日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


ヒトナナマルマル 2

友情と恋愛は一つの根から生えた二本の植物である。ただ後者は、花をすこしばかり多くもっているにすぎない。

――フリードリヒ・ゴットリープ・クロプシュトック

 

 

「なぁ大淀。水着の準備するから夜まで休みくれって、本気で言っているか?」

執務室に大淀が持ち込んだ書類の内容に、思わず日下部は半眼になって尋ねた。

現在、人間と艦娘たちは全世界規模で、深海棲艦勢力と戦争を行っている。

そんな状況下で、水着を用意するために全艦娘が丸一日休暇を取りたいなどと、日下部の率直な感覚では冗談としか思えなかった。

 

「至って本気です。今回で7回目になりますけど、大本営の記録で確認できませんか?」

「できるけどさぁ。マジか大本営」

やはりあの記録は間違いなどではなかったらしい。

 

「それに、地球意志からも『しっかり可愛くして人間に愛されるよう頑張りなさい』と指示がきてます」

「えっ、そんなはっきりとした形で想念伝えて来んの!? マジか地球意志!」

「いえ、そこは冗談ですが」

「おいっ!」

日下部は全力でツッコミみを入れる。

地球意志の想念を感じ取れるのは艦娘だけなのだから、こんな冗談を言われても正直困る。

 

「でもそこまではっきりとした形ではないですが、漠然とそういう感じの想念が伝わってくるのは本当ですよ。あと何故か、この時期は深海棲艦も全世界的に一斉に活動を止めるんですよね」

「……マジか深海勢。あいつら建前上は人類滅亡掲げてるはずだよな」

以前モーリアックと話した通り、高次AIの目的が単純な人類全滅でないことは明らかなのだが、それにしたってもう少し本音を隠したって良いとは思う。

 

「はぁ……。まぁなんだ、『そういうもの』なんだったら仕方ない」

盛大な溜息と共に、日下部は現実を受け入れる。

いったんそうすると決めたなら、切り替えが早いのが日下部という男だ。

 

「まぁ艦娘の水着姿なんざ、眼福ではあるだろうしな」

「相変わらず、その辺りの欲求には素直ですね提督」

「堅物の提督なんざ、とっくの昔にみんな死んでるさ。ほい、承認」

それ以上深く考えず、日下部は書類に提督印を押印する。

 

「ありがとうございます!」

「どうせ他にも色々買い物してくるんだろうし、楽しんで来いよー」 

「ありがとうございます! じゃあ、早速明石と出かけてきますね!」

眼鏡の奥の碧眼をくりくりと動かして、大淀は屈託のない笑みを浮かべながら言った。

 


 

「まずいね、神通。あの水着は絶対にまずいよ」

「そうですね姉さん。ホノルルさんの水着、とても……素敵です」

「おーい神通! 見惚れちゃうのもわからなくもないけど、今はホノルルが提督にアプローチをかけることを心配しようね!」

「……はっ。そうでした」

思わず我に返って赤面する神通に、川内は微かな溜息をついた。

 

だが、神通の気持ちも本当に理解できないではない。

胸と腰回りを覆う、健康的な白いセパレートの水着。常夏の島の太陽を思わせるような金髪には、赤いハイビスカスの髪飾りがアクセントとなって、その魅力を存分に引き出している。

胸や尻などの身体つきはさすがはアメリカ艦娘、見事の一言。それを惜しげもなく晒すのは、自身のスタイルに絶対の自信があるからだろう。

日本の艦娘に対抗できそうな者がいないわけではないが、残念ながら自分では無理だ。

 

「提督、なんだかんだ言ってスケベだからなぁ。誘惑されたら弱そう」

「そもそも提督、ハーレムとか複数恋愛(ポリアモリー)とか言う方針なんですから、きちんと順番を守るなら姉さんにも文句を言う権利はないのでは……?」

「順番を守るならね。いきなり提督の部屋に押しかけて胃袋掴もうとするような子が、おとなしく順番守るわけないじゃん。絶対どっかで提督を誘惑して、割り込もうとするに決まってるよ!」

提督は自分が一番だと言ってくれるが、そんなものは単なる言葉でしかない。

もし提督の気が変わって、誰か別の子が「一番」になってしまったら……。

そんな光景は、想像したくもなかった。

 

「川内ちゃんは心配性だよね。あの提督って確かに愛は多い人だけど、川内ちゃんにべた惚れなんだから、そんなに心配することないのになー」

「そんなこと言ったってー!」

那珂に対してむきになって反論する川内の様子に、神通はふと思う。

――本当に自分はホノルルに対し、このくらい素直に感情をぶつけることができるのだろうか、と。

 


 

「来たぁー! 夏だぁー!」

川内が艦隊演習における標的艦の仕事で不在にしている隙を見計らって、ホノルルは執務室にやって来ていた。

離席するのはわずかな時間なので、秘書艦代行は立てていない。

つまりこの場には、日下部とホノルルしかいないということだ。

 

「おうホノルル。今日も元気そうだな!」

「そうでもないぜ。なんか、こっちの夏も壮絶! あっついなー!」

他愛のない会話を交わしつつも、好色を含んだ日下部の視線が自分に注がれていることに気付き、思わずほくそ笑みそうになる。

 

「なあ提督、今度艦隊みんなでハワイ行こ、ハワイ! ワイキキ案内するよ! あたし、超ジモティーだからさ?」

「ジモティーって。いつの時代の言葉だよ。まぁでも、そんな古い言い回しを知ってるくらい日本語上手くなったんだなぁ」

「ま、まあねー。あは、あはは、はは……」

日下部の気を引きたくて勉強したのだが、使った教材が古かったかもしれない。

乾いた笑いでごまかしつつ、

 

「んで提督。この水着、どっかな!」

さりげなく胸を突き出してアピールする。

自分の魅力の使い方を生まれた時から本能的に知っているのは、艦娘という生物ならではかもしれない。

 

「ああ、すごく似合ってる。とても、魅力的だと思うよ」

「バッカ提督、真顔で言うなよ! こっちが恥ずかしくなるだろ!」

あまりにもストレートな反応に、思わず自分の方が赤面してしまう。

 

……だが。

 

「お前のことは、友達みたいに感じてるんだよな。この間もわざわざ気遣って食事を作りに来てくれたし。だから正直、あんまりじろじろ見ないようにしないとはいけないな、と思った」

続いて放たれた日下部の言葉に、思わず膝から崩れ落ちそうになる。

目の前のこの男には、自分の必死のアピールなんて伝わっていなかった。

確かに好色を含んだ視線は向けられていたが、それは決して恋愛感情に繋がるものではなく、日下部にとっては理性で制すべきものでしかなかったのだ。

 

恋という戦いにおける戦術的敗北。

敗因は、日下部という男の攻略法に対する無知。

さらにホノルルにとって不運なことに、

 

「三水戦! 帰投したよ!」

最強の敵が今、この戦場へと到来した。

 

「おかえり、川内」

「ただいま。神通と那珂も一緒だよ。さっきそこで会ってさ」

川内の言葉に、ひょっこりと神通と那珂が執務室へと入ってくる。

 

視線が合うと、神通は穏やかな笑顔で会釈してきた。

こちらも会釈を返す。見詰められると首元がまだスースーするのだが、あの時自分を深海堕ちから救ってくれたのは、紛れもなく日下部と神通の二人だ。いつまでも前世のトラウマに怯えて、失礼な態度を取り続けるべきではない。

それにしても、神通の顔が少し赤いように見えるのは気のせいだろうか。

 

「あれ、ホノルル。来てたんだ」

「おう、提督に水着の感想を聞きにな。似合ってるし、魅力的だって言われたぜ」

半ばヤケクソな発言だが、そう言われたこと自体は嘘ではない。

 

「むー! 提督、何イチャついてんのー!」

「イチャ……って、そんなんじゃないって。こないだも言ったろ? 赤城との約束は忘れてないし、ケジメは付けるっての!」

……そんな自分が着任する前に勝手に決められた約束なんか、無視してくれればいいのに。

口から飛び出しそうになった言葉を、思わず呑み込む。

呑み込んでしまう。

――まぁつまり最後までホノルルは、自分の敗因を理解できていなかった。

 

「……」

「提督さん、信用ないよね!」

「じーっ」

無言で責めるような神通の視線と、容赦のない那珂の発言。

そして何より、口で擬音を発しつつ向けられた川内のジト目に、

 

「ようし、わかった!」

ぶちっと音を立てるかのように、日下部の堪忍袋の緒が切れた。

 

ちらりと時計に目を向けると、あとわずかな時間で一七〇〇時。

日下部は執務室内に設置された、鎮守府全体に音声を流す伝声装置に歩み寄ると、

「発、日下部。宛、大淀。急用につき、本日この後の代行指揮を願う。至急執務室まで」

一切ためらうことなく、そんなことを言う。

 

「ちょっ、提督業さぼって何する気!?」

「秘書艦との信頼醸成は提督の大事な仕事だ。川内、ちょーっと部屋まで来い。じっくり朝まで時間をかけて話し合うぞ」

「……。なんか、夜戦さえしてれば満足な、安い女だと思われてない?」

普段ならむしろ飛び上がって喜ぶような話のはずだが、日下部の行動があまりに唐突だったせいか、素直になれずに川内はそんな風に言う。

 

「思ってない思ってない。いつも言ってるだろ、お前が一番。わからせてやるから、来いって」

声音だけは優しく。

しかし完全に据わった目で、日下部は川内の腕を取って抱き寄せる。

ホノルル、神通、那珂がその様子を見ていることなど、完全に頭から抜け落ちているかのようで。

抱き寄せられた川内はと言えば、完全に自分の状況を理解して顔を真っ赤にさせながら、

 

「……わかった、行く」

それでも間違いなく喜色の混じった表情で、そう言葉を返したのだった。

 


 

呼び出された大淀が提督代行、その場にいた那珂が秘書艦代行を引き受けて、神通とホノルルは執務室を後にした。

先にその場を離れた日下部と川内に鉢合わせないよう、日下部の部屋とは逆方向の廊下を進み、建物の外へ向かって歩く。

 

「はーっ……。提督とセンダイ、本当にラブラブだなぁ」

「そう、ですね。あれだけ素直に感情を出せるのは、時々羨ましくなります」

「さすがに、さ。あれ見せられたら、もう笑えないや」

どこか虚ろな瞳をして、ホノルルは呟く。

 

「ホノルルさん……」

「とっておきのワイキキ用の水着、投入したんだぜ? 自分じゃ最っ高だと思ってたんだけど。なんだよ、友達みたいに感じてるって。そのくせ、センダイにはあんなに情熱的に迫って」

先日の川内の露骨な牽制は、十分に耐えられた。

日下部の鈍感どころではない発言にも、なんとか耐えてみせた。

けれども最後の最後、川内とのやり取り。あれはダメだ。今度こそ、精神的に艦首をぶった切られた気分だった。

 

気付けばとっくに建物を出ており、母港の埠頭まで到達していた。

海から吹き上げる潮風は、夏の陽気混じりの暖かさなのに。

それに見合った格好をしているはずのホノルルの心だけが、まるでマウナケア山頂のように酷寒の吹雪に覆われていて。

 

「あたし、なんのために水着用意したのかな。これじゃバカみたいじゃん」

「そんな、ことは」

「気休めはやめてくれよ! 勝手に浮かれて、勝手にのぼせ上がって、結果がこれで。バカじゃなかったら、なんだって言うんだよ……」

胸の痛みに耐えられず、ホノルルは言葉を荒げる。

 

「そんなこと言わないで下さい。似合ってるし魅力的だということは、提督だって認めたんでしょう?」

「それがなんだっていうんだよ! 好きな人に、好きになってもらえないなら、何の意味もないじゃんか!」

「そんなことはないです! ホノルルさんの水着を魅力的だと感じたのは、提督だけじゃないです!」

ぎゅっ、と。

神通は強く、ホノルルの身体を抱き寄せる。

 

「えっ……?」

呆然とホノルルが呟いたその時。

ちょうど西から差し込む一七〇〇時の落陽が、二人の身体を茜色に染め上げた。

 

「ホノルルさんは魅力的な方です。水着は可憐ですし、スタイルは羨ましくなるくらいに素敵ですし。何よりその金色の髪が、夕陽に映えて……」

先程の日下部が姉にしてみせたように。自分も、ありのままの感情をぶつける。

「とても、綺麗です」

前にも見た、自分が心奪われた光景。

その時の記憶が、今目の前にいる彼女の姿へと重なる。

 

「ジンツウ……」

神通の優しい言葉が、温かな吐息が、傷ついた胸の奥へすうっと染み込んでいく。

今初めて、自分が神通に強く抱きしめられていることを意識し、ホノルルは思わず顔を真っ赤にする。

あれだけ怖いとか、首元がスースーするとか思っていたはずなのに、不思議と今はそんな風には感じなくて。

 

「ホノルルさん」

至近肉薄、それは水雷戦隊の本分たる距離。

神通はホノルルの顔に頬を寄せて……、

 

「私は、あなたのことが……好きです」

その心の奥底を貫くように。

――迷うことなく、唇を奪った。

 


 

神通とホノルルは埠頭の端に並んで腰掛け、沈みゆく夕陽を眺めている。

 

「いつまでも、こんな静かで綺麗な海が続くといいですね」

「そうだな。こんな風にしていると、世界が大変なことになっているなんて、忘れちまいそうになるよな」

深海棲艦によって人類の半数が死に絶えた世界。全体としては奇妙な均衡状態を取り戻しているとはいえ、ミクロな悲劇は現在進行形で起こり続けている。

本当は恋だの愛だのを語る余裕があること自体が、とても贅沢なことなのだろう。

身体を張って最前線で戦っている、艦娘に与えられたささやかなご褒美だと納得するしかなかった。

 

西の海に陽が沈みきるまで、神通とホノルルは無言で寄り添っていた。

やがて辺りは、夜の帳に覆われる。

神通の姉であり、日下部の一番の恋人でもある川内が、最も元気になる時間。

――もっとも今日に限っては、もっと早い時間から乱れに乱れていることだろうが。

 

「神通、Aloha(ありがとう)。おかげであたし、救われたよ。明日からも笑って、提督や川内と顔を合わせられそうだ」

ホノルルは神通の顔を見ないようにしながら立ち上がる。

直視するのは、少しだけ照れくさかった。

あれだけ提督のことを好きだと言って、神通に感情をぶつけておいて。その直後に告白されたからといって、それで救われただなんて、……あまりにも、尻軽ではないか。

 

けれど。

 

「ダメですよ、ホノルルさん。まだ、告白のお返事をいただいてません」

神通はホノルルの腕を掴み、引き留める。

さすがに神通に視線を向ければ、そこにあるのは紛れもなく本気の光。

燃え盛る炎のような、情熱に満ちた色。

 

「油断しましたね、次発装填済です」

温かくて穏やかな一度目のそれと違って、二度目のキスは焼けるように熱く。

ぴちゃっという粘質な音を立てて、絡んだ舌が甘い唾液を交換しあう。

 

「……はぁっ。神通、そんな」

「逃しませんよ、ホノルルさん? 夜はこれからです。あなたのすべてを、私に下さい」

ああ、本当に。神通はちゃんと答えるまで容赦してくれないつもりだ。

 

耳元で囁かれる声に、ホノルルはじわりと湿ってくる自分を感じる。

恋も戦いなのであれば、今まさに自分は攻略され失陥する寸前なのだろう。

――けれどもそれは、とてもとても……心地よくて、甘美な感覚だった。




※神ホノ話の続きです。
神通とホノルル、二人の一七〇〇時の時報から膨らませた話です。

リアルではめっきり寒くなってきましたが、SS時間軸ではようやくホノルルが水着になりました。
実はツイッターではこの二人、水着シーズン前にさっさとくっついたのですが、その後に実装された水着ホノルルのゲーム内台詞があまりに提督Loveすぎたものですから(今回本文中に引用してますね)、SSでは時系列を弄ってここまで引っ張ってみました。

結果的に、この方が物語として完成度が高くなったと思っています。
今後もこういう創作上の改変は行う可能性がありますので、あらかじめご了承下さい。
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