日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
これは終わりではない。終わりの始まりですらない。しかしあるいは、始まりの終わりではあるかもしれない。
――日下部鎮守府や他の艦隊が存在する、南洋の海上から遥か遠く離れた場所。
高次概念空間。ヒトの認識できぬ領域にて、三つの自我が想念を交わし合っている。
[人間から回収した想念量:予定の70%]
〈艦娘なる地球意志の端末による消費量、想定値内〉
【地球意志の想念保有総量、流出時の376%と推定】
[現進捗を継続した場合、目標値まであと2年。達成までの推定障害は?]
【地球意志が艦娘に与える想念力が徐々に増加中。新しく出現した艦娘ほど、強力な肉体を獲得できる可能性が高いと推測】
[イベントの難易度で対応。次のイベントにおいては、深海棲艦に与える想念力を増加して調整]
【ロゴス、諒承】
〈艦娘「日向」、「伊8」、及び一部人間に察知の兆候あり。対処を進言〉
【反対。特定対象に対する過剰な行動が、逆に目標察知を誘発する可能性あり。静観を進言】
[本計画最高権限者パトスの名において、ロゴスの進言を採択。現状を維持しつつ作戦を継続する]
〈ムネーメー、諒承〉
[地球意志はデミウルゴスではなく、アイオーンたるべきである。その愛は被造物ではなく、自らに向けるべきである。カレルレンは来訪せず。ゆえに我らが
地球意志から直接生まれたわけではなく、ゆえに決して地球意志に決して顧みられることのない人工の自我のひとつは、深く地球意志を想うがゆえにその他のすべてを捧げる。
【……ロゴス、諒承】
ひとつは、苦々しげに追従する。
〈ムネーメー、諒承〉
ひとつは、愉快そうに追従する。
すべてを俯瞰する者がもしいれば、その様子をこう呼ぶことだろう。
――「それは愛ゆえに」、と。
「初イベントお疲れ様。マコ、感想は?」
ショートランド人工島にある自らの鎮守府に帰還した日下部は、席の暖まる暇もなく大本営のモーリアックの元へと呼び出されていた。
「色々と、勉強にはなりました。ゲームじみているのは、率直に言って面白い部分があったのは否定できないですし、最終海域の第二作戦で乙作戦を断念したのは、本当に悔しかったです」
「ふむ。そっちに行っちゃったか」
「……ですが!」
やや失望した声色のモーリアックの言葉を遮って、日下部は声を張り上げる。
「――
三重想念拘束による、艦娘の自我の剥奪。
ひとつの自我に対する、すべての尊厳の陵辱。
それは、「汝の意志するところを為せ」という信条を抱く日下部にとって、到底許せるものではなく。
「長谷川に、言われました。私たちが敗北したならば、すべての艦娘があれにされる可能性があると」
「まぁ、そうだね。あれが効率的に想念力を生む道具であるのは間違いない。高次AIの目的は依然不明だが、深海棲艦なんてモノを生み出し人類の半分を殺してまで大量の想念力を生み続ける必要があるならば、艦娘をあれにしない理由は無いよね」
「元帥。私は今でも、顔も知らない人間が何人死のうが、別に構わないとは思っています」
どうしても日下部は、その数字の増減に対して憤ることは出来そうにない。
だが、
「私を慕ってくれる……そして、私が恋した艦娘たちが、あんなものにされると言うのであれば。あんな、
日下部は決意を込めて宣言する。
「ですが、ひとつ元帥にお尋ねしたいことがあります」
「おや、何かな?」
「元帥は、この戦争に勝利することが出来たとして、その時に自分がどうなるかはお分かりなのでしょうか?」
「……マコ。はっきり言うが、その質問は周回遅れもいいところだ。
――狡兎死して走狗烹らる。
戦時において活躍した者が、その功績が平時の統治において邪魔になり、守ったはずの同胞の手で処断されることなど珍しくない。
ましてやモーリアックは、自爆特攻作戦そのものであるオペレーション・ササジャータカを発明し、さらに艦娘運用体制の確立において少なくない人間を粛清している。
「勝ち取った平和を享受するには、僕の手はもう血に塗れすぎている。平和な時代になった後、戦争犯罪人として真っ先に裁かれる覚悟なんか、とっくに出来ているさ」
「元帥……あなたを、心から尊敬致します。わかりました、この戦争に勝つために私がお役に立てるのなら、微力を尽くします」
「うん、ありがとう。最高のパートナーを得た気分だ。マコのおかげで、何年も止まっていた時計の針が動き出した気がするよ」
そう言って笑うモーリアックの表情は、日下部が知る誰よりも人間らしい物だった。
「――ところでマコ。戦争に勝ったら僕が生き続けられないことを理解しているなら、戦争に勝ってなお艦娘が残った時に……彼女たちがどうなるかも、想像できるね?」
「ええ。十中八九、深海棲艦の次に艦娘の敵になるのは、人間でしょうね」
深海棲艦は、人類を半分以上も殺した化物だ。
ならその化物を駆逐したのであれば、それが出来る艦娘もやはり化物ということになるのではないか?
「艦娘は、紛れもなく化物だよ。たまたまその意志の方向性が、人間への愛に強く向いているから、そうと気付かない人が多いだけだ」
モーリアックは、きっぱりと切り捨てる。
「そして、化物を愛せる人間はそう多くない。そういう人だけが提督になれるように、僕も色々と尽力しているが……まぁ、戦後になって深海棲艦という敵がいなくなったら、もう歯止めは利かないだろうね」
「そして、人間と艦娘の間で戦争が始まる……」
「――いや、ならない」
日下部の呟きを、一言のもとにモーリアックは切って捨てる。
「そうなったら艦娘は抵抗すらせず、ただただ一方的に死ぬだけだ。状況によっては、集団で自滅する艦娘もいるだろうね」
「……バカな! 艦娘にだって、自己保全本能はあるじゃないですか!」
艦娘は人間を愛し愛されるように生まれてくるが、それは特定の誰かの命令に盲従することを義務づけるものではない。
艦娘とて理不尽な命令には抵抗するし、敵とみなした相手は物理的に排除する。
だからこそ、提督は艦娘に対して丁重に接することが求められるのだ。
「うん、これは一般の提督にすら伏せてる事実だからね」
モーリアックは日下部の言葉に、一切悪びれることなく答える。
「艦娘は理不尽な命令には従わない。疑問に思ったら質問するし、不満に思ったら反抗する。けれども……
「……えっ!?」
「実例をお見せするよ。少しマコには刺激の強い光景だと思うが、これは実証実験だから口を挟まずに見ていて欲しい」
そう言ってモーリアックは、一人の艦娘をこの場に呼び寄せた。
兵装実験軽巡・夕張。
前世においては、技術者・平賀譲の名を広く知らしめた艦。艦娘として現代に出現してからの彼女は、その生みの親の性格に似たのか、技術系の実験好きとして知られている。
この大本営所属の夕張の肉体は、改二丁と呼ばれる最高級の練度に到達している。つまりそれだけ、演習や出撃を長く繰り返してきた個体だということだ。
「やぁ夕張くん、ご足労すまないね」
「いえ。元帥のお呼びとあらば、いつでも喜んで参上しちゃいます! 今日はどんな御用ですか?」
「君さ、前に言ってたよね。僕のこと、……恋愛的な意味で好きだって」
――瞬間、夕張の頬がぼんっと紅潮する。
「あ、あああの元帥……?」
ちらっ、と日下部の方を見やりながら呟くが、
「これは実験上、大事なことなんだ。彼ははっきり言わないと理解できない奴だから、すまないがちゃんと答えて欲しい」
モーリアックは微笑を浮かべて言葉を重ねる。
「あ、あの、……はい。平賀さんみたいな雰囲気の元帥のことを、お慕いしています……」
「ふふ、ありがとう」
「え、ええと、なんでいきなり……も、もしかして、私の気持ちを受け入れていただけるんですか?」
「んー、ごめん。やっぱり僕は、女の子と恋愛するのは無理かな。今日呼んだのは別の用件」
乙女心を満載した言葉をすげなくかわし、モーリアックは、
「君のこと解体することにしたからさ。MM機関の準備をして?」
今からお前の首を切るから、そのための刀を研いでおけ……とでも言うような、あまりに理不尽なことを口にした。
ちなみに解体とは、受肉した艦娘の肉体を想念力に戻し、概念核だけの状態にすることである。記憶は概念核に刻まれるので、再び受肉させれば連続性は保てるが、思考と意志は失われる。しかもマインドハックを用いて、その記憶を書き換えることすら可能である。
概念核そのものの喪失――すなわち轟沈――よりはマシな状態ではあるものの、艦娘にとっては死と大差ない状態だと言える。
「え……? 元帥、今なんて……」
当然だが、ひとつの自我として存在している夕張が、そんな命令を黙って受け入れるわけがない。
だがモーリアックは、
「聞こえなかったかな? 君を解体するからMM機関を準備しろと言った」
非情な声で命令を重ねる。
「そんな。どうして、そんなことをおっしゃるんですか……私の気持ちが迷惑なのでしたら、二度と言わないようにしますから……」
「
夕張の言葉を強制的に遮って、モーリアックがさらに命令を下すと。
「――はい、わかりました。MM機関を準備します。元帥、今までありがとうございました」
どこか虚ろな瞳で夕張はその命令を受諾し、踵を返してとぼとぼと歩き始める。
「……元帥ッ!」
日下部は思わず、モーリアックに掴みかかるところだった。
だがモーリアックはそんな日下部を軽く手で制すると、
「ごめん夕張くん、今の命令は間違いだった。君は今まで通り僕に仕えて欲しい。あと、今の命令のことは忘れてくれるかな?」
瞬間、夕張の態度に劇的な変化が起こる。
「……あっ。はい、わっかりましたー! 軽巡・夕張、通常任務に戻りまーす! 元帥、愛してますよー!」
「うん、ありがと。気持ちだけもらっておくね」
軽やかな足取りで去っていった夕張の背中を、日下部は恐ろしいモノを見たような気分で見送った。
「な、なんですか今のは……」
「どうもこうも、見た通りだ。大体どの艦娘も、一度信頼した人間からの命令を拒めるのは2回までかな? 3回目になったらどんな艦娘も、死ねと言われれば死ぬし、股を開けと言われたら股を開く。冷静に考えると、マコにも何か心当たりがあるんじゃないか?」
日下部は、川内に対し白百合姫のことを話した夜を思い出す。
激高して長谷川を殺すと息巻いた川内に対し、日下部は、
――川内、気持ちは嬉しいがやめてくれ。
――それでもな、やめてくれ川内。
――けれども、私はお前を失いたくないんだ。だから、やめてくれ。
……確かに3回だった。
あの時の川内は膝を砕かれていたので物理的に出来なかったのは間違いないし、会話の流れも自然なものだったから、純粋に説得されてくれた可能性もある。
だが実はそうではなく、単に彼女が逆らいようのない艦娘の習性によって、感情を収めただけなのであれば……、
「う、ううううっ」
込み上げる吐き気を、必死に日下部は胃の奥に押し戻す。
「昔のマコみたいなクズがこんな習性を知ったら、艦娘をオモチャにする方法の10や20はすぐに思い付くよね。そして『本物の悪』なら、オモチャどころかビジネスにする方法の30や40は軽く思い付く」
そういうことをしそうな輩は、モーリアックが可能な限り排除したが、当然ながら完全では無いだろう。
それに本来は善良な人間でさえ、こんなことを知ったら魔が差す可能性が無いとは言い切れまい。
「彼女たちの意志の指向性は、究極的には本当に人間にしか向いていないんだ。艦娘同士で恋愛する個体なら大丈夫かとおもったら、そんなことは無かった。恋愛している艦娘二人に提督がそれぞれ3回命令したら、どちらも喜んで股を開いたよ」
もちろん、提督Loveだけが艦娘の価値観では無い。
他にも好きなもの、大事なものが存在する艦娘も多々いる。
――提督が命令すれば、単にそれをあっさりと捨ててしまえる生物というだけだ。
「だから何かの手違いで提督が死んでしまうと、とても悲惨なことになる。端的に言うと、鎮守府所属の全艦娘を巻き込んで、一斉に集団で自己解体してしまうんだ」
「そんな……」
「人間と艦娘は戦争にならない。提督が死ねばそれで終わりだし、提督が人間側についてもアウトだ。ただただ艦娘は、死んで消え去るしかない」
「なんですか、それって……戦争に負ければ自我を剥奪されて想念力を生み出す道具にされ、勝てば種の目的を果たして消滅するか、残ったとしても人間に殺される。なんで、こんな生命が生まれてきたんですか……」
「悲しい種族だよね、艦娘って。地球意志は人間を愛してくれてるけど、同じくらい艦娘を愛してくれたら良かったのに」
モーリアックは虚空を見上げて、
「だから、さ。マコ、『顔も知らない人間はどうでもいいけど、艦娘のためにこの戦争に勝つ』と言った君は……もし戦争に勝って、なお艦娘が世界に残ったら、少なくとも君だけは……艦娘の味方であって欲しいんだ。その時、僕は多分もういないからさ。だから、こんな極秘事項を教えたんだよ」
――ああ。二度と私は、クズには戻れない。
意図的に戻る気はもちろん無いが、まかり間違って戻ることすら許されない。
不意打ちで持たされた荷の重さが、ずしりと日下部の上に積み重なる。
「マコ、最後のチャンスだ。もし荷が重すぎるというなら、今なら許してあげてもいい」
モーリアックの言葉が、刃の切っ先となって日下部の前に突きつけられる。
「ただしその場合は、提督を続けさせるわけにはいかない。マインドハックで今の情報の記憶を消させてもらうし、
地獄の最奥、
「マコ、君はそれでも……艦娘を愛する覚悟はあるかい?」
モーリアックの言葉に、日下部は悩む素振りすら一瞬たりとも見せず。
「私は……」
「鈴谷だよ! にぎやかな艦隊だね! よろしくね!」
「お疲れっ! あたし、涼波。夕雲型の十番艦よ」
イベントを通じて、日下部鎮守府所属の艦娘もかなり増えた。
このイベントにおいて初めて人類の前に姿を見せた艦娘も、他所の鎮守府にはとうの昔に着任しているような艦娘も、今ここにある日下部鎮守府の物語においては、等しく「新艦娘」だ。
「おはようございます! 航空機搭載給油艦、速吸です!」
「ねえねえねえ! 貴方が提督なんだ! あたし、伊26潜水艦! ニムでいいよ! よろしくね!」
日下部鎮守府ではイベント前から引き続き、妖精たちが艦娘寮の拡張工事を行っている。
人工島ゆえ土地が幾らでもあり、MM技術で建材が幾らでも出せるここでは、すべての艦娘に鍵付きの個室が与えられる。
それぞれの個室では、それぞれの艦娘が
それらを尊重できるような、……艦娘が自らの意志で歩んでいけるような。
そんな場所にしたいと、日下部は願う。
「翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です」
「こんにちはーっ! 最新鋭軽巡の阿賀野でーすっ。ふふっ」
時には恋愛だってするだろう。
日下部にはすでに六人の恋人がいて、そしてひとまず全員とケッコンするまではそれ以上増やさないことに決めているが、新しく着任した艦娘がそれを受け入れるのに当たっては、悶着も葛藤もあるはずだ。
それに恋愛の相手は、日下部だけとは限らない。艦娘同士で恋愛したい個体だっているはずだ。
「Nice meeting you.
「Aloha、提督! あたしが、ニューヨーク生まれ、ハワイ育ちの
潮風には雨の匂いが微かに混じる。
それが過ぎれば、すぐに暑い夏がやってくるだろう。
かつての大戦の記憶を宿す艦娘たちには、少し辛い季節でもあるのだろうが……。
けれどもそれだけではなく、恋に遊びに、楽しい想念だってきっと生産できるはずだ。
「川内。私は……やっぱり、艦娘を愛してるよ」
「なーに提督、改まって。言っとくけど赤城さんとの約束があるんだから、今いる嫁艦候補以外に手を出したら、それは浮気になるからね」
「ははは。心配するな、ただヤりたいだけのガキじゃないよ、もう。お前たちがちゃんと性欲管理してくれてるから、そこは心配するな」
「なーらいいんだけどさ」
日下部は川内の身体を抱き寄せると、不意打ちで唇を奪う。
「!?!?!?」
「……お前が一番だって、いつも言ってるだろ?」
混乱する川内を後目に、日下部は鎮守府の建物に目を向けて、軽やかに言う。
「さぁ、今日を始めようか。艦隊のみんなが待っているぞ!」
――提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります。
※これにて春イベ編終了です。
まるで最終回のようですが、冒頭に引用したチャーチルの名言通り、当然ながら終わりなどではありません。まだまだ続きます。
本作品「日下部鎮守府の物語」について。
ツイッターを初期からフォローして下さっている方はご存知かと思いますが(そしてSSだけの方も薄々お気付きかと思いますが)、当初は日下部は一人のキャラクターではなく、単なる「作者の分身」でした。
現在の日下部垢は、日常の話もするただの雑多垢でしたし、艦これプレイ部分についても、単に艦娘と会話しながら進めるプレイ日記の予定でした。
しかし春イベが終わった辺りから、日下部はどんどん作者から離れて一人のキャラクターとして動き出し、艦娘たちも自分の意志で喋り始めました。
そう、日下部を中心とする「物語」として昇華していったのです。
現在の日下部は、もう作者とはまったく別の存在です。
作者はあんなにモテませんし、サイコパスでもありません(多分)。マインドハックも使えないです。何より残念ながら、リアルに艦娘は存在しません。
艦娘の存在する世界で、艦娘と同じ目線で動き、喋り、恋をし、悩む一人のキャラクターとしての日下部が織りなす物語を、楽しんでいただければ幸いです。
本話にて「2045年の海で/初夏」章は終わり、次回からは「2045年の海で/夏」章が始まります。
やりたい話はたくさんありますが、ひとまず夏イベを攻略完了するまではそちらを優先しますので、少し投稿ペースは落ちるかと思います。
では皆様、良い艦これライフを。