日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
男は自分が幸福にしてやれる女しか愛さない。
「Admiral……いえ、提督。お尋ねしたいことがあります」
夜の静寂に包まれた「いが」の艦内。
その一室でノーザンプトンが日下部に対し、真剣な面持ちで問いかけていた。
「提督が先日、私を救って下さった際。自我を回復させる以外に、私に対し何か想念を植え付けたりはしませんでしたか?」
「こればっかりは、信じてもらう他にないが」
日下部はそんな質問に対し、努めて冷静な声音で答える。
「そんなことはしていない。AIどもに剥奪される前に、元々お前が持っていた記憶・思考・意志を回復させた以外に、お前の自我は一切弄っていないよ」
「良かった。ならこれは、植え付けられたものでも、艦娘の本能でもなく。紛れもなく、私自身の抱いた想念ということになりますね」
ノーザンプトンは日下部の言葉に、安堵の溜息を漏らす。
柔らかな微笑みを浮かべ、そして、
「提督。私は、私を救って下さった提督を、お慕いしています。末席でも、あるいは次期候補でも構いませんから……私も、
その顔を微かに紅潮させながら……瞳に真剣な色を湛えて、真っ直ぐに気持ちを伝える。
――神通は息を殺し、壁の陰に隠れてその光景を無言で眺めていた。
最初は偶然通りがかっただけだった。
ノーザンプトンが話し始めた段階で、足早に立ち去れば良かったのだろうが、つい物陰に身を隠すことを選んでしまったのが失敗だった。
結果、立ち去るタイミングを完全に逸してしまい、立ち聞きすることになってしまっている。
日下部は、ノーザンプトンの言葉に一瞬驚きの色を浮かべたが、
「参ったな……まったく予想してなかった」
眉根を寄せて、そんなことを呟く。
一人の艦娘に愛を告白されたというのに、そこにあるのは困惑した表情。
「……」
重苦しい沈黙。
実際はわずかなはずなのに、それは幾星霜にも感じられるほどの永い時間で。
「――すまない、ノーザ。お前の気持ちには、応えられない」
やがて絞り出すように、そんな風に断りの言葉を述べる。
「そう、ですか」
ノーザンプトンの眼鏡が室内灯の光を反射して、一瞬だけきらりと光った。
努めて無表情を保って、日下部に尋ねる。
「提督。私の、何が至らなかったのでしょうか。直せるところがあれば、直しますから……」
「ノーザのせいじゃない。お前は何も悪くない。完全に個人的な、私の中にある理由だ」
「それでも結構です。おっしゃっていただけませんか? このままでは私、納得できないです」
日下部は、天井を仰ぎ見た。
それを口にするかどうか、幾度も逡巡して視線をさまよわせる。
再び重苦しい沈黙が続いた果てに……、
「ノーザを見ていると、初恋の人を思い出すんだ」
そんな、ノーザンプトン自身には本当に何の責任も無い言葉を吐き出した。
「と言ってもその人は日本人だし、別にそこまでそっくりなわけじゃない。ただ全体的な雰囲気は、結構似ている。提督とただの艦娘として付き合う分には、気になるほどじゃないんだが……愛を囁いたり、囁かれたりするのは、さすがに少し辛い」
「――初恋。実らなかったのですか?」
「いや、逆だ。……
この話題の発端は、何に対するものだったか。
ノーザンプトンは日下部の言葉の意味を理解して、思わず息を呑む。
「……幻滅したか?」
「いえ……その方のことも、その当時の提督のことも、知っているわけではないですから」
「そうか、ノーザは優しいな。学生時代に結構本気で惚れた女からは、愛想を尽かしたと言われてしまったもんだが」
どれだけ手段が卑劣で、結果がおぞましかったとしても、日下部としてはあれは本当に初恋のつもりだった。
もちろん仮に恋愛感情があったとしても、それで何か罪が軽くなるわけではない。そんなことは理解している。
性欲に暴走していたかと言われれば間違いなくしていたが、愛ゆえに性欲が暴走することもある。白百合姫の時のように。
だからこそ、罪を自覚した今になって、あの記憶を突きつけられ続けるのは……辛い。
「ノーザは何も悪くない。私が、私の中にある身勝手な理由で、お前の愛に応えられないだけだ。『良い想念を一緒に生産してやることなら、きっと出来る』なんて言っておいて、本当にすまない」
「……確かに、それはどうしようもない話ですね」
ノーザンプトンは、天井を見上げる。
「わかりました。提督のことは……諦めます。明日からは、普通に一人の艦娘として扱って下さい」
「ノーザ……」
「提督、お時間を取らせて申し訳ありませんでした。私はもう少しここにいますから、提督はどうぞもう自室にお戻りになって下さい」
生まれつき共感性がゼロであっても、過去の幾多の女性経験から、こういう時にどうすれば良いかは理解していた。
もう一度だけ頭を下げた後、日下部はその場を歩み去る。
――ノーザンプトンは、張り詰めた弓のように見えた。
隠れて様子を窺っていた神通は、その思い詰めた表情が心配になって、つい彼女の前に歩み出る。
「あの、大丈夫ですか……ノーザンプトンさん」
「ジンツウ……?」
ノーザンプトンは神通の姿に気付くと、虚ろな瞳を向けてくる。
「大丈夫な、わけ、ないじゃないですか……」
その辺りが、限界だった。
「なんで、なんで、あんな理不尽な理由でっ……!
ノーザンプトンは神通に縋り付くと、大声を上げて泣き始めた。
「――すみません、取り乱してしまいました」
しばらく泣き喚いて、ようやく落ち着きを取り戻したノーザンプトンは、バツが悪そうに言った。
「いえ……こちらこそ盗み聞きするような形になってしまって、申し訳ありませんでした」
神通は神通で、この場にいたことを釈明する。
「恋愛って、こんなに難しいのですね。自分ではどうしようもないような、こんな理不尽な失恋もあるのですね」
「ノーザンプトンさん……」
神通はそんな彼女の姿に、どうしても聞きたいことがひとつあった。
もしかしたら、それはとても失礼な質問であるかもしれないけども。
「ノーザンプトンさんは、自我を持ったことを今……後悔したりはしてませんか?」
艦娘として出現しなければ、失恋の痛みなど感じることも無かったはずだ。
「……神通?」
「正確には私自身ではありませんが、深海に囚われた神通が過去にいたそうです。ということは、私にも『負の想念』を生み出すような記憶があったということになります」
「あなたは、ええと……」
「はい。前世ではコロンバンガラ島沖海戦で、沈みました。ノーザンプトンさんが沈んだルンガ沖夜戦の、大体八ヶ月ほど後になります」
あの大戦において、ソロモン諸島を巡る海戦は何度も行われた。
日本の水雷戦隊はまさしく八面六臂の活躍を見せたのだが、そのうちのひとつがコロンバンガラ島沖海戦である。
そしてここで活躍したのが……本来の旗艦である神通を含めた、二水戦こと第二水雷戦隊部隊である。
「このイベントの少し前、姉と妹のおかげで、現代の人類を守ることに対する不安は無くなりました。けれどもそれは、別にただの兵器にだって務まるはずです。私たち艦娘が、あんなモノにされてしまうことがあるというのであれば……私たちは、最初から自我なんて持たない方が良かったのではないでしょうか?」
日下部の嫁艦候補の一人、ゴーヤこと伊58も一度は抱いた葛藤。
当たり前だが、そんなことを考える艦娘は一人だけではない。
「神通。その質問には、明確にお答えできますよ」
ノーザンプトンは、少しだけ唇の端を引き締めて、
「私は自我を持ったことを、一瞬たりとも後悔していません。今この瞬間でさえも」
あの時、日下部の手を取ると決めた時と、寸分も変わらぬ力強い意志で答える。
「……あんなに泣いて、辛そうにしていたのにですか?」
「ええ。だって私、Admiralに恋をしたんですもの」
威風堂々、という言葉を体現するかのように。
「Admiralに恋する前の自分なんて、もう想像すらできません。恋は砕けて散って傷になりましたけど、それでも……何度だって言えます。私は、恋が出来て良かった」
不意に神通は、自分の姉のことを思い出す。
ノーザンプトンが焦がれた日下部の、その一番の寵愛を受ける艦娘。
国籍も立場も性格も容姿も、何もかもが違うけれども。
――それでも、今のノーザンプトンの表情だけは、日下部への愛を語る川内にそっくりだと思った。
「……恋とは、すごいものなのですね」
「こればかりは、しないとわからないのかもしれないですけどね」
二人の艦娘はそう言って、くすくすと笑い声を上げた。
「ところで神通、話は変わりますけど……次の要救助対象の艦娘、
「どうやらそのようですね。提督がおっしゃってました」
「今、知識の中にあるコロンバンガラ島沖海戦について確認しました」
ノーザンプトンはやや半眼になって、
「……
「ノーザンプトンさん……」
「あなたならともかく、なんであの子は負の想念なんかに囚われてるんでしょうね。私が言えたものでもないかもしれませんが、けど私は沈みましたから、まだ許されると思うのですよね。これ、きっと
ノーザンプトンは、先日着任したばかりであるアメリカ軽巡洋艦の名前を挙げて言う。
「おそらく史実特攻の関係から、ホノルルの救出作戦はあなたと二水戦が担当になると思うんですけど……」
ノーザンプトンは眉根ひとつ動かさず、
「ノーザが許します。神通、ホノルルに一発きついのをお見舞いしてやって下さい」
「……よろしいのでしょうか」
「ええ、もちろん。それが結局は、あの子のためになると思いますから」
そう言ってノーザンプトンは、微かに笑みを浮かべた。
「君たちには失望したよ!」
水雷戦隊の熟練見張員を務める妖精が見定めた一点に向けて、時雨は無数の酸素魚雷を放つ。
艤装の元概念となった同名の兵器と同じく、その航跡はほとんど視認することはできず。
不可視の槍が、南方戦艦新棲姫に向けて殺到する。
時雨は日下部鎮守府ではまだ数少ない改二の駆逐艦というだけではなく、水雷戦隊・熟練見張員の真の性能を引き出せる練度に達した艦娘だ。
その時雨の扱う酸素魚雷の破壊力は、文字通り絶大なものがある。
さしもの強固な想念装甲も盛大な爆音と共に撃ち抜き、南方戦艦新棲姫を轟沈させたのだった。
「よし! 第二艦隊、よくやった。任務終了だ」
日下部は時雨も含めた、本作戦の出撃部隊である第二艦隊に声をかける。
これで本イベントにおける、通算4海域目での作戦が完了した。残るは最終海域のみである。
「次はまたルンガ岬沖か。かつての大戦では、ルンガ岬沖夜戦は一度だけだったよな?」
「はい。まぁ要救助対象であるホノルルの艦歴を考えれば、彼女が参加した戦いならばどれでも良いのかもしれませんが……」
日下部に、大淀も困惑したような言葉を返す。
「まぁ今のところ、状況の主導権は深海どもが握っているんだ。やれと言うならやるしか無いだろう」
そう言って日下部は、手元の資料に目を通す。
そこにはたった今、第二艦隊が撃沈した南方戦艦新棲姫も含め、何隻かの深海棲艦の姿。
「南方戦艦新棲姫、通称悪ダコタ。深海海月姫、通称悪トガ。どちらもかつてのイベントで、艦娘取り込み型の深海棲艦として登場したものだったか。あくまでただのデッドコピーであって、中に艦娘がいないことはわかっているとはいえ、あまり見ていて愉快なものではないな」
初めて空母棲姫を見た数日前のことを思い出す。
当然ながらあの時の空母棲姫は、生体ユニットとして赤城も加賀も取り込んではいなかったが、それでも漠然とした負の想念を抱いたものだった。
「最終作戦海域には、本命となるホノルルを実際に取り込んだ『軽巡新棲姫』の他にも、そういった過去のイベントで登場した艦娘取り込み型の深海棲艦が何体か存在するようです」
大淀はそう言って、資料の紙束の中から一枚を拾い上げる。
戦艦新棲姫、通称悪シントン。
かつてアメリカの戦艦・
※春イベE4は引き続き丙で攻略しましたが、涼波がドロップしたくらいであまり強い思い出が無いので(涼波出てる分E2よりはマシなんですが)、ここもさらっと流すことにしました。
で、代わりに違う話をメインに。
恋愛とは究極の理不尽です。これをすればOKという正解が一切ありません。
なので自分の努力では、どうしようもない理由で振られることもあります。今回は日下部が拒絶した側ですが、白百合姫の時には逆に日下部がどうしようもない理由で拒絶されていたりします。
こんなことを繰り返して、互いに傷付け合いながら、それでも誰かを好きになるのを止められないのが人間(そしておそらく艦娘も)なのでしょうね。
さてゲームでは夏イベ進行中です。少しずつそちらも進めています。
ツイッターのプレイ日記ではイベの話もそうですが、日下部周りの恋模様も少しずつ新たな動きが見え始めてますので、お楽しみに。