日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
実存は本質に先立つ。
「そんなわけでさー、急に秘書艦代行やることになっちゃって。まぁ川内ちゃんと神通ちゃんの恋のピンチだもん、妹としては頑張るしかないよねー」
「那珂ちゃんセンパイ。呑んで後輩に愚痴るとか、アイドルとしてどうなんですかー……」
少しうんざりしたような声で、桃は先輩アイドルに言葉を返す。
提督代行の大淀が艦隊運営を終えて、ようやく秘書艦代行から解放された那珂は、その足で桃を掴まえて自分の部屋に引っ張り込んでいた。
「だって、今はオフだもん。こんなところファンのみんなには見せられないから、お部屋に来たんだし」
部屋に秘蔵していたブランデーを舐めながら、那珂が唇を尖らせる。
「……センパイは、その切替はすごいですよね。プロって感じ」
「そんなの。ファンの前では絶対に路線変更しないけど、『本当の那珂ちゃん』は、つまんない子ってだけだよ」
他の那珂と同艦交信していて思うのは、みんな本当に心の底からキラキラしていて、アイドルという生き方を楽しんでいるということ。
もちろん、自分だって楽しんでいないわけではない。みんなの前で歌う時、キラキラ輝いている自分を感じると、とても胸が温かくなる。
けれどもライブが終わって、一人の那珂に戻った時……ふと、虚しくなることが何度もあった。
「桃ちゃんは、いっつもキラッキラだよね。桃ちゃんのそういうところ、すごく好きだよ。今日のライブ、見に行けなくてごめんね」
「……! 来てくれるつもりだったんですか?」
「だって那珂ちゃん、桃ちゃんのファンだもん。普段はいっつも行ってるよ。気付いてなかった?」
こともなげに飛び出した言葉。
桃は驚きに目を見開く。
「人類の半分が死んだこんな残酷な世界で、どうして那珂ちゃんはたった一人でこんなことをしてるのかなって、何度も考えたことがあるよ。そんな時に桃ちゃんが艦隊に来てくれて、……ああ、那珂ちゃんはたった一人じゃないんだって、ようやく思えた。アイドルをやっててもいいんだって」
「センパイ……」
「迷惑だったかな? いくら同じアイドルだからって、こんな本当の那珂ちゃんなんか見せちゃって」
いくら自分が桃の存在に救われたからって、その感じ方を押し付けるのは傲慢だ。
もしかしたら桃も、那珂の綺麗な部分だけを見ていたかったかもしれない。
そんな言葉に対し桃は、
「本当の那珂ちゃんセンパイ、って言うけど」
名前と同じ色の髪を揺らしながら、桃は必死に那珂の瞳を覗き込んだ。
丸い瞳は普段の輝きを失って、薄く濁っているような感じさえする。
「桃、思ったんだけど。今のセンパイと普段のセンパイ、どっちも『本当の那珂ちゃんセンパイ』なんじゃないですか……?」
「えっ……?」
桃の言葉の意味が掴めず、思わず間の抜けた聞き返し方をする。
「だって普段のセンパイ、すごくキラッキラだもん! あんなキラキラしたの、つまんない子がただの演技でできるはずないよ!」
「桃、ちゃん?」
「桃、那珂ちゃんセンパイのファンです! もちろん桃だって負けるつもりはないけど!」
力強く言い放った桃を、那珂はぎゅっと抱きしめる。
「ちょっと、センパイ……!?」
「『センパイ』も『ちゃん』も抜きで。今だけでいいから、ただの那珂って呼んで?」
耳元で囁く声は、絶対にファンのみんなには聞かせられないようなもので。
「ありがとう。桃ちゃんの言葉で、那珂は救われたよ。だから、桃ちゃんが嫌じゃなかったら……もっとありのままの那珂を、見て欲しい」
「……なら桃のことも、ただの『桃』って呼んで下さい」
その言葉に、思わず那珂はくすっと笑みをこぼす。
アイドルは大変なお仕事だ。
好きな人と二人きりの夜ぐらい、お休みしたってバチは当たらないだろう。
日下部は、自室に差し込む朝日で目を覚ました。
「朝、か……おはよ、提督」
「おう、おはよう川内。昨晩は久しぶりに、なんつーか……凄かったな」
「えへへー。ゴーヤには負けないよ!」
「そこで張り合わないで本当!」
文字通りヤりたい放題していた10代の頃と比べると、20代後半の今はさすがに精力も落ちつつある。
それでも衰えるにはまだまだ早い。人間だろうが艦娘だろうが、事に及べばがっかりさせない自信はいくらでもある。
そうでもなければ、そもそも嫁艦候補を6人も作ったりはしないというものだ。
ふと日下部はそこで、川内の様子に気付く。
「どうした、じっと人の顔見て?」
「ん……なんか幸せだなって」
「昨晩は『安い女だと思ってるでしょー』、とか結構めんどくさいこと言ってたのに」
「いいもん、安い女で。現に今幸せなんだから」
とろけるような表情と共に言われ、思わず胸の高鳴りを感じる。
「……。くそっ、私も大概安かったよ!」
「えへへーお似合い。朝ごはん食べる? 何か作ろっか?」
「わぁ良妻。うん、食べる食べる。ありがとなー!」
夜戦が好きという自身の感情に素直なところは、間違いなく素敵なところだが。
それでいながらこのように女子力が高い意外性こそ、川内の最高の魅力なのだと思う。
「まだ内縁だから、早くケッコンできる練度まで育ててね?」
川内はそう笑って言った後、
「あと、良妻でも……賢母にはなれないけどさ」
完全なる不意を打つ形で、そんなことを言い放った。
「艦娘の身体をそういう風に作るのは、禁止されてるからな。技術的には出来なくはないんだけど」
日下部はできるだけ感情を抑え、言葉を選んで答える。
実は地球意志が生み出した艦娘の肉体には、元々子宮や卵巣など生殖を行うための機能が付いている。
出現初期に行われた実験的な観察記録によれば、人間のオスとの交配で艦娘から生まれた子供は、すべて人間になるようだ。艦娘の子宮から、艦娘が生まれた例はひとつもない。艦娘は最初から、少女や成人女性の姿で出現するのだ。
こんな種族は、確かに
その艦娘の生殖機能をわざわざ除去しているのは、他ならぬ人間である。
地球意志が用意した肉体を持ったまま人間の元に到達した艦娘であっても、わざわざMM技術で新しい肉体を用意しているのは、機能の効率化だけでなくこれも大きな理由だった。
「まぁ、でないと妊娠して戦えない艦娘で溢れかえっちゃうだろうからなぁ。正直、それやると人類詰みなんで。もうちょっと平和な世界だったら良かったんだけどな」
出産・育児で艦娘が戦線離脱することを認められるほど、人類に余裕はない。
何も艦娘に対する悪感情でそうしているわけではない。人間男性――すなわち、提督の大半――に、艦娘との性交を一切禁止するなどという非現実的な解決策を取るよりは、物理的にその機能を剥奪する方がよほど確実という冷たい合理主義。
「しょうがないでしょ。それでも、あたしたちはこの世界で生きてくしかないんだよ。……そりゃあ、少しは憧れなくもないけど」
そしてそんな酷薄な目に遭っても、なお人類への愛情を失わないのが艦娘という種族なのだ。恐るべきことに。
「平和になったら、艦娘にそういう機能持たせる許可も出るのかなぁ」
ぼんやりと日下部は呟くが、それに対して川内は、
「平和になったら、役目を終えた艦娘全員、いなくなっちゃうかもよ?」
「――人が出来るだけ考えないようにしてること、言うな、馬鹿!」
今度こそ。
今度こそ感情を抑えることができず、日下部は叫んだ。
涙が出そうになるが、必死に堪える。これは艦娘の悲劇なのだから、人間が艦娘より先に泣くことは許されない。
「ごめん。でもさ、そんなこと言ってても、提督は忘れてないでしょ?」
「何を?」
「これがゲームじゃなくて、戦争だってこと」
ああ。
川内は、どこまで胸を抉ってくるのか。
「……もちろんだ。必ず勝つよ」
たとえ種の目的を果たした艦娘が消えてしまうとしても、その記憶は人々の間に残るだろう。
だが高次AIによってすべての艦娘が深海堕ちさせられてしまったならば、この儚くも美しい愛すべき存在は、負の想念と共に語られるようになる。そんなことは、絶対に許せるものではない。
それにもしも、もしも……艦娘が戦後も残るのだとしたら。
その時は構うものか。他ならぬ人間そのものが艦娘の敵になろうとも、自分は絶対に艦娘の傍に在り続けると誓っている。
「うん、それを聞いて安心した。なら、あたしたち艦娘も全力で戦えるよ」
穏やかな笑顔で言った川内を、日下部は強く強く抱きしめる。
この物質世界で、互いに肉の身体を持って生まれてきたからこそできること。
「川内。愛してるよ」
まるで昨晩に時間が戻ったかのような、熱い熱い濃厚なキス。
「んっ、あたしも……あっ、元気になってきたなー? 朝ごはん食べたら、もう一戦しとく?」
「まぁ、ちょっと無茶してもいいかなって気分になってる」
朝からこんなの不道徳だ? 今日の提督業に差し支える?
――知ったことか。秘書艦との信頼醸成は、提督として立派な仕事なのだ。
秘書艦の仕事の合間を縫って、川内は昨日の顛末について神通と話をしていた。
「ふわぁ……」
「珍しいね? 神通が眠そうにしているの」
「夜戦した後に、元気に動き回れる姉さんがおかしいんです」
その言葉に、川内は苦笑する。普段は別に朝は強くない。一〇〇〇時まで寝ていて、神通や日下部に起こされることも珍しくはない。
たまたま今日に限っては、早くから始めた分終わるのも早くて、きちんと睡眠時間を確保できただけだ。
「でも、ホノルルと上手く行って良かった」
「姉さんのおかげですよ。本当にありがとうございました」
「いやいや。共闘するって息巻いたけど、単にあたしは自分の嫉妬を提督にぶつけただけというか」
とはいえそのおかげでホノルルの日下部への気持ちがへし折られて、そこに神通が入り込む隙間ができたのだから、何が幸いとなるかはわからないものだ。
「けれど、良かったのでしょうか。ホノルルさんの傷心に付け込むような真似をしてしまって……」
「いいに決まってるじゃん。最終的にお互いが満足できる関係になったんなら、それで」
「ええ、まぁ……とても素敵な声で、『神通が好きだ』と何度も言っていただきましたから」
照れたような声音でそんなことを言われ、思わず川内は押し黙る。
――神通ってば、ゴーヤと同じで底なしだったか。
自分も今朝方、日下部にそう評されたことを棚に上げて、そんなことを考える。
少しだけホノルルに同情しないでもないが、あちらもバイタリティには定評があるわけで、そういう意味では良いカップルになれることだろう。
「那珂ちゃん、現場はいりまーす! 川内ちゃん、神通ちゃん、おはよー!」
「ほい、おはよう。那珂は今日も元気だなぁ」
「だって艦隊のアイドルだもん! 那珂ちゃん今日もご機嫌♪」
アイドルは人前ではあくびしたりなどしないのだ。
たとえ夜戦空けで、どれだけ眠たかったとしても。
「おっと、そろそろ一二〇〇時だ。出勤遅かった分集中してやってるだろうし、そろそろ提督に声かけてあげないとな」
「秘書艦の仕事も大変ですね、姉さん」
「いいんだよ、好きでやってるし!」
川内はにこやかな笑顔で言い放つ。
「じゃあ執務室に戻るね! 神通、ホノルルとお幸せに!」
「……はい、ありがとうございます姉さん!」
「あ、神通ちゃん上手く行ったんだー? 那珂ちゃんも顛末知りたいなー」
「はいはい。那珂ちゃんにもお世話になりましたし、構いませんよ」
本当はただ単にノロケたいだけなのだが、確かにお世話になったのも事実だ。
神通は軽く微笑んで、先程川内にした話を、飽きもせずもう一度繰り返し始めた。
で、ホノルルと日下部の関係はと言えば。
「おーいホノルル。率直に聞くけど、お前神通とのナニ、どーよ?」
「!? どストレートに聞いてきたな!」
結局日下部の抱いた印象の通り、恋というよりは同性の友達のようなポジションに収まってしまった。
「いやさぁ、ゴーヤがすんごい底なしでね? する度結構きっつくてね?」
「あー。なんかわかる……神通も、その、マジでモンスター」
「……だよな。だと思った」
こういう会話を一切のてらいなく振ってくるのだから、本当に日下部からは恋愛対象として捉えられてないのだろう。
「で、そういう時どーしてんの?」
「まぁ、スタミナ付くモン喰って頑張ってるかなぁ」
「結局それっきゃ無いかぁ。まぁそうだよな」
「……夜食にガーリックステーキバーガーでも作ろっか?」
別にもう日下部を狙っているわけでもないけど、友人として作りに行ったって構わないだろう。
そもそも、日下部のラタトゥイユだってまだご馳走になってないのだ。
「あー。嬉しいけど、お前も同じの喰え喰え。鳳翔さんに言えば作ってくれるだろ、奢ったる」
「なんだろなー、このちっともときめかないデートは」
少し前までだったら内心で小躍りしたことだろうが、我ながら本当に尻軽だと思う。
「あ、神通なら今日は部屋にいるらしいぞ。川内が言ってた」
「な、なななな……!」
自分が今好きなのは、神通だ。はっきり胸を張って言える。だから、それでいい。
もし未練を残すようであれば、日下部にきちんと気持ちを過去形で伝えて、正式に恋を自分の手で終わらせる必要もあっただろう。
だが、その必要性はなさそうだった。
なら日下部にかつて恋していた事実なんて、わざわざ伝えない方がいいに決まっている。何しろあちらは、まったく気付いていないのだから。
「スタミナ付けて、頑張れよバイタリティの権化」
「誰がバイタリティの権化だよ!」
この後のことを想像して、少しだけ顔を赤くしながらも、
「……行くけどさ」
――明確にその恋心を一人の艦娘に向け、ホノルルはきっぱりと言ったのだった。
※神ホノ編のラスト話です。同時に那珂桃も書くことができました。
日下部と川内については主人公とメインヒロインなので、ある意味通常運転ではあります。
これで川内型三姉妹全員に、恋人ができたことになります。
本作を創作として昇華させるに当たって私は、「艦これ9年目に着任した自分だからこそ書ける物語を書こう」と決意しました。
ひとつのコンテンツが9年も続いていれば、色々な先達が大なり小なり、無数の二次創作をすでに作っています。本作の直接の参考にさせていただいた二次創作も、いくつかあります(具体名は伏せますが)。
そんな時に敢えて新しい二次創作をするのだから、何か他と違う部分が無ければ意味がありません。
ホノルルや桃といった艦娘は、艦これ9年目に初めて登場した艦娘です。
そんな彼女たちと、川内型という艦これ草創期から存在していた艦娘たちのカップリングは、「艦これ9年目に着任した自分だからこそ書ける物語」に十分当てはまるだろうと思っています(もちろん奇をてらったわけではなく、この組み合わせを良いと思ったからやりました)。
楽しんで受け入れていただけたなら、幸いです。