日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -モンスターとサバイバーの場合-

すべての美しいものの陰には、何らかの痛みがある。

――ボブ・ディラン

 

 

「だから、誰がモンスターですか!」

「お前たちニスイセン以外にいるかぁ!」

 

陰鬱な梅雨の空気を吹き飛ばすかのように。

鎮守府の一角、日下部が通りかかった廊下の先から、そんな声が聞こえてくる。

 

「あれは、神通とホノルル……?」

視線の先では日本の軽巡とアメリカの軽巡が、口論を繰り広げていた。

その呟きで存在に気付いたのか、

「あ、しれぇ。お疲れ様です、雪風です!」

日下部に気付いた駆逐艦・雪風が、挨拶を返してくる。

 

辺りは、ちょっとした人だかりになっていた。

日本側は神通と雪風に加えて、長波。

アメリカ側はホノルルの他に、ノーザンプトンとヘレナ。

合計6人、日米比3対3。

ストリートバスケをするには最適の人数だが、生憎そのような空気ではない。

 

特徴としては、日本側は神通率いる二水戦――第二水雷戦隊に少なくとも一度は所属した艦ばかりであり、そしてアメリカ側は……平たく言うと、その犠牲者となった者ばかり。

なんとなくいさかいの原因が見えて、日下部は思わず頭を抱えそうになる。

艦娘の前世にトラウマがあるのは知っているが、現在の自分たちは世界規模で同一の組織となった「人類統合軍」だ。100年前の因縁を、艦娘となった現代まで持ち込まれては困る……というのが、偽りない本音だった。

 

提督としては、ぜひとも仲介に入るべき局面なのだが、

「……」

アメリカ側の一人、ノーザンプトンに対して何と声をかけたら良いかわからず、思わず言葉を呑み込んでしまう。

 

――そんな日下部の様子に、長波は気付く。

今この場で何か言うことは無かったが、長波は長波でその光景に思うところがあるようだった。

 

「なんだかんだ生き残ってるあなたに言われたくないって言ったじゃないですか!」

そんな細やかな物語(ナラティブ)の交錯などお構いなしに、神通とホノルルは口論を続けていた。

……が、

「生き残ったら云々なら、雪風なんか正真正銘モンスターだろ!」

不意にホノルルの口撃が、あらぬ方向を直撃する。

 

「しれぇ、なんかとばっちり受けました……」

つい涙目になる雪風に、日下部は苦笑する。

まぁ確かに、ホノルルの言い分は理解できなくもない。雪風は時雨と合わせて、「呉の雪風、佐世保の時雨」と称された、日本きっての幸運艦である。

 

「日本水雷はモンスター……同意したくなるわね」

「おっ、さすがノーザは話がわかるな! いっそモンスター被害者の会でも立ち上げるか?」

ルンガ沖夜戦で長波や陽炎たちによって撃沈されたノーザンプトンが、ホノルルに同調して言う。

 

「おいおいノーザ、勘弁してくれよ……」

呆れたように長波は呟く。

苦手意識を持たれていることは知っているが、この後ノーザに確認したいことがあるのだ。妙な方向に話がこじれてはたまらない。

 

そんな空気を一変させたのは、それまで沈黙を貫いていた最後のアメリカ艦だった。

「あら。水雷モンスターの被害者なら、このヘレナにも参加資格があるわよね? クラ湾でやられてるし」

 

「「「………………」」」

空気が凍りつく、というのはこのことだろうか。

 

「悪ぃ、神通。モンスターはこっちにもいたわ」

「ノーザも反省しました。あの子、私やヒューストンより火力あるものね……」

ヘレナは軽巡の中でも、トップクラスに砲撃戦の火力に長ける艦娘だ。特に自身の言う通り、曲がりなりにも重巡であるノーザンプトンより火力があるのは、凄まじいの一言である。

ちなみに実は、ホノルルもヘレナと大差ない程度の火力を持っている。なのでこの態度は完全にイメージによる風評被害、もしくは悪ノリと言えた。

 

「ええ、わかっていただけて嬉しいです」

神通がにこやかに微笑むと、ヘレナを除く5人はそれまでのいさかいが嘘であるかのように、踵を返してばらばらと歩き始める。

 

「……提督、ヘレナは泣いてもいい?」

「いいと思う」

残されたヘレナが割と本気で悲しそうな声を上げるので、日下部も素直に思ったままを口にした。

 


 

「ノーザ、ちょっといいか?」

ヘレナの発言によって自然に解散になった後、長波はノーザンプトンを追いかけて声をかけた。

 

「なっ、長波!?」

「おいおい、前世で実際にお前を撃沈した陽炎や巻波ならともかく、あたしにまで怯えるなよ」

「怖いものは怖いんです。なんですか、さっきの続きですか?」

「いやいや、違う話」

 

長波はノーザンプトンの正面に立ち、真っ直ぐに見据える。

身長差もあれば国籍の差もあるが、二人の瞳は奇しくも同じ色。

艦娘の不思議が生み出した、金色の視線が交錯する。

 

「ノーザ。提督と、何かあったか?」

「……どうして、そんな風に思いましたか?」

「や。さっき提督が何か声をかけようとして、言いづらそうに引っ込めてたんでな」

 

ノーザンプトンは溜息を吐き出す。

「ありました。でも、あまり好んで話したい内容ではありません。なので尋ねますが、どうしてそんなことを気にするんですか?」

 

今度は、長波が溜息を吐き出す番だった。

「……参ったな。あたしの場合は、何かあったというか、何も無かったというか」

「どういう意味ですか?」

 

「あたしさ。春イベの途中まで、提督のことが好きだったんだよ」

ノーザンプトンの瞳が、驚きに見開かれる。

「あのスケベ提督に装備の載せ替えとか言って胸触られるの、実はそんなに嫌じゃなかったんだ。なにげに触り方、めっちゃ上手かったしな」

 

そこで長波は一度言葉を切り、天井を見上げる。

 

「けど。それを咎めて川内の奴が提督を艤装で撃った時、なんていうか、すっと冷めてく感じがした。ああ、良くも悪くもあたしは、あそこまで出来ない。あそこに割って入る度胸は無い……ってな。我ながら、格好悪いとは思うんだけどさ」

「あなたが、ですか……?」

普段は威風堂々を体現したような戦いぶりをする長波が、そんな風に感じるなどとは。

「恋も戦いとか言うんだろうけどさ。やっぱ実戦と恋は別物だよ。あたしは実戦ほど、恋に対して勇敢になれなかったみたいだ」

長波は改めて、ノーザンプトンに視線を向け、

「けど、ノーザ。お前は、あたしよりずっと勇敢だったんじゃないか?」

 

「……そこまで話してもらったら、私も教えないわけにはいかないでしょうね」

ノーザンプトンは眼鏡の奥で金色の瞳をすぼめて、ぽつりと呟く。

「でも、さすがに素面では話しづらいですね。長波、私の部屋でいかがですか? ビールでもお出ししますよ。そうそう、神通は事情を全部知ってますから、お時間があるなら誘ってきて下さい」

「神通さんが!?」

長波が驚いて金色の目を見開くのを、ノーザンプトンはどこか愉快な気持ちで眺める。

こんな風に親しくなるきっかけになるのなら、あの理不尽極まる失恋にも、少しは意味があったということだろうか。

 


 

「長波! 他人様の事情に無理やり踏み込むなんて、失礼にも程がありますよ!」

「ご、ごめん神通さん。どうしても気になったもんで……」

 

ノーザンプトンの部屋。詳しい事情を知らずに長波に連れてこられた神通は、一連の経緯を聞くなり、そんな風に長波を怒鳴りつけた。

ほとんど全ての艦娘を呼び捨てにする長波だが、前世において直属の上司であり、今なお敬愛する存在である神通だけは、「さん」と敬称を付けて呼んでいる。

その神通にきつい怒声を浴びせられては、さすがの長波も首を縮こまらせざるを得なかった。

 

「まぁまぁ神通。私も、長波の事情を聞いてしまいましたから。これでフェアというものです」

「申し訳ありません。辛い記憶でしょうに、何度もほじくり返すような真似をしてしまって」

「平気ですよ。時間が経って、そろそろ吹っ切れてきました。さて、それじゃ話しましょうか……」

 

ビールをくいっと呷ると、ノーザンプトンは少し前の日下部との記憶について話し始めた。

初めて聞く長波も、目の前でその光景を見ていた神通も、黙って耳を傾ける。

 

「……と、いったところです」

話し終えたノーザンプトンはまったくの無表情で、本人の言う通り吹っ切れているように見えた。

だが長波は、彼女が右手を硬く握り込んでいることに気付く。

その拳は微かに震えて、顔のかわりに本当の内心を雄弁に物語っていた。

 

「悪い、ノーザ。神通さんの言う通りだった……迂闊に踏み込んでいい話じゃなかった。本当にごめん」

長波はぺこりと頭を下げる。

 

「そんな、いいんですよ長波、頭を上げて下さい! ……確かに本当は、アルコールの力でも借りないと、まだ話すのは辛いようなことではありますけども。けれどあなただって、一度は同じ人に恋をした仲じゃないですか」

「いや、あたしは……告白どころか、提督じゃなくて川内を見て冷めたような、情けない奴で。お前と一緒だなんて、とてもじゃないけど言えないよ」

「ふふっ、ならこの件は私の勝ちということで。敗者なら、勝者の言うことを聞いて下さいね?」

本当はどちらも敗者でしか無い、なんてことは百も承知の上で敢えて言う。

「お、おう……?」

戸惑ったような長波の言葉に、ノーザンプトンは、

 

「さっき、ホノルルと一緒にあなたたちをモンスター呼ばわりしたこと、許して下さい。まだ怖いのは確かなんですけど、本当は仲良くしたいんです」

先程自分がされたように、ぺこりと頭を下げる。

 

「おいおい。それこそ気にしてないって。なぁ神通さん!」

「そうですね。というかどちらかというとあれは、ヘレナさんに謝った方がいい案件な気もしますが……」

「あはは、あの子とも後で話しておきます」

 

苦笑しながらノーザンプトンが微笑むと、長波もつられて微笑み返す。

そのまま二人は、どちらともなく愉快そうに笑い声を上げたのだった。

 


 

ひとしきりノーザンプトンと長波の笑い声が収まったところで、不意に神通が口を開く。

「ノーザンプトンさん、ひとつお尋ねしたいのですが」

「ノーザで結構ですよ。どうしました?」

「……ホノルルさんは、私たちのことを嫌っていたりするのでしょうか?」

伏し目がちに尋ねられたその言葉に、ノーザンプトンは優しく微笑んで、

 

「それは無いですよ。私と一緒で、単に怖がってるだけです。特にあの子の場合、生き残ったとはいえ艦首切断されましたから、それが結構なトラウマになっているようで……」

生き残った側が勝者だ、という日下部の意見に反対するわけではない。

だが勝ったからといって、そこにトラウマや苦手意識が生じないわけではない。むしろ生き残って自身の惨状を認識してしまったからこそ、生産される想念というものも確実に存在するだろう。

 

「そう、ですか。本気で嫌われてないのであれば、良かったです」

「時間をかければあの子も少しずつ慣れていきますよ、きっと」

「はい……」

だがその言葉にも、神通の表情は明るくはならない。

 

「神通? 何か、気がかりなことでも?」

思わず口を突いて出たノーザンプトンの質問に対し、神通はなんと言葉を紡ぐか迷うような様子を見せる。

二度、三度と逡巡してから、ようやく意を決したような表情で、

 

「あ、あの。ノーザさんは、深海堕ちから救われたことで、提督を好きになったとおっしゃっていました。なら……同じ条件のホノルルさんも、提督のことを好きになったと思いますか?」

 

――正直、虚を突かれた気分だった。

 

言われてみれば確かに、筋は通っている。

記憶・思考・意志。自我を構成する全ての想念を剥奪され、何も覚えられず、何も認識できず、何も考えられない状態。

そんなところに不意に差し伸べられる、力強い言葉と救いの手。

 

元々艦娘なんて、簡単に提督を好きになってしまう生物だ。

生まれた瞬間から提督に好意を持つ、「提督Love勢」の存在は言わずもがな。

最初は特に好意を持っていない艦娘だって、ちょっと微笑まれれば、優しい言葉をかけられれば、頭を撫でられれば……簡単に、提督に恋してしまう。

良いとか悪いとかではなく、艦娘とは「そういうもの」なのだ。

例外と言えるのは、提督ではなく他の艦娘に恋する個体くらいだろうか。

 

そんな艦娘にとって、あの体験は……正直、恋に落ちない理由を探す方が難しい。

 

「そうですね、正直考えたことはありませんでしたが。十分に、ありえると思いま……神通?」

神通の瞳が深い悲しみの色に覆われたことに驚いて、ノーザンプトンは思わず言葉を切る。

 

「おかしいんです、私。ホノルルさんにモンスターと呼ばれた時、とても悲しくて。でも本当に嫌われてはいないと知って、すごく胸の奥が温かくなって。けれど今は、……ホノルルさんが、提督に恋しているかもしれないと聞いただけで、モンスターと呼ばれた時の、何倍も何倍も……苦しいんです……!」

ついに堪えきれず、神通の瞳から涙が零れ落ちる。

「あの、私、どこかおかしくなってしまったのでしょうか……?」

 

ノーザンプトンは、長波と顔を見合わせる。

「おかしく、って……神通さん、それ」

「ええ、そういうことですよね……?」

 

「ノーザさん、長波……?」

二人の怪訝そうな様子に、神通はか細げな声を上げる。

ノーザンプトンは、深い溜息を吐き出した。

 

「神通。あなた、ホノルルに恋をしてるんじゃありませんか……?」

 

「えっ!?」

思いもよらなかった、というような表情で神通は目を見開く。

だがいざ認識してみると、自分の感情を表すのにこれ以上しっくり来る言葉は無いように思えて。

「あの、私……」

 

「まったく。二水戦は実戦だとあんなに勇ましいのに、恋では揃いも揃って臆病者ばかりですか」

「うぐっ、……ノーザ! あたしはともかく、神通さんのことは……!」

「ホノルルが提督に恋してるかもしれない? だから胸が苦しい? ……何を言ってるんですか。別にはっきり振られたわけじゃないんですから、そこで泣いてる前にやるべきことがあるんじゃないですか?」

長波は気付く。先程、情けない一面を見せた自分にさえ優しい態度を見せたノーザだから、これは神通を奮い立たせるために、わざと厳しいことを言っているのだと。

 

「神通、あの夜私は『ホノルルに一発きついのをお見舞いしてやって下さい』とお願いしました。実戦では見事に果たしていただき、そこはありがとうございます」

そこで一度言葉を切り、不敵な笑みを浮かべて、

「日本の水雷戦隊は、魚雷の次発装填装置を備えているのでしょう? なら次は恋という戦いでも、油断しているホノルルに……一発きついのを、お見舞いしてやって下さいな」

前世の艦のこと、そして艦娘となった今でも戦闘時に発する言葉を逆手に取った、ノーザンプトンの激励。

そこに込められた優しい想念が、すうっと神通の自我に染み込んでいく。

 

気付けば、いつの間にか涙は止まっていた。

「ありがとうございます、ノーザさん」

そう答える神通の瞳には、決意の色。

 

ああ、覚悟するといい。

ホノルルは、二水戦のことを指してモンスターと呼んだが。

――きっと二水戦のモンスターは、たった今、この瞬間に生まれたのだ。




※2021年夏イベ終了しました。お疲れ様でした。
艦これも通常モードに戻りましたので、またSSを更新していきます。
リアルではもう9月末ですが、SSの時間軸はまだ6月ですのでご注意下さい。

ノーザンプトンについて。
作中ではあんな理不尽な理由で失恋させたわけですが、別に作者は嫌いではありません。むしろMVP台詞なんか、可愛いと思っています。
作劇上の都合で、どうしても扱いが悪くなる艦娘は出てきます。これは今後、他の艦娘に対しても言えることですので、あらかじめご了承下さい。

今後の予定ですが、10月中に夏イベ前までの話を全部書き上げ、11月いっぱいで夏イベの話を終わらせたいと思います。
夏イベが「比較的小規模」とか謳っていた割に大変だったこともあり、なかなか3ヶ月差という時系列を詰めることが出来ていませんが、いずれ追いつきたいとは思っています。

一方ツイッターの方はリアル時間に合わせて、これから秋シーズンに入ります。
こちらも色々と展開しますので、よろしくお願いします。
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