日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -一航戦(青)と五航戦(緑)の場合-

恋を得たことのない人は不幸である。それにもまして、恋を失ったことのない人はもっと不幸である。

――瀬戸内寂聴

 

 

「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

西方海域カスダガマ島付近の海域に、航空母艦・加賀の声が響き渡る。

 

シンギュラリティ到来によって既存の秩序が崩壊するまでは、マダガスカルと呼ばれていた島。

100年前の大戦において、遠く離れた日独伊同盟を繋ぐ重要中継地だったこの島は、日本に根拠地を置く人類統合軍の艦娘運用部隊にとって、通常の作戦行動で進出できる最遠隔地だ。

これ以上に日本を離れるとなると、それはもはやそういう特殊な作戦ということになるが、イベントでもない限りそんな機会は与えられない。欧州方面にも艦娘運用部隊は存在しており、基本的にはそちらの管轄ということになる。

 

「ちょっと加賀さん! まさか未だに妾の子とか言うつもりじゃないでしょうね!」

加賀の発言に、僚艦である航空母艦・瑞鶴は喰ってかかる。

前世において、加賀と赤城の一航戦の搭乗員たちが、自分たちの練度に及ばない五航戦――瑞鶴と、姉の翔鶴――の搭乗員を指して揶揄した言葉が、「妾の子」である。

ちなみに五航戦の技量が、当時の世界水準より劣るなどということは全く無かった。単に一航戦の搭乗員たちの技量が飛び抜けて高かっただけであり……その慢心が後の敗北の一因となるのだが、それはまた別の物語。

 

「……あなたの練度が未熟なのは事実でしょう」

「提督さんから出撃許可は出てるし! もうっ、第一次攻撃隊、発艦始め!」

二人の空母の放った矢が、空中で艦載機の形状に変化し、敵深海棲艦に向かって殺到する。

想念兵装ならではの、非物理法則的な挙動。

 

対するは、装甲空母鬼。

上位の深海棲艦ではあるが、特定の艦娘を生体ユニットとして生み出された物ではない。

一応のモデルになったのはイギリス海軍のイラストリアス級装甲空母だと考えられているが、イラストリアス級空母の艦娘はこの6月の時点では、まだ地球上に存在していない。

 

互いの艦載機が空中で交錯する。

艦戦同士が空戦を交わそし、突破した編隊が眼下の艦娘たちに迫る。

対空砲火が火を吹くが……縦横無尽に空を駆ける機体を、海面に浮かぶ艦娘からの攻撃で撃墜するのは、あまり容易なことではない。かつての大戦と同じように。

 

海面すれすれから深海棲艦攻が、航空魚雷を投下する。

白い航跡を曳いて海面を走るそれに対し、加賀は余裕を持った動きで回避運動を取るが……、

 

「――加賀さん、左舷直上!」

不意に響く、瑞鶴の叫び声。

思わずそちらを見やるが、もう遅い。

上空から深海棲艦爆が、急降下して爆撃態勢を取りつつあった。

敵ながら、見事なまでの波状攻撃と言うしかない。

 

爆撃の炸裂音は、艦娘になった今でも、あまり聞きたいものではない。

 

「ああもう、何やってるのよ!」

瑞鶴は小さく舌打ちする。あんな大口を叩いたくせに。

「飛行甲板に直撃。そんな……馬鹿な」

大破した加賀は、轟沈ストッパーの恩恵でなんとか海面に二本の足で立ちながらも、意識を朦朧とさせて呟く。

「赤城さん、貴方を残して……沈むわけにはいかないわ」

 

その台詞を聞いた瞬間、瑞鶴は思わずここが戦場であることも忘れて、加賀の胸倉を掴み上げるところだった。

もし加賀が大破していなければ、実際にそうしていたことだろう。

 

「加賀さん! ここはミッドウェーじゃないし、今は1942年じゃない! それに今あなたの隣にいるのは赤城さんじゃない! 私、瑞鶴よ! しっかりして!」

胸倉を掴む代わりに飛ばした言葉が、加賀の意識をぎりぎりで繋ぎ止める。

 

――そうだ。まだやるべきことがある。

敵艦隊を攻撃し終えた艦載機に向かって自身の想念を飛ばし、空中に霧散させる。

本来であれば帰艦させ、想念力を回収すべき運用となっているのだが、大破して着艦すらままならない状態では致し方ないだろう。

完全に制御を失って、敵味方を区別せず襲い始めるようなことになっては目も当てられない。

 

前方では砲撃戦の距離まで進出した僚艦たちが、敵艦隊と激しい砲火を交わし始めている。

瑞鶴の艦載機は、それに混ざって敵艦隊に空襲を仕掛けていた。

あの分なら、夜戦まできっちり持ち込めば十分に勝利できるだろう。

 

「ごk……瑞鶴。助かったわ」

 

隣で艦載機を制御している瑞鶴に向かって、そんな風に呟いて。

加賀は、意識を手放した。

 


 

――轟沈ストッパーがあるから、戦闘開始時から大破していない限り艦娘が沈むことはない。

そんな冷たい論理を頭で知っていても、当の艦娘が割り切れるかはまた別の話で。

自分が気絶した後の瑞鶴は、それはもう戦闘放棄せんばかりに取り乱したものだったらしい。

 

「今回は助けられたわ。一応礼を言っておきます。ありがとう五航戦」

鎮守府に帰還し、入渠施設に放り込まれて、高速修復材(バケツ)で高濃度想念力を強引に流し込まれ。

ようやく人心地ついて、提督への報告を済ませ、出撃後の疲れを癒やすべく「甘味処・間宮」に入ったところで、加賀は瑞鶴とばったり出会った。

きちんと先程のお礼を丁重に述べたのだが、

 

「むー。ちゃんと名前で呼んで下さいよ!」

どうやら五航戦(緑)のお気には召さなかったらしい。

緑がかったツインテールを揺らし、瑞鶴は口を尖らせて抗議する。

 

「……さっきは呼んでくれたのに」

その呟きに、加賀は表情を変えずに内心だけで舌打ちした。

しまった、朦朧としてたといはいえ、余計なことを言ってしまったかもしれない。

 

「そう。気のせいではなくて?」

「むー、もういいです! それより落ち着いたら後で反復出撃、行きますよ! 絶対に翔鶴姉を見付けてみせるんだからー!」

 

瑞鶴はこの鎮守府に、春イベで着任した。だが、姉である翔鶴は未だ見付かっていない。

妹として、また加賀たちがミッドウェー海戦において沈んだ後も日本の機動部隊を支えた僚艦として、翔鶴の一刻も早い着任を望むのは、当然のことだろう。

だが、本当にそれだけなのだろうか。

 

他鎮守府の別の加賀に聞いたところ、翔鶴と恋愛関係になる瑞鶴は少なくないらしい。

 

自分が赤城に対して抱いているのと同じ想いを、瑞鶴が翔鶴に対して抱いているのなら、できれば叶えてやりたいと思う。

自分自身の想いは伝えることすらできないままに、手の届かない場所に行ってしまったのだから。

 

赤城はきっと自分のことをただの相棒か、もしくはせいぜい友人だと思っているだろう。

だからこそ、あの提督に対して恋心を抱いて、六人もいる恋人の一人に収まってしまった。

赤城が四番目などと、加賀にとっては噴飯物の序列としか思えないのだが、当の赤城が納得しているのだから、文句の付けようもない。

そもそも自分の気持ちを伝える勇気が無いのだから、その権利すら無い。

 

「そうね。早く見付かるといいわね」

そう呟くと、瑞鶴はこちらの内心などお構いなしに、満面の笑顔を返してくる。

その笑顔をどことなく眩しく感じて、思わず加賀は目を逸らした。

 

加賀が努めて意識しないようにした情報が一つある。

――実は翔鶴ではなく加賀と恋愛関係になる瑞鶴も、少なからず存在するのだ。

 


 

月が変わっても翔鶴は未だに発見されず、日下部はやむを得ずひとつの決断を下す。

 

「日下部鎮守府は現有戦力をもって、珊瑚諸島海域の攻略に取りかかる」

「ちょっと提督さん、あそこに行くなら翔鶴姉と一緒がいいって……!」

「いつ来るかわからない艦娘を、いつまでも当てにはしてられん。別にお前と翔鶴が揃ってないと攻略できないというわけではないんだ」

 

瑞鶴の抗議をきっぱりと切り捨てて、日下部は編成を宣告する。

空母は加賀、瑞鶴。航空巡洋艦の最上と熊野。駆逐艦は秋月、ジョンストン。

かつての大戦の珊瑚海海戦の参加艦は瑞鶴しかいない、いつも通りの寄せ集め軍団。

だが今は1942年ではなく2045年なのだ。これで良い。

 

姉が来てくれなくて、焦る気持ちは理解できるけども。

私だっているのだから、代わりに頼ってくれても良いのだけど。

――そんなことを加賀は言いかけて、しかし、

「……止めた。私の柄ではないわね」

「加賀さん、何か言った?」

「いえ、別に。ほら出撃よ、五航戦」

 

待ち構える深海棲艦たちを薙ぎ払いつつ、艦隊は海域の最奥へと辿り着く。

そこで待ち構えていたのは、

 

「……嫌な物を見たわ」

「加賀さん! あれは加賀さんじゃない!」

「わかってます。喚かないで」

空母棲鬼。春イベントで遭遇した空母棲姫の、原型となった深海棲艦。

かつて行われたイベントで、加賀を生体ユニットとして取り込み生み出された存在。

目の前にいるのはただのデッドコピーで、取り込まれた加賀は存在しないのだが、それでも不快に感じてしまうことまでは避けられない。

 

「加賀さん、瑞鶴さん、攻撃隊発艦願います! 最上および駆逐隊は突撃、砲戦距離まで肉薄!」

旗艦を務める熊野の指示で、艦娘たちが弾かれたように動き出す。

 

「任せなさい、鎧袖一触よ」

加賀は真っ直ぐに空母棲鬼を見据える。

いかにも深海棲艦らしい形状をした、巨大な口の付いた艤装。

その上部に座する、サイドテールの髪と白い肌をした女性型の部位。

 

出撃前に、口にしかけて呑み込んだ言葉のゆえか。

はたまた、空母棲鬼に苛立ちを感じていたせいか。

加賀は隣の僚艦に対して、普段なら決してしない呼びかけをする。

 

「続きなさい! 『瑞鶴』!」

 

「……! うん、今なら絶対に負けない!」

たったそれだけ。

加賀から名前を呼ばれた、たったそれだけのことに瑞鶴は満面の笑みを浮かべる。

自我の奥から溢れる温かな想念が、力に変換される。

加賀と瑞鶴の操る艦載機たちが、的確な機動を描いて敵艦隊を蹴散らしていく。

 

「減らせるだけ減らしたわ! 後は任せたわよ!」

瑞鶴の声に、

 

「もちろんだよ、ここで頑張らなきゃ……!」

「艦娘の存在意義はありませんわね……!」

最上と熊野が応える。

二人から発艦した水上爆撃機・瑞雲の編隊が空母棲鬼を牽制し、その回避機動を一方向に誘導する。

それは、まさしく両者の艦砲の直線上。

 

「「とぉぉぉぉぉう!」」

普段は熊野が攻撃する際に発する、奇声とも言える独特の掛け声。

今この時だけは最上も一緒になって、それを叫ぶ。

 

――砲撃が空母棲鬼の装甲を貫き、その身を爆散させる。

沈みゆく空母棲鬼はどこまでも無表情で、その身が想念を生産することの無い、ただのAI制御の深海棲艦であることを物語っていた。

 


 

「お見事! よくやった!」

 

珊瑚諸島の現地から送信された画像を、司令室のモニターで見ていた日下部は、思わずそう叫んでガッツポーズを取る。

提督はしょせん、遠く離れた場所で艦娘の戦いを見守るしかできない身だ。

ならばせめて、艦娘の挙げた戦果を一緒に喜ぶくらいのことはしてもバチは当たらないだろう。

 

『えむぶいぴぃ、それは今時のレディの嗜みの一つでもありますわ。ありがたく頂戴いたします』

「おうおう、いくらでも持ってけ!」

通信越しに聞こえてくる熊野の声に、日下部はそんな軽口を返す。

 

「珊瑚諸島攻略部隊、任務完了! 気を付けて帰投して来いよー!」

『了解いたしましたわ!』

軽快な熊野の声がして、モニター内で艦娘たちがショートランド人工島への帰路を進み始める。

 

『加賀さん! さっきは名前を呼んでくれてありがと! 嬉しかった!』

『五航戦。帰投の邪魔になるから、あまりくっつかないで』

『あー、また五航戦って言うー! もー、ちゃんと瑞鶴って呼んで下さい!』

きゃっきゃっとした、見ている方が恥ずかしくなるようなイチャイチャぶりを惜しげもなく披露する瑞鶴と加賀の姿に、日下部は思わず苦笑を浮かべたが、

 

「……」

観戦を希望して隣でモニターを見ていた赤城の表情に、日下部は気付く。

先天性の共感性欠如(サイコパス)ゆえに、普段は他人の感情を理解できない日下部ではあるが、こうして表情や態度に一度気付けば、それを知性と経験で分析して内心を推し量ること自体は可能である。

 

「赤城。……あの二人が仲良くしてると、寂しいか?」

 

日下部の声に、はっと我に返ったような様子で赤城は、

「いえ、そのようなことは」

「そういう顔してないんだがなぁ。近しい相手が違う人と仲良くなって寂しく感じること自体は、ごく自然な感情なんだし、そのくらい素直に認めればいいのに。赤城はどうも、真面目にすぎる気がするぞ」

赤城だって別に感情が無いわけではない。むしろ食欲、恋愛感情、そしてトラウマ。感情は人一倍強い艦娘のはずだ。

ただ、その感情を完全にコントロールできるだけの強靭な理性を持ち合わせているだけである。

 

「そうでしょうか」

「そうそう。たまには自分の感情に素直になってもいいんだぞ。少なくとも私はいつもそうしてる」

それについてだけは、誰はばからぬ自信がある。

汝の意志するところを為せ。アレイスター・クロウリーのありがたい教え、のおよそ半分。

 

「というわけで赤城、夜戦をだな……」

「ケッコンまではお断りします、と申し上げたはずですが?」

「……真面目にすぎるなぁ!」

 

日下部は苦笑しつつも、赤城はそう言うだろうとも最初から予測していた。




※日下部鎮守府では瑞加賀を推しています。
日下部鎮守府では瑞加賀を推しています。
大事なことなので二回言いました。

「赤城が日下部の恋人になったから」というのはもちろんありますが、それはそれとして瑞加賀は良いと思うのです。
赤賀が嫌いなわけではないのですが、日下部鎮守府の赤城と加賀の個性を考えた時に、絶対これ幸せになれない組み合わせだなと思ってしまったもので……(この辺、赤舞はワンチャン上手く行く可能性がありました。結局そうはならなかったわけですが)。
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