日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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人より生まれ、その先へ往くモノ 2

自分一人で石を持ち上げる気がなかったら、二人でも持ち上がらない。

――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 

 

「テートク! 島に民間人らしき人がいた!」

駆逐艦・桃が、そんな声と共に執務室に飛び込んできた。

その後ろから遅れて、那珂も室内に入ってくる。

 

「なんだと。ここ、基本的に民間人が来られるような場所じゃないんだが……どんな人だった?」

「えっと……」

私が質問すると、桃は先刻の記憶を辿るように話し始めた。

 


 

ショートランド人工島は三浦半島から沖合に進んだ太平洋上に、想念工学の力で強引に作り出した場所だ。

その外縁部を、那珂と桃は仲良くマラソンで走っていた。

 

「ほら桃ちゃん、アイドルは体力が資本だよ! ファイトー!」

「うえぇ……那珂ちゃんセンパイ、朝から50km走って……きつくないですか……」

「艦娘なんだからそのくらいよゆーよゆー!」

オンオフを完全に切り替えるタイプのアイドルである那珂は、こうした水面下での努力を重視している。

それと比べると、桃はそこまでアイドルとしての覚悟が定まっていないところがあり、そのため那珂にはこのようによく振り回されているのだが……。

 

「ほら、ラストスパー……って、あれ、誰かいる?」

那珂は進行方向にひとつの人影があることに気付き、反射的に足を止める。

一瞬遅れて桃も足を止め、いつでも飛び出せるように警戒姿勢を取った。

 

那珂は人影を観察する。

一見すると西洋人の少女のような、金髪と青い目。水色のタンクトップを着ており、髪にはハートのブローチを付けている。

――見覚えは、特に無い。少なくとも、自分たちの物語(ナラティブ)においては。

 

「やぁ、キミたちはマコ……日下部鎮守府の那珂と桃かな。ふむ、桃と喧嘩してしまう那珂も多いんだけど、キミたちは仲良くなってるみたいで、何より」

人影はそんな風に、気さくに声をかけてきた。

 

「あのー……ここ、一応一般人は立入禁止なんですけどー」

桃は警戒姿勢を解くことなく、それでいて声だけは軽い調子で告げる。

ショートランド人工島は全体が人類統合軍・艦娘運用部隊の軍用地であり、法制上民間人の立ち入りは禁じられている。

加えて地理的にも日本本土と海によって隔絶しており、洋上を歩ける艦娘であれば行き来は簡単なのだが、人間が来訪するなら船か航空機を使うしかない。

つまり、二重三重の意味でそんな場所に民間人がいること自体が不自然なのだ。

 

だが人影は、一切意に介することなく、

「ははは。実は僕は関係者なのさ。だから立ち入っても構わないんだよ?」

ふてぶてしいまでの笑顔で言い放つ。

 

「えっと、それで御用は……?」

「うん? そうだな。僕は艦娘のファンだから、キミたちアイドルに会いに来たってことにしよう」

「はぁーいっ♪  アイドル桃だよぉ♪ ……とは、さすがにこの状況で桃も言わないんですけどー」

「ははは。まぁ、あながち嘘ではないんだけどね」

 

「――テートクに報告しますけど?」

冷たい声で桃は言うが、

「結構、ぜひそうしてくれ。ならついでに、マコに用事について聞かれたら、『ホムンクルスの稼働実験だ』と伝えてくれると助かる」

「……はぁ」

まったくこちらの言うことを一切意に介さない時点で、本当に関係者であるかはともかく、少なくとも只者でないことだけは間違いないだろう。

「じゃあ、僕はもう行くよ。Au revoir(またね) !」

そんな感じで一方的にフランス語の挨拶を残し、人影は去っていった。

 

「……」

その後ろ姿を見送る那珂は、じっと何かを考え込んでいた。

「那珂ちゃんセンパイ?」

桃が遠慮がちに声をかけると、那珂はそこでようやく、

 

「――あの人。顔も、声も、喋り方も、性格も、何もかも全然違うけど。雰囲気だけは……平賀さん、みたいだった」

そんな風に、率直な感想を述べた。

 


 

二人の話を聞き終えた私は、思わず安堵の溜息をついた。

 

「ありがとう桃。心配いらない、その人は本当に関係者だし気にすることはない」

「マジ!? う、うーんそうなんだ」

「そうなんだよ。だからもう気にするな。那珂も、な」

「……。はーい」

やや不満そうな声色が残ってはいたが、それでも那珂は私の言葉に頷いてくれた。

 

(ホムンクルス。もうそこまで実用化させたのか。さすがは元帥だ)

 

現在の艦娘運用体制を築いた功労者であるモーリアック元帥は、当然ながら余人には想像も付かないレベルで多忙な身だ。

そんな人がこんないち鎮守府の艦娘に会いに来たなどと、説明しても普通は信じられないだろう。

――信じさせるためには、ホムンクルスのことをいちから説明するしか無いが、さすがにそんなことは出来るわけがない。

 

那珂と桃が退室するのを見届けてから、私は秘書艦である川内に告げる。

 

「ちょっと用事が出来た、大本営まで行ってくる。今日はあちらに泊まることになると思う」

「……ふーん、了解」

答えるまでに間があったことが気になるが、川内はこの場では何も言わなかった。

 

(……さて、行く前に日向に声をかけなければな)

今回は定例の会合ではないので、私用があるならば日向を無理やり同行させる必要は無いのだが、可能ならば連れていきたいと思っていた。

自分たちが作っているモノが何であるか、自分の目で確認する良い機会だろう。

 


 

「やぁご無沙汰、マコのところの日向くん」

「これは……」

大本営に到着した私たちを出迎えたのモーリアック元帥の姿を見て、日向は驚きのあまり言葉を失ったようだった。

 

別に、少女のような元帥の姿に驚いているわけではない。

その段階はとっくに通り過ぎている。確かに初めて会った時はそのような驚き方をしていたが、それはもう過去のことだ。

 

かく言う私も、予想していたとはいえ実際に目の当たりにすると、確かに平静ではいられないものがある。

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「双子、などという話では無いのだよな……?」

いぶかしげに言う日向の言葉に対して、

 

bien sûr(もちろん).これはホムンクルス」

「古典ヘルメス学においては『全知持つフラスコの中の小人』とされたが、時代が下るにつれて人造生命体そのものをこのように呼ぶようになっていった」

「僕たちは後者の立場を取っている。なので別に全知は無いし、代わりにフラスコの中でないと生きられないという設定も無い。自由に出歩くことができる。例えば……ショートランド人工島へ、マコのところの艦娘に会いに行ったりとかね」

二人の元帥は、交互にエコーじみた喋り方で自身について説明してみせた。

 

「これは……頭がどうかしてしまいそうだ。まったく同じ顔をした人間が二人同時に存在するとか」

「おいおい、何を言ってるんだ日向。お前たち艦娘こそ、まったく同じ顔をした個体が複数存在するじゃないか」

「……!」

どうやら日向は、自分が何者であるか忘れていたらしい。思わず苦笑が漏れる。

 

「今のところ、このホムンクルスは単に僕を二人に増やしただけだ。別に艦娘のような強靭な肉体はしていない。それどころか実のところ、互いの自我の共有すらできていないんだ」

「そうそう。記憶や経験は個体ごとに完全に蓄積される。その辺りもまた、キミたち艦娘に近いと言えるのかもしれないがね」

「長い間別々に活動していると、おそらく自我の在り方も変容して、僕たちは別々の存在と互いを認識するようになるだろう。……そうなると困るので、対面した時にマインドハックを使って、互いの自我の調整は行っているがね」

互いを「ジャン・モーリアックではないモノ」と認識するようになっては困るし、逆に「自分だけがジャン・モーリアックだ」と認識するのも困る。

自我は唯一、身体だけが複数。現状では至っていないとはいえ、本来はそういうモノを目指している。

 

一方この技術には「個人を増やす」という側面の他に、「人の手で作り出した肉体」という側面も存在する。この側面を発展させ、万人に対して適用できる技術に拡張できれば、人類という種そのものに「新たな肉体」を用意することができる。

それを艦娘から抽出したデータを元にデザインする……簡単に言えば、これが超人(ポストヒューマン)開発の第一段階である。

 

「理屈はわかった。だが、それは本当に……倫理的に、許されるものなのか?」

日向の言いたいことは理解できる。従来の科学においてタブーとされていた領域など、軽く一段も二段も踏み越えている。

だが、

 

「日向。我々は人を進化させようとしているんだ。この程度は、序の口もいいところだ。既存の倫理観念など捨ててしまえ」

きっぱりと私が言い切ると、さしもの日向も困惑したような表情を見せた。

 

「よく誤解される点なのだが、実は進化論は『種の起源』を進化――自然選択による突然変異に求めているだけで、『生命の起源』については明らかにしていない」

もちろん進化論の祖たるチャールズ・ダーウィンが従来の宗教勢力に対して政治的配慮をした部分は大きいのだろうが、それでもそこに解釈の余地があるのは間違いない。

 

「聖書には、『神は人間を自らに似せて作った』と書かれている。進化論を真とするならば、この記述については偽とするしかない。しかし聖書やクルアーンといった、特定の色の着いたオカルトではなく……『大いなる知性』という、曖昧で解釈の余地を大きく取ったインテリジェント・デザイン論、無色のオカルトなら、無理なく進化論と並立することが可能なんだ」

大いなる知性が生命を生み出した。その生命は最初下等な物だったが、自然選択による突然変異……あるいは、「そのように見える生命デザイン」に基づき進化して、現在の人間となった。

これは、矛盾なくきちんと成立する仮説である。

 

「そして知っての通り、MM技術の発明により形而上学は唯物論に完全勝利した。地球意志という名の『神』は実在し、我々の生命はその神によって創造されたと証明された。つまり人間は進化することができ、その方向性は特定の自我によって決定することができる。ならばそれを、我々が規定しても良いはずだ」

――神の領域に踏み込むどころではない。

神を肯定し、神を公認し、神を崇拝し……そして、神の御業を簒奪する所業。

 

「当然だが、既存の倫理とはあらゆる意味で相容れない。もしかしたら、私たちは正気でさえないのかもしれない」

二人の元帥はいつもの調子で、薄く浮かべた笑みを崩さず、けれど決して逸らすことなく視線を日向に向けている。

私も日向の、茶色がかった濃いオレンジの瞳を真っ直ぐに見据える。

その瞳に、私たち三人の姿はどう写っているだろうか。

 

「だがその領域にでも踏み込まない限り、我々はあの高次AIどもに勝てないだろう」

それでもまだ、人間に映っていることを……願わずにはいられなかった。

 


 

「ただいま。大本営土産に信州そば買ってきたぞ」

シンギュラリティ到来時に東京が壊滅して以来、日本の首都は長野県の松代町に移行している。

人類統合軍・艦娘運用部隊の最高司令部、通称「大本営」も、それに併せて松代町に設置されていた。

 

奇しくもかつての大戦においても、そういう首都移転計画が実在したそうだ。日本本土が決戦地となった場合、海岸沿いで防衛力に欠けるとされた東京を離れて、首都機能を内陸部に存在する松代町に移すというものだったらしい。

まさかあの大戦から100年後、その計画を実際に行うこととなるとは、当時の日本人の誰もが想像すらしなかったに違いない。

 

「……おかえり」

私から信州そばを受け取る川内の声は、何故か微妙に低く。

 

「おい、何かあったか? 気になることがあったら言って欲しいぞ」

「日向さん。外泊申請出してて、さっき帰ってきたんだって。提督と同じタイミングだね」

川内の言葉には、思わず眉根を寄せざるを得なかった。

 

「要艦娘秘」という情報指定がある。

人類の約半数が死に絶え、娯楽や文化面での衰退著しいこの世界において、日々の戦闘を担う艦娘のストレスを発散させる手段は、どうしても原始的(プリミティブ)な手段に寄ってしまう。

全体的な傾向として、食事や夜戦(意味深)好きな艦娘はびっくりするほど多いが、同じくらい艦娘はおしゃべりが大好きである。

そして同艦交信――同じ艦の概念から生まれた艦娘同士が行うことができる、想念での交信――で会話できる艦娘たちについて、その口を塞ぐことはきわめて難しい。

つまり当然の帰結として、「艦娘に広まってはまずい情報は、最初から艦娘には知らせないでおこう」という判断が生まれる。

 

当然だが超人(ポストヒューマン)開発計画は、現状においては要艦娘秘指定である。

まぁ艦娘だけでなく人間に対しても秘匿指定はかかっているのだが、いずれにせよ川内に正直に事情を説明するわけにいかないのは確かだ。

 

「ほう、そうか。面白い偶然だな」

「そうだね。これでもう3回も重なってる。本当にすごい偶然だね」

「……何が言いたい?」

まさか川内のやつ、何か超人(ポストヒューマン)について勘付いているのか?

――などという私の想像は、

 

「べっつにー。あたしが一日休暇取って出かけてる間に、阿賀野から告白されて受け入れちゃうしー? あたしが神通や那珂と女子会やってる間に、ホノルルを部屋に入れて料理作らせちゃうしー? それと同じタイプの偶然なんじゃないかなーって!」

軽く斜め上に飛び越えられて、とんでもない発言が川内の口から飛び出した。

 

「お、おい。つまり私が、日向と浮気してるって言いたいのか!」

「そんなこと言ってないしー。ただ、偶然ですねって言ってるだけだしー!」

「そもそも阿賀野はともかく、ホノルルに関してはただ日頃の感謝で料理しに来てくれただけだぞ! なんでもかんでも、恋に結び付けるんじゃない!」

あいつ気さくで話しやすいし、どちらかというと私としては、男友達みたいな感じで接してるつもりなんだが。

いやまぁ、アメリカ艦娘だけあって胸部装甲は大変立派だとは思うんだけどね?

 

「はぁ……。これだからサイコパスは」

川内は、盛大に溜息をついた。

「まぁあんまり言うと藪蛇になるから言わないけど、ホノルルはもちろんのこと、日向さんだって多分……」

 

「……?」

急に尻すぼみになっていく川内の真意がわからず、私は思わず疑問符を顔に浮かべる。

だが川内は、きっと聞いても教えてくれないだろう。

 

私が川内に言えないことがあるように、川内にだって言えないことのひとつやふたつあるのは、ある意味当然だ。

だから、それ以上追及はしないでおくことにした。

 

私は、執務室の窓から外に目を向ける。

――梅雨の雨雲はすっかり姿を消しており、暑く華やかな盛夏の足音が、すぐそこまで迫ってきていた。




超人(ポストヒューマン)開発記、第2弾です。
ツイッターの方は結構大きく話が展開していますが、SS時間軸はこれから水着の季節に向かう辺りです。ご注意下さい。
つまりあれとかこれも、これからですよ!(個人的にはとてもワクワクしています)

今回初めて、東京が壊滅している設定を出しました。
本文中に書いた「松代大本営」は実在の計画です(ご存知の通り、実行はされませんでした)。
この名残からか、長野遷都計画はリアルでもフィクションでも定期的に持ち上がってはネタにされている印象ですね。

今後の投稿スケジュールですが、あと4話やったら夏イベの話に入る予定です。順調なら10月中に夏イベ話に突入できると思います。
以前も書きましたが、冬イベ前にはリアルの時系列に追いつきたいと思っていますので、頑張ります。
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