日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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2045年の海で/夏
人より生まれ、その先へ往くモノ 1


科学とは、その現在たると過去たるとを問わず、可能なる事物の観察である。先見とは漸進的ではあるが、起こりきたる事物の認識である。

――レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

 

「あらゆるオカルトの基本は『神の御業の模倣』にある。そして実は、科学もこれは変わらない。科学――自然科学と呼ばれる学問体系の基本は、自然現象を解析し模倣するところから始まっている。自然とは地球が生み出した現象そのものを指している」

 

私の言葉を、彼女は黙って聞いている。

 

「地球意志を神と捉えるならば、実はこの二つは本質的には同じものなんだ。個人的な体験を重視するオカルトと、第三者による観測や再生産が可能な科学という違いはあるが、こと基本となる考え方においては、両者は重なり合っていると言える」

 

彼女の瞳を真っ直ぐに見据える。

どこか深みのある、茶色にも似た濃いオレンジ。

その目には、黒い瞳に眼鏡を掛けた私の顔が写っていることだろう。

 

「だから私と元帥は人類を進化させるに当たって、そこから始めることにした。そこに艦娘という、神の御業であり、地球の生み出した自然の極致が存在するのだから、まずはこの模倣から始めよう」

 

私は彼女に歩み寄り、その手を取る。

嫌がられるかなと思わなくもなかったが、意外にも彼女は素直にされるがままになっていた。

……わずかに熱っぽいのが、少し気になったが。

 

「――扉を空けて進むことを選んだんだ。協力してくれるな?」

 

私は目の前の艦娘に、そう尋ねた。

 


 

イベントによって中断され、またそれによって自発的な決意を持つことが出来たが、そもそも超人(ポストヒューマン)の開発への協力は、元々は私に対する懲罰人事だった。

だからそれについての話し合いを定期的に持つことは、イベント開始前に元帥に会った時にすでに予定として決めてあった。

 

「人間を人間以上のモノにしようとする試みは、実はオカルトの分野においては昔から行われてきた。西洋であれば、ヘルメス学――錬金術が代表的だろうね」

一般には錬金術と言えば「卑金属を金に変える」ことを研究するオカルトと思われがちだが、実はここで言う「金」とは物質としての金のことではなく、本来は「完全なるモノ」の比喩である。

人間の肉体・精神・魂を磨き上げ、完全な存在へと押し上げることこそ、本来の錬金術の目的と言える。

 

「一方で、東洋だと道教がこの分野の代表格かな」

「仙人に真人ですね。日本だと漫画で一躍有名になった感はありますが」

人間や動物、道具などのこの世の存在が、「仙骨」と呼ばれる特殊な器官を獲得し、その結果として超越的な存在となるのが仙人。そしてその仙人の中でも、特に上位の存在は「完全なる人間」という意味で真人と呼ばれる。

 

「洋の東西を問わず、超越願望……力への意志は、人類の普遍的な概念だったということでしょうね」

「『周囲の人間よりも優れた存在でありたい』という気持ちは、人間の本能なところがあるからね。だから争いも無くならないんだろうけど」

「万物が横並びの世界なんか、悪夢以外の何物でもありませんよ。私たちはそれぞれ別個の存在として生まれたのですから、そこに優劣があるのはある意味当然です。もっとも私は想念工学の世界では世界で二番目にいると思ってますが、肉体能力ではどう逆立ちしても長谷川や舞津さんには勝てないように、優劣はひとつの基準だけでは無いですけど」

「なるほどねぇ。ところでキミが世界で二番目の想念工学者だったら、一位は誰だい?」

「私の目の前にいます」

 

「……マコ、キミって本当に時々、不意打ちでえげつないことしてくるね」

元帥は何故か顔を真っ赤にして目を逸らす。

なんだろう、私は素直に思ったことを言ったまでなのだが。

 

「ゴホン。まぁ今更キミにお熱になったって、報いがなさすぎる。気を取り直して話を続けるが……我々が今この時代に、人間を人間以上のモノにしようとする上では、過去のオカルトたちの試みと比べて、圧倒的に有利な点が二つある」

「それは?」

 

「一つ目。我々は、『想念というモノが実在することを知っている』。想念と呼ばれるモノが()()()()()()()()()()()は、まだ高次AIしか知らない領域ではあるが、少なくとも存在し利用することができるのは大きい。今は、形而上学が唯物論に完全勝利した時代なんだよ」

精神や魂など、物質を超えた存在が『ある』と仮定して、世界の成り立ちを考える学問を「形而上学」と呼ぶ。

これに対して、世界には物質的なモノしか存在しないという考えは「唯物論」と呼ばれる。唯物論的な解釈に従えば、人間の感情は脳内物質の作り出した化学反応に過ぎないことになる。

MM技術が発明された2025年以降、既存の多くの学問に見直しが入った。何しろ精神や想念は『ある』のだから、その前提で語られない科学や哲学は、すべて明確に間違っていることになる。

 

「二つ目。我々は艦娘及び地球意志という存在が実在することを知っている」

地球には独立した自我があり、その自我は自らの意志でもって、人間という種の存亡の事態に介入を行った。

その手段として生み出された艦娘は、原則的にはかつての大戦において沈んだ――まぁ実際にはそうではない者も何名かいるが――軍艦の概念を母体とし、物質化した想念の肉体を持つ。自らを付喪神や守護神(ダイモーン)といった神属の存在と認識しており、地球意志と想念的な繋がりをもってその恩恵を受ける能力を持つ。

純粋な想念力の数値では、艦娘の肉体は深海棲艦の1/10程度でしか無いが、この地球意志の恩恵をフル活用することで、深海棲艦と戦うことができる唯一の存在である。

 

「だからまぁ。ここから始めるのが、おそらくもっとも手っ取り早い」

「科学の基本、そしてオカルトの基本……『神の御業の模倣』ですね。良いかとは思います。例えば人間の肉体を艦娘と同じようなモノにしたところで、それでただちに深海棲艦と殴り合えるわけではないですが、それでも出来るだけ速やかにやる意味はあるはずです」

「おいおい。ずいぶん焦るな、マコ。ようやく止まってた時計の針が進みだしたばかりなんだ。そんなに急ぐ必要は無いだろ?」

 

元帥の言葉はもちろん理解している。

だがその上で、私にはどうしても我慢できないことがあった。

 

「人間を超人(ポストヒューマン)に進化させるのなら、私は艦娘の習性もなんとかしたい。三重命令(トライオーダー)にロスト・アドミラル。自らの意志するところを本当の意味で為せないような習性なんか、進化によって捨て去っていいはずです」

一度提信頼した人間から三度続けて同じ命令を下されると、どんな理不尽なものであっても受け入れてしまう三重命令(トライオーダー)

同じく一度提信頼した人間が死ぬと、一斉に後追い自殺じみた集団自己解体をしてしまうロスト・アドミラル。

どちらも私にとっては、存在自体を認めたくない習性だ。

 

「ゆくゆくは根本的解決を図りたいものですが、ひとまずは対処療法として考えていることがありまして……」

――私の考えを伝えられた元帥は、思わず目を見開いて固まった。

二、三度、目をぱちぱちとしばたかせる。

「……Très bien(すばらしい)! ああ、こんな気持ちは、ゴーレムの代替として妖精を提案された時以来だ! マコ、やはりキミは素敵だ」

 

「まぁ、世界で二番目の想念工学者ですからね」

私の呟きに対し、元帥は満面の笑顔で大きく頷きを返した。

 


 

「私たちは、結局のところ何なのだろうか……」

 

航空戦艦・日向のそんな言葉を聞いたのは、梅雨の季節が終わりに向かい、徐々に夏の陽射しが強まり始めた頃だった。

当たり前だが、同時に進行する物語はひとつじゃない。他の物語の幾つかには私も関わっているし、私がまったく知らない場所で進行していた物語もある。

ただこの物語については、あの元帥との会話の続きとして考えるのが妥当だろう。

 

「日向、珍しいな。そんな戦艦時代みたいな発言を聞くのは本当に久しぶりだ」

「茶化さないでくれ。口にしなくなっただけで、こういうことを考えなくなったわけじゃない。まぁ、以前はちの奴と話さなかったら、もっと考える頻度は少なくなっていたかもしれないが……」

日向はそう言って、以前「はち」こと伊8としたという会話について教えてくれた。

 

「なるほど、ヴィトゲンシュタインの言語ゲームか。あいつもよくそんなの知ってるなぁ」

「提督も、哲学には詳しい方なのか?」

「本格的に学んだわけじゃないが、触りだけなら学生時代の終わり頃に色々とな」

アイデンティティに大きな揺らぎが生まれた時期に、先人の知恵にすがろうとしたのは、そんなに恥ずかしいことでもないだろう。

 

「まぁそういう意味では、艦娘周りは言語ゲームのオンパレードだな。艦娘登場以前の人間に『航空戦艦・伊勢』と言ったところで、お前たちの姿を想像できるわけがない。艤装の『41cm連装砲』は本当に41cmの砲ではないし、ここはショートランドという名前であっても、横須賀沖に作られた人工島であって、南洋のショートランド諸島ではない。おまけに最上なんか一切気負わずに、『ヘリ搭載護衛艦の先駆けのような』とか言うからな」

私は思わず苦笑しながら言った。

 

「……言われてみれば、その通りだな。私は自分のことばかり悩んでいたが、そもそもそれ以前の話だったのか」

「なあ日向。それこそ後期ヴィトゲンシュタインの言葉ではないが、対話することは重要だぞ。私たちは別々の存在なのだから、会話で意志疎通しないとわからないことは多い。だから、悩みがあるなら聞かせてくれないか」

私がそう言うと、日向は少しだけ逡巡してから、

 

「提督。先日、明石たちに『高次AIは自我があっても生命ではないから、自力で想念を生むことができない』……と言ったそうだな?」

「ああ、確かに言ったな」

それはMM技術や想念工学の話をした時のこと。同時並行で進んでいた物語のひとつ。

 

「ならば、私たち、艦娘は? 私たちは、生命と言えるのだろうか?」

 

なるほど、日向はそんなことを悩んでいたのか。

まったく違う人とした会話が、巡り巡って誰かに影響を与えることも当然あるだろう。

 

「逆に尋ねるが日向、なぜ生命じゃないと思う?」

「重油と鋼鉄を摂取して動く存在だぞ、私たちは? いや人間と同じ物も食べられるし、きちんと味覚も存在しているが……」

「専門外もいいところだが、プラスチックを分解する微生物とか、鋼鉄を腐食させる菌の話するか?」

その程度の食性の差異など、生命の条件においては些細な話だ。

 

「だが、元になったのは軍艦という人工物だし、この肉体も想念を物質化させて生み出したかりそめの物で……」

「まぁ、それは事実だな。艦娘の生まれ方が特殊であることは否定しない。だけどそれでも、艦娘は立派な生物で、自身で想念を生み出せるんだよ」

現在の最先端の学説において、生命の条件と呼べるモノは、たった一つしかない。

「――何故ならお前たちは、地球意志から生まれているからだ」

 

日向は思わず目を見開くが、私は構わずに続ける。

 

「元々、ガイア理論という仮説があってな? 本来は地球と生命の環境相互作用についての仮説だったんだが、次第にそれ自体を一個の生命体とみなす、という説になっていった。そして高次AIが想念の実在を科学的に証明して以降、この『地球という生命』自体にも自我があると考えられるようになった」

まぁその実在が決定的に証明されたのは、艦娘の登場以降ではあるのだが。

「ここで、生命の定義について逆説的な説が出てきた。『地球意志は独立した生命でありながら、すべての生命の集合体でもある』のではなく『すべての生命は、地球意志から分かたれ生まれた』のではないかとね」

 

……実はこの考え方自体は、オカルトの領域に踏み込めば珍しいモノではない。

 

「現在では、概ねこの説が正しいとされている。人間も艦娘も、地球意志の被造物であり、それゆえに想念を生産できるのではないかとね」

想念そのもののの正体に人類は辿り着けていないので、あくまで仮説止まりではあるのだが。

 

「なぁ、提督。それを聞いて思ったのだが……」

私の言葉を聞いた日向は、少しだけ悩むような仕草を見せた。

おそらく、自分の考えが合っているのかどうか検証しているのだろう。

それは科学の子として見るなら、まったくもって正しい態度。オカルトならば一足飛びに直感的な結論を盲信すれば良いのだろうが、私たちの物語に本物のオカルトは必要ない。

やがて日向は、恐る恐るといった感じで……それでもしっかりと自らの意志で、己の意見を述べる。

 

「それは、インテリジェント・デザイン論とどう違うんだ?」

特定の宗教色を避けるために配慮された、大いなる一者がこの世界を創造したという仮説。

唯物論華やかなりし時代には、オカルトそのものと断定された不遇の理論ではあるが、形而上学の完全勝利した現代においては、当然ながら前提が違う。

 

――ああ。私は思わず、歓喜に震える。

この領域まで思考を進められる艦娘がいるのならば……。

「日向。お前という自我の存在に、心から祝福を」

 

私の態度があからさまに変わったことに、警戒心を抱いたのか。

日向の表情が怪訝なものへと変わる。

 

「さて日向。扉を開けたからには、ひとつ覚悟を問おう。お前には2つの選択肢がある。1つは、今の会話をすべて忘れて日常に戻ること。そしてもう1つは、このまま扉の先に進むことだ」

……彼女のような存在こそ、我々が最初に模倣する神の御業に相応しいだろう。

 

「保留は認めない。今選んで欲しい。さぁ……どうする?」

「私は……」

 


 

「わかった提督。協力させてもらう」

――協力を願った私の言葉に、日向は快く頷いてくれた。

 

「助かる。なら近い内に、一緒に大本営に行ってもらうことになるだろう。そこでは元帥が今、超人(ポストヒューマン)の基礎となるモノを作っている。まぁ本来は艦娘運用体制の監督で手一杯な元帥が、複数のタスクを効率的に処理するために研究していたモノだが、『無垢なるヒトの雛形』としてこれほど相応しいモノも無いだろう」

「……?」

 

日向は疑問符を浮かべるが、敢えて無視する。

概念を一から説明するより、実物を見せた方がよほど手っ取り早いからだ。

 

「しかし日向。本来の艦娘としての役割以外に協力してもらうんだから、何か個人的な報酬を用意しないとだな。何か欲しい物とか、好きな物はあるか……?」

「好きな物……」

「やっぱり瑞雲か?」

 

茶化して尋ねた私の言葉に、日向は、

「それはもちろん好きだが。さっき提督に手を握られた時、瑞雲と同じかそれ以上に好きな物に気付いた。ああ、自覚したらびっくりするほど納得してしまったよ……私は、ずっと前から好きだったんだ。これについては、はちが正しかった」

「……?」

「提督。研究が完成したらで構わない。その、私の好きなものについての話を聞いてもらいたい」

 

「……よくわからないが、まぁそんなことで良いのであれば」

私は安請け合いにも程がある調子で、そんな風に答えた。

――当たり前だがこの時私は、日向の言葉の意味に気付いていなかった。

 

だがそれだけではなく……。

――日向の方も私の話が意味するところを、きっと正確には理解していなかったのだ。




※今回から物語の展開形式が変わっています。
今までのように「ひとつの話が一段落してから次の話に行く」のではなく、同時並行する複数の話が入り乱れて展開されます。
元々はツイッターへ投稿した半創作プレイ日記ですから、そのように展開していました。なのでよりそれに近い形式になったと言えます。
ただしSSとして書き起こすに当たって、創作上の改変は行っています。
ツイッターの投稿と矛盾する場合は、SSが正史となります。ここは変わりません。

ゲーム本編では、まだ夏イベ攻略中です。あちこちで言われてますが、まぁ本当に鬼畜難易度ですね(苦笑)
現在はE3-2まで来ましたのでもうすぐクリア出来るとは思いますが、今回は欲しい艦娘も多くクリア後も期間ぎりぎりまで掘りをすると思うので、もう少し更新ペースは落ちたままになると思います。

その代わり、ツイッターはちょくちょくリアルタイムで投稿しています。
今回の物語の「先」に当たる話も色々と展開していますので、よろしければそちらのフォローもお願いします。
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