊撃破もさせられた」

「それで実際に撃破できたところは、あの大戦とは違いますけどね」

日下部の呟きを、大淀が補足する。

「まぁ、そこは艦娘の働きに感謝だ。さて、鼠輸送が行われたならば……いよいよ第67任務部隊のお出ましか」

 

かつての大戦において、日本側の鼠輸送作戦を阻止するために派遣された、アメリカ海軍第67任務部隊。

重巡ノーザンプトン、軽巡ホノルル、駆逐艦フレッチャーなど、計11隻から成る大艦隊。

 

「一方で長波たち二水戦は、駆逐艦だけ8隻。……それで勝ってしまうのだから、前世のあいつらも大したもんだ」

「『華の二水戦』と呼ばれたほどに、当時の二水戦は精鋭部隊でしたからね」

この時は本来の旗艦である神通こそ損傷のためにこの場にいなかったが、代理で旗艦を務めた長波以下、どの艦も精鋭揃いだったのである。

ルンガ沖夜戦に参加したアメリカ側重巡洋艦は、全部で4隻。うち1隻が沈没、他の3隻も大破。一方で日本側の被害としては、駆逐艦・高波が1隻沈没のみという、少なくとも戦術レベルにおいては日本側の完勝と言って良い戦いである。

 

「で、その沈んだ重巡こそ、他ならぬノーザンプトンか……」

日下部は、まだ見ぬ新たな艦娘に思いを馳せる。

先日受けた説明を聞くだけでも、彼女はとてつもなく悲惨な状態になっていると想像できる。

その救出……自分に出来るだろうか。

 

「提督、間もなくガダルカナル島北西部、タンベア付近に到達します!」

大淀の声が、日下部を現実に引き戻す。

「了解した! 『いが』はいったんここで停止、二水戦がルンガ沖重巡棲姫を撃沈するのを待つ! 二水戦以外の艦娘は、総員で全周警戒!」

ここは深海棲艦の勢力圏のど真ん中である。いつどこから、敵が襲ってくるかわからない。

本来ならば、艦娘以外が来て良いような場所ではない。

にも関わらず来ている理由はただひとつ、ノーザンプトン救出にはそれが必要だからだ。

 

『提督、二水戦ルンガ岬を目視! ……おい、なんだあれ』

通信越しに聞こえた長波の声に、日下部はモニターに向かって目を凝らした。

そして、理解する。

 

――()()()()()()()()()()()

 

善悪ではない。そんな悠長な話ではない。

好悪ではない。そんな手ぬるい話ではない。

あれが「在る」ことそのものを、許してはならない……!

 

『ネズミドモメッ!……ココガ……オマエラト……ソシテワタシノ…ハカバダッ!』

ルンガ沖重巡棲姫の放つ言葉は、怨嗟と暗い情念に満ち満ちていて。

 

「――本当に、それがお前の意志か?」

日下部は、通信機に向かって声を張り上げる。

「戦争が負の想念を生み出すことは否定しない。だが、本当にそれだけなら……艦娘たちが、あんな色とりどりの星として輝くわけがない!」

真正面から、ルンガ沖重巡棲姫の言葉を受け止めて跳ね返す。

「二水戦、単縦陣で突入! あいつを叩き潰せ!」

そこには一辺の迷いもなく、一切の容赦もなく。

古今東西どの提督にも負けない、実に堂々とした態度で、高らかに命令を下す。

 

「いいね、そういうの好きさ! 田中少将の指揮に勝るとも劣らないね!」

長波は歓喜の声を上げる。

「あの時実際にノーザンプトンを撃沈したの、私と巻波なんだけどなぁ……」

長波のすぐ後ろに続く2番艦、陽炎がそんなことをぼやく。

「長波は、魚雷撃ったらすーぐ後退しちゃってたよね?」

「あん? 田中少将の采配に文句でもあんの? あの人は生き方下手だったけどさぁ、戦上手は本物だったでしょー!」

長波は唇を尖らせながら反論する。

「っつーかあれ、お前たちが一撃離脱って命令無視で突っかかって行ったんじゃんかー!」

 

「ほらほら二人とも、喧嘩してる場合や無いでー!」

「そうだぞー、作戦行動中だぞー!」

長波と陽炎のやり取りを、黒潮と涼風がたしなめる。

「そもそも前世の話なんかされたら、僕はこの時まだ生まれてもないぞ」

「……私なんか、撃たれた側ですね」

呆れたような声音で、初月とフレッチャーが言う。

 

「それもそうだな! それに、今の提督の命令は『叩き潰せ』だ。なら、やってやるさ!」

僚艦は違う。構成数も違う。

けれども、目の前の状況があの時の繰り返しだというのならば。

――いいだろう。何度だって、同じことをやってやる。

 

「さぁ、『ルンガ沖』の再現といっきましょう!」

長波は、高らかに宣言する。

「全艦、長波に続け! 突撃する!」

 


 

戦闘においては、どんな存在であれ呼吸というものがある。

それは同じ組織、同じ軍に所属しているならば、共に戦う内にある程度は似通ってくるものだ。

目の前の敵の中にどれだけ「彼女」の呼吸が残っているかは、今ひとつ自信が無かったが……、

 

「――今です! Please spread(散開してください)!」

 

フレッチャーの言葉に、反射的に艦娘たちは一時的に単縦陣を崩し、四方に散開する。

直後、たった今まで艦娘たちがいた場所に、ルンガ沖重巡棲姫の放った砲弾が炸裂し、盛大に海水を巻き上げる!

 

「ひゅー! やるじゃんフレッチャー」

「おやすい御用です。私たち艦娘は、守護神(ダイモーン)ですから。今はこの艦隊を守ることが、人間たちを守ることに繋がりますので」

守護神(ダイモーン)とは、ギリシャ神話における「死んだ英雄が、神々の手で下位の神格に掬い上げられた存在」のことである。彼らは善意をもって、死すべき人間たちを守護するものと位置づけられている。

欧米といえば一神教のイメージが強いが、その源流を遡れば、地中海はギリシャに栄えた文明へと辿り着く。そのギリシャ文明においては、多神教の信仰が盛んであった。

数多の神を信奉するのは、決して日本の専売特許などではないのである。

「私たちはBattle star(従軍星章)を与えられた、立派な『英雄』ですから。死んだ後に守護神(ダイモーン)になっても、何もおかしくはないのですよ」

 

「へぇ、あんたらは艦娘をそんな風に捉えてんのか。面白いね!」

長波は感心したように言って、

「なら、今日は付喪神と守護神(ダイモーン)のタッグってわけだ! いいじゃない、寄せ集め軍団最高!!」

そんな言葉と共に、主砲を撃ち放つ!

 

「ネズミノクセニ……ッ!」

過たず命中した砲撃に、ルンガ沖重巡棲姫はそんな叫びを上げる。

「おうさ、鼠さ。『窮鼠猫を噛む』ってことわざを知らないかい!」

……実は英語で「A cornered rat will bite a cat」というそのままの言い回しがあるのだが、フレッチャーは敢えてそれを口にすることはしなかった。

 

「攻撃よ攻撃!」

「当たってぇーなー!」

遅れて陽炎、黒潮が砲撃を開始し、敵随伴艦である駆逐ロ級を吹き飛ばす。

 

「喰ーらえー!」

「そこだ、撃て!」

涼風、初月は重巡リ級に肉薄し、魚雷を撃ち放って撃沈する。

 

「カタッパシカラ、モエテェ……!! シィズメェェ!!」

当然ながら、ルンガ沖重巡棲姫も黙って見ているわけがなく。

砲撃が隊列先頭の長波に向かって降り注ぐが、

「服を切らせて、骨を断つのよ!」

先程の一弾を避けたことで「呼吸」を掴んだ長波は、その砲撃を華麗に回避する。

 

そして、

「今だぜフレッチャー!」

「あたしの役割を譲ってあげたんだもの、絶対に決めなさい!」

長波と陽炎の言葉を受けて。

砲撃の一瞬の隙を突き、フレッチャーがルンガ沖重巡棲姫に肉薄する!

 

「酸素魚雷に、水雷戦隊・熟練見張員。日本の装備も優秀ですね」

100年前の大戦で自分たちを追い詰めた、まさしく日本の水雷戦隊のように。

「私たち艦娘を舐めないで。少し、痛いですよ!」

――収束されるように放たれた無数の魚雷は、過たずルンガ沖重巡棲姫に向かって吸い込まれ。

 

「ヤラレタッ! アマクミテタ……スイライセンタイ……オソルベシ……!」

芝居がかった断末魔と共に。

想念装甲を撃ち抜かれたルンガ沖重巡棲姫は、完全に動きを停止した。

 


 

「よくやった、二水戦!」

モニター越しにその光景を見ていた日下部は、歓喜の声を上げる。

……だが、今回はこれで終わりではない。

 

「総員傾注! 二水戦がルンガ沖重巡棲姫を撃沈した! 本艦は距離5000まで進出! 総員、本艦に合わせて微速前進!」

日下部の命令に従って、「いが」の船員を務める妖精たちが、慌ただしく動き始める。

 

「明石、MM機関の準備は!?」

「出来てます!」

「よし。……大淀、本艦の航行指揮権を一時移譲する」

「了解です!」

「さぁ、ここからが本番だ。作戦最終段階、ノーザンプトンの三重想念拘束を解除する!」

 

――艦娘は、見事に義務を果たした。

次は提督の番だ。




※春イベE3です。ちなみに難易度は丙でクリアしました。

冒頭で長波に関する何かのフラグが、どうやらぽっきり折れました。
意図してやってたら川内は大層な悪女ですが、残念ながら(?)天然です。
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