日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


激突!ルンガ沖夜戦 -提督なら決断しましょう-

リーダーとは「希望を配る人」のことだ。

――ナポレオン・ボナパルト

 

 

『連合艦隊、第四警戒航行序列で突撃! 今度こそ、今度こそあいつの装甲を撃ち抜くんだーッ!』

 

通信機越しに放たれる日下部の怒号。

もう何度目になるだろう。大淀は10回目以降は数えるのを止めていた。

出撃、敗北、撤退、そして入渠――まるで永劫回帰しているかのように、延々と繰り返されるサイクル。

だが実際のところは、「まったく同じ繰り返し」などではない。

何故なら、……イベント前には十分に備蓄してあった資材も高速修復材も、間もなく底が見え始めていたからである。

 


 

最終海域での戦い、敵の兵站輸送部隊を撃滅して第一作戦を終了した日下部鎮守府の艦隊は、続けて敵水上打撃部隊を叩く作戦に従事することになった。

この作戦において深海棲艦側の旗艦となるのが、戦艦新棲姫である。

 

「南方戦艦新棲姫に続けて戦艦型か。まぁ、本番になる軽巡新棲姫との戦いの前哨戦みたいなものだろう」

先般の戦いにおいて、時雨以下の水雷戦隊の活躍で快勝を挙げたことが、日下部の自信に繋がっていた。

 

「いやぁ、私も出撃できるなんて嬉しいです! たまには私もどんぱちしたかったんですよね!」

嬉しそうに言うのは工作艦・明石だ。

普段は工廠の主として、艦娘の受肉や艤装の改修を担当している艦娘なのだが、日下部鎮守府の明石には、通常の明石には無い特徴がひとつある。何故か工作艦のくせに、やたらに何かを撃ちたがる……いわゆるトリガーハッピーなのである。

別に通常の明石と違って、強力な砲を装備できるなどということも無いため、日下部が明石の要望に応えることは滅多に無いのだが――そして明石も別に、本来の工作艦としての職務を投げ出してまで戦いたがるほどに感情的では無いが――偶然にもこの第二作戦においては、敵旗艦である戦艦新棲姫の出没地点の少し手前に、簡単な修理を行える泊地に適した海域が存在した。

熟練の提督であれば、曲がりなりにも水上機を搭載できる秋津洲を同行させる局面だろうが、秋津洲の着任していない日下部鎮守府においては、必然的に明石を出撃させることになる。

 

「お前に水上艦と砲戦させるとか、いくらなんでも狂気の沙汰すぎるんで、噴進砲積んで対空に専念だぞ?」

「えー! まぁでもいいです、撃てるだけで満足です!」

一応は釘を刺す日下部だったが、それでも明石は悪びれない。

 

「まぁなんだ、友軍の支援を依頼することも出来るからな。これだけ好条件が揃えば、よもや負けることはあるまい」

大本営直属や、先に攻略を完了させた他の熟練の提督の艦隊に対し、支援攻撃を依頼することを可能とする制度、それが友軍支援である。

あまり早く解禁すると提督の自主性を損なうため、この制度の利用が許可されるのはイベント開始後一定期間が経ってからとはなるのだが、フィリピンでの集積地棲姫攻略に10日以上を費やしたこともあって、現時点においてはすでに解禁されている。

 

「戦艦新棲姫を倒せば、いよいよホノルルの救出作戦だ」

すでに日下部は軽巡新棲姫との戦いのことしか頭に無かった。

提督がそんな調子なのだから、麾下の艦娘も当然そのようになる。

明確に言葉にこそ出してはいないが、ホノルル救出作戦において二水戦を率いるのは、前世においても二水戦旗艦を務めた神通であると、誰もが思っていた。

 

「……」

ただ一人。

提督も艦娘も新米揃いの日下部鎮守府にあって、例外的な事情から唯一過去のイベントの記憶を持つ川内だけが、そんな日下部や艦娘たちの様子を、冷ややかな目で眺めていた。

 


 

「全主砲、斉射……ッ!」

戦艦・長門の声が響き渡り、それを合図に連合艦隊・第一艦隊に属する戦艦部隊が、一斉に主砲を放つ。

長門、陸奥、金剛、榛名。日下部鎮守府の中では熟練の戦艦部隊。

それは前世の大戦においては、ついぞありえなかった光景。

艦娘として生まれ変わった今こそ、その悲願を果たさんと猛撃を加える……!

 

――だが。

「ハナシニナラナイワッ!」

戦艦新棲姫の分厚い想念装甲は、無情にもそのことごとくをたやすく弾き返す。

 

「馬鹿な、なんという装甲だ!」

長門は舌を巻く。

かつての戦艦新棲姫が取り込んでいた艦娘は、アメリカの戦艦・Washington(ワシントン)だったという。

だがここにいる戦艦新棲姫の中には、そのワシントンはいない。土地の想念を動力として稼働しているだけの、「ただの上位の深海棲艦」だ。

……にも関わらず、この強さである。

 

「みんな、優先撃破目標を随伴艦に変更して! 戦艦新棲姫は、第二艦隊の夜戦に任せるよ!」

連合艦隊司令部を搭載し、旗艦を務める航空巡洋艦・最上が冷静な指示を下す。

「やむをえんか……!」

渋々といった感じで応じ、長門は二斉射目の目標を随伴艦に変更する。

他の戦艦たちもそれに続けば、戦艦新棲姫以外はそこまででたらめな装甲も耐久力も持っておらず、あっさりと蹴散らされる。

 

「ここからは任せなさい! 九三式酸素魚雷、やっちゃってよ!」

第二艦隊旗艦は、重雷装巡洋艦である大井。

時雨、羽黒といった雷撃能力に優れた艦がそれに続く。

 

――だが。ああ、だが。

「カッタトオモワナイデ……! ココカラガ ミセバァッ!!」

通常の軍艦であれば、どんな艦であっても到底耐えられないような集中雷撃。

だがそれを受けてなお、戦艦新棲姫は何も変わらずにそこに在って。

そして反撃の砲火が、艦娘たちを次々と大破させて行く……!

 

『連合艦隊! ダメだ、一時撤退せよ!』

通信機越しに、日下部の声が響き渡った時。

出撃前に抱いていた楽観的な気分は、どの艦娘からも完全に消え失せていた。

 

それが、戦いの中にあって油断と慢心に溺れた軍勢が迎える、古来より変わらぬ当然の結末だった。

 


 

「申し訳ない、提督。今回も仕留められなかった」

「いや、……仕方あるまい」

10回を優に超える攻略失敗。

意気消沈した長門に、少なくとも表面上は平静を保って日下部は言う。

ここで長門を責めても問題は解決しない。むしろ崩壊寸前の士気を完全に崩壊させるだけだろう。

他人の感情に対して気を遣うことは出来ない日下部でも、その程度の理は解している。

 

だが、長門は日下部の内心を汲み取ったのか。

「なぁ提督。――私たちは、弱いな。どうしようもなく」

普段の彼女からは、到底想像できぬか細い声。

「……今は、休め。今晩はもうこれ以上出撃しない。わずかだがお前も損傷していることだし、入渠し(風呂に入っ)て来い」

必死に自分の声の震えを隠し、日下部は言う。

長門はなおも何かを言おうとしたが、……ひとまずその場ではそれ以上何を言うこともなく、一礼して日下部の前を辞していった。

 

長門の姿が十分に見えなくなってから、

「クソぉぉぉぉぉぉッ!」

日下部は感情に任せて、司令室の壁を殴り付ける。

あまりに強く殴ったせいか、拳の表皮に擦過傷が生じて血が吹き出すが、その痛みすら感じないほどに感情が昂ぶっていた。

 

「あいつらが弱いのは、あいつらのせいじゃない。……私のせいだ」

提督の仕事。それは艦娘を収集し、装備を揃え、十分に育成し、資材を与え、作戦行動を立案し、必要に応じて督戦し、適切な編成を組み、そして正しく指揮して勝利すること。

 

長門や陸奥が改二に至っていれば、特殊な砲撃戦術を使うことが出来る。

金剛や榛名だって、改二以降に至っていれば戦闘能力は段違いだっただろう。

それに強力な装備があれば、戦艦新棲姫の想念装甲でも撃ち抜けたかもしれない。

艦娘の強さがそれらに届いていないのは、ひとえに提督の責任だ。

 

MM技術で資材は実質的に無限に出せるとはいえ、それには時間的な制約がある。

瞬間的には、資材が枯渇する事態はありえる。MM技術があっても、天然資材の需要は決してゼロにはならないのだ。

今、日下部鎮守府はその一歩手前にある。このままでは、いずれイベントへの参加そのものを断念せざるを得ないだろう。

 

「ああ……ここまでか」

 

心が、折れた。

挑戦者としての気概が、一気にしぼんでいく。

 


 

「――で、陽菜に泣きついてきたというわけですね」

「……」

長谷川提督の艦娘運用母艦「しもうさ」を訪ねた日下部は、そんな無礼な言葉にも何も返すことができずにいた。

 

「戦闘詳報は拝見しました。史実特攻、基地航空隊、支援艦隊、友軍要請。節操なく臆面なく、出来ることはやってますのね」

「……出来ることをやらずに、負けるのは愚か者のすることだからな」

「結構。それで良いのです。むしろ十二分に、あなたは健闘していると褒めて差し上げますわ」

長谷川の言葉は本心だったが、日下部の心に響くことはない。

憮然とした表情を変えない日下部に、長谷川は辛辣な調子で、

「第一海域において、乙作戦の集積地棲姫を倒せたから調子に乗りましたか? はっきり言いますが、新米提督にそんな表情は百年早いというものですわ」

 

イベントで出現する深海棲艦は、個体ごとに保有想念力の差から生じる強さの差がある。

大本営はそれらのデータを早期に収集・分類し、甲乙丙丁といった難易度ごとに別々の作戦計画を立案する。

各提督は自身の鎮守府の戦力や備蓄資材と相談し、適切な作戦計画を遂行することを求められる。

作戦行動を完了し、海域を突破した提督には報酬が与えられるのだが、当然ながら高難度の作戦計画を達成するほど良い物が与えられることになる。

この第五海域に、日下部は乙作戦で挑んでいた。攻略報酬が魅力的だったのだ。

だが乙作戦における戦艦新棲姫はあまりに強く、日下部は自艦隊の戦力では攻略しきれないと判断を下したのである。

 

「いいでしょう。後見人として、尻拭いは引き受けて差し上げますわ。少し離れた海域に、もう少し弱い個体が出現したそうですし。あなたはそちらを攻略なさい」

「……迷惑を掛ける」

「あなたのためではありません。あなたがここで乙作戦に拘泥して、イベントの完走が出来なければ、その分救出されるホノルルが一体減ることになります」

 

日下部は、その言葉にはっとなる。

 

「今のあなたと、あなたの艦隊に出来ることをなさい。そしていずれあなたが強くなり、もし誰かの後見人になることがあったなら、今日私がしたことを他の誰かに対してして差し上げなさい」

「……」

「それが、人類の在り方。それが、人類の為すべき義務というものですよ」

 

長谷川の言葉は、イベント直前にモーリアックの語った言葉を思い出させるものだった。

 


 

「いが」の自室に戻ると、そこには川内が待っていた。

 

「提督、お疲れ様。……陽菜さんのところへ行ってたの?」

「その通りだ。よくわかったな」

「肩の荷がひとつ下りた、って顔してるからね」

 

日下部は、自分のベッドに勝手に腰掛けていた川内の隣に腰を下ろした。

肩に手を伸ばして引き寄せれば、川内は身を預けてくる。

密着して頬を寄せ合い、互いのぬくもりを感じながら、日下部は声をかける。

 

「今まで演習標的艦ばかりやらせて済まなかったな。川内」

「いいよ。この鎮守府で練度が一番高いのはあたしだもの。うちの艦隊だって他所の演習標的艦のお世話になってるんだし、そこは持ちつ持たれつってことで」

「でも、それも今日までだ」

日下部はそこで一度言葉を切り、

 

「作戦計画を乙から丁に変更することにした。うちの艦隊の練度なら、丁は問題なく突破できるはずだ。だから最終作戦まで行ったら、やっぱり秘書艦のお前に旗艦を……」

熟練の提督の間には、イベントの最終作戦において、最愛の嫁艦を旗艦として攻略する風習が存在する。

誰を最愛の嫁艦とするかはその提督次第だ。当然ながらその艦娘が、必ずしも史実特攻に対応しているとは限らない。それでも攻略を成功させるためには、作戦計画に対して十分な艦隊の力量が求められる。

日下部鎮守府の艦隊の場合、日下部自身の言う通り丁作戦であれば、川内を旗艦にして攻略するのは難しくはないだろう。

それは心折れ妥協を選んだ日下部にとって、些細な見栄のつもりだったが……、

 

「提督、……怒るよ?」

 

その言葉に、思わず日下部は川内の顔をまじまじと見詰める。

川内もまた、日下部を見ていた。

他人の感情を理解できない日下部ではあるが、眉を釣り上げた川内の表情を見れば、本当に怒る一歩手前であることは分析できる。

「……え?」

だがそうされる意味がわからず、間抜けな声を上げるしかできない。

 

「あのね、乙作戦で攻略出来てたら、神通を旗艦にするつもりだったでしょ」

「まぁ、史実特攻があるからな」

「……神通も当然はそれは知ってるし、だから自分が旗艦だと思ってるんじゃないかな。最初っからそういう方針だったならともかく、ここまでガチでやってきて、攻略失敗したからっていきなり趣味優先にするとか、さすがの神通だって傷付くよ」

川内の言葉は、無数の針のように日下部に突き刺さる。

「提督は、艦隊全体の提督なんだよ。もうちょっとそういうところ考えて」

 

日下部は川内から目を逸らし、天井を見上げた。

言葉の意味を反芻し、その正しさをひとつずつ飲み込む。

「川内……そうだな。すまん、ありがとう。お前の言う通りだ」

「……いいよ。これも、秘書艦の仕事だからね」

日下部の言葉に、ようやく川内は身にまとう空気を柔らかくする。

 

「なぁ、川内……できるだけ早く、ケッコンしような。絶対育ててやるから」

「……約束よ?」

「ああ、約束だ」

 

日下部は川内の唇を奪い、そのままベッドに押し倒した。

川内も抵抗することなく、されるがままに身を委ねる。

 

――屈辱と反省に満ちた一日。

それでも最後は、良い想念を生産して終われそうだった。

 


 

「連合艦隊、帰投したよ!」

旗艦・最上以下、十二人の艦娘が「いが」へと戻ってきた。

元々、乙作戦を攻略する前提で試行錯誤していた艦隊である。丁作戦に失敗するはずも無い。

艦娘たちも大した損傷を受けてはおらず、全員揃っての報告と相成った。

 

「よくやったお前たち。これで第二作戦終了だ。いよいよ今度こそ、ホノルルの救出作戦だな」

日下部がにこやかな笑みと共に言うと、艦娘たちは互いに顔を見合わせ、代表して長門が口を開く。

「……提督。私たちは、この勝利を誇って良いのだろうか。勝てぬ相手に尻尾を巻いて逃げ出し、遥か格下の相手に快勝して喜ぶなど、あまりに情けなくは無いだろうか?」

 

「もちろんだ。誇れ。胸を張れ」

日下部は一切のためらいもなく、堂々と言葉を返す。

「戦いとは、最後まで立っていた者が勝者だ。私たちは乙作戦の戦艦新棲姫には敗北したが、丁作戦の戦艦新棲姫には、間違いなく勝利したんだ。だから勝者として、敗者の前では傲岸不遜に胸を張れ。それこそが、勝者の義務というものだ」

義務などという、まったく好まない言葉を敢えて使いながら。

それでも日下部は、

 

「今の私たちは弱い、それは事実だ。だが永遠に弱くある必要は無い」

決意を秘めた眼差しを、艦娘たちに向ける。

「……私たちは、強くなるぞ」

 

日下部の宣言に。

艦娘たちの顔に、光が戻っていく。

 

第二艦隊の随伴艦の一人として、日下部の力強い宣言を耳にしながら、神通は先程の日下部の言葉について考える。

――戦いとは、最後まで立っていた者が勝者だ。

――敗者の前では傲岸不遜に胸を張れ。それこそが、勝者の義務だ。

ああ。ならば。

先日のノーザンプトンの言葉を思い出す。

 

「そうですね、提督のおっしゃる通りだと思います……」

 

神通は、覚悟を決める。

ホノルルに対し、「一発きついのをお見舞いしてやる」ことを。




※春イベE5-2です。攻略難易度の概念が、正式に作中に出てきました。
乙で攻略しようとして断念したのは、作者自身の経験です。
現在は甲でがんがん攻略している古参の提督の皆様も、おそらくそういった悔しさを乗り越えて、強くなっていったのでしょうね。

ゲームでは夏イベ真っ盛りです。本日(2021/8/31)からは後段作戦が実装されます。
日下部鎮守府はそこから一歩遅れつつ、第一海域(E1)を攻略完了致しました。
ツイッターでは新艦娘の着任や色々な新展開も見せています。

本当は8月中に春イベ話を終わらせてから、少しお時間をいただいて夏イベに集中する予定でしたが、間に合わなさそうです。春イベ話はE5-3にあと1話(ないし文章量によっては2話)、そしてイベント全体のエピローグに当たる話が1話の予定です。
どうぞお楽しみに。
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