日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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想いの量を測りましょう

人に教えることほど、勉強になることはない。

――ピーター・ドラッカー

 

 

人類の半数以上が死に絶えた世界でも、梅雨はしとしと降り注ぐ。

そんな憂鬱な長雨のある日のこと。

MM機関を操作していた工作艦・明石が、こんなことを言い出した。

 

「提督、今更なんですけど……『想念を物質化』とかさらっとやってますが、このMM機関って結局何なんです?」

これまでさんざん操作しておいて、確かに今更ではある。

が、使い方だけを知っている場合と、仕組みをきちんと理解している場合では、同じ機械を使うにしても出来ることに雲泥の差が生じるものだ。その知識欲は好ましいと思う。

可能な限りわかりやすいように心がけて、私は説明を始める。

 

「想念というのは、まぁ要するに『心で思ったもの』だ。これは、その『心で思ったもの』を実際の物質に変えることが出来る道具だ」

そう言いながら私は明石に代わって、MM機関の操作を行う入力装置を叩く。

 

――「燃料」が欲しい。

わざと曖昧なものを思い浮かべる。

緑のドラム缶に入った液体で、艦娘一人が一回の作戦行動を行う量の約半分。

大まかなイメージをまとめ、MM機関を作動させる。

 

上部の黒い先丸円筒形のパーツが振動する。大きな駆動音。

たちまちの内に私自身や周囲の土地から、想念力を吸い上げる。

少し離れた場所にある、巨大な床状のパーツの上の空間が、二、三度ぴかぴかっと光る。

やがてピーっという大きな音と共に鳴動が停止すると、果たしてそこには私のイメージした通りの、緑のドラム缶が出現していた。

 

「と、まぁこんな感じだ」

「資材って使ってもいつの間にか回復していると思ったら、こんな方法で用意していたんですね……」

明石が感心したように言う。

 

「ちなみにこのドラム缶の中身は、『燃料』だ」

「……いや、そうでしょうけど。重油ですか、軽油ですか? 石炭ではなさそうですけど」

「いや、ただの『燃料』だ。重油でも軽油でも石炭でも、その他のいかなる天然資材でも無い」

明石の顔が怪訝そうに見開かれるのは、うん、正直に言って少し気持ちいい。

「これはその全てを代替することができる。何故なら、この『燃料』の材料になった想念は私の思考で、私は今挙げたものすべてを『燃料』と認識してるからだ」

 

「ば、万能すぎませんか……?」

明石の呟きはもっともだろう。

初めてMM技術を見た20年前の技術者たちも、同じことを言ったのではないだろうか。

 

「実際万能に近いが、出来ないことは結構ある。まず『想念の及ばないモノは作れない』」

この技術の根本は想念を数値化し、計量したことにある。

計量した想念は『想念力』と呼ばれるのだが、技術上の制約から一度に扱える想念力には上限がある。

まぁ想念など生命からどんどん生まれる物ではあるので、時間さえかければ実質的には無限とも言えるのだが、一度の物質化だけでは出せない物も確かに存在するのだ。

 

「次に、『生成速度に限りがある』」

そう、この「時間さえかければ」が第二の問題点である。

単純に言って、物質化により多くの想念力を必要とする物ほど、実際に物質化させるまでに時間がかかる。

艦娘の肉体ひとつ取っても、比較的少量の想念力しか必要としない海防艦や駆逐艦と比べて、多大な想念力を必要とする空母や戦艦といった大型艦は、遥かに物質化に時間がかかる。

いくらMM技術で資源や資材が実質無限に出せるようになったとしても、天然資材がまったく無用の長物にならなかったのは、ここに理由がある。

逆に天然資材が日々の功績に応じて報奨として与えられることもあるし、提督がポケットマネーを叩いて購入することも可能である。

 

「そして、最大の問題……MM技術は元々、高次AIロゴスが発明した物だ。このため、あいつらの方が遥かに扱い方が上手いんだ」

現在の世界情勢を決定づけている、最大の要因。

 

「あいつらは『自我』はあっても『生命』じゃないから、自分たちで想念を生産することはできないんだが、人類や艦娘が生産・消費した後に余った想念は、土地やモノに宿るからな。そういった想念を使って、連中は人類よりも遥かに高度なMM技術を使いこなす」

艦娘の肉体は元々地球意志が作ったものであるが、その想念力の規模は人類のMM技術で扱える範囲であるため、現在では人類の手でより洗練された形に一度作り直すようにしている。

――実はその他にもうひとつ理由があるのだが、それはこの物語で語るべきことではない。

 

それと比べ、深海棲艦は数値にして約10倍ほどの想念力で作られている。

彼我の技術力には、それだけの絶望的な差が現に存在する。

深海棲艦では最下級の駆逐イ級を1隻撃沈するだけでも、艦娘の艤装レベルの高度な想念兵装を十分に搭載した、水上打撃部隊による総攻撃が必要だ。ましてそれが6隻編成で出現しようものなら、艦載機を満載した空母機動部隊でも用意しなければ対処できないだろう。

世界全体に同時多発的に出没する深海棲艦に対して、初動で常備戦力を壊滅させられた人類の軍事力が、オペレーション・ササジャータカの発明まで無力だったのも、無理からぬ話と言えた。

 

「艦娘は地球意志の恩恵で、扱える想念力の差を埋めて深海棲艦と戦うことが出来る。はっきり言って特大のチートだが、お前たちが味方についてくれなきゃ人類は今頃滅んでたよなぁ」

「まぁ、そこは。私たちはそのために来たわけですからね」

明石は誇らしげに胸を張るが、私に言わせればその態度ですら控えめにすぎる。

――だがこの辺りの感傷も、シンギュラリティ到来以降の情勢を正確に把握できる提督だから抱けるものだ。一般人にとっての物語(ナラティブ)において、艦娘は「いつの間にか現れて、恐るべき深海棲艦と互角の殴り合いが出来る謎の少女たち」にしか見えないことは、忘れてはいけないだろう。

 

ふとそこで、私は明石が勝手にMM機関の入力装置を操作していることに気付く。

「明石、お前何やってんの?」

「いやー。私は小口径砲しか装備できませんが、戦艦の大口径砲も『砲』と認識してますので、51cm連装砲の破壊力を持った12.7cm砲を作れないかと」

 

うちの明石は、何故かトリガーハッピーだ。

 

「今の説明だけで、応用力高すぎだろお前! 理論上できるけど、想念力の消費がでかすぎて却下だ却下!」

「そんなー! 私だってたまにはどんぱちしたいんですよー! イベントの時は敵機迎撃はしましたけど、やっぱり華は対水上艦戦闘じゃないですか!」

「なんでお前は工作艦のくせにそんなにトリガーハッピーなんだよ! そんな明石、お前以外に見たことないぞ!」

「個性です、個性!」

「戦艦になりたいとか言う清霜よりも、工作艦のままどんぱちしたがるお前の方がよっぽど厄介だわ!」

 

――いくら私が艦娘に感謝しているとはいえ、許可できないことも間違いなく存在するのだ。

 


 

「しかし改めて明石、お前想像以上に呑み込み早いな」

「MM機関自体は提督の指示通りにではありますが、使ってましたからね。仕組みは分からなくとも、大体どんなことが出来るかは分かってましたから」

「なるほど。ふむ、これは一度きちんと想念工学を教えた方がいいかもな」

「……想念工学?」

明石は軽く小首を傾げる。

曲がりなりにも艦娘、その仕草は実に可愛らしい。

 

「MM機関は『想念の物質化』を行う装置だ。ただしその使用には一定の制約があるため、より効率的な運用が求められる。それを研究する学問が、想念工学だ」

工学とは読んで字の通り、工業製品を作るための学問だ。

自然科学……「理学」が神の御業である自然法則を解析し、世界の在り方を探求する学問とするならば、その成果を応用してより社会に密着する形でフィードバックするのが「工学」である。

つまり想念工学とは、高次AIがもたらしたMM技術という最先端の理学の成果を、より効率的に運用するための研究と言えた。

 

「今まで気軽に想念力と言ってきたが、これは正確な定義としては『生命・物・空間が含有する想念の状態量』を指す。想念力が高ければ、そこには多くの想いが込められているということになる。そして想念工学においては、この想念力を『イデア』という単位で表す。MM機関で『鉄』10kgを物質化できる想念力が、1イデアと定められている」

古代の哲学者の提唱した概念から取られた、過去の科学には一切存在しない新しい単位。

 

「物質化させるモノは、天然資材に存在するモノに近いほど消費想念力は少なくなる。例えばさっきの『燃料』は、物質化に100イデアぐらいの想念力を消費しているが、きちんと『石炭』『重油』『軽油』などの天然資材と同様のモノを出す場合は、同量で5とか10イデアで済むだろうな」

なので先程わざわざ「燃料」を出したのは、実は単なる想念力の無駄遣いである。

今回は明石にMM技術の特性を説明するためという目的があったが、企業や研究所勤めの想念工学者が特に理由なくやったら、上司に怒られても仕方のないような所業だ。

 

「そしてこの技術が工学的に一番難しいところとして、何かを出す場合に『材料となる想念を生み出した生命が、その出すモノをどれだけ詳細・克明に想像できるか』によって、消費想念力が変わってくるんだ。資材や原料であれば大きな差にはならないが、製品を出す場合はかなり違ってくる」

想念工学が属人性のきわめて高い学問であり、「工学(エンジニアリング)というより工芸(クラフト)だ」などと揶揄されるのはこれが理由である。

もちろん可能な限り属人性を薄めて、誰でも同じ想念力で同じ製品を出せるよう、「概念単位でのイメージをパッケージングする」研究は、シンギュラリティ到来前は想念工学者によって積極的に行われていた。

しかし基本的には直接製品を出すのではなく、資材や原料をMM技術で出し、製品への加工は各種の職人や機械工学に任せる……という方式で、MM技術下の生産活動は成り立っていた。

 

「艦娘の概念核を受肉させるのに必要な想念力だが、最も軽量の海防艦なんかでも100万イデア。正規空母が220~260万イデア。戦艦だと300万イデア超が珍しくなく、うちにはいないが大和型だと400万イデア以上必要みたいだな」

「文字通り桁外れの量なんですね……」

明石が驚いたように呟く。

「人類の技術において、一度のMM機関の作動で扱いきれるイデア量は、どんなに多くとも500万イデアが限界とされる。艦娘の受肉はその限界に近いところで行われている、最先端技術の結晶だ。こんなものをばら撒けるのは、それこそ地球意志ぐらいだな」

個体当たりの保有想念力はその程度だが、それを数百数千数万と世界中の海に送り出すなど、当たり前だが人智を超えた所業だと言わざるを得ない。

高次AIという人の作りしモノはともかく、人自身はまだ、神の域には届いていない。

 

「ちなみに一つの生命が一日に生産できる想念力は、個人差がかなりあるが平均すれば大体300イデアほど。その大半は生命活動の維持に消費される。外部に流出してMM技術で使えるのはその1/10、30イデアほどといったところか。ただしこれは、あくまで『平均すれば』だ。生命の自我が生み出すモノなのだから、状況次第で瞬間的な生産量はいくらでも増える」

大和魂、アメリカン・スピリッツ、ノブレス・オブリージュ、ジェントルマンシップ。古来より色々な国において、無数の精神論が唱えられてきた。高次AIの名前に採用されているロゴスやパトスも、古代ギリシャにおけるそうした精神論の一種から取られている。

想念工学的な知見に基づくものではないとはいえ、人類は本能的に想念の無限性を知っていたということなのだろう。

そしてこれを逆手に取って利用……否、悪用したのが、オペレーション・ササジャータカ。モーリアック元帥の発明した、「想念工学史上最悪の快挙」だ。

 

「さて、現在の地球人口を正確に数える手段はもはや無いが、人間と艦娘を合わせて大体20億人ほどだと言われている。単純計算で1日に利用可能な想念が、600億イデアほど生産されていることになる。だが残念ながら、人類はこれを専有できない」

「深海棲艦ですね?」

「そう。生命から流出した想念は土地やモノに宿るんだが、これを高次AI率いる深海側にごそっと奪われてる。これが正確にどの程度か把握しきれていないというのが、頭の痛いところでな」

もちろん過去の生命が生産した想念があるから、想念力が今日明日にも枯渇するなどということは無い。

特に100年前の二つの世界大戦は、その戦禍の規模と期間の長さにおいて、人類史上最も多くの想念が生産された時代だと言われている。艦娘の装備する艤装をわざわざその時代の物に合わせているのも、そしておそらく高次AIが深海棲艦という兵器をその時代を模して作ったのも、より強く土地から想念を引き出すためだ。

とはいえ正確な数字がわからない以上、人類は想念力の管理について神経質にならざるを得ない。

 

「艦娘の艤装を作るのに、小口径砲で約10万イデア。大口径砲だと50万イデア以上かかる。だからさっきお前が提案したようなトンデモ中のトンデモ兵器、許可なんか出せるわけないんだよなぁ? お前、強引に想念吐き出させるぞ?」

「ど、どうやってですか……?」

私の言葉に不穏な物を感じたか、やや低めの声で明石が質問を返してくる。

 

「んー? 精神活動の中で、『恐怖』『苦痛』と『愛』『快楽』が、最も効率的に想念を生産できるという研究結果が出てる。つまりリョナかセッk……」

「どっちも嫌です!」

私が言い終わるより早く、必死な声で明石が叫ぶ。

 

「あらら、振られた」

「私はリョナされたいようなドMではないですし、もう一個も! 提督とは嫌です! ちょっと修理した方がいいんじゃないですか!」

「いやただの冗談だ。そもそも赤城との約束があるから、嫁艦候補以外に手を出したら浮気扱いになる身なんだ。そうムキにならんでくれ」

真顔で返すと、明石は思わず赤面して黙り込む。

私とは嫌、か。誰か好きな艦娘でもいるのかな、こいつ?

 

「まぁ冗談はともかくとして、だ。ざっと触りだけ説明するとこんな感じだが、どうだろう? 理解できそうか?」

「そうですね、とても興味深かったです。提督さえ良ければ、もう少しきちんと時間を作って学ばせていただきたいです」

「うん、そう言ってもらえるのは嬉しい。じゃあ夕張辺りも交えて、定期的に学習の時間を作るか」

「了解です!」

明石の元気な声が響く。

うちは世にも珍しい、「提督が明石より技術力のある鎮守府」なわけだが……これでようやく、うちの明石も明石らしくなってくれることだろう。

 

「つきましては提督、今度私にもどんぱちを……」

「だからお前は、工作艦のくせに前線に出たがるな!」

 

――前言撤回。

うちの明石はどこまでも個性的なままだな、これは。




※活動報告にも書きましたが、2021年夏イベクリアしました。
掘りが残っているので、イベ終了の9/28までは更新ペース落ちたままですが、ひとまず新しい物語をお届けします。

MM技術、想念工学、想念力と今までしれっと書いてきましたが、こんな感じになっています。
ちなみにイデア量の話についてですが、ツイッター投稿時には二重三重にミスを重ねたおかげで、今回の投稿内容とは結構数字が違っています。
毎回言っていますが、「ツイッターの投稿と矛盾する場合は、SSが正史となります」。
なので過去の投稿を探して矛盾を指摘するのはやめて下さい(お願いします)。

明石について。
まぁ本文中にも書いた「世にも珍しい『提督が明石より技術力のある鎮守府』」という日下部の所感が全てなんですが、やはり明石にはトンチキな発明をしてもらいたいので、こんな展開になりました。
ちなみにトリガーハッピーになった理由はきちんとありますが、あまりに下らないので敢えて伏せておきます。そんなに重要な伏線とかではないですしね。
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